とある少女の月光条例《ゲッコージョーレイ》   作:相川葵

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②かさじぞう

「ただいまーって、あれ?」

 

 御坂さんとさんざん遊んだその日、家のドアを開けたあたしの目には綺麗に掃除された廊下が飛び込んできた。

 

「もしかしてこれも鉢かづきちゃんが?」

「その通りでございます!」

「うわっ!」

 

 突然現れた鉢かづきちゃんに、驚きの声を出してしまう。

 

「あ、ありがとう。だけど、わざわざそんなことしなくてもいいのに」

「いえ、〈執行者〉を請け負ってもらったのですから、これぐらいは当然のことです。私が出来るのはこの程度の恩返ししかできませんので」

「だから別に……まあいいか」

 

 鉢かづきちゃんがそれをしたいと言うなら別にそれを止めなくてもいいよね。少し申し訳ないけど。

 

「鉢かづきちゃん、今日の夕食はあたしに作らせてよ」

「で、ですが、今日の分はもう作ってしまったので……」

「あー……」

 

 確かに、一日中家に居たら夕飯の支度位できちゃうね。

 

「じゃあ、明日の夕食はあたしに任せてくれない? 鉢かづきちゃんに任せっぱなしってのも悪いしさ」

「涙子様がそういうのであれば……」

「よし、じゃあそういうことで!」

 

 落ち込んでいたあたしが前を向くことが出来たのは、ある意味で鉢かづきちゃんのおかげとも言える。

 これでようやくその恩返しができると思って、少し上機嫌気味にあたしは居間へと続くドアを開けた。

 すると、

 

「ふん、やはりこんな小娘で本当に〈執行者〉が務まるとは思えぬの」

 

 なんて甲高い声が聞こえた。

 ……今の、誰の声?

 あたりをきょろきょろと見渡してみても、それっぽい人影は見えない。あたしの後ろに立つ鉢かづきちゃんはなんかクスクス笑ってるけど。

 

「どこを見ておるのじゃ! ここじゃ、ここ!」

 

 あたしが謎の声に困惑していると、またしても謎の声が聞こえて来た。

 その声のする方に目をやると……ん?

 

「……人形?」

 

 どこかで見覚えのあるような、そんな小さな人形がテーブルの上に置いてあった。

 

「なんだろうこの人形……?」

「人形ではない!」

「うわ! 喋った!」

「騒ぐでない! お主も日本の〈読み手〉ならば知っておろう!」

「日本のって……まさか!」

「そうじゃ! それがしこそが、日本むかしばなし界で有名中の超有名!」

 

 そして、一拍おいてから『彼』は言い放った。

 

 

「一寸法師じゃッッ!」

 

 

 あっけにとられて声が出ないあたしに、〈一寸法師〉は尚も声をかけ続けた。

 

「昨晩の様子を見ておったが、なんじゃあの戦いは! あんな無様な姿でアヤツを倒せると思っておるのか!」

「ちょ、ちょっと待って……え、マジで?」

「ん? なんじゃその反応は? まさか日本の〈読み手〉のくせにそれがしの事を知らぬとは申すまいな?」

「いや、『一寸法師』の事は知ってるけどさ、それにしたってあまりにも……」

「おい、おまえ、まさかあの言葉を言うつもりではあるまいな?」

 

 あたしが何かを言いかけたのを見て、一寸法師は急に慌てだした。

 正直な所、あたしが言いかけたあの言葉が一寸法師にとってはとても嫌な言葉なんだろうってことには気づいてしまったけれど、もう言葉は止まらなかった。

 

 

「一寸法師ってちっちゃすぎない!?」

「言うたな! 言ってはならんことをおまえも言ってしまったな!」

 

 

 いやだって、確かにあたしが昔読んだ絵本だとこれくらいのサイズだったような気もするけど、さすがにこんなに小さいとは……ってあれ?

 

「『お前も』?」

「……鉢かづきもそれがしのことを小さいだのと罵ったのじゃ」

「一寸法師様、私は罵った気は……」

「だまれ! それがしがおまえたちの言葉で傷ついたことは事実! おまえたちに悪気があろうとなかろうと、関係ないわ!」

 

 ……一寸法師が放ったその言葉は、あたしの心にチクリと刺さった。

 御坂さん達の言った無能力者(レベル0)という言葉も、本人たちに悪気は無かったけれども、結果的にあたしに傷をつけていたからだ。

 

「……ごめんなさい」

「うむ? 分かればいいのじゃ、まったく」

 

 これからは、発言にも気を付けないと。

 そうやってあたしが自省していると、一寸法師が話しかけてきた。

 

