エラン・ケレスは、宇宙議会連合の会議室の壁際に立っていた。無表情で、自らの端末に表示されたゲーム画面に指を走らせる。
「エラン様……まだゲームなんかに夢中なのですか? これからILTSが照射されるのですよ?」
部屋の中央の円卓に座るペイル社CEOの一人から、呆れたような声が投げられる。
しかしエランは肩をすくめただけだった。
「ラグランジュ4に愛着なんざ無いが、一応は俺の生まれ故郷なんだ。それが焼かれる様なんて見る気もしないよ、胸糞悪い」
顔も向けずにそう答え、再び指を動かし始める。
端末に表示されるゲームは、マイナーな会社が経営する、さして有名でもないタイトルだ。ミニゲームの多さを売りにしていたが、発売後の売上は鳴かず飛ばず。エランがこっそりポケットマネーで会社ごと買収していなければ、早々にサービス終了していたのは間違いない。
ゲーム内容も大して面白くもなく、時間つぶしにも使えない。エランにとって価値があるのは、会社のプログラマに命じて組み込ませたとある機能くらいだ。
エランのIDに限り、ある一定の手順で画面を操作すると、外部の人間に向けて好きなメッセージを送り出せる、という。
端末とゲームサーバーの間の情報のやり取り自体は、エランのIDも他のIDも全く同じ。しかしエランのIDの場合のみ、画面操作内容をゲームサーバー内で文字情報に変換し、指定した相手に向けてメールを送信するのだ。
一向にろくな仕事を回してこない共同CEOたちに嫌気が差したことと、ペイル社の内情のヤバさを知ったのをきっかけに、1年ほど前に思いつきで仕込んでおいた仕組みだ。小言を聞かされるばかりの会議中にひそかに他社の人間と連絡を取り合ったり、転職を有利に進めるために社内情報をリークするのに使っていたのだが、まさかこの場面で役に立つことになるとは思わなかった。
……ILTSの加害半径は不明。下手するとラグランジュ4全域に及ぶ。早急に離脱を。
何食わぬ顔で画面に指を走らせ、外部の協力者にメッセージを送り続ける。仮に誰かが後ろから画面を覗き込んだとしても、表示されているのはただのゲーム画面だ。もし端末を没収され、内部のプログラムを洗いざらい調査されたとしても、特殊なコードなどどこにも存在しない。人前で堂々と秘密の通信を飛ばすには最適の仕組みだと言えよう。
難点は、使用者が「ある一定の手順」を完璧に記憶しておく必要があることと、送ろうとしているメッセージの内容を自分の目で確認する方法が存在しないことくらいか。だが、彼の記憶力の前ではさしたる障害にはならなかった。この方法でエランは、人体実験やガンダムの研究といったペイル社の暗部、および4人の共同CEOの隠し資産の在り処といった秘密を外部協力者に渡し、自分が安全に足抜けするための備えとしていたのだ。
だが今やそれどころではなくなった。このままだと転職先が消滅する。否、ベネリットグループそのものが宇宙の塵となりかねない。そして全人類を実質的に支配するのは、絶滅兵器を躊躇なくぶっ放す宇宙議会連合の過激派となってしまう。
冗談じゃないぞ。ここまで上り詰めたってのに、あんなイカれた連中の下で飼い殺しにされるのは御免だ!
