クワイエット・ゼロ戦記   作:カラテマ

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17 攻略戦5

エリクトに、敵艦隊を警戒中のガンドノードからアラームが届いたのは、味方全機にスレッタたちへの攻撃を命じた直後だった。

ベネリットグループの艦艇から多数のミサイルが放たれ、クワイエット・ゼロを目指し接近中。

「ミサイルだって? 警戒を解いたとでも思ったの?」

一瞬だけ驚くも、エリクトは気にも留めない。大半をこちらに差し向けたとは言え、中継機役のガンドノードは必要最低限の数を残してある。ミサイルの突破など許しはしない。

「ぜんぶオーバーライドして、撃った当人にそのまま返してあげるよ。

 ……いや、返しても爆発しないのか。それなら……」

エリクトにはそう思案する余裕すらあった。

ミサイルが、データストーム空間境界面に入ってくるまでは。

「……?」

オーバーライドしようとした瞬間、違和感に気づく。

侵入してきたミサイルには、パーメットが一切使われていない。

否、そもそもこいつらは誘導装置を持っていない。ただまっすぐに飛んでいるだけだ。つまりミサイルではなくロケット砲だ。

そして、パーメットも使われず、誘導装置も無いものについては、当然ながらオーバーライドなどできない。直進を止めるにはガンドノードで迎撃して一発ずつ叩き落とすしかない。

だが――

「ちょっと待って!?」

そこで初めて、エリクトは驚愕する。

突入してきたミサイル、否、ロケット砲の数は400を優に超え、しかも後続が続々と飛んでくる。いつのまにかクワイエット・ゼロを半包囲するように展開していたベネリットグループの艦艇およそ60隻は、ここぞとばかりに全ての砲門を開け放ち連射を続けていた。さらに、その艦艇の周囲にはモビルスーツまでもが遊弋し、矢継ぎ早にロケットランチャーを撃ち放っている。

どれだけの数の火砲がクワイエット・ゼロに殺到しているのか、もはや数えることすらできない。仮に半分でも命中すれば、クワイエット・ゼロ表面のシェルユニットは大きな被害を受けるだろう。

それはすなわち、クワイエット・ゼロの機能喪失を意味していた。

「――ガンドノード、目標変更!」

命令するエリクトの声は悲鳴に近かった。眼前の2機への攻撃を急遽取りやめ、エアリアル率いるガンドノードの群れはロケット砲の迎撃に向かう。

 

 

―――――――――――――――――――

 

 

「よくこれだけの数の非誘導兵器を揃えることができましたね。どこに在庫があったんですか?」

周囲の艦艇から放たれるロケットの群れを長めながら、ロウジ・チャンテが疑問を呈する。

右隣に立つカミル・ケーシンクが、彼に答えた。

「安価で高火力で扱いやすい兵器ってのは、いつの時代も引っ張りだこさ。ましてやベネリットグループのロケット砲は地球でも宇宙でも高重力帯でも使える汎用性の高さが売りだ。大勢の顧客を抱える売れ筋商品だから、当然在庫もたっぷりとあるってわけだ」

そして在庫の大半は、地球に売る予定だったもの、すなわち地球の紛争を激化させるためのものでもあった。テロリストだったあの少女がその事実を知れば、間違いなく激怒していたことだろう。

「売り払って利益にするよりは、ずっとマシな使い方だな」

クワイエット・ゼロ目掛けて飛翔するロケット砲を目で追いつつ、カミルはそうつぶやく。ジェターク社の将来の幹部候補である彼も、ここ数日の体験で、色々と思うところはあったようだ。

「それにしても……非誘導兵器による飽和攻撃には弱いだなんて、クワイエット・ゼロも案外と大したことないんですねぇ」

ロウジの左隣で、セセリア・ドートが肩をすくめた。

その疑問に対しては、司令官席に座るラジャンが答えを返す。

「そもそもアレは未完成品だ。完成していれば対空砲が増設されていたし、実運用の際には複数の戦艦で護衛する予定だった。完成前だったからこそ、実運用ではないからこそ、こうやって既存の兵器で攻略もできる」