「まあよい。『大きな大きな』心の持ち主であるそれがしは、今の事を全部水に流してやる。いいから話の続きじゃ」

 

 ……なんか引っかかるけど、まあいいか。

 

「話の続き?」

「おまえのような小娘には〈執行者〉は務まらぬ、という話じゃ」

 

 そういえばそんなことを言っていたような気も。

 

「〈執行者〉は務まらぬって、どういうこと? 昨日の夜、あたしはちゃんと『鉢かづき姫』の〈月打〉を直したはずでしょ?」

「昨日のおまえの戦いはきちんと鉢かづきの鉢の中から見ておる。その上で言っておるのじゃ」

「鉢かづきちゃんの鉢の中?」

「はい。私が〈読み手〉界に来るときに、『一寸法師』の鬼様が〈月打〉されてしまった兄嫁様方を足止めしてくれており、その際に一寸法師様を預かり、私の鉢の中へと入れたのです」

「へえ……ん? 鬼って、一寸法師の敵だよね? なんでそんな一寸法師を守るようなことをするの?」

物語(ストーリー)の上でどうなっておろうが、〈おとぎばなし〉のキャラたちは皆〈読み手〉を喜ばせたい、という気持ちは同じなのじゃ。〈月打〉が起こった時は皆それを直すのに尽力しておるぞ」

 

 そういうものなのか。

 

「続けるぞ。とにかく、それがしはおまえの戦いを見て思ったのじゃ。今のままでは、『アイツ』には勝てんとな」

「……『アイツ』?」

「ああ……それがしの物語、『一寸法師』で、唯一〈月打〉を受けてしまったキャラじゃ」

「それって、どんな奴なの?」

「……『一寸法師』には、鬼が二人出てくることは知っておるか?」

「ああ、確か昔読んだ絵本だとそうなってた気がする」

「その内の一人は厚い岩屋の中にいて〈月打〉を逃れたが……」

「……まさか」

「『一寸法師』において〈月打〉されてしまったのは、鬼のうちの一人じゃ」

「……」

 

 それがどれだけヤバイ状況であるかは、考えるまでも無かった。

 そもそも、普通の人間である兄嫁でさえ、薙刀一つでアパートを破壊できるような力を得てしまうのが〈月打〉なのだ。

 もとからとんでもないパワーを持っている『鬼』が〈月打〉されたとなれば、その強さは……。

 

「おまえ、昨日の戦いで、捨て身の戦いをしてようやく勝てる程度であったであろう。元がそれほど強くない鉢かづきの兄嫁だからそれでも勝てたが、こんなのはむしろ例外であるぞ」

「それは……そうだね」

 

 まあ正直、いつまでもあんな戦い方をしていたらあたしの体は確実に持たないだろう。

 

「幸い、鬼が〈読み手〉界(こちらのせかい)に来るまでには時間がかかりそうじゃ。それまでに、なんとか戦い方を覚えねばな」

「……うん、そうだね」

 

 戦い方、か。

 あたしは特別鍛えているわけではないけれど、単純な筋力だけを見れば〈極印〉のおかげでカバーできていると言ってもいい。

 そうなると、戦闘術を誰かから教わるのが一番いいのかもしれない。もちろん、一朝一夕で身に付くとは思わないけれど。

 

「お二方。そろそろ夕飯にしましょう」

「そうじゃな。言いたいことは言ったし、これからはおまえ次第じゃ。とりあえずは腹を膨らませねばな」

 

 腹が減っては戦は出来ぬ、なんていう言葉もあるくらいだ。とにかく、ご飯を食べてから考えよう。

 その後、鉢かづきちゃんが作ってくれた料理が食卓に並び三人で夕飯と相成る事となった。

 鉢かづきちゃんは家事を何でもできるようで、料理の味もピカイチだった。

 

 

 

 ちょっと、全体的に質素な気はしたけど。

 

 

 

 

 

 ☆☆☆☆☆

 

 

 

 

 

『じいさんの家はどこだ♪』

 

 どすん。どすん。どすん。

 

 

 佐天達が夕食を食べているちょうどそのころ、学園都市のどこかからそんな音と歌が聞こえてきました。

 

 

『じいさんの家はどこだ♪』

 

 どすん。どすん。どすん。

 

 

 その音を出していたのは、夜の街を彷徨う六体の地蔵達でした。

 

 

『じいさんの家はどこだ♪』

 

 どすん。どすん。グシャ。どすん。

 

 

 地蔵たちは、ひたすらに歩き続けます。

 

 

