アキラの戦い 作:非公開
戦闘開始。ユミナは体感時間の操作を始めると共に、アキラを精密に銃撃した。無数の銃弾がアキラに向かって放たれる。大量の弾痕が旧世界製の壁に刻まれる。
アキラはその弾幕に問題なく対応した。体感時間と現実の解像度を操作して、全ての銃弾の動きを見切る。床だけでなく天井や空中に生成した
アキラの動きはユミナの予想を上回っていた。アキラの話によると、アキラは人型兵器や異形の巨人と戦闘した後である。そこまでの余力を残しているとは思っていなかった。
一方でアキラが銃を使用しないことに疑問を抱く。
(銃を使わないのは、もう残弾が尽きているか、殆ど残っていないから?)
アキラが持っている銃はLEO複合銃一挺だけだ。それをアキラが利用しないのは、弾薬の数に大きな制限があるからではないか。あるいは、銃は既に壊れていて機能しないのではないか。ユミナはそう推測した。どちらにしても好都合だ。
アキラが弾幕が弱まった隙をついてユミナに大きく接近し、ブレードを抜く。そしてブレードをユミナの銃に向けて振り下ろした。銃を破壊出来ればそれで良し。出来なくても、銃をブレードの軌道から避けさせる必要がある。その間、アキラを狙うことは出来ない。ブレードを振り下ろした直後の隙は、ユミナが銃の照準を付け直す時間で相殺されるはずだ。アキラはそう考えた。
だがその考えは誤りだった。ユミナは銃から手を離す。ユミナの銃が落下し、アキラのブレードが空を切る。ユミナは即座にブレードを抜き、アキラに向けて縦に振り上げた。遺跡探索におけるブレードの用途は障害物の除去など多岐に渡るが、最も重要なものの一つは接近戦への瞬時の対応だ。近距離の間合いでは、線の銃撃よりも面の切断が勝る。その為、大抵の場合ブレードは即座に硬化して利用できるように装備されている。
ユミナは銃を自ら捨てることで、銃を仕舞ったり回避させたりする手間を省略し、アキラがブレードを振り下ろした直後の隙を捉えた。ユミナの考えでは、アキラにそれを避けることは出来ないはずだった。
しかし、アキラはギリギリ回避した。一瞬の判断で右に飛び、ユミナのブレードの軌道から逃れた。
(これを避けられるの!?)
ユミナが驚愕する。体感時間を操作したアキラの技量は、ユミナの想像以上だった。地面に落ちる直前の銃を素早く蹴り上げ、左手で掴む。そしてユミナは、カツヤへの想いをもって死地へとさらに踏み込んだ。現実の解像度の操作を開始する。
二人の戦いはブレードを主としたものに移行した。互いにブレードを振り下げ、回避し、時には押し付け合う。アキラとユミナが持っているブレードは、共にアキラがツバキハラビルで手に入れた同型であり、概ね同じ性能だ。その為、一方のブレードが他方を断ち切ることはない。ユミナはそれと同時に左手で銃撃を行う。体感時間及び現実の解像度の操作ではアキラが大きく優っているが、その差をユミナは銃の手数で補っていた。
戦いは概ね互角だったが、実際に追い詰められているのはユミナだった。
その理由は体感時間と現実の解像度の操作の慣れだ。アキラはアルファとの念話を含め、体感時間操作を数え切れないほど使用している。一方でユミナの経験は極少数だ。現実の解像度の操作に関しては、アキラは複数経験がある一方、ユミナはこれが初めてだ。その経験の差は戦闘の制限時間に直結する。
また別の要因もあった。ユミナは戦闘開始時から銃を利用しているが、それを再装填する隙は一度も無かった。拡張弾倉は高性能だが限界はある。現状のユミナは銃を利用して尚互角だ。残弾が尽きれば勝ち目は非常に薄くなる。
このままでは負ける。ユミナはそう理解した。そして、現状ではアキラに大した損害を与えられていない。体感時間や現実の解像度の操作はかなりの負荷をかけるが、それがアキラにとってどの程度のものなのかユミナには分からなかった。
アキラとユミナの目的は異なる。アキラの目的は死なないことだ。ユミナは襲ってきたから抵抗しているのであって、ユミナを傷つけることは目的ではない。一方でユミナの目的は、少しでもアキラを消耗させ、傷つける事だった。ユミナが死なないことは目的ではない。
その差異がユミナに決断させた。アキラとユミナがブレードを縦に持ち、押し付け合う。今までユミナはその状態になった際、動きを制限されたアキラを銃撃していた。当然アキラは、ユミナが左手に持つ銃を警戒する。だがその銃に残弾は殆どなかった。
その瞬間、ユミナはブレードの硬化を解除した。
アキラのブレードがユミナのブレードの先を切り飛ばし、押し付けていた勢いのまま振り下ろされる。それはユミナの体を両断こそしなかったが、ユミナの体の前面を切り裂き、ユミナの心臓を抉った。