ポーカーフェイスの下に必死の感情を隠し、エランは画面入力を続ける。宇宙議会連合の目論見、ILTSが2射目の準備を終えるまでにかかる時間。この会議室で得た情報を、可能な限り外部協力者に送り出す。
「エラン様、照射開始の時間ですよ?」
「興味ないって言ってるだろ? それより今いいところなんだよ、話しかけんな」
ぶっきらぼうに言い放ち、エランは狂人たちの集団に背を向ける。
彼らよりはまだマシな連中が全滅しないことを祈りながら、メッセージを送り続ける。
―――――――――――――――――――
そのときスレッタ・マーキュリーは、クワイエット・ゼロから距離を置いた宙域にいた。
彼女の乗るキャリバーンはもう赤く光ってはいない。エアリアルが抵抗の手段を失ったこと、データストーム空間の外に出たこともあり、すでにパーメットリンクを切っていた。
身体にかかっていた負担が消えた少女は、ぐったりと椅子にもたれながらも、ベネリットグループの臨時指令部と連絡を取り合う。
「……作戦終了、ですか。良かった……
……はい、わたしは無事です。そしてエリクトも」
スレッタはちらとエアリアルを見やる。姉は先程から沈黙を続けていた。完全に諦めたのか、それともまだ反撃の機会を伺っているのか、それは判らないが。
「ねえ、エリクト。お母さんは無事だって。ちゃんと生きてるって。
……まだやり直せるよ、お母さんも、エリクトも。
わたしも協力するから、だから――」
「……ダメっ!」
唐突にエリクトが叫ぶ。それは拒否の返事ではなく、警告だった。
直後、クワイエット・ゼロ周辺で動かなくなっていたガンドノードが再起動する。いまだ撃墜を免れていた百機あまりが、ある一定の方向に向けて一斉に飛んでいく。全機が一定の間隔を保ってフォーメーションを形成する。
さらには、停止していたクワイエット・ゼロ表面のシェルユニットに再び火が灯った。巨大なデータストーム発生装置は急激に出力を上昇させ、過負荷のあまり自壊を起こしながらも真っ赤な光を放つ。
すべて、わずか数秒内の出来事だった。あまりに変化が急激すぎて、スレッタも何も反応できない。
それはどうやらエリクトも同様だったらしい。彼女はただ一言、戸惑いの言葉を発しただけだった。
「これは……君が?」
宇宙が光ったのは、次の瞬間だった。
クワイエット・ゼロを極大の光が包み込む。光は奔流となり、周辺の全てを押し流し、宇宙の塵にしようと荒れ狂う。
その様を、二人の姉妹は呆然と眺めるしかなかった。何をするにしても、あまりにも遠すぎる。データストーム空間からも離れたこの場所からでは、エリクトとてガンドノードの制御は不可能だ。
だが、無人機は確かに再起動し、そして全機がデータストームの中継機と化して、光の奔流に抗っていた。
ガンドノードだけではなくクワイエット・ゼロ本体もだ。既に半壊状態だったシェルユニットはさらに砕け散り、崩壊し、もはや残っているのは全体の半分以下といった有様。そんな状態ながらもフル稼働を示す真っ赤な光を放ち、データストームの強度を保っている。クワイエット・ゼロ、およびその周辺に展開するベネリットグループの全艦艇を守ろうとするかのように。
やがて、光の奔流は霧散した。
あとに残るのは、ほぼ全滅したガンドノードの群れ、そしてシェルユニットのおよそ三分の二を失ったクワイエット・ゼロの巨体。
「あ、ああ……」
スレッタは凍りつく。
今の光の正体は判らない。だが間違いなく巨大な破壊エネルギーだ。それがこの宙域を襲ったのだ。
クワイエット・ゼロ本体にはシェルユニットを除いて被害は出ていないようだが、その周辺にいるはずのベネリットグループの艦艇は? そして、展開していた多数のモビルスーツは?
ガンドノードのものと思われる残骸が視界を遮り、ここからでは被害状況が目視できない。先程の強烈な光の影響か、コックピットの電子機器が一時的に混乱し、敵味方識別信号が表示されない。
いや、表示されないのではなく……全滅した?
