IMFも終わって俺の仕事も少しゆとりができてきた。
ゆとりができたと言ってもYUKINOの仕事が減ったわけではない。むしろ二人が主役のラジオが始まったり、レギュラー番組のゲスト出演が決まったりと仕事量自体は増えた。ただ大きな仕事を成し遂げ、精神的に余裕ができたってだけだ。
となると、そろそろ本腰を入れてやらないといけないことがある。最近先輩の顔を見るのもしんどくなってきたし、そろそろ本気にならないといけない。
鏡花のスカウト大作戦始動だ。
その日の仕事を夕方前までに終わらせると、俺は例の並木街道に行く前に、YUKINOのレッスンルームに行き、二人のレッスン風景や普段の仕事について動画に収める。
俺の資料からは、アイドル業務についてまとめたものや、そこから得られるものについてまとめたもの、そして彼女がステージに立つために何をすればいいのかをまとめたものとを取り出す。ついでに使うことはおそらくないであろうアイドルグッズもいくつか鞄に詰めておく。
……今まで少しずつ対話を進めたことで俺も多少は鏡花という人物の人となりというものが理解でき、信頼関係も少しは構築できていると俺は思ってる。
そこで俺が思ったのは、感情任せに説得することは逆効果になり得るということ。
彼女は理知的で、何より利を求める。
ならば、ステージの上での輝かしい姿よりも、アイドルという職業を見せることでそこに興味を持ってくれるんじゃないかと俺は思った。
だとすると俺が彼女にやるべきことは一つだ。
「第一回、アイドルって何?プレゼンテーションーパチパチー」
「ぱちぱち……?」
「乗ってくれてありがとう。まともに乗ってくれたの初めてだから嬉しいよ」
俺は鏡花に少しだけ時間をもらい、共にベンチに腰掛けながら資料を見せる。
表紙にはYUKINOや星見プロのアイドル達がライブの一幕を。そしてそのタイトルにWhat is Idol ?を付けた我ながらかっこよさげなデザインだ。プレゼンタイトルがわかりにくいという季乃の発言は完全に無視した。
ちなみにマスコットキャラを置くアイデアは今回は苦渋の決断で見送った。さすがに不評なものを鏡花に見せるわけにはいかない。
「これもスカウトの一環ですか?」
「そういうことだ。ついでにプレゼンのアドバイスください」
「見出しはもっと伝わりやすいものがいいかと」
「仰るとおりです」
それはともかく、ここでアドバイスくださいって言っておくことで彼女自身に役割を与えることができる。ただ聞くだけよりも、何か目的があって聞く方が頭に入ってきやすいし、スカウトという彼女にとってはマイナスの要素も少しは緩和されるだろう、という見込みでの発言だ。季乃仕込の掌握術は効果抜群だろう。
持ってきた内容を鏡花に話した後、鏡花はプレゼン表紙のアイドルを見つめながらぽつりとつぶやいた。
「……アイドルとは」
「ん?」
「あなたにとって、アイドルとはどういったものですか?」
それは何とも抽象的な質問だ。でも、俺にとってのアイドル、か。いつぞやも同じこと考えた気がする。確かその時の答えは。
「恋愛感情のような想いで、ただひたすらに熱中させられる存在」
「……そうですか」
「ただ、マネージャーになってちょっとだけ考えが変わったな」
「それはどのようにでしょうか?」
「……アイドルってな、ステージ上で見るよりずっと地道で泥臭くて大変な職業だ」
YUKINOは圧倒的な才能があったものの、それでも他に負けないくらい毎日汗水垂らして努力を重ねている。仕事がうまくいかなくて悔しがっている姿も、どうしようもない理不尽に怒っている姿もいっぱい見てきた。
自慢ではないが、アイドル業界の上澄みであるYUKINOでさえこれなのだ。下を見ればもっと熱量のある……それこそ死ぬ気で努力を重ねている子なんて大勢いる。嫌な仕事を笑顔でやり遂げていたり、誰かに馬鹿にされながらも必死に抗っている子もいる。
そんな子を見てきたからだろう。アイドルというものは決して夢物語のようなキラキラしたものだとは思えない。アイドルはあくまで職業なのだ。普通の会社員が苦悩しながらも仕事をやり遂げているように彼女らも全力で取り組んでいる。
「でもな、そんな職業でも、夢を見て諦めずに輝き続けようとする。そんな子たちを見ているとさ、応援したくなるんだよ。心の底から頑張れと声をかけたくなるし、その夢を俺も手伝いたくなる」
「……」
「だから、俺にとってのアイドルってのは……憧れの対象であって恋人のような存在なんだと思うよ。だから何としてでも彼女たちを守りたくなる」
「……それだと何も変わっていないのでは?」
「そうかもな」
俺の言葉を聞いて鏡花は少し考え込む仕草を見せる。
やがて彼女は意を決したように顔を上げた。
「私は――」
「――鏡花。何をしている」
鋭い、鷹のような一声だった。声がした方へ思わず振り向くと、そこには鏡花と似たグレーの髪の、目つきの鋭い男がいた。
「お兄様……申し訳ございません。すぐに支度いたします」
「何をしていたのかを聞いたのだが?」
「それは……」
鏡花はちらりと俺の目を見る。
お兄様という発言から、おそらく彼は鏡花の兄なのだろう。関係性としては兄のほうが圧倒的に上、それ以外はまだわからないか。
ともかく今は俺からフォローを入れるべきだろう。
「失礼いたしました。私はバンプロダクションという会社のものでして……」
「貴様の所在などに興味はない。私は鏡花と話している」
その鋭い瞳が更にきりりと絞られ、俺はまるで蛇に睨まれた蛙のように動けなくなる。圧、いや眼光とはこういったものを言うのだろうと初めて実感した。
「……」
「申し訳ございません。本日はこれまでとさせていただきます。失礼いたします」
鏡花は立ち上がると、申し訳なさそうに頭を下げる。そして声を掛ける間もなく、すぐさまその男と共にどこかに去り行こうとする。
……今日はタイミングが悪かった。また後日会ってそのとき話そう、なんて言葉も自分の中に浮かんできた。でもなぜか今日と言うタイミングを逃せば、鏡花と会える日は二度とないんじゃないかとも思えた。
だからこそだろう。気が付けば俺は声を張り上げていた。
「待ってください」
その言葉は二人の足を止めるのには十分で、鷹のような目を持った男は鬱陶し気に俺を振り返った。
「明日、また同じ時間にここに来ます。そのときにまたお話いただけないでしょうか?できれば、あなたもご一緒に」
「……お兄様もですか?」
「はい、一度ご家族にも話を通しておきたいと思っておりましたので」
「貴様の話をなぜ私が聞かねばならん」
「鏡花さんを守りたいんでしょう?」
昔の経験だ。一度だけ母と一緒に家族全員で豪華なパーティーに参加したことがあった。そのときにまだ幼い有希に対して、やたらと声を掛け、親切にしていた人物がいたことがある。
俺自身、まだまだ注意力も浅い子供だったが、それでも有希を守らなくては、なんて思いはあって、彼女を強引に連れ出して声を掛けられないように見守っていたことがあった。
兄としての勘だろうか、なぜかその時の俺の姿に、彼の姿が被っているように思えた。
「……くだらん」
彼はそれだけ吐き捨てると、どこかへ去っていく。
なんとなく感触はあった。おそらく彼は明日来る。
俺は彼らの後姿を見ながら、どうやって説得するか、道筋を立てていく。
勝負は明日だ。失敗は許されない。