まずいことになった。
動物園から世界三大珍獣であるオカピが逃げ出したとか、オカピってなんだよとかそう言った話ではない。ただ、単純にヤバい奴が帰ってきたということだ。
BIG4の一角であるどりきゅんの復帰。
実は鏡花をスカウトしているときからなんとなく目に入ってはいたが、見ないふりをしていたのもそろそろ限界だ。
そのきっかけとなったのが、ネットニュースに上がっていたとあるアイドルの敗北の記事。復帰したどりきゅんの実力は休止前よりも更に強化され、並みアイドルでは太刀打ちできないことがそこに記載されていた。同時に心が折れてしまったかのようなアイドルの姿も。
ついにアイドルに被害者が出始めた。
BIG4チャレンジ。どりきゅんの二人が自ら立ち上げたこの企画は、彼女たちの復帰企画として立ち上げたネット番組だ。
その内容はBIG4の一角である自分らに勝てればBIG4の座を譲るという、なんともぶっ飛んだもの。さすがに異例すぎるその内容に物議をかもしたものの、休止中にすでに準備を終えていたらしく、無理やり決行する形で番組開始。そしてその内容のインパクトから視聴者数が夥しいほどに伸びてしまい、止めるに止められない状況になってしまった。
本来この企画の性質上、BIG4チャレンジ開催者であるどりきゅんには敗北のデメリットはあるものの、挑戦者側には一切のデメリットがない破格のチャレンジであるはずだった。
だけど、そこで問題になってくるのがどりきゅんというアイドルの異例さ。
他のアイドルのことなんて蹴落とす対象としか思っていないような言動。相手を心の持ちようを見抜き、それを刺激することができる洞察力と頭脳。そして、暴力的な圧倒的なパフォーマンス。
それらを兼ね備えたどりきゅんによって、数々のアイドルのプライドが刺激され、義憤に燃え、そして沈黙していった。感情が乗っていただけに、小細工抜きに正面から敗北を実感させられるのは、なにより精神へのダメージが大きい。
この異例さによって、BIG4チャレンジに挑戦していった数々のアイドルに被害者が出ているのだ。
……俺がマネージャーをする前から、どりきゅんは連日のように話題になっていたグループだ。そのやり方も、評判の悪さも十分に理解している。
このままだと、バンプロダクションのアイドルたちに被害が出ることも容易に想像がつく。ということで、だ。
「第一回どりきゅん対策会議うぃずバンプロダクションーどんどんぱふぱふー」
「……あのさ、恥ずかしいからまじで止めて」
「ついにあの悪しき資料の数々がお披露目されると思うと……慎二さん、今までありがとうございました」
「ぱちぱちー!」
「ぱふぱふ……?」
うんざりした様子のYUKINOとは対照的に、元気よく反応してくれたのがDayDreamの上川郁実ちゃん。そして疑問符を浮かべているのが鏡花だ。
うぃずの名の通り、今回は都合の合うバンプロのアイドル全員を集めての会議だ。まぁ会議と言ってもほとんど俺が話すだけだから、講習と言った方が正しいのかもしれないが。
「はい、皆様方、反応ありがとうございます。こんな感じでゆったりやっていこうとは思いますが、内容は皆様方のアイドル生命に関わることなので真剣に聞いていただきたいと思います」
俺は改めて集まってくれたアイドルたちに目を通す。養成所の子らはさすがに呼んではいないが、それでもそれなりの人数がいる。見覚えのあるアイドルたちがこうやって一堂に会する姿は壮観で、ちょっとした感動さえ覚える。俺もただのファンだったころから成長したんだなぁ。
まぁそんなことはどうでもいい。
「皆様もどこかで耳にしたことはあるかと思われますが、先日とあるアイドルがアイドル業界に復帰しました」
「どりーむきゅんきゅんですね!」
「違います。どりきゅんです」
季乃はいつも通りなので無視しておいて、どりきゅんの名前を聞いた反応は二つに分かれた。その名前を聞いて苦笑いを浮かべた人、名前だけは聞いたことはあってもぴんと来ていない人。前者はそれなりに芸歴のあるアイドルで、後者はまだ芸歴の浅いアイドルが多い。
「知っている人もいるかと思われますが、現状のBIG4のナンバー3として君臨しているアイドルたちです。構成メンバーは小南来夢さんと、大須賀れもんさん。どちらも実力者です」
「どりきゅんには足りないものがあります。蜜柑と林檎です」
「……林檎?」
「季乃さん、うるさいので黙っていてください。それと林檎は柑橘類ではありません。言うとすれば金柑とかでしょう」
