クワイエット・ゼロ戦記   作:カラテマ

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19 未来のために_ミオリネ・レンブラン

ミオリネ・レンブランは、サーバーの保護隔壁の陰に座り込んでいる。先程までケナンジたちと共に立てこもっていたのと同じ場所だ。

そして何の因果か、先程まで彼女に銃撃を浴びせてきた当人であるプロスペラは、片手と両足を拘束され、彼女のすぐ隣で床に転がされていた。正しい緊急停止コードを吐かせるために、さらには敵の増援に対する人質として、ケナンジがとっさにここまで運んできたのだ。

だが。

「連中、こっちに人質が居るってことがホントに判ってるのかなあ!? オバさんごとこっちを全滅させるつもりで撃ってきてるとしか思えないんだけど!?」

通路を挟んで反対側の保護隔壁に身を潜めた青年が、悲鳴じみた声を上げた。少しでも時間を稼ごうとロックを掛けた扉はすぐさま吹き飛ばされ、4台のモビルクラフトが部屋の中に乱入して、こちらに向けてビームマシンガンを連射し始めたのだ。

彼の言葉通り、プロスペラの生死など関係ないと言わんばかりの乱暴さだ。彼女が緊急停止コードを吐かされ、それによってクワイエット・ゼロが停止する――その事態さえ防げればいいと考えているかのようだった。

これでは人質の意味が無い。

「あいつらは、お前を取り戻すつもりがないのか!?」

床に伏せながら、ケナンジがプロスペラに銃を突きつける。

だが女は、完全に余裕を取り戻していた。

「ゴドイたちには、私の命よりクワイエット・ゼロの実現を優先するよう厳命してあるわ。そして計画はもう、私が居なくとも成就する。あとはコアユニットをここに据え付けるだけでいい。

 ……そう。彼らは決して止まりはしないわ。たとえ私が死んだとしてもね」

狂気に満ちたセリフを吐きながら、しかし女の声は淡々としていた。

大願成就を確信し、その表情はむしろ穏やかですらあった。

このぶんでは、いくら銃で脅したところで、決して緊急停止コードなど喋りはしないだろう。

「おっさん、そいつに構うだけ時間の無駄だっ! それよりあっちに対応しろ! このままだとすぐに制圧されちまうぞ!?」

拳銃で撃ち返しながら青年が怒鳴った。ケナンジは舌打ちしつつも、プロスペラから銃口を外して中腰の姿勢で遮蔽物に背中を預ける。多少なりとも発砲して敵を牽制しないと、あっという間に向こうの火力に飲み込まれてしまう。

だがケナンジが加わって3人で応戦しても、劣勢は明らかだった。武装の違いに加えて、こちらは先程の銃撃戦で全員が消耗している。勝ち負け以前に、3人とも長くは戦えそうにない。

――私も、加勢しなきゃ。

ミオリネは、ケナンジから借りた予備の拳銃を握りしめる。だが身体が起こせない。腰は床に根が生えたように動かず、両腕は鉛のように思い。そして膝は、がくがくと震えている。

――立て。立たなきゃ。

床に座り込んだままそう念じ続けるミオリネに、対面から声がかかった。

「ミオリネさん、無理はしないで。私がミオリネさんのぶんまで頑張るから、今は休んでいて」

ベルメリアは、自身も膝を震わせながら、しかし銃をしっかりと両手で握りしめ、中腰で立ち上がる。

無理矢理ぎみな笑顔には、あからさまに疲労と恐怖の色が浮かんでいる。

それでも彼女は、震える声で、ミオリネを力づけてみせた。

「私はね、やっと覚悟ができたのよ。自分の罪に向き合う覚悟。自分の罪を償う覚悟。

 だから、こんなところで死にはしないし、あなたも死なせはしないわ」

そして彼女も遮蔽物から身を乗り出し、銃撃を始める。

ぎこちない動きで、おっかなびっくりながらも、それでも必死に歯を食いしばり、敵を止めようと発砲を繰り返す。

ベルメリアに続かなければ、とミオリネの理性は訴える。

だが心と体がついて行かない。もともと体力に乏しいミオリネは、たった一回の銃撃戦で完全に息切れしてしまった。

それよりも深刻なのは、精神的なダメージのほうだ。

人に向けて発砲したという事実。そして、人からの殺意に晒されたという事実。その2つがミオリネの精神に重大な緊張をもたらし、萎縮させる。

 

