クワイエット・ゼロ戦記   作:カラテマ

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18 譲れないもの_ノレア・デュノク

ノレア・デュノクの見開かれた瞳をヘルメット越しに見下ろしつつ、プロスペラは右手のナイフを押し込む。

この子供を、除去する。しょせんは地球によくいる孤児のひとり、ガンダムに乗せられて使い捨てられていくだけの哀れな生体部品だ。

悲しむ親もなく、後世に残すべき知識も技術も持っていない、何の価値もない命。おまけに愛しい我が娘を脅かしうる毒虫でもある。

だから殺していい。殺さなければならない。

「……っ!」

ノレアは歯を食いしばり、こちらを睨みつけている。

憎悪と殺意と、それ以上の何かを、その瞳に燃やしている。

全力の前傾姿勢で、全身の力で以てこちらに抵抗している。

 

――忌々しい!

 

「死に……なさいっ! 害虫っ!」

プロスペラはなおもナイフを押し込む。だがその刃は届かない。少女の腹部の数センチ手前で止まっている。

少女の右手が、止めている。

「死ぬっ……もんかっ……!」

ノレアは銃を掴まれた瞬間、後ろに逃がれるのではなく前に踏み込んだ。己の右手を盾のように突き出しながらプロスペラの懐に飛び込んだ。

獲物として腰砕けになるのではなく、生きるための前進を選んだ――それが幸運を呼び込んだのか。彼女の右手は、ナイフを持つプロスペラの右上腕を偶然にも掴んでいたのだった。

「私は死なない……っ! こんなところで、死ねない……っ!」

小柄な少女は、二回り以上も体格に勝るプロスペラと互角の押し相撲を繰り広げる。

 

命が安かろうと、生きる価値がなかろうと、そんなの知ったことか。

自分にずっと寄り添ってくれた人を、助けないといけないのだから。

……鬱陶しい人が、そんな自分を助けてくれたのだから。

 

「私は生きるっ! 絶対に、死なないっ!」

 

少女が絶叫したその瞬間、二発の銃声が響き渡り――

命を賭けた押し相撲は、唐突に終わりを迎えたのだった。

 

 

―――――――――――――――――――

 

 

「エアリアルの戦場からの排除、成功した! 総員、引き続き全力でクワイエット・ゼロおよびその艦載機へ攻撃せよ!」

ラジャン臨時司令からの命令が、ベネリットグループの全艦艇とモビルスーツに届く。その内容に、チュアチュリー・パンランチはさっそく発奮した。

「よっしゃあ、よくやったスレッタっ! あーしたちも続くぞっ!」

彼女の乗る専用デミトレーナーは、味方艦のハッチに居座り、ロケットランチャーを次から次へと景気よく撃ち放つ。あまりに調子が良すぎて、傍目からは盲撃ちに見えるほどだ。

「こらあポンポン頭っ! もっとよく狙って撃てぇ! シュバルゼッテに誤射したら承知しないぞぉ!」

「あんだとフェルシー、お前こそちゃんとシェルユニットを狙えやっ! そこ以外に当てたらミオリネたちが怪我するかもしんねーんだぞっ!?」

隣のハッチで自分と同様にロケットランチャーを乱れ撃つディランザと口喧嘩を繰り広げながらも、少女の乗るデミトレーナーは旧式とは思えぬ精度で、着実にクワイエット・ゼロに命中弾を重ねていく。

 

そしてシュバルゼッテは、いったんデータストーム空間境界面まで戻りつつ、その付近に終結したディランザ・ソルに指示を飛ばしていた。

「ガンドノードの機動力は高い。包囲されたら危険だ。仮に敵がここまで攻めてきたら無理せず後退してくれ」

ディランザ・ソルに乗るのは、出張先から本社フロントへ急行してくれたジェターク社の社員たちだ。グエルとしてもラウダとしても、彼らの命を無駄に散らすわけには行かない。よってディランザの火力とセンサーの性能を活かし、遠距離からの砲撃に徹するよう厳命する。

「兄さんと僕は、データストーム空間内でガンドノードを狩る。お前たちは討ち漏らしを片付けてくれ。頼むぞ!」

「了解! お二人ともお気をつけて!」

ディランザ・ソルの部隊はデータストーム空間境界面のすぐ外で散開し、敵機に対してロケットランチャーやバズーカの砲口を向ける。

司令塔であるエアリアルを失い、さらにはクワイエット・ゼロを狙うロケット砲の迎撃にも追われるガンドノードは、有効な手立てがとれないままにさらにその数を減らしていく。

