アキラの戦い 作:非公開
アキラがその部屋に入ったのは偶然ではなかった。籠城する場所を探す際、ユミナと戦った部屋が近いことに気がついた。アキラがとあることに思い至ってその部屋に入る。そして、まだ横たわっているユミナに近づいた。
アイリは建物から撤退する際、ユミナの遺体を回収することにした。ユミナはアイリにとってある程度特別な存在だ。ユミナの遺体を放置することは出来なかった。
アイリはカツヤの副官として、指揮系統の上位に位置している。仲間の若手ハンターを数人連れて、ユミナがいる部屋に向かう。アキラに襲撃されることを警戒して慎重に進む。そして目的の部屋の側に辿り着いた時、アイリの耳はその部屋の中に響く銃声を捉えた。アイリ達は総合支援システムを利用している。長距離通信は未だ回復していないが、中継機が設置された建物の中では十分に機能する。総合支援システムは、目的の部屋にアイリの仲間はいないこと、銃声の主は高確率でアキラであることを告げていた。
アイリは対処を思案する。アキラは出来れば殺したい。ユミナを含む仲間達の仇として、カツヤが死を望む相手である。生かしておくと、撤退中に襲われて甚大な被害が出る可能性もある。
しかし、単純に正面から撃ち合って、現在のアイリ達の僅かな人数で勝てる相手ではない。そうであれば既にカツヤ達が殺せている。アイリは情報収集機器を利用して周囲の地形を把握し、総合支援システムの情報も参照しながら策を練った。
アキラが、部屋の入り口から何かが投げ込まれたことに気がつき、LEO複合銃で素早く撃ち落とす。それは床に落下し、白い煙を出していく。同時に、アキラの情報収集機器の精度が低下し始める。投げ込まれたのは
アキラが部屋の入り口を牽制目的で射撃しながら対応を検討する。
アキラは第三の選択肢を取った。牽制射撃をやめてLEO複合銃を背中に背負う。そしてブレードを抜くと、近くの壁を切り裂いた。壁の周囲から切り離されたその部分に体を預けて倒し、部屋から強引に脱出しようとする。
だがアイリはそれを読んでいた。部屋の入り口にいるのはアイリ一人だった。事前に展開していたアイリの仲間達が、アキラが倒そうとした壁に強化服の性能を利用し反対側から体当たりする。その衝撃はアキラの衝突を相殺し、アキラが部屋の中に留めた。そして両側からの衝撃を浴びて崩れかけている壁ごとアキラを銃撃する。
アキラは素早く対処した。ブレードの長さを限界まで伸ばして横に一閃し、壁とその向こうにいる者達を横に両断した。ハンター達の上半身と下半身が分かたれる。だが銃撃は止まない。事前に生命維持装置を組み込んでいる者がアキラを銃撃する。死亡したが強化服の制御装置は破壊されなかった者が、総合支援システムの操作で引き金を引く。それらは空中で行われている為殆どあたらなかったが、アキラをその場に留める効果があった。
そのアキラを、背後からアイリが銃撃した。
アキラが壁を切り裂いた時、アイリの仲間は壁から飛び出たブレードを目視した。その情報はローカルネットワークを通じてアイリに伝わった。アキラが壁を倒そうとすると同時に、アイリは全力で駆け出していた。
正面からの銃撃戦では、アイリ達がアキラに勝つことは難しい。ではアイリ達がアキラを上回っているものは何か。それは人数だ。アキラを逆方向から同時に銃撃する。片方がアキラに倒される間に、もう片方がアキラを倒す。その状況をつくる為に、アイリ達は二手に分かれていた。部屋の入り口にいるアイリと、壁を挟んでアキラの近くにいるアイリの仲間達だ。壁を破壊して脱出しようとするアキラを二方向から銃撃する。
普段のアキラであれば、それに対処することはアルファのサポート無しでも容易だ。体感時間を操作して双方向からの射線を見切り、回避しながら両手の銃で同時に反撃する。