怖い。ただその感情だけが心を支配する。

身を小さくして、じっとしろ。本能的な衝動が全身を支配する。

理性の力は、その2つの前に、あまりにも無力だった。

 

「――怖いのね、ミオリネさん」

まるでこのタイミングを見計らったかのように、隣から優しい声がかけられた。

プロスペラはいつの間にかミオリネの隣で身を起こし、保護隔壁に背中を預け、こちらを見下ろしていた。

「怖いわよね。人は誰も死にたくないし、殺されたくない。だから死ぬのが怖いのは当たり前。

 なのにこうして人は武器で撃ち合う。武器がある限り、人は命を取り合う」

弱った心をいたわるように、傷ついた心に寄り添うように、プロスペラの声が響く。

ミオリネの耳にだけ届くよう、小さな、穏やかな音量で。

「武器がある限り、この世界はずっと怖いまま。

 ……だから、貴女のお母様は、この世界からすべての武器を取り上げようとしたの。

 戦いも失う悲しみもない世界へと、作り替えようとしたの。このクワイエット・ゼロでね」

「……今さら私を懐柔しようっての?」

どうにか気力を振り絞り、ミオリネはプロスペラを睨みつける。だが、恐怖に囚われたままの少女の声に迫力はない。相手の余裕を崩すには至らない。

プロスペラはにこりと微笑むと、単刀直入に提案してきた。

「今すぐ降伏してコアユニットを持ってきてくれれば、貴女とスレッタをクワイエット・ゼロに住ませてあげるわ。

 完成したクワイエット・ゼロの中に居れば、誰も貴女たちを傷つけることはできない。武器を向けることすら不可能。貴女たちは二度とこんな怖い思いをすることはないのよ」

普段のミオリネであれば、そんな甘言は即座に跳ね除けていただろう。

だが、戦いの恐怖に晒され、弱りきった少女の心には、甘い毒のように染み渡った。

「怖い思いを、しなくて済む……」

それがどれほど素晴らしいことなのかを、今の彼女は身にしみて理解している。

プラント・クエタでテロに遭遇するまで、死の恐怖など想像の中のものでしかなかった。他人から殺意を向けられることの恐ろしさは、少女の想像の範囲外だった。

クイン・ハーバーの惨劇を目の当たりにするまで、学園という揺り籠の外ではいかに死と暴力が横行しているのかを、少女はまるで実感できていなかった。

父がなぜクワイエット・ゼロの建造に乗り出したのかを、今、ミオリネは少しだけ理解した。この残酷な世界から、デリングは自らの家族を徹底的に遮断したかったに違いない。

「そう、怖い思いをせずに済むのよ。誰もが武器を失い、すべての戦いが終わる。素晴らしいことだと思わない?

 今からでも遅くはないわ、ミオリネさん。私たちの協力者に戻って頂戴。そしてこの世界から悲しみを失くすのよ。

 貴女のお母様がそう望んだようにね」

プロスペラの甘言は続く。

それが罠だと判っていても、今のミオリネに抗うのは難しい。怒る気力も、反発する精神力も消耗しきっている。

だが、まだミオリネには残っているものがあった。

 

「クワイエット・ゼロで武器を奪い取ろうと、悲しみも憎しみも無くなりはしない。戦いだって終わりはしない。だって結局、ただ力で押さえつけているだけだもの。

 どんな力で押さえつけようと、人は奪われたまま黙ってはいない。大事なものを取り上げられた怒りは、我慢することはできても、決して無くなりはしない……」

 

それは、彼女自身の体験。

父から友を奪われ、自己決定権を奪われ、人ではなくトロフィーとして扱われた記憶。それが今、プロスペラの言葉を否定する拠り所となっていた。

「このクワイエット・ゼロは、自分さえ良ければそれでいいっていうクソ親父の思想の煮こごり。文句を言う相手は力で黙らせるアイツのやり方の延長でしかない。

 その程度のことはアンタだってわかってるんでしょ? プロスペラ」

そう指摘してやると、プロスペラの顔がわずかに歪んだ。当たり前だと言い返したげな感情が垣間見える。

だが女はすぐに己の本心を隠し、別の方向から言葉を向けてきた。

今までの穏やかさとは打って変わって、現実の厳しさを突きつける冷徹な声で。

「……だとしても、クワイエット・ゼロの力で押さえつけなければ、貴女は生きている限り全世界からの憎しみと暴力にさらされることになるわ。そうでしょう?

