とある少女の月光条例《ゲッコージョーレイ》   作:相川葵

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③条例執行

 おかしい。

 あたしは、〈月打〉された『鉢かづき姫』の兄嫁に「月光条例」を執行したはずだ。

 兄嫁はきちんと元に戻って本に帰って行ったから、この物語は元に戻っていないといけない。

 なのに、『鉢かづき姫』は依然〈月打〉されたままだ。

 

「……もしかして、鉢かづきちゃんが本の中に戻ってないから? いや、でもそれだったら鉢かづきちゃんがいない話になるんじゃ……」

 

 色々考えてみるけど、あたしの知識じゃ考えてもわかるわけがない。

 ここは素直に鉢かづきちゃんに訊いてみることにしよう。

 そう思っていると、公園の外から鉢かづきちゃんがやってくるのが見えた。

 

「丁度良かった。ねえ、鉢かづきちゃん。もしかして、『鉢かづき姫』の〈月打〉って――」

 

 

「涙子様! 大変でございます! まだ『鉢かづき姫』の〈月打〉は治っていません!」

 

 

「あ、やっぱり?」

「やっぱり、とは……?」

「ほら、『鉢かづき姫』の物語が〈月打〉されたままになってるんだ」

「そうでしたか……」

「ところで、なんで鉢かづきちゃんの方は〈月打〉が治ってないってわかったの?」

「ああ、それは電話があったからなのですよ」

「電話?」

 

 すると、鉢かづきちゃんは着物の裾から何かを取り出した。

 えーと……これは黒電話かな? 小さいころにお祖父ちゃんの家で見たことがあるような気がする。

 もちろん、学園都市に来てからはこんなもの見たことは無いからあまり自信は無いけども。

 

「『鉢かづき姫』の中で、『一寸法師』の鬼様が『月光条例』を〈執行〉されていたのですが、その方から電話で兄嫁様の人数が一人足りない事を伝えられたのです」

 

 いろいろとツッコミ所があったような気がするけど今はスルーしておこう。

 

「一人足りない?」

「はい。さいしょう様は四男で、上の三人の兄様達は結婚しておられるために兄嫁様達は三人いるのですが、先ほど涙子様が〈月打〉を直した兄嫁様も含めて二人しかいないそうなのです」

「まだ本の中に隠れてる、ってことはないの?」

「実は私が〈読み手〉界に逃れる際に、鬼様に二人の兄嫁様を足止めしてもらっていたのです。電話では、その際に一人〈読み手〉界に逃がしてしまった、とおっしゃっていました」

「そう……」

 

 つまり、確実にそのもう一人の兄嫁は〈読み手〉界(こちらの世界)にいるのだ。

 ……あれ?

 

「ってことは、その兄嫁は鉢かづきちゃんを追ってきたってことなの?」

「そういうことに……なるのでしょうか」

「……じゃあ、その兄嫁が出てきた本って……」

「私が出てきた本と、同じものでしょう」

 

 つまり、

 

「兄嫁はこの近くに――」

 

 

 ガァン!

 

 

 あたしがその言葉を言い切るよりも前に、突如破壊音が鳴り響いた。

 

「まさか、兄嫁様が……!」

「行こう、鉢かづきちゃん!」

「はい!」

 

 そして、あたし達は夜の街へと駆け出した。

 

 

 

 

 

 

 

「えーっと……確かこっちから聞こえたよね」

 

 おおよその方面はあってるはずなんだけど……。

 

「涙子様、こっちです!」

「え、そっち? なんか違う気がするんだけど」

 

 なんでそう思ったのかは自分でも分からないけど、何となくそんな気配がした。

 だけれど、鉢かづきちゃんはそうは思わなかったようだった。

 

「涙子様が何故そう思うのかはわかりませんが、こちらの方から〈月打〉キャラの臭いがするのです」

「そうなの? じゃあそっちに行ってみよう」

 

 キャラの臭いねえ……。

 少し怪訝に思いながらも鉢かづきちゃんの示す方に行ってみると、そこにはガレキの山が築かれていた。

 

「なにこれ……やっぱり兄嫁が?」

 

 そう思っていると、またしても何かの破壊音が聞こえてきた。

 今度はかなり近かった。

 

「その角の向こうです!」

「……いた!」

 

