①満月の夜
ねえ、こんなメイワクなお話知ってる?
何十年かに一度、真っ青なお月さまの光が地上に届くんだって。
そうすると、世界が変になってしまうみたい。
いやいや、あたしたちの住んでる世界じゃなくて。
子供たちの読む「おとぎばなし」の世界がおかしくなるんだってさ。
だから、「おとぎばなし」の世界の長老たちは話し合って、たった一つの法律を作ったんだ。
その法律の名前は――。
☆☆☆☆☆
『佐天涙子』
あたしが住むこの学園都市は、超能力の街と呼ばれている。
その名の通り、この街の学生の殆どは超能力に目覚めている。もっとも、まともに使えるのはその内の4割ほどであるし、真の意味で「超能力者」の称号を与えられるのはたったの七人だけだったりするのだけれど。
そんな街の公園で、あたしこと佐天涙子は一人ブランコを漕いでいた。
「はぁ……嫌になるなあ……」
どうしてこんなところでこんなことをしているのかというと、まあ色々あったのだけど、簡単に言えば気晴らしに夜の散歩をしていたのだ。
学園都市には完全下校時間というものが存在し、それを過ぎると多くの店や交通手段が使えなくなるけれど……なんというか、モヤモヤした気分の今のあたしにはむしろ歩く方が好都合だった。
この時間帯には所謂不良と呼ばれる方々がうろついているけれど、あたしの寮の裏にある公園なら、そういう方々に見つかる可能性も限りなく低い。
「やっぱりあたしは
あたしは、この街では珍しくもなんでもない
ただし、何の能力も発現しておらず、その意味では稀な能力者だろう。いや、正確に言えば、稀な能力者
と言うのも、あたしは一時的に能力が発現していたのだ。
とっても卑怯な、魔法の音楽によって。
これで皆の役にも立てる――あたしが役立たずじゃあなくなる、なんて考えていたのだけれど、結局、その魔法の副作用で倒れてしまい皆に迷惑をかけてしまった。
今日、あたしは病室で目が覚めて、事件の顛末を聞いた。
どこまでも、あたしは役立たずだ。
「……それにしても綺麗な月だな」
ブランコから見える満月は夜空に煌々と輝いていて、まるで、色んなところで活躍するあたしの友人たちのように見えた。
ふと時計に目をやると既に日付が変わろうかという時間だった。
そろそろ帰ろうかと思ってブランコから降りると、あたしの目に砂場に置き去りにされた一冊の本が映った。
無視することも出来たのに、なぜかあたしは砂場の方へ歩いていき、その本を手に取った。
その本のタイトルは、
「……鉢かづき姫?」
どうやら日本の昔話のようだったけど、あたしはそのお話を知らなかった。
「せっかくだし、これを読んでから帰ろうかな」
読み終わったら同じところに置いておけば、落とし主もすぐに見つけられるだろうし。
「さて、どんなお話だろう?」
そして、あたしはその本の表紙をめくった。
■ ■ ■ ■ ■
『鉢かづき姫』
むかしむかし、かわちの国に母親に似てたいそう美しいひめがおりました。
ひめが十三のとき、母親はとてもおもい病気にかかってしまいました。
母親は亡くなる前の晩に、ひめに「わたしの形見に、これをかぶっていなさい。きっと、あなたを守ってくれるはずです」と言うと、おおきな鉢をひめにかぶせました。
その鉢は、どうやっても取ることはできませんでした。
ひめは、その鉢のせいで鉢かづき姫と呼ばれるようになったのです。
母親が亡くなってからというもの、鉢かづき姫はその姿からあたらしい母親もふくめたおおくの人々にいじめられていました。
ついに家を追い出されてしまった鉢かづき姫は、「いっそお母様のところへ行ってしまいましょう」と、川に飛び込んでしまいました。
しかし、鉢のおかげで鉢かづき姫はぷかぷかと浮かび、死ぬことはできませんでした。
川から上がった鉢かづき姫は、その場をとおりかかったさんみの中将のところで風呂焚き女としてはたらくことになりました。
風呂焚き女としてはたらく鉢かづき姫に優しくするのは、心優しい中将の四男であるさいしょうだけでした。
しばらくして、さいしょうは父親に自分が鉢かづき姫と結婚したいという事をつげました。
もちろん、さいしょうと鉢かづき姫はまるで身分が違うので、両親やまわりの人々はたいへん反対しました。