 

戦場の形勢は、ベネリットグループの勝利へと傾きつつあった。

 

 

―――――――――――――――――――

 

 

横に吹き飛び、床に倒れ伏したプロスペラを、ノレア・デュノクは呆然と見つめる。

何が起こったのかはすぐに察した。青年が駆けつけ、横から拳銃を撃ってくれたのだ。ビームはプロスペラの仮面と右腕に命中し、それぞれを弾き飛ばしていた――仮面はプロスペラのさらに向こうまで飛んで壁にぶつかって止まり、義手である右腕は肩から外れ、ノレアの足元に転がっている。

「はあっ……はあっ……」

ノレア自身には怪我ひとつない。青年の銃の腕は見事なものだった。おかげで命拾いをしたが、数秒間全力で抗った結果、呼吸は完全に乱れてしまった。額からは汗が吹き出ている。

どうにか息を整えつつ、左手に残った銃を両手で構え直し、倒れ伏すプロスペラへ向ける。

 

相手はまだ意識があった。のろのろと上半身だけを起こすと、すぐに周囲を見回し始める。

吹き飛ばされた衝撃で朦朧としているだけかと思いきや、プロスペラは這うような動作で床を進み始めた。彼女が向かう先を見やると、床に拳銃が落ちている。ノレアが上から狙撃した際に手から弾き飛ばしたものだ。

プロスペラはまだ諦めていなかった。武器を握り、反撃し、この場にいる全員を射殺するつもりだった。

 

それを悟ったとき、ノレアはぞっとし、そして激昂した。

 

即座に発砲し、プロスペラが拾おうとしていた銃を遠くへと弾き飛ばす。

床を這い回る仮面の女、否、仮面を失った女に罵声を浴びせる。

「なんなんですか、あなたはっ!? デリングといいあなたといい、どうしてそこまで執拗に他人に不幸をバラ撒くんですかっ!?」

この女を生かしておいてはいけない。正義感ではなく恐怖心からそう直感する。この女が生きていれば、必ずまた何万もの人間に死と不幸を撒き散らす。クイン・ハーバーの惨劇を何十倍もの規模にした殺戮がまた繰り返される。

この女はそういう女だ。デリングと同じ、ヒトの皮を被った悪魔だ。ここで仕留めなければいけない。見逃すわけにはいかない。

ノレアは仮面を失った女に拳銃を向けた。女の脳天、一発で命を奪える位置に狙いを定める。

可能な限りプロスペラを生かして捕縛すべしという作戦命令は、このとき完全に頭の中から吹き飛んでいた。

 

「お前は人を地獄に引きずり込む怪物だっ! この世に生きていてはいけない化け物だっ!

 殺してやるっ! お前は絶対に、私がこの場で殺してやるっ!」

 

ノレアが引き金を引く寸前、誰かの手が銃の上に覆いかぶさった。大きな手は、少女を押し止めるようにスライドを掴み、その作動を防いでいる。

誰の手かなど、いまさら確認するまでもない。ここ最近ずっと鬱陶しく付きまとい、常に自分の隣に立ち続けていた青年だ。

彼の手に押し止められて我に返ったノレアだったが、しかしまだ殺意は収まらない。プロスペラから視線を外さぬまま、自分の右手側に立つ相棒に吠えるように問いかけた。

「なんで止めるの!? こいつはデリングと同じ、人を踏みにじることに何の躊躇も感じない化け物。この場で息の根を止めなきゃいけない。もし見逃せば、またこの女は同じことを繰り返す。

