長瀬琴乃、月のテンペスト脱退。
夜。仕事を終え帰ろうとしていたときに目にしたそのニュースに思わず声が出た。
公式……星見プロからもすでに公表されており、よくあるフェイクニュースというわけでもない。
……確かに最近の月ストはスランプだったり、やっと脱したと思いきやどりきゅんにボコボコにされたりと色々とあった。
琴乃ちゃん自身もIMFの時から張り詰めた空気はあったし、精神的にもかなり参っていたのだろう。だけど、まさか脱退するとは夢にも思わなかった。
自慢ではないが、俺は月ストのデビュー当時から見ている古参ファンでもある。俺がバンプロでマネージャーをやる前は毎回のようにライブに行ったり、グッズが出れば朝一で並んだりとそれなりに応援し続けてきたつもりだ。
無論、今でも休みの日にライブにいったり、グッズを買ったりしているし、ライブに行けないときも彼女らの情報は毎回追っていた。
プライベートでも、色々と事情込みだが彼女たちと話す機会があったし、有希や季乃と同じ学校で私生活共に仲良くやっている姿も知っている。
アイドルとして、そして普段の彼女たちを知っている身として、今回の琴乃ちゃんの脱退は精神的に来るものがある。
もう二度とあの姿を見ることはできないのか、って。
そして同時に琴乃ちゃん無き月のテンペストが心配になった。
琴乃ちゃんは悩みながらもリーダーとして皆を引っ張ってきていた。だからこそ、中心であった彼女がいなくなって月ストはやっていけるのだろうか、と。
わからない。わからないが、なんとなく嫌な流れがやってきているのだけは理解できた。
今の俺にはどうすることもできない。
だからこそ俺は、少しでも琴乃ちゃん含めた月ストの面々に良き未来があることを祈って、夜空に輝く欠けた月に祈りを捧げた。
翌日。俺自身かなりショックを受けていたようであまり眠れないまま朝を迎えた。
明日にかけて大事な仕事があるというのにこんな調子ではよくない。
今日はYUKINOは一日中レッスンのため、まずは鏡花のプロデュース活動を優先する。
「……お休みになったほうがよろしいのでは?」
鏡花と会って開口一番、そんなことを言われた。そんなに顔に出ているのか。
「大丈夫だ。仕事には影響は出さない」
「いえ、そのような事ではなく、あなたの体調を慮っての話です」
「それこそ大丈夫だ。そう安々と倒れないから」
「あなたが無理をしていれば休ませて、と有希と季乃さんに言いつけられております。なので、せめて私との業務のさいは体を休めてください」
「しかしだな……」
「私のプロデュース活動…とはいえ、未だデビューしていない私にとって、あくまで今後に向けた活動方針について詳細を詰めていく内容に過ぎません。要はあなた抜きでも可能です」
「……」
「ですので、少しでも体を休めてください」
……言い方はともかく、鏡花なりに心配してくれているのだろう。確かにこんな調子では頭も回らないだろうし、少しだけ休ませてもらうのもありかもしれない。
「……わかった。でも五分だけだ。それからは俺も加わるからな」
「はい、それで構いません」
鏡花が何かを書き連ねる音を聞きながら、俺は言われた通り少しだけ目を閉じる。
こつこつと心地よい音が響く度、俺の瞳はどんどん重くなっていく。
体が少しずつ暖かくなり、心地よいその温度に俺の意識も消えかけていく。
「おやすみなさい」
意識を失う寸前、わずかにそんな柔らかな声がした。
五分と約束していたが、見事に爆睡していたらしく、起きたのはその一時間後だった。
慌てて飛び起きた俺は、鏡花のプロデュース方針に関して何もしてやれなかったことを謝罪し、この埋め合わせは必ずすると約束した。
そして時刻はお昼すぎ。
一時間も眠ったからか、体の調子もだいぶよく、俺は兼ねてのスケジュール通り、YUKINOのレッスンルームに来た。
「お疲れ、調子はどうだ?」
「お疲れーまぁぼちぼち?」
丁度休憩中だったらしく、有希は額の汗を拭いながらちらりと俺を向き口を開いた。
「そっちこそ調子は大丈夫なの?朝とか顔終わってたけど」
「あー心配かけて悪い。大丈夫だ」
「……まだ疲れてはいそうだけど、空元気ってわけじゃなさそうだね。まぁいいんじゃない」
やはりというべきか有希は俺を心配してくれていたらしい。睡眠不足と精神的なショックで色々とおかしかったからな。そりゃ心配するか。
「お疲れ様です!ことことちゃんと寝たみたいですね!」
「人聞きの悪いこと言うな」
俺が寝たのは間違いないんだが、と、は間違いだ。鏡花の側で寝ていたに過ぎない。というかなんでそれ知ってんだよ。
「写真送ってもらいましたので!」
そう言って季乃はスマホの画面をこちらに向ける。
椅子に腰掛けて腕を組んで眠っている俺の姿だ。……鏡花、お前自己あるじゃねぇか。何がお人形さんだ。
「せっかくだから私が安眠させてあげようと思っていたんですが……まぁ休めたのならオッケーということにしてあげましょう!ことことちゃんだけに!」
「……ことの事を話す度に毎回それやれよ」
「ことことちゃんが糊塗した言葉の事をことことします!」
「ことことって何だよ」
グツグツみたいなニュアンスです!なんて言っている季乃を見ながら、彼女も俺を心配してくれていたんだなって考えてしまう。
……マネージャーとして、俺が心配されるような事はよくないな。今後気をつけよう。
深く息を吸い気持ちを切り替えると、俺は二人に向けて声をかけた。
「どうだ?明日のライブバトル、勝てそうか?」
「相手はⅢX。BIG4の座は失ったとはいえ実力は健在」
「でも、勝てないとわかっていて挑む試合なんてないですよ?なので、勝てるではなく、勝ちます!」
気合の入った言葉だが、季乃がこんな真っすぐな台詞を言うと心配になる。何か仕掛けているのだろうか?
「……盤外戦術はほどほどにな」
「失礼な!盤外じゃないですよ!」
それならまぁいいか。