「なぁるほど。未完成のものを使ってくれて幸運だった、ってワケですかぁ」

煽る口調のセセリアを、ラジャンは咎めはせず、ただ苦笑する。

「そうだな。未完成品で本当に良かったよ。今でなければ破壊できなかった。止めることはできなかった……」

その顔には少しばかり、疲れと老いが滲んでいた。

この場にはいない主に向けて、ラジャンは一人、語りかける。

止められなかった後悔とともに。

「やはり、あんなものは建造すべきではなかった。たとえデータストームの健康被害問題をクリアできていたとしても、この世に生み出すべき代物ではなかった。

 ……私は今でもそう思っていますよ、デリング総裁」

 

 

―――――――――――――――――――

 

 

「壊させるもんかっ! 絶対に、止めさせはしないっ!」

左腕しか残らぬ状態で、しかしエアリアルはロケット砲を阻止しようと、全速力でクワイエット・ゼロの付近まで駆け戻る。残る7機のエスカッシャンを道中で展開し、必死で飛翔体を落とし続ける。

中継機役として残してきたガンドノードも、フォーメーションを崩して迎撃に出ていたが、100機程度では多勢に無勢だ。ロケット砲を巻き込んでの自爆すら辞さない奮戦も及ばず、多数の撃ち漏らしが発生している。

クワイエット・ゼロに最初の着弾。全長数キロにも及ぶ巨体は、百や二百の爆発では小揺るぎもしない。だが表面部分のシェルユニットには特別な強度はない。たちまち無数のひび割れが発生し、砕け、崩壊し始める。

「どうして!? なんで邪魔するの!? データストームのお陰で願いが叶うのにっ!

 お母さんが苦しみ続けた21年間が、やっと報われるのにっ!」

エアリアルはようやくクワイエット・ゼロ付近にまで到達した。遅れて追随してきたガンドノードの群れとともに、押し寄せる無数のロケット砲と対峙する。

全力で駆け回り、エスカッシャンを飛ばし、バルカンを乱射し、クワイエット・ゼロを狙うものたちを撃墜する。だがベネリットグループの在庫は無尽蔵だ。どれだけ落としても数が尽きない。ロケット砲を迎撃するガンドノードも、あるいはエネルギー切れを起こして力尽き、あるいは横合いからロケット弾の衝突を受けて破壊され、あるいは味方同士で目測を誤って衝突し、次々と機能停止に追い込まれていく。

数の暴力が、エリクトたちを圧倒しつつあった。

「君たちは……君たちはまた、お母さんを苦しめるの!? 21年前のように!

 でも、そうはさせない! お母さんの願いは、僕が守るっ!」

デリング・レンブランによる、有無を言わせぬ殺戮と破壊。

母が21年前に味わったヴァナディースの悲劇を、再び繰り返させる訳にはいかない。

ぼろぼろのエアリアルを操るエリクトは必死だった。少しでもクワイエット・ゼロの被害を抑えることで頭がいっぱいだった。

 

そこに、隙が生じた。

 

味方機からのアラートが再びエアリアルに届く。はっと我に返ってみれば、後方でいくつもの爆風が生じている。

すべてガンドノードが撃墜された際に生じた爆風だ。そして、これみよがしに次々と味方機を屠っているのは――

「シュバルゼッテ……! こんなときにっ!」

オムニ・アジマス・レーザーで周囲を薙ぎ払いつつ、白い機体が後方を飛び回る。ただでさえ窮地のこちらにさらに追い打ちをかけようというその動きに、エリクトの怒りが爆発した。

「いい加減にして、ジェターク……! 君たちは目障りだっ!