『じいさんの家はどこだ♪』

 

 どすん。ドガン。どすん。どすん。

 

 

 地蔵たちは、どこまでも歩き続けます。

 

 

『じいさんの家はどこだ♪』

 

 どすん。どすん。どすん。バキッ。

 

 

 彼らの前に柱があろうと、壁があろうと、地蔵たちは止まりません。

 

 

『じいさんの家はどこだ♪』

 

 どすん。どすん。ドカッ。ベキッ。どすん。どすん。

 

 

 彼らは、破壊を続けながら闇の中へと消えていきました。

 

 

『じいさんの家はどこだ♪』

 

 どすん。どすん。どすん。どすん……

 

 

 

 

 

 ☆☆☆☆☆

 

 

 

 

 

 夕食を終えたあたしたちは、とりあえずこれからの事について話し合っていた。

 

「一寸法師は、あたしには〈執行者〉は務まらないなんて言ってたけどさ、じゃあどうすればいいのよ?」

「鉢かづきがおまえに〈極印〉を与えた以上、それがしとしては非常に不安じゃがおまえに〈執行者〉をやってもらうほかはないからの。どれ、それがしがじきじきに指導してやらんことも無いぞ」

「あーいや、それは遠慮しとく」

 

 さすがに体格が違い過ぎるから、参考にならないような気がしたから。

 

 どすん。

 

「であれば、どうするつもりじゃ」

「……友達に教わる、かな」

「友達? おまえのような小娘の友達に、戦い方が教えられるようなやつがおるのか?」

「忙しいから断られちゃうかもしれないけど、いるにはいる。今日はもう遅いから、明日になったら訊いてみるよ。もしそれでだめだったら一寸法師に教わるね」

「……二番手というのが気に入らぬが、一応やる気を出したからよしとしてやるぞ」

 

 うわ、なんて上から目線。

 けど、確か一寸法師って最終的に結構偉くなったんだっけ?

 

 どすん。どすん。

 

「あれ、そういえば鉢かづきちゃんは?」

「鉢かづきなら、廊下じゃ。『裸の王様』の王様と連絡を取り合っておる」

「『裸の王様』の王様……なんで?」

「詳しくは面倒だから説明せぬが、『裸の王様』の王様は基本的には〈月打〉されにくい状況におるから、〈月打〉が起こった時は大体王様が〈月打〉された〈おとぎばなし〉の状況やらをまとめておるのじゃ」

「ふうん……ねえ、なんで一寸法師ってそんなに鉢かづきちゃんに対して偉そうなの?」

「……おまえがそれがしを呼び捨てにしておるのも気に食わぬが……良いか? それがしは、物語(ストーリー)の最後で従三位の『中納言』になるが、鉢かづき」が結婚する相手はそれより二つも位が低い『宰相』なのじゃ」

「……ってことは、偉そうなんじゃなくてホントに偉いのか」

「そういうことじゃ」

 

 それにしたってここまで威張りちらすのはちょっと器がちい……いや、黙っておこう。

 

 どすん。どすん。どすん。

 

「……」

「……」

 

 どすん。どすん。どすん。

 

「……ねえ、一寸法師」どすん。どすん。どすん。

「……なんじゃ、サテン」どすん。どすん。どすん。

「……この音、何?」どすん。どすん。どすん。どすん。

「……この街の何かではないのか?」どすん。どすん。どすん。どすん。

「いや、こんな音、今まで一度も――」どすん。どすん。どすん。どすん。どすん。

 

 と、その時、部屋のドアが音を立てて開き、鉢かづきちゃんが飛び込んできた。

 

 

「涙子様! 〈月打〉キャラでございます!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うわ、なんだこれ……」

 

 さっき、あたし達を悩ませていたあの音はもう遠くに行ってしまっている。

 とりあえずあたし達は鉢かづきちゃんと出会ったアパートの裏の公園に出てきたのだけれど……。

 

「これは酷い有様でございますね……」

「何者かがここを通ったのかの?」

 

 公園の中を、大きな何かが突き進んだような、そんな惨状になっている。

 その、通過した通り道のようなところにあった遊具や柱は、もう使い物になりそうにない。

 しかもよく見れば、ビルやアパートの壁も平気で突き抜けている。早く〈月打〉を治さないと、被害は物だけじゃすまないかもしれない!

