とある少女の月光条例《ゲッコージョーレイ》   作:相川葵

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②月光条例

 兄嫁は、あたしが金棒を振り下ろしたきり動かなくなった。

 あたしは金棒を手放して、その場にへたり込んだ。

 

「はあ……はあ……なんだったの……」

 

 『鉢かづき姫』の本から急に登場人物が出てきたかと思えば、その内の一人に襲われて、もう一人が金棒を飲み込みそれに変化。そしてあたしがそれで返り討ちにした、と……。

 

「なんじゃそりゃあ!」

 

 うん、さっきも思ったけどこれは夢だ。

 

「やりましたね! 〈執行者〉様!」

 

 と、そんなあたしに人間の姿に戻った鉢かづき姫が話しかけてきた。

 

「『やりましたね!』じゃありませんよ! あたしの部屋が真っ二つじゃないですか! ほら!」

 

 そう言ってあたしは部屋を指差したけれど、その先には何の変哲もない一棟のアパートがあるだけだった。

 

「ってあれ……?」

「〈月打〉された〈おとぎばなし〉の住人が正気に戻れば、その者のした悪事はなかったことになります」

「へ、へえ……」

 

 ああ、なんかもうわけわかんないや。

 そうやって現実逃避をしようとしたとき、さっき叩き潰した兄嫁が視界に入った。

 あの人、あれっきり動かないんですけど……。

 

「えっと……あの人、死んじゃったんですか……? だったらとんでもなくヤバイんじゃ……」

「ああ、それなら心配ございません」

「はい?」

 

 鉢かづき姫がそう言ったのと殆ど時を同じくして、動かなくなった兄嫁の体が白い靄のような物に変化した。

 

「な、なにこれ!? オバケ!?」

 

 すると、その白い靄はある形に固まっていった。

 その形は、

 

「……兄嫁?」

 

 先ほど叩き潰したはずのその兄嫁の姿だった。

 ただし、今度は優しげな表情だったけど。

 

「あれえ、わらわはどうしておったのじゃろう?」

「兄嫁様……元に戻られたのですね」

「ということは、わらわは〈月打〉にやられて……」

「ええ、それでこの方によって『月光条例』を執行されたのございます」

「おお! そうでありましたか」

 

 そう言うと、兄嫁はあたしに向き合った。

 

「ごめんくだされまし。此度は誠に御迷惑をおかけいたしました」

「はぁ……」

 

 大した反応も出来ずにいると、兄嫁の体が揺らめき始めた。

 

「あら、もう帰る時間ですね。それじゃ鉢かづきちゃん、わらわは先に行っておるぞよ」

「はい、姉様。お達者で」

 

 兄嫁は鉢かづき姫に別れを告げたかと思うと、あたしの方を少し見て、

 

「うふふ、今回の〈執行者〉は随分とかわいらしい女子(おなご)じゃのう」

 

 と、そんなことを言った。

 

「では、がんばりや、鉢かづきちゃん」

「はい。一日も早く〈おとぎばなし〉を元に戻し、『鉢かづき姫』の中へ戻ることを約束いたします」

 

 そして、白い靄となった兄嫁は、こちらに手を振りながら本の中へと戻っていった。

 呆然とするあたしに、鉢かづき姫はにこやかに笑いながら告げた。

 

「この通り、問題はございませんよ」

「いや、問題とかそれ以前の話なんですけど……」

 

 すると、鉢かづき姫は何かに気づいた様子で急に慌て始めた。

 

「も、申し遅れました。私、鉢かづきと申します。此度はあなた様に命を救われ、お礼の言葉もありませぬ……」

「あ、丁寧にどうも」

 

 ってそうじゃなくて!

 

「鉢かづきって、あの『鉢かづき姫』の鉢かづきでいいんですか?」

「はい。信じられぬのもごもっともでございますが、私は本当に〈おとぎばなし〉の世界から参ったのでございます」

 

 そして、鉢かづき姫はヒジョーにメイワクなお話を語り始めた。

 

 

 

 

 

 ■ ■ ■ ■ ■

 

 

 

 

 

 『月光条例』

 

 

 

 何十年かに一度、月の光はとても迷惑で不思議な働きをします。

 私達「おとぎばなし」の住人は、その特別な月の光にあたるとおかしくなってしまうのです。

 これを「月打」(ムーンストラック)と言います。

 「月打」されたキャラクターは、主役も脇役も関係なく全く別人のように悪くなってしまうのです。さらに、〈月打〉されると力等も強くなってしまいます。

 ですから私たちは〈読み手〉、つまり人間の世界に助けを求めることにしました。

 「月光条例」によりて。

 

 

 条例の〈執行者〉は「おとぎばなし」を元に戻すために使者と共に悪くなった登場人物と戦う方の事。

 使者である私、鉢かづきを武器として使えるようになるのです。

 

 

 「月光条例」を執行された登場人物は、正気に戻ります。すると、先ほど話した通りその方のなされた悪事はすべてなかったことになります。

 

 

