惑星間レーザー送電システムにおける背任問題は、大手兵器開発メーカーや老舗建設業者も巻き込む一大スキャンダルへと発展。宇宙議会連合の議長は現在も容疑を否認しているが、議長派に連なる議員の大半が続々と逮捕・検挙されており、当人へ捜査の手が伸びるのも時間の問題か。
ベネリットグループが極秘裏に大量破壊兵器、通称「クワイエット・ゼロ」を建造していた事件について、前総裁であるデリング・レンブラン容疑者は起訴内容を大筋で認める。しかしクワイエット・ゼロが宇宙議会連合の艦隊を壊滅させた件については関与を否定しており、検察は引き続き事実関係について調査を進める方針。
またデリング容疑者については、21年前のヴァナディース事変、および地球への治安維持活動についても数々の違法行為を命令した疑惑が浮上しており、今後の捜査が待たれる。
「あんたが共倒れさせたかった連中は、両方まとめて吹き飛びそうね。良かったじゃない、シャディク」
差し入れとして持ってきた紙の新聞を渡しながら、ミオリネ・レンブランは肩をすくめる。
だが、彼女の対面に座る囚人――シャディク・ゼネリはにこりともしない。むすっとした表情で、渡された新聞の一面を見つめている。
「どうしたのよ。嬉しくないの?」
「……万々歳だよ。ああ、僕の戦いがこんな大勝利に終わるだなんて思ってもみなかった。そう言えばいいのかい? ミオリネ」
不満たらたらの態で、そうこぼす。
クワイエット・ゼロの戦いが終わってから一か月。
嵐のように荒れ狂った戦闘後のごたごた、および政治的なごたごたもやっと過ぎ去り、事後処理に忙殺されていたミオリネは、久々に拘置所のシャディクのもとを訪れていた。
そして久しぶりに再会したシャディクは、意外にも、今まで見たことがないほどの仏頂面だった。
まあ確かに、この結末は彼の思惑からは外れている。弱い地球が一方的に武力で脅され、搾取される現状を変えるため、ベネリットグループの資産と技術を地球に売り払い、宇宙と同等の武力を持たせて冷戦状態へと持ち込む。それが彼の描いた図面だった。
現状では、宇宙の二大巨頭が共倒れに終わっただけで、地球の力が特に増大したわけではない。
とはいえ。
「地球からの収奪に明け暮れるデリング・レンブランは失脚した。地球の紛争を煽っていた宇宙議会連合の過激派も壊滅した。そしてあんたはサビーナたちの功績が認められて大幅に減刑、10年以下の懲役に納まるって話じゃない。
大勝利じゃなくても十分にあんたの勝ちよ。何が不満なの?」
ミオリネの指摘を受けて、シャディクは無言のまま新聞紙をめくる。
二面の冒頭に書かれた記事を、ミオリネに示す。
ミオリネ・レンブラン総裁、クイン・ハーバーの虐殺およびクワイエット・ゼロ事変の責任を認め、被害者に謝罪。見舞金の支払いに同意するとともに、因果関係の調査への協力を約束。また、近々引責辞任する意向であることを明らかにした。
「これで君も罪人だ。そしてベネリットグループの総裁を辞めれば、庇護を失った君に世界からの憎悪が向けられる。君の父上への憎しみも込みでね。
……こんな結末、僕は望んじゃいなかったよ」
結局のところ、彼の不満はそこに尽きるようだった。
ミオリネだけは無傷のままで逃げ切らせたい。世界を変えるための計画を進めながら、両立不可能なその願望を、彼はどうしても捨てきれなかったらしい。
「どうして僕に罪を被せなかった? クワイエット・ゼロの件もクイン・ハーバーの件も、君が裏から手を回せば僕のせいにすることはできたはずだ。そうすれば君に向く憎悪はもっと減っていたはずだし、それに水星ちゃんの家族だって――」
「それじゃクソ……いえ、デリングと同じになっちゃうじゃない。自分の都合のいいように真実とルールを捻じ曲げ、自分の過ちを無かったことにし、自分の罪を有耶無耶にする。
そんなやり方、私は死んでも御免よ」
シャディクの言い分を、ミオリネはばっさりと切って捨てた。
この世界をもっとマシなものにするために、デリング・レンブランの方法論だけは絶対に受け継がない。それがミオリネの決意だった。