鉢かづき姫は素晴らしい娘だ、と説明するさいしょうに、父親は「そこまで言うのならば、嫁くらべをしよう。兄嫁たちと、楽器や舞で競わせるのだ」と言いました。
それを聞いた鉢かづき姫は、さいしょうに恥をかかせるわけにはいかないと思い逃げ出そうとします。
しかし、さいしょうに見つかってしまいました。
「放してください、さいしょうさま。このままではあなたに恥をかかせてしまいます。ならば、私は居なくなった方がいいのです」
そんな鉢かづき姫に、さいしょうは告げます。
「そんなことは無い。私は、もしもおまえが負けて恥をかくよりも、おまえがそばにいてくれない方がよっぽど辛いのだ」
「さいしょうさま……」
「それに、おまえが素晴らしい娘であることは私が知っている。おまえが兄嫁たちに劣ることはない」
そのことばに、鉢かづき姫は生まれて初めてしあわせの涙を流しました。
すると、これまでどうやってもはずれる事の無かった鉢がポロリとはずれ、
はずれ、
は……ずれ……
ぐにゃり。
「あれ……さいしょうさま、鉢がはずれません……」
鉢かづき姫は一生懸命頭から鉢をはずそうとしますが、これまでどうやってもはずれなかったのですから、こんなところではずれるはずがありません。
「そうか、鉢がはずれないのか。だったら……」
さいしょうは、ひどく顔をゆがませると笑いながら言いました。
「だったら、おまえはまだ化け物のままだなあ! 鉢かづきィ!」
さいしょうの背後でふすまがバシーンとひらくと、そこには兄嫁たちがなぎなたやヌンチャク等を持って立っていました。
「鉢かづき! 少し早いが、嫁くらべを今から執り行うぞ!」
そう言って、兄嫁たちは鉢かづき姫に襲い掛かりました。
そして、鉢かづき姫は、塀を飛び越えて逃げ出しました。
めでたしめでたし。
■ ■ ■ ■ ■
「え? なにこれ……」
あたしは、どこかでページが抜けてないか何度も何度も確認した。
でも、ページに間違いは無かったし、あれは紛れもなくこのお話のラストページだった。
「こういう話なの……? でも、いくらなんでも唐突過ぎる……」
あたしは『鉢かづき姫』を読んだこと無かったけれど、この本のシリーズは読んだことがある。
小さい頃に読んだ『シンデレラ』や『赤ずきん』は、こんなめちゃくちゃなストーリーじゃなかったはずだ。
この『鉢かづき姫』を不気味に感じたあたしは、本を元に置いてあった場所に戻して部屋に帰ろうとした。
帰ったらパソコンで『鉢かづき姫』を調べてみよう、なんて思いながらあたしは公園を出ようとした。
その時。
バララララララ……
あたしの背後で、大きな音が聞こえた。
何事かと思って振り向くと、さっき砂場に戻した『鉢かづき姫』の本のページが物凄い勢いでひとりでにめくられていた。
「な、何なの!?」
あまりの出来事に一歩も動けないでいると、突如本が宙に浮かび上がった。
「空中に……まさか、
この学園都市なら、こんなおかしなことだってあり得るのだ。
あり得るのだけど……。
きょろきょろと周りを見渡しても、それっぽい能力者は見当たらない。あたしをおどかすためにしているのかもしれないけど、誰が来るかもわからないところにいる必要はない。
そんなことを考えていると、またしても本に変化が起こった。
今度は、本からバリバリと電気のようなものがあらわれた。
「つ、次は何!?」
すると、本の中から二人の人物が身を乗り出してきて、上半身が飛び出してきた。
「あ、あれは……!」
その人物の内一人は、大きなお椀を頭に被せていた女性だった。
つまり。
「は、鉢かづき姫……!?」
その女性は紛れもなく、あたしが今の今まで読んでいた『鉢かづき姫』の主人公だった。
ついでに言えば、もう一人の方は物語の最後に鉢かづき姫に襲い掛かっていた兄嫁たちの一人であった。
しかも、その兄嫁は鉢かづき姫にしがみついていた。まるで、鉢かづき姫を本の中から出さないようにしているかのように。
その時、鉢かづき姫が呟いた声があたしの耳に届いた。
「こ、ここまで来たのに……」
そして、鉢かづき姫は必死に手を伸ばしていた。
もしかして……もしかして、この人、助けを求めてる?