 そんな出来損ないのモビルスーツ、すぐに壊してあげるよ!」

エスカッシャンを引き戻し、すべてシュバルゼッテに差し向ける。

この時点においてもエリクトにはまだ油断があった。しょせん相手は非パーメット機であるという見くびりだ。シュバルゼッテが今まで正面切っての戦いを挑んでこなかったことも、その評価に拍車をかけた。

結果として、エリクトの判断は盛大に裏目に出た。エスカッシャンからの攻撃が開始される直前、シュバルゼッテは凄まじい加速で包囲網を脱し、一直線にエアリアル目掛けて突撃してきたのだ。

「なっ……!?」

あっという間に眼前まで肉薄される。パーメットリンク無しの操縦だとはとても信じられない、精密にして完璧な機動だった。

「ジェタークを侮った報いを受けろ、エアリアル!」

ラウダ・ニールの声とともに大剣が振り下ろされ、エアリアルに最後に残った左腕を切断する。

だが、エリクトには悲鳴を上げる暇も与えられなかった。彼女から見て真下に当たる位置に、もう一機の敵がいることに気づいたからだ。

バリアブルロッドライフルを両手で保持し、足先を変形させるハイマニューバモードの状態で、キャリバーンがこちらを見上げている。

「ス……スレッタァぁぁぁぁ!」

エリクトが絶叫した瞬間、バリアブルロッドライフルの後方に備えられたクアドラ・スラスターが、十字の形に巨大な光を放った。

直後、エアリアルの腹部に筒状のものが衝突する。

それがバリアブルロッドライフルの砲口だと気づいたときには、すべてが手遅れだった。超加速をかけたキャリバーンのタックルをもろに喰らい、さらには両腕でがっちりと胴体をホールドされ、エアリアルはなす術なく、はるか後方へと運ばれていく。シュバルゼッテを追っていたエスカッシャンも、周囲でロケット砲を迎撃していたガンドノードも、急速に彼方へと遠ざかっていく。

クアドラ・スラスターの推力は凄まじい。二機のモビルスーツの重量をものともせず、誰も追いつけない速度で戦場から引き離していく。データストーム空間の外へと突き抜け、クワイエット・ゼロの巨体すら刻一刻と小さくなっていく。

こうなってしまえばもう、エスカッシャンを制御することは叶わない。数百のガンドノードと密に連絡を取り合うこともできない。クワイエット・ゼロ防衛の指揮をエリクトが執ることは、事実上不可能になったのだ。

「これが君の狙いだったの、スレッタ……!?」

四肢を失い、エスカッシャンをも失ったエアリアルには、抵抗する術はない。クワイエット・ゼロがこのまま機能停止していく様を、はるか遠方から指を咥えて見ていることしかできない。

すなわちスレッタは、姉の命を絶つことなく、その計画を止めることに成功したのだ。

「君は、最初からこれを……!」

「わたし、欲張りだから」

妹の声は、涙に濡れていた。

「お母さんも、エリクトも、ミオリネさんも、ニカさんも、チュチュ先輩も、リリッケさんもアリヤさんも、マルタンさんもティルさんもヌーノさんもオジェロさんも……ベルメリアさんやエランさん、ペトラさんやフェルシーさん、ラウダさん、グエルさん。……それに、ノレアさんも。

