元一級呪詛師 スカー・レッド 作:傷んだ赤色
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今回は短めの蛇足回です。
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11月28日・東京都立呪術専門学校
「虎杖悠仁、おまえはスワンプマンを知っているか?」
「………えー…っと、有名な人…?」
「パラドックスだよ。ある人物がハイキング中に雷に打たれて死んだ。それと同時に近くにあった沼からその人物と完全に同一の人物が生み出された。果たしてそれはその人物といえるのか?」
「うーん………」
「まぁいいんだ、すぐに答えが出るものでもないだろう。聞きたいことは別にあるんだ」
「渋谷で会った私と今の私、同じに見えるか?」
夜、橙子は自販機の横で壁に寄りかかって缶コーヒーを開け、思考の海に沈みながら機械的にコーヒーを口に運ぶ。それは一人の男が現れるまで続いていた。
「久しぶりじゃん、橙子」
「何の用だ、問題児」
「そんな邪険にしないでよ。ただ聞きたいことがあっただけだって」
橙子はそれに、コーヒーに口を付けることで返事をする。
「まず葵についてはほんとに助かった。あいつ程の呪術師がこの状況で離脱とか痛すぎるからね」
「報酬分の仕事をしただけだ」
「そう言わずにー、この僕が感謝するなんて滅多にないよー?」
「いいからさっさと本題を話せ」
「分かったよもう、橙子はせっかちなんだから」
この最強様には手を出すだけ無駄なのでじろりと睨むだけに留める。
「………野薔薇のこと、結局悠仁達には伝えなかったんだね」
「話す意味がないだろ。話した所でどうなる訳でもない」
「まぁ確かに悠二は命に関しては嘘が下手だからね」
「それだけじゃない。教えて、また同じことをしてくれと言われたら面倒だというのもある。疲れるし費用もバカにならない。次は今回の倍は貰うからな」
「……マジ…?あの倍…?」
「自由にいじっていい訳でも無く、仕様通りに作るなんてつまらない。それに今回は術式を持ってる奴でやるのが初めてだったから受けただけだ」
「でもさ、橙子にだってメリットあるんじゃない?嫌いでしょ?
「……まぁ、いつか殺してやるさ」
「だからさ、もし僕が負けた時の為に色々動いてくれない?」
「………」
しばしの静寂が場を支配した。橙子は信じられないものを見る目で五条を見ていて、五条はただ薄ら笑いを浮かべるだけだった。
「……前払いで呪物を寄越せ。それとは別に成功報酬として5億。それに一人一回のみだ。二回目以降は私でもどうなるかわからない」
「結構ふっかけるね。でもいいよ。それで飲もう」
「…分かった。呪物は明日取りに行く」
「オッケー。じゃ、よろしくね」
橙子は立ち上がり、高専の自室へ向かって歩いていく。
「あ、ごめーん、最後に一つ」
立ち止まり、されど振り返ることは無く続く言葉を待つ。
「あの腐ったミカンども殺したの、橙子?」
「……あぁ」
そうして今度こそ橙子は闇に消えた。楽しげに笑う五条を残して。
翌日、午前10時。
「ねぇ橙子、五条は勝てると思う?」
「両面宿儺の術式が分からない以上どうとも言えないな。だがあいつが全力で挑むなら確実に瀕死までは追い込めるだろ」
「意外と高いんだ、評価。いや、低いのかな?みんなは勝つと思ってるみたいだし」
「多少の希望的観測と五条ならって考えからくるものだろうな。でも無下限にも弱点はあるし五条悟も現代最強であって史上最強では無い。私程度でも幾らか傷を負わせることができたんだ。両面宿儺程の呪術師なら無下限は破れて当然。術式運用の技術とひらめき次第だな」
「あぁ、あったね。クズトリオが校庭で暴れまくって夜蛾に叱られたこと」
「その呼び名についてはいまだに認めてないからな。そしてこれからも認めることは無いからな。絶対に」
2人は少しだけ青い春を懐かしみ、紫煙を吐く。しばしの静寂に煙を吐く音だけが響くが、それが妙に心地よい空気を作っていく。