「させるか……この快感を失うわけにはいかぬ! 首をねじ切ってやる!」
「あ……かは……」
あたしが戸惑っているうちに、兄嫁が鉢かづき姫の首に手をかけていた。
ま、まずい!
あたしは、何かを考える前に体が動いていた。
「鉢かづき姫、捕まって!」
あたしは鉢かづき姫の手を掴み、力いっぱいに引っ張った。
「お、重い……!」
あたし程度が引っ張ったところで鉢かづき姫はびくともしなかったけど、兄嫁の気を引くことは出来たようで鉢かづき姫の首が締まるのは止められた。
だけど、今度はあたしがピンチだ。
「
あたしの方へと伸びてくる兄嫁の腕。
まずい、避けられない……!
来る!
ドスン!
その瞬間、何かに押されて兄嫁と鉢かづき姫が本の中から完全に飛び出してきた。
兄嫁の背中に当たったそれは、
「なっ……! 金棒!?」
たくさんの「おとぎばなし」で目にしてきた、けれども実際に目にすることは無かった鬼の金棒だった。
金棒が当たったせいで兄嫁は鉢かづき姫から手を放し、鉢かづき姫が宙に投げ出される。
あたしは鉢かづき姫の手を握っていたのだから、当然彼女はあたしの方に飛んできた。
鉢かづき姫の被っている鉢の底があたしの顔に当たる直前、あたしの目には大きな三日月が映っていた。
ジュワァ……
「あああああああっつううううううう!」
顔が! 顔が焼けるように熱い!
な、なんなのもう!
なんとか目を開けてみると、ちょうど仰向けに倒れている鉢かづき姫の顔に、さっきの金棒がぶつかろうとしていた所だった。
「あ、危ない!」
すると、鉢かづき姫は口を大きく開き、その金棒を飲み込んでしまった。
「……へ?」
鉢かづき姫は何事も無かったかのように立ち上がり、同じく立っている兄嫁の方へ向いた。
「はは……は、そっか、これは夢なんだ……はは」
そうとしか考えられない。
色々な都市伝説を知っているあたしでも、本から
それに、こんなことが出来る能力者の話も聞いたことが無い。考えられるとすれば、幻想を見せる類の能力を持った精神感応系の能力者だけど、あたしにそんな能力を使うメリットが分からない。それに、もし本当にそうだとしたら夢と割り切っても問題ないはずだ。
だから、これは夢だ。
「鉢かづきィー……」
兄嫁が話し出す。
「おまえが〈おとぎばなし〉のなかで死ぬれば良かったものを、こうなった今、おまえのせいで
その声と共に兄嫁が振り上げた薙刀は、あたしの住むアパートの、あたしの部屋を真っ二つに切り裂いた。
「ああっ!」
あたしの部屋を切り裂いた事もそうだけど、下の階の部屋まで切り裂いたことの方が大変だ。あたしの部屋には誰もいないけど、下の部屋には住人が眠っていたはずだから。
下手をすると、住人は……。
「あなた、なんてことをしてくれたんですか!」
「なんじゃ?
