星見プロの不審者   作:ねむれすねむれす

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風見家

 

 風見家。元々はこの辺り一帯を仕切る豪農の家だったその御家は、当時から必須なものであった電力を商売に用いて財閥にまで成り上がった御家だ。

 

 当時の風見家当主は農家の御家とは思えない卓越した経営手腕とカリスマ性、そして先見の明を持っており、これからの生活に電気が主体となることを一足先に見抜くと、その交友関係を活かし小さな電力会社を設立。無謀としか思えない挑戦だったが、その手腕一つで中小の電力会社の合併、吸収を繰り返し、気が付けばたった数十年で日本を支える電力会社の一つとなった。

 

 GHQにより財閥が解散された戦後にもその影響力は計り知れなく、気が付けば日本中でその会社の名前が知られていたほど。彼はそれほど巧みであり、同時に人の率いる才のある人物であった。

 

 そしてその血は今に至るまで受け継がれ、その知能とカリスマ性が今もなお健在であることは、彼が作り上げた会社が現代においても超有名だということが物語っている。

 

「風見家……ね」

 

 俺は調べ上げた風見家の情報を脳に入れると、椅子にもたれかかるように天井を見上げた。

 

 ……鏡花とその兄に会ってから、俺は今まで意図的に調べてこなかった鏡花という人物について調べ始めた。

 

 ネットにはもちろん名前はなかったし、調べてもそう簡単に出てくるものではなかったが、家の伝手を使っていくつか当たってみると、驚くくらいに簡単に見つかった。

 

 風見鏡花。風見家のご令嬢。

 

 そこから風見家のことを調べ、今に至るというわけだ。

 

 それにしても……。

 

「中々厄介な御家に当たったな……」

 

 この風見家。思っていた以上に格式が高く、独立した御家だ。

 

 今までに蓄積され続けてきたノウハウ、それでいて常に新しいものを研究し続ける探求心を持ち、他所の良いものを容易に取り入れることのできる器がある。

 

 だからこそだろう。自分らの実力に絶対の自信があり、決して遜ることがない。

 

 それはつまり、俺が少しでも見限られることを言えば、それだけで話が終わってしまう可能性が高い。

 

「……でも逆を言えば話は聞いてくれる、か」

 

 一度たりとも失敗が許されない舌戦。……初めてのスカウトにしては難易度が高すぎないか?

 

「でもそれだけの意味はある」

 

 結局、俺がなぜ鏡花に惹かれたのかは理解はできていない。でも、彼女自身に他の子とは違う何かを感じたのは事実だ。この感覚を俺は大切にしたいと思っている。

 

 それに、俺がアイドルについて話す際、興味を持って真剣に聞いていたのがどうしても頭から離れない。彼女はもしかすると、現状とは違う新たな地に、それこそアイドルのような全く違う環境に憧れているんじゃないかと思った。

 

 ならば俺がやるべきことはいつもと変わらない。

 

 憧れを目標に変え、叶える手伝いをする。それが御堂慎二というマネージャーだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ご多忙の中、本日はお招きいただき、ありがとうございます」

 

 翌日、約束通りその場に現れた二人だったが、ここで話す話題ではない、と場所を移動することになった。

 

 移動先はなんと風見家の御家。外から見ても広大な敷地を誇り、それでいて荘厳な雰囲気を漂わせた和風の建物。季乃の家も随分と立派だったが、これと比べると全然比じゃない。

 

 想定はしていたものの、冷汗が止まらないまま、その門を潜り母屋へ、そして一室へと案内された。

 

 案内された部屋には鏡花とその兄の他、一組の男女がそこにいた。

 

 一目でわかった。現風見家当主とその妻。つまり鏡花のご両親だ。

 

 俺は彼らに頭を下げ、案内されるがまま席に着くと、まず謝辞の言葉を述べる。

 

「よい。我らが一族に礼儀は不要だ。好きに話せ」

 

「ご配慮いただきありがとうございます。しかしこれはご息女の進路に関わること。その敬意も兼ねて、礼儀は貫き通させていただきます」

 

「ほう?」

 

 父親からの圧が強くなる。この部屋に入ってからだが、全体的に空気が重い。

 

「まぁ、よい。……話は鏡花から伺っている。貴行は鏡花をアイドルにスカウトしたいと?」

 

「はい。鏡花さんにはその素質を感じました。ただ、最終的な決定は鏡花さんに委ねたいと考えております」

 

「娘を散々誑かしておいて、か?」

 

「それは……」

 

 確かにそれはそうだ。最終的な決定は本人に委ねているが、その決定がこちら側に向くように説得を続けている、要は誑かしているのはまごうことなき事実だ。

 

「その通りです。ただ、私はアイドルの良い側面ばかりをご説明したつもりはありません。アイドルという職業について全て説明したうえで判断を委ねる所存でございます」

 

「ふむ……。悪いが私はアイドルと云うものをよく知らぬ。鏡花はどのようになろうか」

 