「そ、そんな……っ!」
絶望の予感に身を震わせながら、スレッタは通信機に叫ぶ。
「グエルさん、ラウダさん、みんな! 返事をして……お願い、返事をしてぇぇぇ!」
「俺は無事だスレッタ!」
「やかましいぞスレッタ・マーキュリー!」
「ひょえあああ!?」
そして即座に怒鳴り返され、腰を抜かした。
「お前は無事か!? 無事なんだな!? 敵味方識別信号が出てないが、単なる故障なんだなスレッタ!?」
「こちらは今、状況を確認中だ! あまり騒いで邪魔をするなスレッタ・マーキュリー!」
シュバルゼッテに乗る二人の兄弟は、健在だった。そして二人とも声が大きかった。
正直、とてもうるさい。
「スレッタ、無事なのね!? こっちも無事よ! 全員健在!」
クワイエット・ゼロの司令室に移動したらしいミオリネからも通信が入る。こちらもなかなかの音量だ。
結果、キャリバーンのコックピットは、スレッタ以外の3人の声で満たされることになった。
「スレッタ、お前は母艦に戻れ! その宙域も危険かも知れん!」
「あの光の正体は……宇宙議会連合の秘密兵器!? 大量虐殺兵器だって!? 正気なのか、あの連中は!?」
「ガンドノードとクワイエット・ゼロが、停止命令を無視して再起動した……? 誰の手で? 何が起こったの?」
3人が交互に会話したり怒鳴ったりするので、スレッタが口を挟む隙間がない。少女はコックピットの中でおろおろとするばかりだ。そして彼女が戸惑う間に、3人は各方面と連絡を取り合いつつ情報をまとめ、迅速に状況整理を進めていく。
少しずつ改善してきているとはいえ、コミュニケーション能力に難を抱えたままのスレッタには、この3人の頭の回転についていくのは無理だった。
「あの攻撃は、ラグランジュ1からだと!? 数十万キロの彼方だぞ!? そんなことが可能なのか!?」
「それが本当だとしたら、反撃も回避も不可能だ……どうすればいいんだ、そんなもの」
「しかも無警告で撃ってきた……クワイエット・ゼロが再起動してなかったら、私たちは確実に全滅してたってことじゃない……」
だが会話には入れずとも、漏れ聞こえる情報から、今が緊急事態であることは理解できる。
スレッタはすぐに思考を切り替え、先程見た光景を元に、自分なりに打開策を考え始めた。
まずは、自分なりに現状を把握する。
宇宙議会連合はベネリットグループごとクワイエット・ゼロを葬るため、惑星間レーザー送電システムを利用した攻撃を行ってきた。
先ほどの一度目の攻撃は、謎の再起動を果たしたクワイエット・ゼロ、およびガンドノードが形成したデータストーム空間によって防ぐことができた。だが、おそらく数時間後には二度目の攻撃が来る。
「…………」
どうして急にクワイエット・ゼロとガンドノードが再起動したのか。誰が再起動させたのか。それは気になるが、今は詮索している場合ではなかった。再起動した原因が何であれ、ガンドノードは全滅し、クワイエット・ゼロのシェルユニットも三分の一程度しか残っていないのだ。再びあの光が襲いかかってきたら、先ほどのように防ぐことは不可能だろう。
つまり、二度目を撃たれてしまえば、きっと自分たちは全滅する。
この場にいる人たちは、間違いなく全員死んでしまう。
「そんなこと、絶対にさせない……!」
あの光を、撃たれる訳にはいかない。
撃たれる前に、止めなければならない。
そのために可能な方法が、もしあるとするなら。
数十万キロの彼方に浮かぶ大量虐殺兵器を、ここから数時間以内に止める方法があるとするなら。
それはきっと、ただひとつ。
「……オーバーライド……」
スレッタはクワイエット・ゼロに視線を向け、その被害状況を確認する。
そしてコックピットの機器に指を走らせ、計算を始める。
「パーメットスコアを、6よりもさらに上昇させれば。
そうすればきっと、ラグランジュ1に届くはず……!」
そしてスレッタが必死に考えるあいだに、彼女の姉であるエリクトも、エアリアルの中で思考を続けていた。
なぜ、自分が何もしなかったのに、ガンドノードとクワイエット・ゼロが再起動したのか。
なぜ、それらはベネリットグループの艦艇までも守ろうとしたのか。
「……どうして? なんで君は、あいつらを守ったの?