「厳密にはそれも当てはまらないかと。香酸柑橘類ですので、柚子やかぼすが正しいです」
「慎二さん、負け!!!!!」
「季乃、うるさい」
話が進まないので有希にジェスチャーを送り季乃を黙らせておくと、俺は言葉を続ける。
「この人たちの特徴を一言で表現するならば、戦闘狂。ライブバトルを好み、連日のようにバトルを繰り返している人たちです」
「それは……問題はないのでしょうか?ライブバトルとはいえ、ライブは観客があってのものだと思われますが」
座学で最近のアイドル業界について学んできたからか、鏡花がそんな質問をしてくる。
「Venusプログラムのシステム的には問題はないです。ただ、ことさんの懸念通り観客動員数に関する問題は確かにあります」
同じファン数において一週間に一度ライブを行うアイドルと、毎日のようにライブをやるアイドル。ファン数とコア数が同数だとして、一度のライブに観客が多いかなんて、一目瞭然だ。
「そこが彼女たちの異例さなんです。言い方は悪いですが、彼女たちのライブは人を狂わせる力がある。そうやって彼女たちは対戦相手のファンを狂わせて、自分たちの力にしてきました」
「……なるほど」
よくわかってなさげの返事だ。まぁこればっかりは実際に見てもらうしかないから、口頭だけでは説明しづらい。
「話を戻しましょう。どりきゅんですが、復帰後にとある企画を始めました」
「BIG4チャレンジですね」
「郁実ちゃん正解です。花丸を上げましょう」
「えへへ、ありがとうございます」
こうやって乗ってくれるのは郁実ちゃんだけだ。この子は天使だよ。
俺に向けられている冷たい目を無視しつつ、俺は言葉を続ける。
「どりきゅんに勝てれば、どりきゅんに代わりBIG4になれる。皆さまアイドルたちにとっては破格の企画ですが、この企画のおそろしさはすでにネット等でも明らかにされているかと思われます」
「……ただでさえBIG4の一角のどりきゅんで、そのファンも熱狂的な人が多い。そんな彼女らが用意したステージで、挑戦者は戦わなければならない。不利だね」
「その通りです。言うなれば大阪城に身一つで立ち向かうようなものです。幸村さんでも無理です。不利どころか無謀です」
「陣営逆だし、例え下手くそじゃない?」
文句を言ってきた有希にバツ印を送る。さっきからガヤがうるさい。そろそろカード出るぞ。
「それどころか、彼女らは自分たちのチャンネルの生放送で次の対戦グループを指名してきています」
「迷惑系ですねぇ。皆で通報してアカウントバンしましょう!」
「季乃君、イエローカードです」
この時のために持ってきておいた黄色の用紙を季乃に向かって掲げる。すると、季乃も懐から円形の矢印がついた黄色のカードを取り出した。
「リバースカードです!」
「イエローカード二枚目で退場です」
「UNOって言ってない!」
「いや言ってねぇよ。その通りだよ」
「ちゃんとやってくれない?」
有希の意見はもっともだ。まじめにやろう。
「……話を戻しますが、彼女たちはそれだけでも厄介なのですが、この人たち、指名した相手が乗ってこないと色々と挑発まがいのことをしてきます」
……もっと深いところまで話すと、彼女たちの知名度で、たくさんの視聴者がいるなかで、腰抜けだのなんだの言われると、どうしても言われた側のアイドルはそういったレッテルを貼られることになる。さすがにこれは今回の会議の趣旨とは離れるから言わないけども。
「……それってアイドル業界で対応すべき問題じゃないの?」
「その通りです。こちらとしても対処は続けているのですが、未だ実らずの状態でして…力不足で申し訳ございません。だけど安心して下さい。皆様に手が及べば、私がこの身に変えても抑えてきます」
「あーそれは止めて」
この身に変えても……はさすがに有希たちに怒られるからする気はないが、皆に安心してもらうためにはちょっとばかし過剰な言葉でも問題ないだろう。
「……説明が長くなりましたが、この会議の趣旨としてはどりきゅんがBIG4チャレンジに指名されたさいにどうすべきか、そしてBIG4チャレンジに挑戦すべきかを話し合ってほしいと思います」
それから半刻後、皆で話し合ったことをそれぞれで出し合った。
俺が説明したことや、どりきゅんとアイドルに挑戦していったアイドルがどうなったかを知って関わらないようにする、と決めた子たちもいた。
だけど、その中には当然、それでもどりきゅんに挑みたいという声もあった。