 全員、死んでほしくないから。ずっと生きていてほしいから」

「…………」

「だから、誰も死なせない。エリクトを死なせずにクワイエット・ゼロを止める。そう決めたんだよ。

 ……そして、みんながそれを手伝ってくれたんだよ」

まっすぐに宇宙を駆けるモビルスーツの中で、少女は、姉に語り続ける。

「みんな、エリクトが死ぬことを望んでない。お母さんが死ぬことも望んでいない。

 もちろん、みんなには謝らなくちゃいけない。大勢の人に迷惑をかけたことを、一生かけて謝らないといけない。

 でも、わたしを手伝ってくれた人たちは、エリクトとお母さんが生きることを望んでる。この世界に居場所はあるって言ってくれてる」

「…………」

「だから、みんなを敵にしないで。もう一回だけ、世界を信じて。

 エリクトを許さない人には、わたしが一緒に謝るから。一生懸命、謝るから。

 だからエリクト。もう一度、わたしたちと一緒に、この世界を一緒に、生きよう……!」

エリクトは、静かに首を振った。

「無理だよ、スレッタ。僕とお母さんは、これだけのことをしてしまった。大勢の人を裏切って、大勢の人を殺してしまったんだ。

 もう僕たちは許されない。許されてはいけないんだよ、スレッタ」

「そんなことない……そんなことないよ、エリクト! わたしも一緒にみんなに謝る。一生かけて謝る。だから……っ!」

スレッタは、どこまでも優しかった。

きっと彼女は、その言葉通り、一生の全てを母と姉の弁護に費やすのだろう。

残る人生の全てを棒に振ってでも、母と姉を守り続けるのだろう。

その確信があるからこそ、エリクトは、妹の願いを受け入れることができない。

 

「駄目だよ、スレッタ。すべてが終わったら、君は僕たちと関係ないところで生きて。僕たちは、君に縋るわけにはいかない」

「……嫌だよっ。一緒に生きようよ、エリクト……!」

 

キャリバーンとエアリアルは、誰もいない宇宙空間を飛翔する。

涙声で言葉を交わしながら、二人の姉妹は、孤独に空を飛び続ける。

 

 

―――――――――――――――――――

 

 

強化人士を無力化したと確信したプロスペラは、4機の警備用モビルクラフトで周囲を固め、サーバールームに入室する。

と、その強化人士のいる場所から、筒状の何かが放物線上に飛んできた。プロスペラを守るモビルクラフトの一機が、すぐさまそれを撃ち抜く。

筒状のものが破裂し、周辺を強烈な光で照らした。

「ECMグレネード……!」

一定範囲内の電子機器を麻痺させる手榴弾。それはモビルクラフトを制御するハロにも通用する代物だ。だが、ハロにはこういった攻撃への対策として予備回路が備わっている。効果があるとしてもほんの一瞬、予備回路に切り替わるまでの間だけだ。

その一瞬で何ができるというのか。目を閉じて光を遮断しつつ、プロスペラは嘲笑う。

直後、彼女の真上から、乾いた音とともに細いビームが放たれた。

「え?」

目を開けた直後、我が目を疑う。頭上からのビームは、プロスペラの右を守るモビルクラフトのハロを的確に撃ち抜いていた。

頭上を仰ぐよりも早く2発目が放たれ、左手側のモビルクラフトを停止させる。

彼女が事態を悟ったときには、後方に控える2機、そして強化人士を脅かす1機までもが撃ち抜かれ、機能を停止していた。

「なっ!?」

あわてて頭上に銃を向ける。だが狙いを定めるよりも早くその銃にもビームが命中し、手から弾き飛ばされる。

3秒。ECMグレネードが光を放ってからわずか3秒で、たった6発の銃弾により、プロスペラは武装のすべてを奪われた。

恐るべき狙撃手は、すぐさま頭上から飛び降りてきた。着地するやいなや銃を構え直し、プロスペラに突きつける。

ノーマルスーツのヘルメットからのぞく顔は、幼いとすら形容できる少女のものだった。

惚れ惚れするほど理想的なフォームを維持したまま、ノレア・デュノクは宣告する。

「動かないでください。動いたら撃ちます」

プロスペラは呆然と立ち尽くす。何が起こったのか理解できない。

いや、目の前の少女の奇襲については把握できた。入り口直上を通るケーブル網の上に登り、強化人士がECMグレネードを投げるまでその小柄な身体を隠していたのだ。

だが、ここに地球の魔女がいるというならば、部屋の奥から撃ち返してきた熟練者は――ケナンジ以外のもう一人は、いったい誰なのだ?