 だってベネリットグループは崩壊寸前。この場所に貴女自身が乗り込んできたことが、貴女たちにもう人が残っていないことを示している。もはや貴女のお父様は、貴女どころか自分自身を守る力すら残っていないのよ。そして貴女のお父様に向けられる怒りと憎しみは、全世界に溜まりに溜まっている……

 この状況で、自分の力だけで身を守る自信があるのかしら? 貴女には」

「…………」

ミオリネは黙り込む。

すでにわかりきった事実ではあるが、改めて指摘されると、状況の過酷さに身震いしたくなる。

「貴女がこの戦いに勝利したとしても、貴女とお父様はこれからずっと、怒りを剥き出しにする人々の暴力に怯える日々が続くのよ。

 耐えられるの? 貴女に。たった一回の銃撃戦で立てなくなってしまう貴女に」

プロスペラの言葉は容赦なく続く。

ミオリネの現実認識の甘さを遠慮なく指摘する。

そうやってさんざん打ちのめしたあと、女の声はいきなり猫なで声に転じた。

「……でも、貴女がそんな危険に直面する必要はないわ。

 だってこのクワイエット・ゼロがあるのだもの。この中に居さえすれば、誰も貴女たちに暴力を振るえない。心配などする必要もない」

女の要求は、そこに戻る。

クワイエット・ゼロが完成すれば、その中にいる人間は完璧に安全だ。だから降伏してコアユニットをよこせ。対価としてお前たちに居住権をくれてやる。

「それで何の問題があるの? そもそも貴女にとって興味があるのは、自分自身とスレッタだけでしょう? それ以外の人間のことなど、大して興味がないのでしょう?」

だからこの揺り籠の中で、いつまでも安寧を貪ればいい。スレッタと二人だけの世界に閉じこもって、存分に幸せにひたればいい。

女はそう囁きかける。他人など切り捨ててしまえばいいと、ミオリネの理性を揺さぶる。

 

心が動かなかったといえば、嘘になるだろう。

二人だけの閉じた世界、という響きに、甘い疼きを覚えなかったとは言い切れない。

 

そのときミオリネの正気を保ったのは、理性でも怒りでも反発心でもなく、覚悟だった。

「却下よ。私はもう、揺り籠の中には二度と戻らない」

手の中の銃を握りしめ、少女は宣言する。

「だって外に出ないと、私のやるべきことができない。

 だから、たとえ憎しみと暴力に晒されようと、私は外の世界に出ていく。

 交渉して、協力者を得て、自分の身を守ってみせる。そして必ず、私のやるべきことを成し遂げる」

「やるべき、こと……?」

思わぬ返答に唖然とするプロスペラに、ミオリネは告げた。

 

「決めたのよ。罪過の輪を、私が止めるって。

 クソ親父……デリング・レンブランが始めた憎しみと暴力の連鎖を、私が生涯かけてでも終わらせるって」

 

「そんなこと、できるわけが――」

「21年前のヴァナディース事変から始まって、ベネリットグループによる地球の人々への暴力と収奪、そしてこのクワイエット・ゼロによる全人類支配の目論見。

 デリング・レンブランの犯罪的行為のすべてを、私が全宇宙に公表する。そしてアイツを裁きの場に立たせる。被害者への弁済については、アイツが隠し持ってる個人資産と、ペイルCEOたちの秘密口座の資金で賄う」

具体案を提示すると、あれだけ変幻自在に動いていたプロスペラの舌がぴたりと止まった。ミオリネが本気でデリングを断罪するつもりだということが、完全に想定外だったのだろう。