「………あの子、大丈夫なの?」
緩んだ空気がどこか静謐になる。硝子とは高専時代からの付き合いである橙子にとって、『あの子』が誰を指していて『何が』大丈夫なのか聞いているのかも分かる。
「五条にも聞かれたよ、それ」
「で?どうなの?」
「………肉体的な状態についてはなんの問題もない。今後年齢を重ねていくとして、成長するし老化もする。怪我したとしても同じように出血する。流石に部位欠損や抉られるレベルだと少しまずいが」
「精神面では?」
橙子は苦々しい顔で視線を逸らす。
「記憶は問題ないはずだ。魂自体をコピーしてある。流石に死の直前まではバックアップできなかったがそれは脳が損傷していたとでも言えばいい。人格も何一つ変わらないと保証できる」
「橙子。せめて私には教えてくれ」
「………………」
橙子は何も話さない。ただ、何かを考えているのか視線を彷徨わせるだけだった。硝子は少しの間橙子を見つめていたが、不意に立ち上がり部屋から出て行こうとする。
「…一つ、問題がある」
絞り出すようにして出てきた言葉に、硝子は足を止めて橙子に向き直る。
「あいつがもし自分の遺体を見た時、それ以外にも何かしらで自分が死んでいて今の自分が作り物だと知った時にどういう反応が出るのか分からない」
橙子は前のめりに座り直し、灰皿へ持っていく。
「まだ十分なデータが取れてないが、自分がコピーだと知ったとき、良くて自殺。最悪で精神崩壊だ。ついでにどちらにせよ術師の場合はほぼ確実に呪いに変ずる」
「…っ!そこまで行くのか」
こめかみを軽く押さえながら俯いている橙子は珍しく本当に参っているようで、今度は陰鬱な空気が場を支配する。
「呪術師を続けられる?」
「呪力量や質についても問題ない。生前と変わらず行使できる。ただ、どうしたって呪術師には怪我が付き物だ。自分の傷口を見ないようにする、自傷行為への忌避感の増加などの多少の暗示はデフォルトで入れてあるが、確実じゃない」
硝子は答えることなく、ただ考え込む。それほど、扱いに困る案件であった。怪我をしないというのは呪術師を続ける上で100%無理だ。
更に芻霊呪法において威力が高く使い勝手もそこそこである共鳴りは目玉とも言える技。共鳴りは相手の一部をヒトガタと重ねて打ち込めば効果を発揮する。このヒトガタであれば発動できてしまうという所が便利な所であり、今回頭を悩ませることになった原因である。
呪霊や呪詛師との戦闘中に藁人形が消失する可能性や、そもそも取り出すことができなくなる可能性は決して低くない。その場合に共鳴りを発動させたい場合どうするか?答えは簡単、相手の一部を自分の腕にでも乗せて、そこに尖ったものを打てば良い。
そうなると少し不味い事がある。確かに橙子の義手は血が通っており、反転術式も効き、見た目も触感も生身と変わらない。だがあくまでも義手は義手。内部構造は人体と違っているし、重要部分に尖ったものを打ち込めば完全に破損する可能性がある。そうなったら治せるのは橙子だけである。
「結論を言えば、呪術師を続けた場合、生存はほぼ100%無理だ。ま、元々呪術師なんて死んで当然だから微々たる差だとは思うが」
「ハァー……休んでる暇もない。…他に知ってるのは?」
「五条だけだな」
「………頭いてぇー…」
「…私も悔しい。こんな不完全な状態で施術することになるとは…せめて後一年かそこらあれば十分なデータを取れていたんだが」
「……やっぱクズトリオだな」
「?だから認めないからな?」
「橙子は自分が宿儺に勝てると思う?」
「今は無理だ」
「今はって事はなんか作ってんの?」
「いや、呪具は全部作り終わった。『眼』も『人形』も『反転』も、全て全力駆動させられる」
「ならイケるんじゃないの?変換呪術もあの呪具もあって、橙子の術式なら短期決戦も持久戦もできるでしょ」
「できるな。それでも今では勝てない。絶対に。……そら、もう時間だ。早く行くぞ」
「あっ、ちょっ、速いって!」
───12月24日。新宿にて、五条悟死亡。