NextVenusグランプリは俗に言うアイドルたちの新人大会みたいなものだ。
Venusプログラムの発足によりアイドルたちのパフォーマンスや客席の盛り上がりがAIにより数値化されるようになってから、アイドルの世界にはライブバトルというものが生まれるようになった。
それはアイドルたちが順番にパフォーマンスし、より数値が高いほうが勝つというわかりやすい仕組み。だけども、簡潔だからこそ、勝ち負けという無情な現実がそこに現れる。
NextVenusグランプリはそのライブバトルをトーナメント形式で行っていく大会だ。優勝できれば賞金や景品とともに、トップアイドルという名誉まで貰える。そんな新人アイドルたちの夢の舞台。
だけど俺は正直言ってその仕組みが好きではない。
アイドルとは勝ち負けではない。誰かがライブを通して何かを伝えたいため、ライブ自体を楽しみたいためにアイドルがあり、ファンがそれを受け取ってアイドルに心惹かれることでそのモデルは成り立つ。そこに勝ち負けなど関係ないものだと思っている。
「はぁ……」
俺はテレビでもネットでも付きっ切りで流れているNextVenusグランプリ復活のニュースを見て思わずため息が出る。なんでそんなに人間は勝ち負けに拘るのだろう。
「朝からため息つかないで私も憂鬱になるじゃん」
珍しく部屋から出ていた有希はソファーで寛ぎながらファッション雑誌を読んでいる。
「……いっつもファッション雑誌読んでいるけどさ。そんなに面白いかそれ?」
「……はぁ」
ため息つくなって言ったの誰だよ。
有希は呆れたような表情を見せると、パンパンと見せつけるように雑誌を手で叩いた。
「あのさ…。お兄ちゃんもアイドル雑誌読んでるでしょ?それを面白いかって聞かれたらどう思うか考えないわけ?」
俺がアイドルの特集見ているときに有希がそう言ってきたときのことを思い出す。……確かにあれはは苛ついたな。これは俺が悪い。迂闊な発言だった。
「悪い、確かにそうだ」
「それにこのモデルさんだって、アイドルなんでしょ?彼女にも失礼じゃない?」
あぁ……確かにそうだ。全面的に俺の発言がよくないな。こいつもやってきたけど。
「悪かった」
「もっとさ、考えて発言したら?」
「善処する」
「いや善処するじゃなくてさ――」
「――わかったよ。昨日の夜帰りが遅かったことを怒っているんだろ?俺が悪かった。詫びはするから何がいい?」
「は?何それ。そんなこと誰も言ってないし」
言外に言っているだろうが。
口元まで出掛かった言葉を押し付け、深く息を吸う。……俺も熱くなってしまった。元は俺のせいだし、俺が謝るべきだよな。
「……本当に悪かったって思ってるよ」
「……そんなこと聞いてないし」
有希はソファーから立ち上がると二階の自室へと帰っていった。
……やってしまったな。少しでも話しかける話題を作りたくてファッション雑誌の件を話したがそれがよくなかったか。
「はぁ」
人生ってうまくいかないことばかりだ。
昼過ぎ。有希との件もあって家に居づらかった俺は、星見プロがいるはずの東京のレッスンスタジオの近くに来ていた。
別に何かしようとしてここに来たわけではない。ただ、気づいたらここに来ていた。
……だからやることないんだよなぁ。
レッスンスタジオの中を外から覗くことはできない。中に入るなんて論外だ。
……近くのカフェで時間潰すか。
スタジオ近くのカフェに入ると店員に一人だということを伝え、席へと案内してもらう。
頼むものは…コーヒーだけでいいな。甘いものはまだ見たくない。
メニュー表をみるだけで胃がきりきりしてきた俺は、店員にコーヒーとだけ伝える。さすがにコーヒーとだけ伝えてパンナコッタを持ってくるやつはいないだろう。
しばらくしてコーヒーを持ってきてくれた店員に感謝しながら、一口啜る。
うん、美味しいな。良し悪しはわからないが、味の違いはなんとなくわかるようになってきた。家のものとは雲泥の差だ。
もう一口飲もうと、コーヒーを口に当てるために視線を上げると、丁度俺の席の向かい側。そこに見覚えのある影が見えた。
「ごほっごほっ」
完全に虚を突かれた俺は思わず飲んでいたコーヒーをせき込んでしまう。……ってかなんでここにいんだよ、マネージャさんよ。
どうやら彼も俺が向かい側にいることに気が付いたようで、なぜか一人でぼそぼそと口を開いた後、席を変わるように店員に伝えこちらにやってきた。
「……久しぶり、だな」
「……まぁそうだな、三年ぶりか?」
こいつ…マネージャこと牧野航平は高校生のころの同級生だ。彼が麻奈ちゃんのマネージャをやるまでは何度か一緒に遊びに行ったこともある。
「あぁ、そうだな……」
……気まずい。久しぶりに同級生と会えばこんな雰囲気になるのも仕方ないと言えば仕方ないのだが、こいつとの最後の連絡が麻奈ちゃんの死絡みの連絡だっただけに余計気まずい。
仕方あるまい。こいつがわざわざ俺の席に来たのもあの件絡みだろうし、俺から話を作ってやろう。
「そういえば、星見プロでマネージャーやっているんだろ?それに二グループも。出世したな」
「まだまだ事務所では下っ端さ。……その話なんだけど、あの連絡はどういうことだったんだ?」
「どの連絡だ?」
「はぐらかさないでくれ。遥子さんを引き留めてくれてありがとうってやつだよ」
「どうもこうもないよ。ただ偶然サニーピースの……遥子さんのファンだった俺が、偶然あの場所にいて話を聞いてしまった。それだけさ」
「そうだったのか。それは恥ずかしいところを見せたな……」
「本当にな。お前の人を褒めるボキャブラリーの無さにはびっくりだよ。蹴り倒してやろうかと思ったわ」
「ははは、勘弁してくれ」
気まずかった雰囲気も少しは和み、思い出話でもしようかと思っていると、カランコロンと入り口の戸が開き、二人の少女が入ってきた。
ん?あ、あれってもしや……。
そこにいたのは自然な赤みがかかったボブヘアにガーネットのような赤い瞳。花が咲くような笑顔を見せていた少女。
月のテンペストの伊吹渚ちゃんじゃないか!なんで彼女がここに……。いや、ここはスタジオの近くだったわ。休憩に来ることもあるか。
「……知っているのか?」
「そりゃそうだろ。なぎさちゃ……伊吹渚さんだろ?月のテンペストの」
「詳しいな」
詳しい……?調べればいくらでも出てくるし、もうデビューライブも果たしているのになぜ?