 あたし達が角をまがった先には、〈月打〉されて刀を振り回す兄嫁がいた。

 だけど、そこにいたのはそれだけではなかった。

 兄嫁の攻撃を受けたのか、少し破廉恥な服装をして日本刀を構えたお姉さんと、

 

「間に合いませんでしたか……!」

 

 

 ボロ雑巾のように道に横たわる男の人の姿があった。

 

 

「貴方達は……どうしてここに!」

「あんな音を聴けば人が来るに決まっているでしょう! お姉さんは早く逃げてください!」

「いえ、私は」

「良いから、あのお方を連れて早くなさってください! 兄嫁様はあなた様では倒せません!」

 

 まだ何か言いかけているお姉さんを背中に、あたし達は兄嫁に体を向けた。

 ……今さらっと流そうとしたけど、あの人はなんで日本刀なんか持ってるんだろう……「おとぎばなし」キャラの兄嫁はともかくとしても、あの人は普通にアウトだよね?

 ……まあいいや。とりあえず、今はこっちに集中しないと。

 

「ようやく来たな、鉢かづきィ! さあ、『嫁くらべ』を始めようぞ!」

「兄嫁様がそのつもりであれば、仕方ありませんね……お願いします涙子様!」

「了解!」

 

 あたしがそう返事すると、鉢かづきちゃんはさっきと同じように金棒に変化した。

 

「ふん、キサマが今回の〈執行者〉か。こんな小娘とは我も舐められたものじゃな」

「それはどうでしょうか? あまり涙子様を甘く見ると痛い目に会う事になりますよ」

 

 あ、あの、鉢かづきさん?

 あたしこれでも怖いんだからそんなに煽られると後が怖いんですけど。

 まあ、ここまで来たらやるっきゃない。さっき腹もくくったんだ。

 

「行くよ、鉢かづきちゃん!」

 

 そして、あたしは鉢かづきちゃんを掴んで兄嫁の方へ走り出した。

 

 

 

「返り討ちにしてくれるわ! 〈読み手〉の〈執行者〉!」

「涙子様、お気を付けください!」

「分かってる!」

 

 とはいえ、別にあたしは体術の心得があるわけでもないし、遠距離攻撃の術を持っているわけでもない。

 だから、結局近距離の戦いになる。

 

「一発で決める! 〈『月光条例』 執……!?」

「そんなもの食らわぬ!」

 

 あたしが兄嫁に振り下ろした一撃は、いとも簡単に躱されてしまった。

 

「ちょ、え、普通ここは一撃で決まる筋書きじゃないの!?」

「くはは! その筋書きから解放されたのが我らじゃ!」

「分かってるんだったら物語の中に戻ってよ!」

「断る!」

 

 やっぱり説得は無理か……!

 

「鉢かづきちゃん、何か策は無い!?」

「涙子様が思う様に私を振っていただければよいのです!」

「思う様にって……」

 

 一体どうしろと!

 

「今度はこちらから行かせてもらうぞ!」

「くっ!」

 

 どう攻めればいいのかとあたしが戸惑っている間に、兄嫁が始めの兄嫁と同じように武器を構えて走り寄って来た。

 どうすれば……あ。

 その時、あたしは思い出した。

 あたしが、さっき振り下ろされた薙刀をどうやって防いだのかを。

 これなら……。

 

「……まあでも、全部鉢かづきちゃんに訊かないと確証はないんだよね……」

「何をぶつくさと!」

「涙子様!」

「ま、まずっ!」

 

 気が付くと、ヌンチャクを構えた兄嫁がもう目の前にまで迫っていた。

 もうやるっきゃない!

 

「!」

 

 兄嫁が振り回すヌンチャクは、あたしの腰のあたりに横から当たろうとしていた。

 

 さて、〈月打〉された登場人物の力は強くなっているらしい。そうでなければ薙刀程度でアパートが真っ二つになるはずがないし、この現場の被害状況から見てもそれは間違いない。だとしたら、そんな登場人物のヌンチャクをまともに受けるわけにはいかない。

 

 だからこそ、あたしはその場に思い切りしゃがみこんでヌンチャクを額で受けた。

 

「な!?」

 

 

 ガァン!