「しばらくはライブステージに立つための下地を作る期間になるかと思います。歌や踊りはもちろん、観客への魅せ方やそのコントロール。それだけでなく、現代のアイドル業界の仕組みなど、座学と実技の両方を学んでいく必要があります」

 

「続けろ」

 

「一般的な目安としては三ヶ月でそれを身につけた後、そこからは実際の楽曲に合わせたパフォーマンスを身に着けていく必要があります。それと同時に、世間に知らしめるためにプロモーション活動が必要です。もちろん、私含め社員全員でバックアップしていく所存です」

 

「どうプロモーションしていくつもりだ?」

 

「それは彼女の歌や踊りを見てから追々決めていかねばならないのですが、彼女のビジュアルや事務所の名前を使ったPRを作成したり、SNSを利用した方法が主になります。他にも、チラシ配りや営業で名前を広めたり、昨今ではVenusプログラムのシステムを利用して積極的にライブバトルをしていくことで、名前を広める方法もあります。もちろん、その方法は本人と相談してにはなるかと思われます」

 

「その後はどうなる」

 

「ライブの準備が整ったと判断できれば、本人が望む形でステージに出したいと考えています。この時期だと、まだ新人大会であるNextVenusグランプリにも参加できるかと思われます」

 

「そこで好成績を残せればアイドルとして最低限は成就できる、か」

 

「はい、もちろん、そうでなくても…」

 

「鏡花、やれるな?」

 

「はい。可能です」

 

「わかった。……話は終わりだ。長々とご苦労だったな」

 

 彼はそれだけ話すと、早々に部屋を後にした。

 

 思わず呆気に取られていた俺だったが、まだ部屋には風見家の一族が残っていることを思い出し、慌てて佇まいを整える。

 

 そうしていると、ふふ、という噴き出したような笑い方で、奥方様が笑みを浮かべた。

 

「ごめんなさいね。あの人、言葉足らずなの」

 

「……申し訳ございません。それはどのような」

 

「私にはそんな堅苦しくならなくていいわ」

 

 どこか柔らかく包み込むような音色。母と同じ雰囲気を奥方様から感じた。

 

「わかりました」

 

「ありがとう。実はね、あなたがここに来る前からすでに話は終わってたのよ」

 

「……つまりは、出来レースだったということだ。感謝することだな」

 

 鏡花の横に座っていた彼女の兄がぶっきらぼうに口を開く。

 

「こら、水月(みづき)。お客様に失礼でしょ」

 

「私は事実を言ったまでだ」

 

「ごめんなさいね。家柄を見て近づいてきたと思い込んでいた勘違いと、妹を取られた嫉妬で機嫌が悪いの」

 

「おい」

 

「あら、事実でしょ?」

 

「……ちっ」

 

 水月と呼ばれたその男はあからさまに不機嫌そうにそっぽを向く。

 

 なるほど、彼は俺が風見家のご令嬢だから接近していた、と思い込んでいたのか。だとすると、昨日のあの態度も納得だ。シスコンめ。

 

「はい、これ」

 

 俺が勝手に納得していると、奥方様からいくつかの紙を渡される。丁重にそれを受け取り中身を拝見すると、それは見覚えのある契約書だった。

 

「……うちの専属アイドル契約書?」

 

「そうよ。あの人今日の朝一に連絡して用紙を貰ってきていたの。もちろんサイン済みだから安心してね」

 

 ……初耳なんだけど。え、じゃあ俺が今日一日中、プレッシャーでそわそわしていた段階からもう決まっていたということか?……誰か教えろよ。先輩の仕業か?いやあのポエマー社長の仕業か?あの人なら俺が悩んでいるのを見て、ふっ、って笑いそうな雰囲気がある。あんたのポエム、アイドルたちに広めておくからな。

 

 それはさておき、だ。

 

「ありがとうございます。でも、本当にいいんでしょうか?」

 

「何がかしら?」

 

「彼女をアイドルに誘った本人が話すのもおかしな話ですが、鏡花さんは風見家のご令嬢のはず、アイドルをやらせて大丈夫なんでしょうか?」

 

「……そうね、あなたには伝えるべきかもね。……鏡花、少し外に出てなさい」

 

「はい」

 

 一つ言葉を返し、鏡花は頭を下げ、部屋を後にする。自身に関する大事な話だと察しているにも関わらず、盗み聞きする性格でもない。本当に聞こえない範囲に移動しているはずだ。

 

 しばらくした後、奥方様は口を開いた。

 

「素直で可愛い子でしょ?まるでお人形さんみたいな」

 

 どういう意味でしょうか?そう質問しようとして、奥方様の悲しそうな、後悔していそうな憂いを帯びた顔を見て口を結んだ。

 

「あの子はね。昔から素直でそれでいて才能があった。物覚えも人一倍早かったし、何をやらせてもうまくできた。だから、私たちは風見家の者としてこの家を存続させていくために、あの子に色んなことを教えた」