「ひぃっ!」
兄嫁に思い切り睨まれた。
な、なんなのあの眼光!
「よいわ。鉢かづきの前に、おまえから始末してやる!」
そんなことを言うと、兄嫁はあたしの方に駆け寄ってきた。当然、薙刀を持って。
「に、逃げてください!」
鉢かづき姫はそう言うけれど、無理だ。
あたしは蛇に睨まれた蛙のように一歩も動けなかった。
ああ……あたしはここで死ぬんだ……。
ごめんなさい……お母さんやお父さん……初春……言いきれないほど謝らなくちゃいけない人がたくさんいる……結局、あたしは役立たずのまま死んでいくんだ……。
そして、あたしの頭に兄嫁が薙刀を振り下ろした。
ガン!
「いったああああああい!!!!!」
痛い痛い痛い痛い!
まともに受けてしまった薙刀のせいで脳天に激痛が走る。
おでこに手をやると、少しだけど血が流れているのが分かった。
いたたたた……。
あれ?
『痛い』で済んでる?
おかしくない?
この薙刀は、さっきあたしのアパートを真っ二つに切っていたのに。あたしの体が真っ二つになったって不思議じゃない……というかそうなるのが自然なはずだ。
「一体なんで……?」
「まさか……まさかおまえは!」
困惑するあたしの顔を見て、兄嫁がうろたえていた。
え、あたしの顔に何かついてる?
「その三日月……
『月光条例』? 一体何の話?
「ならば私を、使えるはず」
今度は鉢かづき姫があたしの方へ駆け寄ってきた。
「名も知らぬ
私を《お使いになってください》?
鉢かづき姫の言葉の真意を掴めずにいると、鉢かづき姫が言葉を続けた。
「私は〈武器〉でございます。呑んだものになれる、『月光条例』の執行者のための〈武器〉なのです」
「はい?」
全く持って話が見えてこない。
相変わらず困惑の表情を続けるあたしに向かって、今度は兄嫁が声を出した。
「ふん、鉢かづきめ。さっそく
「あの……さっきから言ってる『月光条例』って何ですか?」
「知る必要はない。今度は、横からそっ首を斬り落としてくれりょう」
え!? 首!?
どうしようどうしよう! さっきはなんか知らない内に防げたけど、今度はダメな気がする!
「執行者様! 私でお戦いになってください!」
すると、鉢かづき姫があたしの前に飛び出してきて、そのまま金棒の姿になった。
その金棒は、見るからに重そうだった。
「え、ちょ、
「さあ、執行者様早く!」
「させるものか! 死ぬるが良い、
薙刀を横に構える兄嫁。
その軌道はどう見てもあたしの首を狙ったもので、避けられる気はしなかった。
「ああもう! 鉢かづき姫、後で説明してもらうからね!」
とっさに地面に転がっている金棒になった鉢かづき姫を掴み力を入れると、それはいとも簡単に持ち上がった。
「あれ……軽い?」
「食らえ!」
「きゃ!」
首をめがけてやってくる薙刀を金棒で防ごうと、金棒を顔の横に構える。
すると。
ガシャン!
先ほどアパートを真っ二つにしたはずの薙刀は、粉々に砕け散ってしまった。
「ウソ……!」
「小癪なああああああああ!」
「執行者様! 『月光条例』を執行してくださいませ!」
「執行って、どうすればいいんですか!」
「私を使って、兄嫁様を倒していただければよろしいのです」
「倒すって……」
「さあ、一思いに!」
一思いって……。
見ると、兄嫁は薙刀を壊された時の勢いでへたり込んでいた。
「もう、どうなっても知らないから!」
そして、あたしは兄嫁の頭に金棒を振り下ろした。
『月光条例』〈執行〉!
満月がもたらす不思議なお話。
これからもお楽しみいただけたら幸いです。