だが今のアキラにそれは出来なかった。理由は主に二つある。一つは、度重なる体感時間の操作による負荷で、動きの精度がある程度落ちていたこと。もう一つは、ユミナの攻撃で左腕を失っていたことだ。片手で銃を使うにせよブレードを使うにせよ、二方向に同時に反撃することは出来ない。
どちらも、ユミナとの戦いの影響だった。ユミナがアキラと戦っていなければ、戦っても呆気なく負けていれば、アイリの策は成功しなかった。ユミナが死力を尽くして生み出したアキラの負傷を、アイリが勝機へと繋げた。
アイリは防御や回避を完全に捨てて距離を詰め、全神経を集中してアキラを銃撃する。アキラの背中にあったLEO複合銃が多数の銃弾を浴びて破損した。アイリがそれに気がつく。
対モンスター戦において敵の種類や特性を把握することが非常に有効であることと同様、対人戦において相手の装備を把握することは重要だ。相手が銃を持っていないのならば、射線の通りを気にすることなく戦える。逆に相手が誘導性能を持つ榴弾や小型ミサイルを利用しているならば、射線を切っていても安心はできない。
敵に関する情報の迅速かつ的確な共有は総合支援システムの強みの一つだ。アキラが壁を切り裂いて脱出しようとすることをアイリが予測できたのは、ユミナとの戦いにおいてアキラが積極的にブレードを使用したことを知っていたからだ。
アイリが判断する。カツヤ達との戦いの情報からすると、アキラが持っている銃はLEO複合銃だけだ。それは破壊されて使うことが出来ない。仮に何とか動作するとしても、現状アキラの盾となっているLEO複合銃を利用することは負傷の増加に直結する。右手でLEO複合銃を構え、アイリに照準を合わせ、撃つ。或いは、穴が開いた壁の向こうに逃げる。どちらも、アイリがアキラに多大な損害を与えるには十分な時間を必要とする。アイリは勝利を確信した。
しかしその確信は覆された。アキラがブレードから手を離し、LEO複合銃ではない、もう一つの銃を構える。それはユミナの銃だった。
アキラはユミナの側に戻ってきた際、ユミナの銃を手に入れていた。それは弾薬が心許ないLEO複合銃の予備であり、同時にユミナと過ごした時間の思い出の品だった。高性能な銃の多くには使用者を認識し、本来の所持者ではない者による射撃を制限する機能がついている。ユミナの銃も例外ではない。だがアキラはユミナと行動を共にしていた際の記録により、銃の使用者権限を持っていた。その為ユミナの銃を利用することができた。アイリが部屋に入る前に聞いた銃声は、アキラがそのことを確かめた際のものだった。
アキラが振り返りながらアイリを銃撃する。アキラとアイリの目が合う。互いの死を心から望む目線がぶつかり合う。双方共に防御を後回しにして、相手を一瞬でも早く殺すことに全力を注ぐ。そこまでは概ね互角だった。
だが受けた被害は大きく偏った。その一番の理由は装備だ。カツヤの部隊の予算は高額だが、その配分はカツヤに偏っており、残りを人数で割ると大きく低下する。大量調達による値引きを考慮しても、一人当たりの装備額には限界が出る。その装備を、集団戦を前提とした総合支援システムで補っていた。
一方でアキラは、自動人形の売却交渉でキバヤシが勝ち取った30億オーラムをキバヤシの要求通りに1オーラム残らず装備に注ぎ込んでいた。また、ユミナの装備は個人戦を前提とした総合支援システムに対応している為、アイリの銃と比べて高性能だった。
結果、ユミナの銃の銃弾はアイリの強化服の
アイリは死の間際、カツヤの姿を見た。カツヤは総合支援システムを経由してアイリの戦闘に気がつき、一人でアイリの元に向かって走っていた。それは幻覚ではなく、ローカルネットワークを経由してアイリに伝わった擬似的な視覚情報だった。
カツヤはアイリを大切に思ってくれている。情報はそれを意味していたが、アイリはそのことに何の感慨も抱かなかった。アイリ個人の自意識は、ローカルネットワークによって既に殆ど失われていたからだ。
ローカルネットワークがその機能を停止したのは、カツヤがアイリの死を感じ取って慟哭した時だった。