「ベルメリアさん、大丈夫ですか!? もう銃撃戦は終わりました、だから銃を手放していいんですよ!」

「……も、もう終わったんですね? わ、私、もう撃たなくていいんですよね?」

「ええ、その通りです! さあ、深呼吸して、リラックスして、銃を私に渡してください。ええ、そう、OK、それでよし。

 ……いやはや、それにしても素晴らしい腕でしたよベルメリアさん。訓練を真面目に受けていたんですね」

「いえ、その……ええ、はい。度胸がないもので、だから少しでも度胸をつけておきたくて……」

プロスペラの仮面が、そんな会話を拾った。

――ああ、そうだ、あの臆病者の後輩。銃を人に向ける度胸もないくせに、訓練のときはやたらと熱心だった。

「まさか、ベルにまんまと一杯食わされるだなんてね……」

プロスペラは歯ぎしりする。武器を失い、銃を突きつけられ、これではミオリネを人質に取るどころではない。逆に自分が計画を止めるための人質にされかねない。

――ここまで来て、そんなことは許されない。あと一歩で、あの子に自由な世界を与えることができるのだから!

仮面の奥にギラつく瞳を隠し、プロスペラはノレアを睨みつける。

地球の少女は、銃を構えるフォームを崩さぬまま、保護隔壁の陰に座る強化人士と言葉を交わしていた。

「こっちに来れる? この人を拘束して欲しいんだけど」

「あー、ごめん、ちょっとドジった。すぐに止血するんで、もう少し待っててよ」

「……っ! 傷は深いの!? 出血量は!?」

「いやそんな心配しなくていいよ。飛んできた破片が上腕をかすめただけだから。ノーマルスーツは破けたけど、腕はちゃんとついてるし痛みもしっかり感じる。軽傷さ」

「……そう。わかった。さっさと治療して。あと、拘束はケナンジに頼むから、あんたはそこで休んでて」

ヘルメットの下であからさまな安堵の表情を浮かべる少女を、プロスペラは仮面越しに値踏みする。

子供だ。銃の腕は大人顔負けだが、精神面は明らかに子供だ。揺さぶるのは容易い。話の持っていきかた次第では味方に引き込むことも可能かもしれない。

一瞬のうちに計算を終えたプロスペラは、微笑みの形に唇を釣り上げた。

「貴女、地球解放のためにデリングと戦っているのでしょう? どうしてベネリットグループの味方をしているのかしら? 人質でも取られたの?」

「黙っていてください。動いたら撃ちます」

猫なで声で囁きかけてみたものの、相手はかたくなに銃の構えを崩さない。だがプロスペラは構わず続ける。

「私もね、デリングとその郎党を滅ぼすために戦っているのよ。そしてその目的を果たすためにクワイエット・ゼロをデリングから奪ったの。これを使えば、奴らの圧政を終わらせることができる。地球を解放することができるわ」

「聞こえませんか? 黙っていてください。動いたら撃ちます」

「貴女もデリングを憎んでいるのでしょう? だからガンダムに乗り、命を削って戦っている。でもね、私に協力してくれればもうその必要はないの。そして貴女が協力してくれるなら、私もできる限りのことをするわ。人質がいるのであれば、その人を私が救ってあげる――」

少女の心を揺さぶるべく、プロスペラは甘言を連ねる。自分の知りえる数少ない情報を元に誘惑の言葉をひねり出す。

だが少女から返ってきたのは、険しい表情と、そして一つの地名だった。

 

「……クイン・ハーバー。」

 

プロスペラの舌が止まった。

息を呑み、甘言を続けることができなくなった仮面の女に対して、今度はノレアが言葉を連ねる。

弾劾の言葉を。

「あなたはクイン・ハーバーのルブリスを破壊し、その際に生じた爆発を利用して、デモ隊とベネリットグループの間に意図的に戦端を開かせましたね?

 さらにはエアリアルでデモ隊を攻撃して回り、戦火を強引に拡大させた」

「それは誤解よ。クイン・ハーバーの虐殺を指揮したのはミオリネ――」

「ミオリネ・レンブランに責任をなすりつけつつ、自分は戦いの混乱を利用して戦場を離脱し、身を隠した。クワイエット・ゼロを乗っ取る時間を稼ぐために。

 実に合理的ですね、プロスペラ・マーキュリー。自分の目的を叶えるためなら他人が何万人死のうと構わない。あなたの行動は常にその考えのもとに一貫していて、まったく無駄がない」