 このお話で一番恐ろしいことは、「月光条例」を執行できなかった時です。

「おとぎばなし」は、登場人物が不在のまましばらく時間が経過すると、物語が消滅してしまいます。

 その場合、〈月打〉を受けた登場人物が破壊した物や傷付けた人は戻ることは無いのです……。

 

 

 

 

 ■ ■ ■ ■ ■

 

 

 

 

 

 その話を聞いたあたしは、きっと相当間抜けな顔をしていたと思う。

 だって、口をずっと開けたままだったから。

 

「えっと……それで、その〈執行者〉ってのがあたしってこと?」

「はい、その通りでございます!」

「いやいや! 無理無理無理!」

「無理、とは……?」

「だって、あたしなんて無能力者(レベル0)だし、風紀委員(ジャッジメント)でもないし……別の人に頼んだ方が良いって!」

「そんなことはありません! あなた様の武器つかいは紛れもなく〈執行者〉様のそれでした!」

「そんなこと言ったって……」

「それに、その顔の〈極印〉があなた様が〈執行者〉である証拠でございます」

 

 証拠……?

 そういえば、さっきから何度も顔について言われたような……。

 ポケットから折り畳み式の小さな鏡を見て確認してみる。

 すると……。

 

「な、なにこれ!?」

 

 あたしの顔には、くっきりと三日月の跡があった。

 

「これ……痣?」

「それこそが、〈執行者〉であることの証、〈極印〉でございます」

「……」

 

 あたしが、執行者……。

 

「本来は、〈極印〉を渡す前に事情を説明しなくてはならなかったのですが、今回は事故のようにこのような形になってしまって……」

 

 ……もしかして、この〈極印〉が渡されたのってさっき鉢の底が私にぶつかった時?

 

「私と共に、『おとぎばなし』を正していただけますか?」

 

 その問いに、あたしは首を縦に振ることは出来なかった。

 

「ごめん」

 

 そう言って、あたしは公園から逃げ出した。

 

「ちょ、ちょっと、〈執行者〉様!」

「あたしよりも、適任の人がいるはずだから」

 

 まん丸の月は、あたしをあざ笑うかのように美しい光を地上に降ろしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 あたしが部屋へ戻ると、その部屋は先程真っ二つになったとは思えないほど、いつも通りだった。

 鉢かづき姫が言っていたとおり、あたしがあの兄嫁に「月光条例」を執行したからこうなったのだろう。

 ただ、あたしには〈執行者〉をする気は無い。だって、あたしよりも他のひとがやった方が絶対にいいはずだから。

 身近な人で言っても、御坂さんや白井さんなら見事にその責務を全うできるのではないだろうか。

 

 すると、

 

「〈執行者〉様! ここをお開け下さい!」

 

 ドンドンとドアをたたく音と共に、そんな声があたしの耳に飛び込んできた。

 あたしはドアの元へと駆け寄る。

 

「え、ちょ、なんでここが分かったんですか!」

「先程、あなた様がここが自分の部屋だと申されておりましたので」

 

 あ、そういえばそんなことを言ったような気も……。

 

「とにかく、ここをお開け下さい!」

 

 再びドアをドンドンと叩く鉢かづき姫。

 

「ちょっと、何時だと思ってるんですか!」

「す、すいません……でも、話を聞いていただきたくて……」

 

 すっかり萎れてしまった鉢かづき姫の姿を見て、あたしはかわいそうに思えてしまった。

 さっきの彼女の話が本当であれば、使命を背負ってこんなところまで一人でやってきたわけだ。

 ……。

 

「……話だけなら聞いてあげます。でも、あたしは〈執行者〉をするつもりはありませんから」

 

 あたしは、部屋のドアを開ける。

 

「あ、ありがとうございます!」

「だから声大きいって!」

 

 

 

 

 

 

 

「……それで、話ってなんですか?」

 

 今、あたしと鉢かづき姫は机を挟んで向かい合っている。

 

「〈執行者〉に関わるお話なのですが……まずは、あなた様の名前をうかがってもよろしいでしょうか?」

「あ、そういえば名乗っていませんでしたね」

 

 こちらだけ名前を知っているというのも不公平だ。

 

「佐天涙子です」

「そうですか……では、涙子様。話を聞いていただけますか?」

「……はい」

「ありがとうございます」

 

 そして、鉢かづき姫は一度お茶に口を付けた。

 

「先程涙子様は公園から出る際に、自分よりも適任がいる、とおっしゃいました」

 

 げ、あれ聞こえてたんだ……。

 

「ですが、私はそうは思いません。公園でも申し上げた通り、涙子様の武器つかいは見事なものでした」

「いや、あたしなんて……」

「そう卑下なさらないでください。涙子様がおっしゃった通り他の方に劣る部分があるかもしれませんが、〈執行者〉の素質という点においては涙子様は非常に優秀でございます」

「……」

 

 褒められているのだから、当然悪い気はしない。

 だけれど、今までこんなに褒められたことが無かったから、喜びよりも疑いの方が勝ってしまう。ここまで来ると新手の詐欺のような気もしてきた。

 

「この〈極印〉って外すことは出来ないんですか?」

「申し訳ありませんが、基本的に外すのは全ての『おとぎばなし』の〈月打〉が治った時でございます」

「……それじゃ、もう一人〈執行者〉を選ぶことは?」

「出来なくはありませんが、あたえる〈極印〉の力は弱まってしまいます」

 

 ……つまり、〈執行者〉はあたしが一人でやるしかないってこと?