 

ミオリネの案は、マルタン、リリッケ、セセリアら経営戦略科の生徒たちとともに検討したものだった。

クワイエット・ゼロの反乱を鎮圧しても、まだ宇宙議会連合からの強制調査の名を借りた武力制圧が待っている。それを自浄作用を示すことで回避するために、さらには地球圏に渦巻く暴力の連鎖を少しでも断ち切るために、ミオリネはこのプランを採用するつもりだった。

 

そしてこのプランであれば、プロスペラにも協力を求めることができる。彼女の目的の一つを果たすことができる。

デリング・レンブランへの復讐という目的を。

「だから、ヴァナディース事変の被害者であるあなたにも、デリング・レンブランの裁きの場に立って欲しいの。そしてアイツの犯行について証言して欲しい。

 そのためにも、もうこんな戦いは終わらせなきゃいけない。罪過の輪を止めるために、私たちは手を取り合って行かなくちゃいけないのよ」

そうなれば、この戦いを止めることができる。

少女の願いは、しかし、成就することはなかった。

 

「……どうでもいいっ! デリングの罪も罪過の輪も! そんなことに興味はないのよっ!

 私が願っているのはエリィの自由だけ! それ以外のことなど眼中にないっ!」

 

顔を醜く歪ませ、プロスペラが本性を表す。

やはり彼女の心はエリクトにしか向けられていなかった。ミオリネの母の理想も、全人類の未来も、スレッタの幸せも、彼女にとっては瑣末事に過ぎなかった。

懐柔が通用しないとみたプロスペラは、今度は死の恐怖をちらつかせてミオリネを脅しにかかる。

「貴女が降伏しなければ、ここにいる全員が皆殺しよ。それでいいのかしら?

 貴女は死ぬ覚悟ができているかも知れない。でもここにいる人たち全てを貴女の玉砕に巻き込むつもり? そんな身勝手が許されると思っているの?」

至近距離での銃撃戦はもう5分以上続いている。この火力差でそれだけの時間を耐え凌いでいるのは偉業ですらあったが、すでにケナンジもエランの影武者もノレアもベルメリアも、掠ったビームの熱や飛んできた破片で手傷を負っていた。そう長くは保たないだろう。

「もう逆転は起こらない。誰も貴女たちを助けには来ない。コミックや映画のような奇跡は、現実にはありはしないのよ。

 だからさっさと降伏なさいミオリネ・レンブラン。降伏すれば全員の命が助かるのよ。さあ……」

覆いかぶさるように脅迫してくるプロスペラを、ミオリネはじっと見上げる。そして、自らの心と身体を再確認する。

まだ疲労は抜けていない。身体は鉛のように重い。

それでも心は多少は回復した。自らの覚悟を思い出したことで、恐怖はやり過ごすことができた。

ミオリネは銃を持ったまま身体を起こす。中腰になって遮蔽物に背中を預ける。

プロスペラのほうを向いたまま、少女はぼそりと告げた。

「降伏はしない。奇跡を待つわ」

そして敵の斉射が止むのを待って身を乗り出し、自らも銃を撃ち放つ。

素人丸出しの構えだったので、ビームはあらぬ方向へと飛んでいったが――しかし、多少なりとも敵への牽制にはなっただろう。

ミオリネがすぐさま遮蔽物の陰に身を隠すと、プロスペラの嘲笑が待ち受けていた。

 

「愚かよ。愚かにもほどがあるわ、ミオリネ・レンブラン。

 都合のいい奇跡など起きるはずがない。そんなもの起きてたまるものか。

 そんなものが貴女の身に起こるなら――21年前に私たちに起こっているはずっ。

 奇跡なんて決して起きないのよっ!」

 