 

「それはそれはもう、どれも完璧にこなしてくれたわ。私たちも鼻が高かったわ、だってあの子がいれば風見家が安泰するのは間違いないのだから」

 

「でもね、ある時、あの子に休養を与えたとき、彼女は何をしていたと思う?」

 

「……今までの教えてもらったことの復習とか勉学ですか?」

 

「いいえ。彼女にはそれすら必要ないの。……彼女は休みの日、文字通り何もしてなかった。ただ自室で窓の外をじっと眺めていたの」

 

「それは……」

 

「お人形さんみたいでしょ?そのときに私たちも気づいたの。あの子、鏡花は自己というものが著しく損失していることに」

 

「……後悔したわ。私たちは確かに風見家としてこの御家を存続していく必要がある。でも、それ以上にあの子の親として彼女を愛し続けてきたつもりだった。つもりだったんだけどね」

 

「でも実際は今のような性格になってしまった。私たちの責任よ」

 

「だからね。それ以降はあの子の風見家としての任を解き、あの子の好きにやらせている。それでもまだ彼女の自己は育ってはいないけど」

 

「だから、あなたの話は渡りに船だったのよ?アイドルという人目に出る環境に身を任せれば嫌が応にも自己を出す必要がある。あなたの話を引き受けたのはそれが理由よ」

 

「……なるほど。ありがとうございます」

 

 ……それは難儀な問題を、難題を押し付けられた。確かにアイドルは個性勝負なところはある。個性で勝つには自己をより深く理解しないといけないし、それは自己の成長につながるだろう。

 

 だがそれは、本人がそれを理解できての話だ。本人が自分の自己というものを理解できなければ、成長はない。奥方様もそれを理解して俺に託してきたのだろう。

 

 ……俺にできるだろうか。

 

「理由はそれだけではないがな」

 

 水月は、鷹のような視線を真っすぐに俺にぶつける。

 

「御堂慎二。あの御堂紫穂の子ということである程度信用はおける。それを考慮しての話だ」

 

「……なるほど」

 

 確かにこれまでの話だけだと、別にバンプロダクション…ないしはアイドル業界である必要はない。それでもなおこの話を受けてくれたのは俺が御堂紫穂の息子だからというわけか。

 

 重い、重いなぁ…。母の名前がこんなに重く感じたのは初めてだ。

 

「鏡花のこと、くれぐれもよろしくお願いします」

 

「はい、お任せください。絶対に彼女を咲かせて見せます」

 

 俺の返事に奥方様は笑みを見せると、彼女も席を後にした。残ったのは水月だけか。

 

「……私はまだお前のことを信用していない」

 

「御堂紫穂の子というだけではまだ信用できない、ということでしょうか?」

 

「その通りだ。まず、その口調が気に入らん。取り繕うな。貴様の本性を晒せ」

 

「……そういうのは順を追って見せていくものだと思うぞ?」

 

「ふん、貴様のくだらん価値観なぞに興味はない」

 

 カリスマと知能はあるが、口調だけ見れば生意気なガキだ。そういや年齢はいくつだ?

 

「水月って言ったか?年齢はいくつだ?」

 

「呼び捨てを許可した覚えはないが?」

 

「なぜお前の許可が必要なんだ?」

 

「ほう?」

 

 彼の鋭い視線が俺に突き刺さる。なんとなく、今までの会話で水月という人物の性格が見えてきた気がする。こいつ友達いないだろ。

 

「23だ」

 

「同い年じゃん」

 

「だからどうした」

 

「もっと柔らかく話した方が友達出来ると思うぞ」

 

「くだらんな」

 

「ぼっちめ」

 

「……」

 

 鋭い視線が更に鋭利になる。案外ちょろい性格かもしれないが、あんまり揶揄いすぎて険悪になるのも避けたい。今はこれくらいにしておこう。

 

「まぁあれだ。俺も無用に疑われ続けるのも避けたい。お前も俺を信用したい。なら時間をかけてゆっくりお互いを理解していくしかないんじゃないか?ということで連絡先交換しよう。L〇NEやってる?」

 

「……やっていない」

 

 ぶっきらぼうに彼は吐き捨てると、手早くメモ用紙に何かを書き、俺に強引に渡してくる。

 

「連絡先だ。鏡花に何かあれば連絡しろ。それ以外に連絡するな」

 

「あ、ごめん。もう送っちゃったわ」

 

「貴様……!」

 

「いいだろ、俺の連絡先も知ってもらう必要があるんだから。また何かあれば連絡するよ」

 

「ふん、無いことを祈っている」

 

 彼はそれだけ話すとその場を後にした。随分なシスコンだなあいつ。

 

 水月もここを去り、部屋には俺以外誰もいなくなった。早速水月に連絡するか、なんて思っていると、そのタイミングで部屋の扉が開いた。

 

 そこから顔を出したのは、鏡花だった。

 

 

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