鏡花のスカウトに成功した。じゃあ明日からレッスンだ!とは当然ならない。
俺は当日の内に、事務所に諸々の手続きを行うと、早速彼女にかけるためのスケジュール確保に移る。……と、その前にやることがあったな。
俺は先輩のデスクへと向かうと、いつものようにくたびれた様子でパソコンに向かっている先輩に声を掛ける。
「先輩、今大丈夫ですか?」
「ん?おー御堂か、どうした?」
振り向いた先輩の額には冷えピタがくっついていた。こっちがどうしたって聞きたいんだが、今はそんな時間さえ惜しい。
「スカウトの件ですが……」
「……まぁ失敗はよくあることだ。あまり気にせずに」
「成功しました。ブイ」
俺は先輩に向けてブイサインを見せる。
先輩は一瞬呆気にとられた表情を見せたものの、すぐさま笑みを浮かべた。
「それはよかった!いやー実はな、そろそろ査定の時期だからどうっすかなーなんて考えてたんだよ」
「ご無礼を、失礼しました!何卒ご容赦を!良き評価をお願い致します」
「ははは、それは基準通りやるよ。でもまぁ新人にしてはよくやっていると思うぞ」
「ありがたきお言葉です」
なんだよその言葉遣い、なんて笑われながら、俺は先輩に向かって頭を下げ、席へと戻る。先輩がいい人でよかったと心から思う。
デスクに戻った俺は今後一週間分のスケジュールを取り出し、スカウトの時間をすべてキャンセルする。同時に付け足すのは鏡花のスケジュールだ。
色々とやることはあるが、まずは……事務所への挨拶が優先だ。
「風見鏡花と申します。よろしくお願いいたします」
バンプロダクションへの専属アイドル契約には二種類の方法がある。一つは通常応募。書類審査、そして実技含めた面接を乗り越えて加入する方法、そしてもう一つがバンプロにおける現役のプロデューサーないしやマネージャーからのスカウトによって加入する方法だ。
スカウトによって加入したアイドルは特例として実技含めた面接がカットされるが、それでも審査等の手続きと、社長との面談が必要だ。と言ってもほぼほぼ顔合わせ程度のものらしいが。
審査に関してはすでに契約書を受け取った段階で済んでいるらしい。ということで、最後の一つである社長との面談に俺たちは臨んでいた。
社長室の柔らかなソファーに腰かけた社長の正面に鏡花、そしてその隣に俺が座っていた。
「君の父親から事情は聞いている。だが、アイドルになるからには一切の加減をするつもりはないが、それでも構わないか?」
……ポエマー社長ポエマー社長と揶揄っていたがいざ目の前にすると、威圧感がすごい。やっぱり表舞台に立たせてはいけない人なんじゃないかって思えてきた。
「はい。私は風見家としてではなく、ただの鏡花としてここにいる次第です。どんなご指導にも受けて立つ次第でございますので、どうぞご鞭撻のほどよろしくお願いいたします」
「君の覚悟は理解した。……御堂、君にも聞きたいことがある」
「はい、どのようなことでしょう」
「バンプロダクションは芸能プロダクションだが、その本質は営利企業に過ぎない。ただ星のようなアイドルを集めているわけではないのは君も理解しているだろう」
……星のような?いや待て待て、ここで引っかかるのはまずい。真剣にやれ俺。
「はい、それは十分に理解しています」
「ならば、彼女は一等星になりえる輝きがあるということか?」
社長どうしたんすか。今まで以上にキレッキレじゃないですか。もう何言ってんのかわかんなくなってきましたよ。
「もちろんです。彼女ならば、私はトップを目指すのも夢ではないと確信しています」
「そうか。わかった……話は以上だ」
そういうと彼は立ち上がり、俺たちに退出を委ねた。顔を合わせるだけ、というのもあながち間違いではないが、意思を問いかけているんだろうな、って思った。
「時に御堂」
頭を下げ、退出しようとしていた俺の背に、圧のある声がかけられる。先ほどの彼の雰囲気から滲み出ていた圧とは違う、あからさまに向けられた圧に、思わず俺の声も上擦んでしまう。
「な、なんでしょうか?」
「最近、私のことをポエマー社長なんて呼ぶ輩がいると聞く。注意したまえ」
季乃だ。きっと季乃が言っているに違いない。俺は言ってない、思っているだけで言ってないはずだ。だから季乃に違いない。
「はい。一人残らず注意してきます」
「去れ」
「失礼します」
がたんと扉が閉まる。最後の一言で冷汗が止まらなくなった。お、俺とは言われてないからまだセーフ。……忠告だからまだセーフだよね?
いやいやそんなことはどうでもいいんだ。とりあえず鏡花と社長の面談が無事何事もなく終了したことを喜ぼう。
「どうしましたか?」
「いやなんでもない。……それよりうちの社長はどうだった?」
「……今まで大小含め様々な社長にお会いしてきましたが、その中でも独特な言葉遣いをされる方でした」
社長。言われてますよ。それだからポエマーなんて言われるんですって。……はっ!注意せねば!こらっ!
「でも、ここまで来るまでに社員の方々を見て理解できました。……厳しくも人を思いやることができる優しい人ですね」
「……俺もそう思う」
なんというか、朝倉社長だからこそ、この会社でついていこうと思えるカリスマ性がある。俺がここまでのびのびとやれているのも元を辿ればあの人のおかげだからな。感謝しかない。
「じゃあそろそろ移動するか。事務所への挨拶はもう終わったし、今度は現場のアイドルたちに、だ」
「はい」