直後、ユミナはブレードに許容量を超えるエネルギーを注ぎ込んで強引に硬化して、アキラに向けて振り下ろした。ユミナと差し違えるつもりのないアキラは、咄嗟にブレードを引き抜きながら右に跳ぶ。
だがユミナはそれを読んでいた。ユミナはアキラに勢いよく近づいた。アキラのブレードがユミナの心臓を貫く。二人が至近距離で向かい合う。それにより、アキラがブレードを引き抜くことが困難になった。アキラはすぐにブレードから手を離したが、その判断は一瞬だけ遅かった。ユミナは自身の命を以て、アキラに僅かな隙を作り出した。アキラはユミナのブレードを避け切れなかった。旧世界性のブレードが、その性能を以てアキラの強化服の
アキラは、ユミナの行動を全く予想出来なかった。ユミナの自己犠牲が、通常の戦闘における圧倒的な悪手を可能にした。
過量のエネルギーを供給されたユミナのブレードの刀身が砕け散る。同時にユミナがアキラに向かって倒れ込んだ。左手にもつ銃でアキラを銃撃するつもりだったが、それだけの力は残されていなかった。銃がユミナの手から落ちる。アキラがユミナを抱きとめた。
ユミナは心臓を破壊されていたが、事前に服用していた回復薬の効能により、すぐに死ぬことはなかった。だがアキラに危害を加えることはもう出来ない。
ユミナは、自身の行動の結果に満足していた。アキラに体感時間操作の負荷を与えた上で、軽いとは言えない傷を負わせた。左腕の切断は致命傷とは程遠いが、今後の戦闘に大きな支障が生じるのは間違いない。
アキラが右手で回復薬を取り出し、片手で器用に開封した。ユミナがそれを見て考える。
その回復薬は、恐らくユミナがアキラから貰ったものと同一だ。ユミナが把握している効能の程度では、その回復薬が左腕を再生させることはない。ユミナが与えた負傷が回復薬によって無かったことになることは考えにくい。
箱が類似しているだけで非常に高性能な回復薬であり、アキラの左腕を再生させる可能性もある。だがその場合、腕を即座に復元する程度の回復薬をアキラに使用させることが出来たことになる。回復薬は有限だ。それはアキラにとって確かな損害になる。また強化服の左手部分は破壊されている為、仮に左手が再生しても戦闘にはあまり利用できないだろう。
(うん、出来るだけのことはやったはず……)
その思考は、直後のアキラの行動で覆された。
アキラが回復薬を取り出したのは、自身の左腕への応急処置を行う為ではなく、ユミナを治療する為だった。心臓の破壊は普通の人間であれば致命傷だ。だが高ランクハンターの基準では重症の範囲内だ。高性能な回復薬を迅速かつ適切に使用すれば生存は可能だ。アキラはユミナの心臓を貫通しているブレードを引き抜いた。大量の血が流れ出す。患部、特に心臓付近に回復薬を投与しようとする。
アキラは最初から、ユミナを殺そうとはしていなかった。気絶させたり手足を切断したりすれば十分だと考えていた。LEO複合銃のC弾は非常に強力であり、ユミナが受ければ体を大きく破壊される。アキラがLEO複合銃を用いずブレードの接近戦に拘ったのはその為だった。アキラがユミナに接近した際、最初にユミナの銃を狙ったのもその為だった。アキラの技量は、体感時間の操作を含めてユミナを大きく上回っている。アキラの、生き残るという目的は十分に達成可能だ。アキラは残りの優位を、ユミナを殺さないという自分勝手な目的に充てた。
結果、アキラは代償として自身の左腕を支払った。また、その目的を達成することはできなかった。
アキラによるユミナの治療が、カツヤ達が部屋に駆け込み、アキラに銃口を向けたことで中断される。アキラはLEO複合銃を構えると、牽制目的でカツヤ達に向けて乱射する。ユミナによって左手を失ったアキラは、ユミナの治療を迅速に行うことが出来なかった。治療とカツヤ達への銃撃を同時に行うことも出来なかった。カツヤ達は、アキラがユミナの治療を試みているとは夢にも思わなかった。
ユミナはアキラが回復薬をユミナに使用しようとしたこと、LEO複合銃を敢えて利用していなかったことを知り、終始ア キラが自分を生かそうとしていたことに気がついた。そして、自身の過ちを自覚した。アキラはユミナの想像以上に自分を想っていた。ユミナはアキラの側に寝返ってでも、アキラとカツヤの両者が助かる道を限界まで模索するべきだった。
(ごめん、アキラ……。間違えちゃった……)
ユミナが事前に服用していた回復薬は、ある程度の時間心臓にブレードが突き刺さったユミナの命を救うには不十分だった。ユミナはアキラに抱かれたまま、今まさに殺し合いを始めようとするアキラとカツヤを視界に収めて自身の選択を後悔し、その生涯を終えた。