運悪く、彼女たちは俺たちとは窓でさえぎられた席に座った。なんてこった、これじゃ姿が見えない。いやパンナコッタじゃないから……。
嫌な思い出に若干テンションが下がりながら俺はもう一人の少女に目を伸ばす。星見プロのアイドルではないが……うわ、こっちは有名人じゃないか。
薄茶色のハーフツインテールにトパーズのような瞳。おおらかな雰囲気ながらもどこか底しれない強さも伝わる少女。
TRINITYAiLEの鈴村優。今回のNextVenusグランプリで優勝候補の一角とも言われている彼女が、なぜ渚ちゃんと一緒に?
「……というか、お前の担当アイドルじゃないのか?いいのか、あれ」
「彼女たちの行動を縛るつもりはない。それに……鈴村さんには俺から相談に乗ってもらうよう話している」
「へぇ……顔が広いんだな」
TRINITYAiLEとも知り合い、か。星見プロ自体はまだまだ名前は広まってないが、星見プロの社長である三枝は業界ではかなりの有名人だ。その関係で知り合うこともあるか。
「サイン貰ってきてもらうことは…?」
「駄目だ」
「ですよねー」
TRINITYAiLE…トリエルは今、新進気鋭といっても過言ではないくらいの活躍で人気になっているアイドルだ。サイン会も定期的に行っているが……今はグランプリに集中するためかやってないんだよな。
「……それしても驚いた。アイドルに興味あったんだな」
「俺が人前で歌って踊れると思うか?」
「違う違う。ファンとして、だよ」
まぁ確かにあのときまでの俺しか知らないならそんな感想になるのか。あのときはアイドルだからライブで長瀬麻奈を見る、ではなく、麻奈ちゃんを見たいからこそライブに行くだったから、正直アイドル全体に対してはそこまで興味がなかった。
「……まぁ色々とあってな」
「そうか……」
「ってか俺の話なんてどうでもいいんだよ。彼女、個性について悩んでいるみたいだぞ」
「……そうだな。渚の個性は俺も理解しているし、すごく魅力的だと思うんだが、俺が伝えても彼女には伝わらないと思ってな」
なるほど、それで鈴村さんに、か。でも、俺が見るに彼女、一筋縄ではいかないような……。
「うーん、どうしようかなぁ……。ライバルに塩を送るなんて、うちの流儀に反するしなぁ」
「ら、ライバル!?そんなこと……」
「何を意外な顔してはるん?グランプリ、狙ってるんやろ?」
そうなるよな。この反応だと月のテンペストもグランプリは出るだろうし、そうすれば二人は敵同士だもんな。ライブバトルってやっぱり必要か?
「は、はい、未熟だけどそのつもりです」
「うふふ」
やや緊張したような、でも決意の籠った渚ちゃんの声に、鈴村さんは笑みを浮かべた。嫌な笑い方ではなく、いとおしむものを見るかのような笑み。……これはちょっと俺が勘違いしていたかもな。
「あぁもう、そんな可愛い顔見せられたらうちもほだされてしまうやんか。ま、もったいぶるほどのことでもないですし、特別やで?」
それから鈴村さんは自分の個性について悩んでいた話を語りだした。話の先が気になりながらも俺は、自分の耳を両手でふさいだ。
「えっと、何しているんだ?」
「馬鹿。アイドルの裏事情を無断で聞くやつがあるか。お前も塞いで…いやお前はいいか、マネージャーだし」
「その基準は何なんだ……」
しばらくしていると彼女たちの話も終わったようで、世間話と連絡先まで交換していた。ほほえましい話だ。二人とも頑張ってほしい。
「さて、そろそろ邪魔者は退散しますかね」
彼女たちに気取られないように立ち上がると、会計のために財布を鞄から取り出す。
「なぁ……
「ん?」
牧野の声に振り向くと、彼は今まで以上に真剣に真っすぐな目で俺を見つめていた。
「ここにいたのは、本当に偶然、でいいんだよな?」
……何を、そんな当たり前なことを。
「偶然だよ」
だって俺はこのカフェに来るために東京に来たわけではない。ここに来たのは単に時間を潰すためで、マネージャーや渚ちゃんに会ったのは意図的ではない。だから、偶然だ。
「そうか、変なことを聞いたな」
「気にすんな。いつものことだ」
「……いつもは変なこと聞いてないだろ…」
俺は会計をすまし、外へと出る。いつもより速足で外を歩き、駅まで帰り着く。
……前まで鈍感だったのに、いつからそんなに鋭くなったのやら。でも、星見プロのアイドルたちにとってはありがたい存在になった、か。
帰りの電車の時刻を見ながら、改札を通り、ホームに立ち尽くす。警戒されているなら、もう近くにはいられない。
……まぁ、でも。
「あいつがマネージャーでよかった」
じゃないと俺は、何をしていたかわからないから。