「過ちがあったなら、真実を明らかにし、被害者に謝罪して賠償する。そして二度と過ちを繰り返さないための方法をみんなで見つける。
罪過の輪を断ち切るためには、そうしていくしかないわ。そうでしょう?」
「…………」
シャディクは黙り込み、嘆きの表情で天を仰いだ。
反論の言葉が見つからないのか。それともミオリネの説得は無理だと諦めたのか。あるいはその両方か。
やがて彼は顔を下ろすと、ぽつりとつぶやく。
「君といいサビーナたちといい、どうしてみんなして僕の思惑の逆を行くんだ。僕は最初から極刑を覚悟してたのに……」
今の彼には、自分の部下たちがシャディクの減刑のためにミオリネに協力したことすらも不満の種のようだ。
……まあ、この件については、ミオリネ自身にも引け目はある。司法当局に対してシャディクの一時釈放を願い出たのだが、一連の陰謀の首謀者であることを理由に却下されてしまった。それゆえミオリネは作戦を変更し、勾留中のサビーナたちのほうにクワイエット・ゼロ攻略への協力を要請することにしたのだ。彼女らであればシャディクを救うために全力を尽くすはずであり、逃亡の可能性も低いと見越して。
その判断は間違っていなかったが、サビーナたちの身を心から案じるシャディクが不本意に思うのも当然ではあった。
「サビーナたちには、いまさら命を危険に晒して欲しくはなかったんだ……」
「悪かったわよ。でも、どうしても陸戦要員の数が足らなかったの。彼女らに引き受けてもらえなかったら、クワイエット・ゼロ攻略も頓挫してたわ」
「別に、君を責めているわけじゃない。僕の減刑なんかのために彼女らが戦場に出ていったことが嫌なんだ。そんなことをしてくれたって、僕はちっとも嬉しくない……」
シャディクは下を向き、顔にありありと不満を浮かべてぶつぶつと不平を並べる。
そんな彼の姿は、新鮮ではあった。彼は決して人前で――サビーナたちにすら――自分の弱みを見せる人間ではなかったのに。
そしてミオリネは気づく。
逮捕・拘禁されたことで、シャディクはやっと己の立場からも使命からも解放されたのだ、と。やっと素の自分を表に出すことができるようになったのだ、と。
もう彼は、作り笑顔を浮かべて養父のご機嫌取りに徹する後継者候補でもなければ、冷徹の仮面を被って自らを厳しく律する革命家でもない。年齢相応の、ただの青年に戻ったのだ。
ミオリネは一つ笑うと、シャディクに告げた。
「そんなにたくさん文句があるなら、模範囚として刑期を勤め上げて、さっさと出所すればいいじゃない。で、あんたも周囲と世界をマシにするために働けばいいのよ」
「……え?」
シャディクは心底驚いたようにこちらを見つめる。どうも、テロリストとして逮捕された時点で、自分の人生に完全に終止符を打った気でいたらしい。
――冗談じゃない。こっちは死ぬまで忙しく働くつもりなんだから、あんたもそうしてもらうわよ。
ひとりごちたあと、ミオリネは付け加える。
「サビーナからも伝言を預かってるわよ。
私たちは先に出所して、お前が社会復帰したときのための居場所を作っておく。だからまた一緒に働こう。今度はテロではなく、別の方法で世界を良くしていこう……だってさ」
「…………。
別の方法で、か」
シャディクが静かにつぶやく。
世界を変えるために、彼は暴力を選んだ。地球の人々の犠牲を一刻も早く止めるために、彼はあえて他人を踏みにじる方法を選択した。平和的な方法では世界を変えるのは不可能だと諦めた。
「今でも穏健なやり方では無理だと、そう思ってるの? シャディク」
「……いや。」
その日初めての笑みを、シャディクは浮かべた。
ミオリネにとっては数年ぶりに見る、彼の素直な笑顔だった。
「今なら、そのやり方で少しずつ変えていけると……そう信じることができるよ。
君のおかげでね、ミオリネ」
「だったら――さっさと出てきて、サビーナたちや私を手伝いなさい、シャディク。
やるべきことは山積みなんだから」
ミオリネが敢えて突き放すような言い方をすると、シャディクは苦笑し、やがて大声を上げて笑い出し始めた。
それは紛れもなく、勝利者の笑いだった。