君がそんなふうになったのは、あいつらのせいなのに」
エリクトはクワイエット・ゼロへと、否、その中に居るモノへと問いかける。
答えが返ってこないことは承知していたが、どうしても聞いてみたかったのだ。
なぜ守ったのか。なぜ許したのかを。
答えのない問いをエリクトが繰り返していると、不意にキャリバーンから通信が入った。
「……ねえ、エリクト。お願い、力を貸して。
このままだとお母さんもみんなも、あの光に焼かれて命を落としてしまう。
だから、二人で協力して、あの光を出す兵器を停止させよう」
妹からの提案は、一時休戦と共闘の申し出だった。エリクトとしては特に異論はなかったものの、すぐには応答しない。否、できない。
実のところ、スレッタが閃いた打開策については、エリクトも既に同じアイディアを思いついていた。だがクワイエット・ゼロのシェルユニットの過半が失われた今、この方法は安全ではなくなった。間違いなく、関わる者全員が大きな代償を払う必要がある。
だから言うのを躊躇っていた。母の命を救うためにはこの方法しかないと判っていながら、口に出せなかった。
しかし、スレッタも自分と同じ方法に辿り着いてしまった。そして妹はきっと、代償を払う必要があると知っても、躊躇いなくこの方法を採用するだろう。
だとしたら、自分はどうするべきなのか。
しばし迷った後、エリクトは口を開いた。
「わかった。やろう、スレッタ」
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同時刻。
グエルらの会話は、煮詰まり始めていた。
「反撃は無理、防御も無理となれば……プランEはどうだ? グループ解散宣言で、宇宙議会連合の大義名分を失わせるんだ」
「それであいつらが止まってくれればいいけど……もうあいつらは、無警告で大量虐殺兵器を使ってきた。見境を失くしているとしか思えない。解散宣言を無視して2射目を撃ってくる可能性のほうが高いよ、兄さん」
「そうね。この宙域に進出してきた宇宙議会連合の艦隊も、こちらからの呼びかけに応えないまま後退を始めてるそうよ。もうあいつらは、きっと何をしても止まらない……」
様々な情報を並べて検討を続けるが、有効な打開策が見つからない。
なにしろ相手は数十万キロの彼方から砲撃しているのだ。物理的な反撃は不可能。さらに、相手との交渉も望めそうもない。
となれば逃げるしかないが、もし本当に敵の兵器の加害半径がラグランジュ4全域に及ぶのであれば、この戦いとは無関係の民間人の多数が逃げ遅れ、命を落とすことになる。
「……そんなことになるくらいなら、無条件降伏して2射目を止めてもらう方がまだマシだ……」
「でもそれじゃあ、兄さんたちがっ!」
ラウダが悲鳴を上げる。
見境を失くした宇宙議会連合に全面降伏してしまえば、ベネリットグループの幹部は口封じと首切りを兼ねて全員が処刑されかねない。デリングやミオリネは勿論、ラジャンやサリウス、グエルらもまず助からないだろう。ラウダはそれを危惧し、止めようとする。
「兄さん、諦めないで! まだラジャン臨時司令からは何も言ってきていない! あの人の判断を待とう!」
「だが、グズグズしていては……!」
3人の会話に悲愴さが混じり始めた頃、もう一つの声が、別の可能性を提案してきた。
「あの、皆さん! わたし、思いついたことがあるんです!」
―――――――――――――――――――
クワイエット・ゼロにコアユニットを接続し、データストーム領域を一時的にラグランジュ1まで拡大する。
その上でエリクトが惑星間攻撃兵器にオーバーライドを仕掛け、その機能を停止させる。同時に、宇宙議会連合が巨大インフラの名目で大量虐殺兵器を建造していたという情報を全ラグランジュ宙域にリークし、武力行使の正当性を失わせる。
スレッタの提案は、即座に臨時指令部へ届けられて実現可能性が検討され、やがて勝算ありの結論が出た。
本社フロント内部に保管されていたコアユニットが、エンジニアを同乗させたシャトルで急ぎクワイエット・ゼロへ運ばれ、接続準備が進められる。
そして満身創痍のエアリアルもまた、キャリバーンによって慎重にクワイエット・ゼロの中へと運ばれていく。二機のすぐそばにはシュバルゼッテが控え、万が一に備えて護衛を務める。
エアリアルを抱え、クワイエット・ゼロの内部にゆっくりと降りていくキャリバーンに、シュバルゼッテが続く。
そのコックピットの後部座席で、ラウダが不安げにつぶやいた。
「それ以外に方法がないのは判るけど……本当に大丈夫なんだろうか?