 

 

 その結果、あたしの脳天には激痛が走ったが、それだけだ。

 ヌンチャクがはじかれて兄嫁がコントロール出来てないうちに、あたしは金棒を持ち上げて、兄嫁のお腹を突き上げた。

 もちろんその金棒は鉢かづきちゃん、つまり〈執行者〉の武器であるから、要するに、

 

「がはああああっ!」

 

 

 『月光条例』〈執行〉!

 

 

 こういう事だ。

 

「はあ、はあ……痛あああああああ!」

「涙子様!」

 

 なんとか任務を終えて激痛にのたうち回るあたしの側に、金棒の姿を解いた鉢かづきちゃんが駆け寄ってきた。

 『月光条例』を〈執行〉できたあたしにねぎらいの言葉をかけてくれるのかな、と思ったら、そうじゃなかった。

 

「なんて無茶な事を!」

「無茶って……」

「〈月打〉された兄嫁の攻撃をうけるなんて、何かあったらどうするのですか!」

 

 どうやら、鉢かづきちゃんはあたしがああいう対処法を取ったことに怒ってるみたいだ。

 だって……ああするしか思いつかなかったんだもん……。

 

「でも、頭ならあれを受け止められるってのは分かってたからね」

「……? どういうことでございますか?」

「そもそもさっき薙刀を受け止めてたってのはあるんだけど、ほら、あたしの顔には〈極印〉があるでしょ?」

 

 そう、あたしがあの行動をとれたのは、あたしの顔にある〈極印〉のおかげだ。

 改めて思い返すと、鉢かづきちゃんは〈極印〉は『月光条例』の〈執行者〉の力の源だと言っていた……様な気がする。

 あたしがあの薙刀を防げたのは、あの〈極印〉が薙刀の〈月打〉を一時的に治したからかもしれない。

 そもそも、こんな重そうな金棒を軽々と持ち上げることが出来たのも、〈極印〉のおかげである可能性もある。

 

「だから、正直賭けではあったんだけど顔で受け止めてたんだ。かなり内心ドキドキしたしね」

「……涙子様」

「少しよろしいでしょうか」

 

 また、説教なのかなんなのか、鉢かづきちゃんが言葉を続けようとしたとき、外から会話に交じる声が聞こえてきた。

 その方を向くと、そこに立っていたのは先ほど兄嫁と対峙していた破廉恥な服装のお姉さんだった。

 傷は治ってるようだけど、服はあのままなところを見るとこの服は元からこうだったらしい。ダメージジーンズとかそのあたりだろうか。

 って、あれ?

 この時、ようやく周りを見渡して気づいた。

 〈月打〉を治したはずなのに、周りのがれきや傷は全く変わっていなかったという事に。

 

「……てことは、これは兄嫁の仕業じゃないってこと?」

 

 そう口に出してから、ある人の存在を思い出した。

 あたし達がここにたどり着いた時、横たわっていた男の人の存在を。

 慌てて駆け寄ると、やはりというかしかしというか、その男の人の傷はまったく癒えていなかった。

 

「ていうかこれ、かなりひどい傷……!」

 

 鉢かづきちゃんの方を見ると、説明を求めてきたお姉さんに『月光条例』のお話をしていた。

 この人、どうしよう……あたしじゃ治療も出来ないし、病院に送り届けるしか出来ることは無いよね。何で着いた傷かもわからないから説明のしようがないけど。

 すると、話が終わったのかお姉さんと鉢かづきちゃんがこちらの方に歩いてきた。

 

「ね、ねえ、この人どうしよう! 息はあるみたいだけど、意識が無い

!」

「その方は、私が責任を持って然るべきところへ送り届けます」

 

 あたしとしては鉢かづきちゃんに話しかけたつもりだったけど、あたしの言葉に反応したのは鉢かづきちゃんじゃなくてお姉さんの方だった。

 

「お姉さんは……?」

「私、神裂火織と申します。事情は話せませんが、そちらの方が傷ついたのは私に責任があるので」

「……神裂さんはこの人の関係者ってことですか」

「まあ、そういうことになりますね」

 

 正直な所、怪しさ満点なんですけど……。

 冷静に考えれば、あの時構えていた日本刀……今は腰に携えてるけど、その日本刀を持っていたのもおかしい。

 でも、その真面目な表情や仕草からは悪い風には見えない。

 

「涙子様、この方は信用しても良いように思います」

「……鉢かづきちゃんはどうしてそう思うの?」

「なんというか……『おとぎばなし』キャラとしての勘、でしょうか」

 

 鉢かづきちゃんも神裂さんの事を悪くは思ってないみたいだ。理由は曖昧だけど。

 

「なら、まあ信用しますよ」

「……ありがとうございます。『月光条例』の責務、頑張ってください」

 

 そう言うと、神裂さんはその男の人を抱えて、ビルを飛び越えて……ってはあ!?