その瞬間、敵の斉射がぴたりと止まった。

保護隔壁をさんざんに撃ち鳴らしていたビームの音が、完全に聞こえなくなる。

まるで本当に奇跡でも起こったかのように、サーバールームが静寂に満たされる。

「……は?」

嘲笑の形のままでプロスペラの顔が固まる。

静まり返った部屋の中に、司令室からの通信音声が響いた。

「ミオリネちゃーん、まだ生きてるー? 司令室の制圧、たったいま完了したよーっ!」

「警備用のモビルクラフトにも、全て停止命令を送っておきました。……あの、遅くなってゴメンなさい。間に合いましたか……?」

底抜けに明るい声と、奇妙におどおどした声だった。

場違いなまでにのんきな二人の女子生徒の呼びかけが、サーバールーム内に満ちていた戦場の空気を弛緩させる。緊張が解けた青年が、どっこらしょと床に腰を下ろした。

「あー、さすがに死ぬかと思ったよ。いくらなんでも遅すぎだろ、アイツら……」

「ホントに。あれだけの数のモビルクラフトをこっちに引き付けてあげたのに、こんなに時間がかかるなんて。グラスレーの特殊部隊訓練とやらもタカが知れているわ」

「……ねえ、二人とも。愚痴はそれくらいにしましょう。すぐに怪我の手当てをするから、ここに座り直してちょうだい」

「ちょっと待て、こっちは終わってないぞ! モビルクラフトは沈黙したが、それを引き連れてる敵兵がまだ残ってるっ! 疲れてるのは判るが、銃を下ろすなっ!」

ケナンジが最後にそう怒鳴って気を引き締めさせるが、さすがに先ほどまでの緊張は戻らない。大勢が決したからだ。

クワイエット・ゼロの機能停止、およびベネリットグループの勝利が、これで確定した。

「…………」

一方でプロスペラは、口を閉じ、動かなくなってしまった。

だが茫然自失という態ではない。何が起こったのかを必死に把握しようとしているようだった。

恐らくこの状況でも、まだ何も諦めてはいないのだろう。すべてを再計算し、次の逆転の一手を見出そうとしているのだろう。

見上げた執念というべきだった。

そんな女に余計なヒントを与える必要もない。保護隔壁に背中を預けて座り込んだミオリネは、プロスペラの隣で無言を保つ。

そもそも、それほど難しいことでもない。クワイエット・ゼロへ侵入を試みた部隊は2つあったという、ただそれだけの話だ。

片方の部隊はミオリネたち5人。サーバールームで緊急停止コードを打ち込むことを主目的にしつつ、あえて目立つルートを進んで陽動を兼ねる。

もう一つの部隊は、エナオ・ジャズをリーダーとする、グラスレーの特殊部隊訓練を受けた陸戦隊メンバー。ステルス機能付きのノーマルスーツに身を包み、エレベーターシャフトや通気口といった監視の難しいルートを辿って指令室の制圧を目指す。

その2つの部隊をクワイエット・ゼロまで運ぶのは、ブリオン社が提供した2機のデミバーディング。操縦するパイロットは、グラスレー寮のトップエースであるサビーナ・ファルディンとレネ・コスタの二名であった。

「ミオリネちゃーん、わたしたち、ちゃんと仕事したよーっ。だからそっちもちゃんとシャディクを無罪放免してねーっ。忘れたら許さないよーっ!」

「……ええと。取引条件は無罪放免じゃなくて、減刑だったと思うんだけど。メイジー」

「あーっ、馬鹿正直に言っちゃダメだよイリーシャ。どさくさに紛れて対価を吊り上げようとしてるんだからっ!」

艦内通信で漫才を繰り広げる二人の同級生に苦笑していると、横から声がかかった。

こちらの作戦を大体察したらしいプロスペラが、唇の端を震わせつつ、しかし冷静さを装って疑問を投げかけてきたのだ。

「……どうして、貴女自身が囮になる必要があったの?」

その部分だけが解せない、ということらしい。

確かに、ギリギリとはいえ制圧要員は揃っていた。ミオリネがこの場所に来る必要性は薄かった。それなのに少女が敢えて志願したのは、

「私やケナンジ隊長が居たなら、黙って見過ごすことはできないでしょ? 特にあんたは。

 指令室を守る戦力を割いてでも、きっとあんたは自分自身の手で私たちを始末しに来ると思った。だから私もメンバーに入ったのよ」

そう答えてやると、プロスペラの顔が屈辱に歪んだ。

小娘と侮っていた相手に、思考を読まれて完封負けを喰らったことを悟ったようだった。

敗北に肩を落とすプロスペラを見つめながら、しかしミオリネの気分は晴れない。

クワイエット・ゼロ制圧には成功した。だが結局、プロスペラを翻意させることは叶わなかった。どれだけ言葉を尽くして説得しようと、彼女はこれからもエリクトだけに執着することを止めないだろう。そして、スレッタを顧みることもないだろう。