 それがわからないの、あんたは!?」

「ああ、そうだねえ」

隣から返ってきたのは、いつもどおりに軽薄な、そして場違いなまでにのんきな声だった。

「確かにこの女は、デリング同様に完全にイカれてるよ。君がさっさと始末したがるのもよく分かる。

 でもさあ、僕らへの命令は生け捕りだぜ? いま君がこの女を射殺しちまったら、命令不履行で減刑もパアになっちまう。それじゃまずいだろ?」

彼は右手だけで自身の銃を握り、ノレアと同様にプロスペラに突きつけている。

その姿勢を維持したまま、青年はゆっくりと少女に語りかけた。

「ここに来た目的を思い出しなよ。僕らは別に正義の味方として悪を討伐しに来たわけでもなけりゃ、査察官の手先として犯罪者を処刑しに来たわけでもない。

 任務を遂行する代わりに君とソフィの極刑を回避するのが、僕らのそもそもの目的。そうだろ?」

「……ええ、わかってる。そんなのわかってるわ……っ!」

彼の言うとおりだ。自分の目的を果たすためには、この女の息の根を止めることはできない。

だが。

ノレアはプロスペラを凝視する。片腕だけで床を這いずるような有様であるにも関わらず、女はギラつく瞳でこちらを睨み上げ、ぶつぶつと何かをつぶやいている。

「許さない……全員滅ぼしてやる。エリィの未来を奪う奴らも、GUNDの理念を踏みにじる連中も。

 私はこんなところで止まれない……止まることは許されないのよ……」

武器を失い、義手を失い、仮面を失い、それでも女は諦めない。何が何でも己の目的を達成すべく進み続けるつもりだ。

その途上で必要だと判断したならば、何千万人を殺すことも、全人類に不幸をバラ撒くことも辞さないだろう。

プロスペラの怨霊じみた執念に、ノレアは恐怖し、ふたたび激昂する。

「やはりこいつは、こいつだけはっ……!」

 

銃声が、響いた。

 

ノレアは唖然として隣を見上げる。

青年が、子供がアリを潰すがごとき気軽さで、銃の引き金を引いたのだ。

「……あのさあオバさん。さっきから独り言がうるさいよ?

 ノレアが怖がっちまうから、しばらくその臭い口を閉じててくれないかな?」

彼は、にこやかに、まるで天使のような笑顔を浮かべていた。

たったいま銃を撃ち放ち、標的の頬のすぐ横をかすめさせたとは思えぬほどの朗らかさだった。

撃たれたプロスペラは身をすくめ、ひっと小さく悲鳴を上げたが、彼は気にも留めない。あらためてノレアに瞳を向け、口を開く。

 

「僕としても、このオバさんを庇うつもりなんか全然ないよ。

 とっくに加害者側に回ってるってのに、被害者ヅラを続けながら大勢の人間に迷惑をかけて回るサイコパス。

 娘のためと口にしながら、我が子をデータストームで全人類を焼く化け物に仕立て上げようとしてる狂人。

 死んだ恩師や同僚たちの理想に泥を塗り続けてるのに、それに全く気が付かない愚か者。

 コイツについては正直、さっさと一人で地獄に行ってくれとしか思ってない。スレッタ・マーキュリーには悪いけどね」

 

天使の笑顔を顔に貼り付けたまま、彼は容赦なく言い放った。

青年を見上げるノレアは、彼の瞳の中に、深く暗い感情の色を発見する。

自分の憎しみすら凌駕する青年の闇の深さに目を奪われて、少女の怒りと恐れは少しずつ沈静化していく。

「……だったら、どうして。

 そこまで思っているなら、どうして私を止めたの?」

少女が問いかけると、青年は笑った。

天使の笑顔ではなく、軽薄な、いつもどおりの腹の立つ笑みだった。

「さっきも言ったろ? 君がこのオバさんを撃っちまったら、君はもう二度とソフィと会えなくなるって。

 たとえこの場を生き延びたって、君はもう幸せになれない。ソフィも幸せになれない。

 それじゃあ駄目なんだ。君がここに来たのは生き延びるためだけじゃなくて、幸せを掴むためでもあるんだから」

腹の立つ笑みのまま、しかし青年の目だけは、どこまでも真摯だった。

ノレアだけを見つめて、ただ彼女の身を案じていた。

 

「撃つなノレア。自分の人生を犠牲になんかしなくていい。この女の始末なんざ、他の連中に押し付けちまえ」

 

この青年らしい、いい加減で無責任なセリフだ。だがノレアは反発しなかった。

見上げる視界に、血の色が映ったからだ。

青年の左上腕部から、血がしたたっている。まだ止血が済んでいなかったようだ。

血の色が広がる左手をノレアの銃に乗せたまま、青年は少女に微笑んでみせた。

「君は幸せに生きていいんだ。だから今は、そのことだけを考えるんだ。

 ……いいな? ノレア」

「…………」

少女は答えず、正面を向く。自分の銃の上に覆いかぶさる青年の手を見る。

彼の手の甲に、上腕から血が流れ落ちた。ぽたりと、その血が自分の手にもかかる。

「……幸せに生きる、か」

ぽつりとつぶやく。

そんなことは考えたこともなかったし、考える必要もない、と思っていた。

命は安く、死はいつもすぐそばに転がっていた。自分たちの未来は闇に閉ざされていたし、その闇の向こうを見ようという気すら起こらなかった。ソフィがあんなふうに刹那的に生きていたのも、きっと自分と同じ理由だ。