 

「あの人も『おとぎばなし』のキャラクター!?」

「……いえ、そのような気配はいたしませんでした」

「……ってことは、何かの能力者か」

 

 というより、そっちの方が可能性が高いはずだ。

 だってここは『学園都市』なんだから。

 あたし達が謎の人物にあっけにとられていると、先ほどと同じように〈月打〉の治った兄嫁がこちらにやってきた。

 これまた先ほどと同じような会話をすると、彼女は本の中へと戻っていった。

 

「さて……鉢かづきちゃんは、本の中に戻らなくてもいいの?」

「ええ。私には『月光条例』を〈執行〉するという大事な使命がありますから」

「その間の家や食事はどうするの?」

「わずかですがお金も持ち合わせておりますし、いざとなれば野宿をする覚悟もできております」

 

 野宿って……。

 

「はあ……分かったよ、鉢かづきちゃんウチに来なよ」

「い、いえ、そのようにご迷惑をかけるわけには……!」

「いいからいいから。そうと決まれば早く早く!」

 

 遠慮する鉢かづきちゃんの背中をあたしは強く押して、家路についた。

 これから、きっと大変な日常が待っているのだろうけれど、これならあたしが待ち望んだ〈あたしが誰かの役に立つ〉事も出来る。

 不安半分期待半分で、あたしはこれから訪れる日常に思いを馳せた。

 いつの間にか月は大きく傾き、東の空は白んでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 帰り際、あたし達は公園に寄って『鉢かづき姫』を読んでみた。

 そこに書かれていたのは、〈月打〉が治っておそらく元の筋書きに戻ったであろう物語だった。

 

 

 ■ ■ ■ ■ ■

 

 

 『鉢かづき姫』

 

 

 (前略)

 

 嫁くらべをすることを聞いた鉢かづき姫は、さいしょうに恥をかかせるわけにはいかないと思い逃げ出そうとします。

 しかし、さいしょうに見つかってしまいました。

 

「放してください、さいしょうさま。このままではあなたに恥をかかせてしまいます。ならば、私は居なくなった方がいいのです」

 

 そんな鉢かづき姫に、さいしょうは告げます。

 

「そんなことは無い。私は、もしもおまえが負けて恥をかくよりも、おまえがそばにいてくれない方がよっぽど辛いのだ」

「さいしょうさま……」

「それに、おまえが素晴らしい娘であることは私が知っている。おまえが兄嫁たちに劣ることはない」

 

 そのことばに、鉢かづき姫は生まれて初めてしあわせの涙を流しました。

 すると、これまでどうやってもはずれる事の無かった鉢がポロリとはずれ、その下からはとてもうつくしい娘があらわれました。

 さらに、鉢の中からは金や銀、さんごなどの宝物がザクザクとあらわれました。

 じぶんに自信をもった鉢かづき姫は嫁くらべに挑んでみごと勝ちました。

 そのあとは、さいしょうの両親や兄嫁たちにも認められて幸せな日々をすごしました。

 

 

 めでたしめでたし。

 

 

 ■ ■ ■ ■ ■

 

 

 

 

 

 

 ねえ、こんなメイワクなお話知ってる?

 

 何十年かに一度、真っ青なお月さまの光が地上に届くんだって。

 

 そうすると、世界が変になってしまうみたい。

 

 いやいや、あたしたちの住んでる世界じゃなくて。

 

 子供たちの読む「おとぎばなし」の世界がおかしくなるんだってさ。

 

 だから、「おとぎばなし」の世界の長老たちは話し合って、たった一つの法律を作ったんだ。

 

 その法律の名前は、『月光条例』って言うんだってさ。

 

 と言っても、条文はただ一つだけ。

 

 

 

「青き月光でねじれた『おとぎばなし』は、猛き月光で正されなければならない。」

 

 

 




今夜は皆既月食だったようで。
赤い月が綺麗でした。
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