ノレアの口調は、その表情と同じく淡々としている。

だがその瞳に浮かぶのは、明確な嫌悪、そして殺意。

銃を突きつけたまま、少女は静かに、怒りを叩きつけてきた。

 

「あなたのやったことについては、ベルメリアやミオリネ・レンブランから色々と聞いています。

 あなたのやり口はベネリットグループと……いえ、デリング・レンブランと同じだ。他人を騙し、裏切り、奪い、踏みにじる、良心を失った人間の所業だ。

 あなたの言葉など信用しない。できるはずがない」

 

プロスペラはわずかに怯み、そして悟った。この少女は懐柔できない、と。

ノレア・デュノクは恐らく、自分を生け捕りにするようベネリットグループから命令を受けている。その命令がなければ、彼女は上から奇襲をかけたときに迷いなく自分の脳天を撃ち抜いていただろう。それほどの敵意が、少女の瞳からにじみ出ていた。

だがプロスペラはすぐに思考を切り替え、素早く周囲に視線を走らせる。

 

強化人士はまだ止血処置が終わっていないのか、遮蔽物の陰にいる。

ケナンジは――聞こえてくる会話から察するに――初めての銃撃戦で精神的ショックを受けたミオリネとベルメリアを落ち着かせるのに忙しい。どうやら、もう戦闘が完全に終わったつもりでいるようだ。

 

つまり今、この少女を援護する者は誰もいない。

ならば……打つべき手は一つ。

プロスペラはほくそ笑むと、ノレアの心を別の方向から揺さぶるべく口を開く。

「デリングと同じ……ええ、そうね。そのとおりよ。

 我が子を守るという一点において、アイツはこの世界で最も成功しているもの」

あえて少女から視線を外すと、プロスペラは恨み節を並べ始めた。

「デリングは何万人どころか何百万人もの人間を殺してる。何千万人もの人の家族を奪っている。そこまでのことをしでかしているのに、アイツの娘は自分の父の所業も知らぬまま何不自由なく育ち、安全で平和で豊かな人生を思う存分謳歌してるわ。

 デリングにすべてを奪われた私の娘は、人間の身体を失い、精神を兵器の中に閉じ込められているって言うのにね!」

床を見つめ、ねじれた笑い声を上げる。

適度に嫌悪感を煽るよう、プロスペラはその声帯で哀れな女の声を演じてみせる。

 

「そうよ。この世界は、強い者こそが正義。奪う者こそが正義。平然と殺せる者こそが正義なの。だから私も我が娘のためにデリングのようにやってみせたのよ。他人を利用し、裏切り、奪い、殺してね。

 ――それの何が悪いっていうの!? この世界は、それが、それこそが正しいのよ!」

 

「あなたはっ……!」

憤怒に我を忘れたのか、ノレアが一歩近づいてきた。

期待通りだ。相手はこう思っているに違いない――もはやプロスペラは観念し、武力による抵抗を諦め、代わりに未練がましく開き直りを始めたのだ、と。

それゆえ相手は油断している。銃弾を浴びせるまでもなく、一発蹴りでもくれてやればすぐに黙ると考えている。

「……ノレア!? よせ、迂闊に近づくな!」

こちらの様子に気づいた強化人士が大声で警告する。だがもう遅い。少女はすでに間合いの中だ。プロスペラはノーマルスーツの袖口に仕込んでいた軍用ナイフをひそかに射出し、右手の中に収める。

「……っ!」

異常を察したノレアが、銃の構えを崩しつつ一歩後ずさる。だが彼女がその次の行動に移る前に、プロスペラは重心移動だけで素早く接近し、左手で相手の銃を掴んだ。

形勢逆転に驚く少女を見つめながら、仮面の女は薄く笑う。

この少女もしょせんは邪魔者、エリクトの前途を阻む害虫に過ぎない。可愛い我が子のために、害虫はすみやかに駆除しなくては。それが母の勤めというものだ。

「母は強しよ、お嬢さん」

プロスペラは躊躇うことなく、右手のナイフを突き立てた。

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