今だってそう。自分ひとりでは、未来なんて考えられない。

 

だけど。

もう一滴、青年の血が、ノーマルスーツ越しに少女の手の上に落ちた。

 

はあ、とため息をつき、ノレアは銃を下ろす。そのままバックルに銃を戻すと、ノーマルスーツのポケットから応急処置セットを取り出す。

「左腕の止血を済ませたら、私がこの女を拘束する。……ひどい痛みだと思うけど、もう少しだけ我慢してて」

「平気平気……と強がりたいんだけど、正直、気絶したいほど痛い。だからなるべく早く頼むよ」

「そういうふうにぺらぺら喋れるなら、あんたは大丈夫よ。少なくとも死にはしないわ」

「……もうちょっと温かい言葉をくれないかなあ。いちおう僕は傷病人だぜ?」

「あんたの舌が動かなくなったら、本気で心配してあげるわ」

軽口を応酬している間に、少女の気分は和らいでいく。

床の上にへたり込むプロスペラへの殺意は、完全に霧散していた。

 

 

―――――――――――――――――――

 

 

青年の止血が終わり、プロスペラの拘束が完了したころ、ようやくケナンジがこちらにやって来た。

「遅いよ、おっさん。僕らに負担を押し付けすぎだろ」

「仕方なかろうが! このお二人はお前らと違って素人なんだ。まっすぐ歩けるようになるにも時間がかかるんだよ」

ケナンジの後ろに続くミオリネとベルメリアを見ると、うつろな目でふらふらと歩いている。いまだ憔悴から立ち直っていないようだ。銃を撃つ経験もないのに本物の銃撃戦に参加し、しかも囮役としてマシンガンの斉射に晒されたのだから無理もないが。

とはいえ、あまりゆっくりもしていられない。

「そろそろ敵の増援がやって来るぜ? このオバさんを救出しにさ。だから今度こそさっさとズラかろう」

この部屋の監視カメラはまだ麻痺しているはずだが、警備用のモビルクラフトが機能を停止した際に、間違いなく向こうの司令室に警報を発している。敵の頭がよほど鈍くない限り、早々にプロスペラの敗北を察し、より強力な装備を持った新手を寄越してくるだろう。

だが、ケナンジはまたしても撤退に不同意を示した。

「いや、プロスペラなら停止コードを知っているはずだ。それを聞き出すことができれば、この戦いも終わる」

確かにその通りではある。当初このサーバールームを目指していたのは、クワイエット・ゼロの緊急停止コードを打ち込んでデータストーム領域を消去するためだったのだから。コードが変更されていたために失敗に終わったが、拘束したプロスペラを尋問して吐かせることができれば、宇宙での戦いも含めて、すべてを終結に導くことができる。

しかし青年は口の端を歪め、いまだ床にへたり込んだままの女を見やった。

「やめとけおっさん。このオバさんはそう簡単に口を割りはしないよ。たとえ拷問にかけても無理だ」

プロスペラはこちらと目を合わせず、無言を貫いたままだ。傍目には茫然自失しているように見えるが、それほどヤワな精神の持ち主ではないということは青年も思い知ったばかりである。口を閉じさせるだけのことに銃を発砲までする必要があったのだ、正しいコードを無理やり聞き出すとなると、どれほどの労力が必要になるのか想像もつかない。

「そもそも、悠長にそんなことやってる時間がないぜ」

「そんなことはわかっとる! だが、外で戦うジェタークCEOらにこれ以上負担をかけるわけにも……」

青年に言い返しながら入口まで歩を進めたケナンジは、外の様子を見ようと首を出し、そしてすぐさま扉を締めた。大慌てでロックをかけながら怒鳴る。

「新手だ! 警備用のマシンがさらに6台ほど来てやがる!」

「ほら、言わんこっちゃない!」

「やかましい! ルームの奥に戻るぞ、そこの保護隔壁をバリケード代わりにして時間を稼ぐんだ!」

ケナンジが急いでプロスペラを担ぎ上げ、元来た道を逆走する。

やむを得ず、青年とノレアも他の二人の手を取り、引きずるようにして走り始めた。5人全員が疲労困憊だったが、再び銃撃戦に巻き込まれるのは避けられそうもない。

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