「親なら同じくらいに愛してあげてよ。お願いだから、スレッタのことも見てあげてよ……」

ミオリネは胸中でそう嘆かざるを得ない。

 

さらには、今後のこともあった。

彼女はこれから実の父親の過去を暴き立て、裁判の場に立たせ、その罪を糾弾しなければならないのだ。

それは絶対に必要なことだ。過去の清算をしなければ、無数の恨みと憎しみが残ったままになってしまう。それらを無視して未来に進めば、行き場を失った憎悪が再び暴力の連鎖を呼ぶだろう。

だが、相手は父親だ。曲がりなりにとはいえ、母と自分への愛情は持っていたであろう男なのだ。そういう人間を、ミオリネは自らの手で断罪しなければならない。

そして無論、父の裁判と並行して、彼女自身も自らの罪と向き合わなければならない。クイン・ハーバーの虐殺の責任は、プロスペラに同行許可を出し、さらにはガンダムへの搭乗を許したミオリネが背負わなければならないのだ。

 

「こうなったら、あんたの罪が確定するまでは付き合ってあげるわ。私の裁判が終わっていたとしてもね。

 ……だから、罪を償うそのときまでは、絶対に死んだら許さないわよ。……クソ親父」

憂いをたたえた表情で、ミオリネは独りごちた。

長い長い敗戦処理が、これから始まる。

 

 

―――――――――――――――――――

 

 

「クワイエット・ゼロの指令室の制圧完了! ガンドノードの停止、およびデータストームの消失を確認! 作戦成功です!」

指揮所内にオペレーターの声が響き渡る。あちこちで喜びの声が上がり始めるが、ラジャンは雑音をかき消すように大声で注意する。

「浮かれるな! 各員の無事の確認が先だ!」

どやされたオペレーターたちは、慌てて自らの仕事に戻る。各所へと通信を飛ばし、安否の確認を開始する。

やがて、朗報が次々ともたらされた。

 

「クワイエット・ゼロ、突入部隊全員の生存を確認! 負傷者はいますが、いずれも軽傷とのこと!」

「キャリバーン、シュバルゼッテ、いずれも健在! パイロットも問題なしとのこと!」

「我が方の戦闘艦に被害なし! 負傷者・行方不明者、ともに0!」

「モビルスーツ部隊、被害報告なし! 全機体・全パイロット健在!」

 

ベネリットグループ側に死者なし。重傷者なし。戦いの規模を考えれば奇跡と言っていい。

臨時指令を任されたラジャンは、ようやく自らに安堵のため息を許した。

「……ひとまずは、終わったな」

彼の仕事はまだまだ山積みだ。敵に降伏を促し、クワイエット・ゼロを占拠し、その機能を完全に掌握・破壊しなければならない。さらにはグストンを介して宇宙議会連合の艦隊と交渉し、事情を説明したうえでお引き取りを願わなければならない。

だが、ともかくも最初の山場は越えた。彼は椅子に座ったまま天井を見上げる。

「ご無事で何よりです、ミオリネ様。そして、皆も」

 

しかしそのとき、彼の横に座るセセリアの端末に一本のメールが入った。セセリアがすぐに画面に見入ると、そこには不吉な文章が。

「惑星間レーザー送電システム……による、長距離狙撃……?」

はっと顔を上げた少女は、すぐさま臨時指令に告げた。

「ラジャン指令! 転職希望者から連絡! この宙域が狙われてる!」

焦るあまりに、事情説明も敬語も抜け落ちたセリフ。だがすぐにラジャンはその緊急性を悟った。全艦艇に後退を命じるべく、オペレーターへと振り向く。

 

宇宙が真っ白な光で満たされたのは、その次の瞬間だった。

 

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