「最後にバンプロダクションのマネージャーとしてこれだけ言わせてください。……皆さん、決して冷静な判断を失わないでください。何かあれば、皆様のマネージャーや周りの頼れる大人に頼ってください。社として皆様を裏切るような真似は決してしないと約束いたします」
……感情任せに動くことも別に悪いことだとは思えない。時にはそれが正解の道になることだってあるだろう。しかし、今回に関してはそれが裏目に回る確率が高い。
それに、彼女たちはまだ若い。大人のアイドルたちならともかく、まだ若い彼女らが、生放送のあの場で突然指名されたら冷静な考えができなくなる可能性だって十分にある。
それを踏まえての発言だ。
「……マネージャーとしては以上です。ただ、ここからは私個人の考えを言わせていただきます」
言おうかどうか迷ったが、想像以上に真剣に聞いてくれて、真剣に考えてくれた彼女たちを見ていると、今後のためにも話しておくべきだと思った。
「散々悪い点だけ話してきましたが、私は挑戦することはダメだとは思っていません。なぜなら見方を変えればこれも皆様がアイドルとして輝ける糧になりえるからです」
どりきゅんの用意したステージで、どりきゅんという実力者と戦う。確かに無謀だが、その機会はもう二度と訪れないだろう。
「そのやり口を、戦い方を、空気を、立場を、そして今まで戦ってきたアイドルたちの姿を。その全て理解した上で、それでも挑み、そして勝ちたいというのなら、私に相談してください。対策と攻略法を、彼女らに勝つための方法を教えます」
どりきゅんというアイドルは俺も研究したことがある。だから俺でも対策はできるし、彼女たちのステージの穴も見つけることができた。
「もちろん、挑戦しろということではありません。挑戦しない決断も立派で勇気あることだと思っています。例え指名されていたとしてもそれは同様です。私個人としても必ず皆様をお守りします」
「……長々と失礼しました。これからも、皆様のアイドル活動が皆様の人生において後悔しないものになるように全力でサポートしていく次第でございます。私からは以上です」
会場がしーんとしている。何か変なことを言ったのかと心配していると、会場のどこかから拍手の音が聞こえてきた。
やがてそれは会場中に広がり、大きな響きに変わった。
有希も季乃も鏡花も、なぜか拍手している。なんで?
「……えっと、ありがとうございます。質問等なければこれで終えますが、なにかありますか?」
それから少しして会議は終了した。
ありがたいことに真剣に聞いてくれた子たちも多く、会議後もどこか考えるような仕草を見せてくれたり、同じグループ同士で相談していたりする姿が目立った。
その姿に笑みを浮かべていると、俺に向かって歩いてくる人がいることに気が付いた。
オールバックに下渕の眼鏡。社長じゃん。
「お疲れ様です」
「お疲れ様。うちのアイドルたちを誑かすなどと、随分と思い切ったことをしたな」
……後半の俺の発言だろう。確かにあれは予定になかった。バンプロのアイドルを危険に晒すことにもつながりかねない良くない発言だ。
「勝手な発言をしてしまい、大変申し訳ございません」
俺は腰を曲げ深く頭を下げる。達成感で考えきれてなかったが、確かに冷静に受け止めればあの発言はまずい。やってしまった。
「頭を上げたまえ。御堂」
俺は恐る恐る頭を上げる。この後の台詞がクビだ、じゃないことを切に祈る。
「見事な演説だった」
「……え?」
そういうと、朝倉社長は背を向け去っていく。……褒めて、くれたのか?
「お疲れ様です!」
思わず呆然としていると、いつの間にか季乃が近くに寄って来ていた。
「お見事でしたよ!私も旗色悪くなったら茶化そうかなーなんて考えていたんですが、その隙さえなかったですね!」
……わざとやっているとは思った。まぁおかげで空気を重くしすぎないようにはなったけども。
「お疲れー」
「お疲れ様です」
有希と鏡花もやってきた。
「御見それいたしました。あなたの想いと熱意が伝わる演説でした」
「まぁよかったんじゃない?どうなるかはわからないけど、悪い方向には転がらないでしょ」
それはよかった。というか、さっきから演説演説ってなんだ。俺は演説していたつもりは一切ないんだが。
「これから忙しくなりますよ!私たちの事も忘れないでくださいね!」
「当たり前だ」
なんだか色々と解せないことはあるが、悪いことではなかったみたいなのでよしとしておく。
季乃の笑顔と、有希の欠伸している姿、そして鏡花の相変わらずの無表情を見ていると、改めてこの子たちを支えていかないとなという気分にになってくる。
……どりきゅんなんぞに、うちのアイドルたちを食わせるたまるかよ。