 

「鉢かづきちゃん! 早く行かないと!」

「分かりました! では、私に掴まってください!」

「……はい?」

 

 見れば、鉢かづきちゃんは何故か両手を左右に広げて立っていた。

 一寸法師は鉢の中に入ったみたいだけど……。

 

「さあ早く!」

「……こう?」

 

 とりあえず、鉢かづきちゃんの右腕にしがみつくように腕を回した。

 

「では行きますよ! しっかり掴まっていてください!」

「え、ちょ、うわああああああ!」

 

 突如、鉢かづきちゃんの鉢が高速回転を始めて空高く飛び上がった。

 な、な、なにこれ!

 

「ちょ、と、飛んでる! あたし今飛んでる!」

「そんな騒いでいると舌をかむぞ、サテン」

「これが騒がずにいられるかっての!」

「いました! あそこです!」

「あそこって……あ、いた」

 

 鉢かづきちゃんの示す方になんとか目をやると、そこにいたのは、建物を破壊しながら進軍を続ける、何体かの地蔵たちだった。

 しかも、よく見てみるとひとつを除いて頭に笠をかぶっていて、そのひとつは、手拭いを頭にかぶっていた。

 

「笠をかぶった地蔵って……もしかして!」

「ええ、現在〈読み手〉界で暴走しているのは……」

 

 

「『かさじぞう』の地蔵たち、というわけじゃな」

 

 

 

 ■ ■ ■ ■ ■

 

 

 

 『かさじぞう』

 

 

 むかしむかし、あるところに、貧しいけれど心やさしい、おじいさんとおばあさんがいました。

 

 ある年のおおみそかのことです。

 おじいさんとおばあさんは、ふたりで笠をつくりました。

 それをまちへ持って行って売り、そのおかねでお正月のおもちを買うつもりです。

 

「笠は五つもあるから、きっともちぐらい買えるだろう」

「おねがいしますね。それから、今夜はゆきになりますから、気を付けてくださいよ」

 そして、おじいさんは、五つの笠を持って出かけました。

 

 

 まちへ向かう途中、六つのお地蔵様がならんでいるところがあります。

 おじいさんとおばあさんは、このお地蔵様の前を通るときはいつも手を合わせているのでした。

 

「どうぞ、笠が売れてお正月の支度が出来ますように」

 と、おじいさんはひとつひとつのお地蔵様の前で手を合わせお祈りしました。

 

 

 まちについたおじいさんは、笠を売るために一日ずっとまちのあちこちでこえをはりあげていましたが、結局、かさはひとつも売れませんでした。

 おばあさんはがっかりするだろうなあと思いながら、おじいさんはとぼとぼと家に帰っていきました。

 

 

 おじいさんがお地蔵様の前を通るころには空からは雪がふりつづけていて、お地蔵様たちはそれぞれのおつむに真っ白な雪をかむっていました。

 

 せっかく売れ残ってしまったのだからと、おじいさんはお地蔵様の上に積もっていた雪をはらってやり、笠をかぶせてあげました。

 でも、笠は五つしかないのにお地蔵さまは六つならんでいます。

 そこで、おじいさんは自分がかむっていた手拭いを六つ目のお地蔵様にかぶせてあげました。

 

 

 家に着くと、頭の上に雪をたっぷり積もらせたおじいさんにおばあさんはたいへんおどろきましたが、おじいさんがお地蔵様の事を話すと、

「まあ、それは良い事をしましたねえ。おもちなんて、なくてもいいですよ」

 と、おばあさんはニコニコして言いました。

 

 

 その夜、真夜中だというのに、ふしぎな歌が聞こえてきました。

 

 

『じいさんの家はどこだ♪』

 

『笠のおれいをとどけに来たぞ♪』

 

『じいさんの家はどこだ♪』

 

『笠のおれいをとどけに来たぞ♪』

 

 

 なんと、おじいさんがしんせつにしてあげたお地蔵様が、おじいさんにたくさんのおれいを持ってきたのです。

 

 

『じいさんの家はどこだ♪』

 

『笠のおれいを、

 

 

 

 おれいを、

 

 

 

 

 お……れ……

 

 

 

 

 

 

 ぐにゃり。

 

 

 

 

 

 

 

 

『じいさんの家はどこだ♪』

 

 ずしん。

 

『じいさんの家はどこだ♪』

 

 ずしん。ずしん。

 

『じいさんの家はどこだ♪』

 

 ずしん。ずしん。ずしん。

 

 

 探し方が悪いのか、お地蔵様たちはなかなかお爺さんの家へ辿り着くことが出来ません。

 

 

『じいさんの家はどこだ♪』

 

 ずしん。ずしん。ずしん。

 

 

 こうして、お地蔵様達はいつまでもお爺さんの家を探し続けるのでした。

 

 

 

 めでたしめでたし。

 

 

 

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