完成したクワイエット・ゼロの制御を、エアリアルに委ねてしまっても」
その心配は当然のものと言えた。彼らがここまで戦ってきたのは、クワイエット・ゼロへのコアユニットの接続を阻止するためだったのだから。
弟の疑問に、前部座席の兄が答える。
「仮にエアリアルがデータストームの展開を永続的に続けようとしても、シェルユニットがもたない。あと20分も連続稼働すれば完全に崩壊する。だからそっちの心配は無用だ、ラウダ」
コアユニットを接続したうえでクワイエット・ゼロを稼働させても、今のダメージ状況では、データストーム領域の人類圏全体への持続的展開は不可能。
それが、カミルやペトラらエンジニア班が検討したうえでの結論だった。
「それよりも……スレッタが心配だ。これからやろうとしていることがどれくらいあいつに負担をかけるのか、全く不明なんだ。前例もデータもない。あいつ自身は大丈夫だって請け負っていたが……」
クワイエット・ゼロのシェルユニットは、ベネリットグループの攻撃によって壊滅に近い状態となっている。地球圏全域を覆うほどの出力を得るためには、スコア6をさらに超えてパーメットスコアを上げる必要があるのだ。
スレッタはすでに、呼吸もままならぬほどのスコアを維持しての戦闘を10分以上続けている。これ以上の負荷がかかれば、後遺症が残るようなダメージを負いかねない――ソフィ・プロネのように。
憂鬱に沈むグエルのもとに、クワイエット・ゼロの司令室から連絡が届く。
彼と同様に沈んだ表情の、ミオリネからだった。
「クワイエット・ゼロのすぐ外に、医療班を乗せた艦を待機させているわ。
全部終わったら、すぐにスレッタをその船に運んであげて。
……頼むわよ、グエル」
「……ああ、任せろ」
こんなのは偽善だ。会話する二人ともが、そう思わざるを得ない。
データストームがスレッタに与えるダメージを最小限にするため、可能な限りの手を打ってきたつもりだった。だが結局はこのザマだ。皆の命を救うためという名目で、彼女に危険な賭けを強いることになってしまった。事がすべて終わった後で助けに行ったところで、自分たちがやっていることの醜悪さを拭えはしない。
――こんなことしかできないのか、自分たちは。
キャリバーンを見つめる二人は、同じ無念を噛み締めていた。
―――――――――――――――――――
「ねえ、スレッタ」
キャリバーンに抱えられたエアリアルが、接触通信を開いた。
スレッタにしか聞こえない声で、エリクトは妹に問いかける。
「スレッタも判ってるんでしょ? これをやれば、君には大きな負荷がかかる。命は失わずとも、身体に大きなダメージを負うことになるって。なのにどうして、彼らにそれを言わなかったの?」
返答もまた、接触通信だった。
エリクトにしか聞こえない声で、スレッタは姉に答える。
「話したら、ミオリネさんもグエルさんも、きっとわたしを止めると思うから。
でももう時間がない。すぐにこれをやらないと、みんなが死んじゃう。だから話さなかったんだよ」
その答えに、しかしエリクトは納得できない。
なおも妹に食い下がる。
「他の連中は何もしないのに、君一人だけが犠牲になるつもりなの? 他の連中は五体満足で生き延びることができるのに、君一人だけが重い後遺症を背負うつもりなの?」
姉の詰問に、妹は首を振った。
微笑みながら、返答する。
「違うよ、エリクト。みんながみんな、やるべきことをやったんだよ。
大事な人を守るために、自分にしかできないことを全力でやったんだよ」
ミオリネは限られた時間の中で大勢の人間と交渉して回り、可能な限りの人員と武器を集めてきた。
グエルとラウダは、スレッタの消耗を防ぐために最前線で戦い続け、見事にその使命を完遂した。
エラン・ケレスの影武者やノレア・デュノク、ベルメリア、そしてグラスレー寮の人たちは、クワイエット・ゼロ停止のために己の命を掛けてみせた。
地球寮の人たちも、ジェターク寮の人たちも、皆が皆、自分にしかできないことをやり続けた。
誰も死なさないために。誰も殺さないために。
「だから、わたしもそうする。わたしにしかできないことを、全力でやる。
……そうしないと絶対に後悔するって、わかってるから。
またエランさんの時みたいになってしまったら、きっと自分は一生後悔するって思うから」
エリクトは押し黙る。
まだ納得できないという表情ではあったが、反論を続けることはできない。
やがて二つの機体がクワイエット・ゼロの中心部にたどり着いたころ、姉はぽつりと、ひとこと漏らした。
「やっぱり、君は間違ってるよ、スレッタ」
「……そうかもしれない。でもわたしは、こうするって決めたから」
キャリバーンがエアリアルを、接続アームの上へと運ぶ。
最後の作戦が、始まろうとしていた。