 …………。

 

「そういうことなら」

「……?」

「そういうことだったら、〈執行者〉、やってもいいですよ」

「ほ、ホントでございますか!」

「はい。悪くなったキャラをそのままにしておくのも目覚めが悪いし、もう〈執行者〉を決めちゃった鉢かづき姫もかわいそうだし」

 

 もう、なってしまったものは仕方がない。正直いまだに自分が適任だとは思えないけど、あたしにしか出来ないんだったらやるしかない。

 すると、鉢かづき姫の鉢の中から、何か水のようなものがあふれてきた。

 これって、涙?

 

「あ、ありがとうございます……!」

「ちょ、泣かないで下さいよ!」

 

 あたしが〈執行者〉をすることを受け入れたことによっぽど安心したのか鉢かづき姫は泣き出してしまった。

 

「す、すいません……。あの……ついでにもう一つお願いを聞いてもらってもよろしいでしょうか……?」

「……ここまで来たら最後まで付き合いますよ。なんですか?」

「その……涙子様が私なんかに敬語を使うのをやめて欲しいのですが……」

「敬語?」

「はい。私はただの風呂焚き女ですので、そのような言葉遣いをなさらないでください」

 

 敬語を止めろって言われても……。

 

「そんな、あたしはまだ12歳ですし、明らかに年上の鉢かづき姫にタメ口なんて聞けませんよ」

「そうですか……」

 

 わたしの言葉を聞いてしょんぼりする鉢かづき姫。

 ああもう! ずるいなあ!

 

「わかりました……じゃなくて、分かったよ!」

「左様にございますか!」

「あたしからしたらそっちの言葉遣いも気になるんだけど……多分直せないよね」

「そうですね……この言葉遣いは私に染み付いておりますので」

 

 つまり、この言葉遣いは鉢かづき姫を構成する大事なアイデンティティなのだろう。

 

「そっか……それじゃ、これからよろしくね、鉢かづき姫! ……ってのは堅苦しいか。よろしくね、鉢かづきちゃん!」

「……!! はい!」

 

 今度は嬉しそうに返事をする鉢かづき姫――鉢かづきちゃん。

 そのお椀の下からは、ニコニコと笑っている顔が見えたような気がした。

 

「そういえばさ、鉢かづきちゃん」

「何でしょう、涙子様?」

 

 未だに嬉しそうな声色の彼女に、気になっていたことを尋ねてみる。

 

「あの……すごく申し訳ないんだけどさ、あたし、今の今まで『鉢かづき姫』の本を読んで来なかったんだよね」

「そうなのですか……確かに、私の物語は他に比べると少々人気が低い物なのですが……」

 

 あ、またしょんぼりしちゃった。

 

「それでね、気になったから、さっき公園に落ちてた本……鉢かづきちゃんが出てきた本を読んでたんだけど、〈月打〉されちゃった後だったらしくて、元の話が分かんなかったんだ」

「そうだったのですか……」

「それで、あのお話のラストが気になってるんだよね。だから、最後のところを鉢かづきちゃんに教えてもらいたいんだ」

 

 すると、鉢かづきちゃんは少し考えた様子を見せてから、こう答えた。

 

「〈執行者〉様のお頼みですから聞いてあげたいのですが、やはり『おとぎばなし』は自分で読むのが一番面白いと思うのです。ですから、自分の目でお確かめになってほしいのです。もう『鉢かづき姫』の〈月打〉は治っているはずですので」

「そっか。それもそうだね」

 

 ましてや、鉢かづきちゃんは主人公だ。自分のお話はその手で読んでもらった方が良いだろう。

 

「それじゃ、公園に行ってくるね」

「公園……ですか?」

「うん。さっきまで読んでたあの本を読んでくるよ」

「私もお供いたします」

「いや、いいよ。どうせすぐ終わるし。鉢かづきちゃんは部屋でくつろいでてよ」

 

 そう言って、あたしは部屋を出て公園へ向かった。

 本当は自分で本を買った方が良いんだろうけど、続きがとても気になっていたし、今は本屋が閉まっているド深夜だ。図書館だってしまっているし、今あたしが『鉢かづき姫』を読めるのはこの公園しかない。

 

 公園に着いて砂場の方に目をやると、『鉢かづき姫』は変わらずそこにあった。

 『鉢かづき姫』がどんなラストを迎えるのか、ワクワクしながら本を開いた。

 そこに書かれていたラストは、

 

「……あれ?」

 

 

 さっき公園で見たラストと、まったく変わっていなかった。

 

 




恐ろしく久々の更新。
リアル多忙につき今後の更新も不定期になりそうです。
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