クワイエット・ゼロ戦記   作:カラテマ

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25 戦後_強化人士5号

青年は、公園のベンチに腰掛けて携帯端末を操り、アパートの検索を続ける。

 

時刻は昼下がり。学園フロントの天蓋は、明るい光で地面を照らしている。広々とした公園に、下級生と思しき少年たちがサッカーボールを蹴りながら入ってきた。さらに向こうには、老人が杖を突きながらのんびりと歩いている。

 

のどかな光景をよそに、青年は良さげな物件を見つけて、隣に座る少女に問うた。

「これなんかどう? キッチンは共用だけど居室は広々、駅は近いし値段もお手頃。悪くないんじゃないかな、コレ」

しかしながら、期待した言葉は返ってこない。少女は仏頂面でこちらを見つめるだけだ。

うーむ、と唸って、青年は端末の操作を再開する。

「2LDKは嫌? となると、ちょっと家賃がかさむことになるなあ」

「そうじゃないわよ」

すぐさま仏頂面の少女からツッコミが入る。

ノレア・デュノクは身を乗り出すと、確認するように青年の瞳を覗き込んできた。

「私の身元引受人になった上、自分の借りたアパートにタダで住まわせる、だなんて。

 あんた、本気なの?」

「もちろん本気さ。だってそうしないと、君は刑務所に収監される羽目になるんだろ?」

 

クワイエット・ゼロの戦いから一ヶ月後。

ノレア・デュノクはその貢献が認められ、司法取引によって魔女の認定を外された。降伏した少年兵として扱われ、テロに対する処分も保護観察に留まることになった。

しかしながら、天涯孤独の身であるノレアには、特定の住居も無ければ身元を保証する人間もいない。せっかく保護観察処分を勝ち取ったにも関わらず、そのままでは法律の規定に従い、刑務所に収監される運命だった。

「だったら僕が引き取るよ。それで問題なしなんだろ?」

そこで手を上げたのが、エラン・ケレスの影武者だった、というわけだ。

クワイエット・ゼロでの功績により市民ナンバーを与えられた彼は、株式会社ガンダムに就職していたこともあり、社会的信用も収入も十分とみなされた。周囲に異議を唱える者はなく、ノレアの身柄を青年が引き受ける件はあっという間に確定事項となった。

今や疑いを挟むのは、ノレア当人くらいのものである。

「あんたにそこまでしてもらっても、私は何も返せない。お金なんか持ってないし、この学園フロント内で私を雇ってくれる人がいるとも思えない。あんたにとって、私はただのお荷物よ。

 それでもいいの?」

「お金なんか気にしなくていいんだよ。君一人を養う程度の給料はもらってる」

「でも……」

「それとも、刑務所の中の方がいいのかい? ソフィへのお見舞いもできなくなっちまうのに」

青年がそこまで言うと、ようやくノレアは反論を止めた。

迷うように考え込んだあと、不承不承といった態でうなずく。

「……わかったわ。ソフィが退院するまでは、あんたの世話になる」

その瞳に浮かぶのは、喜色ではなく憂い。理由はよく分からないが、どうも彼女は青年の元に留まることに躊躇いを感じているようだ。

泰然自若をモットーとする青年も、ノレアのその態度には不満を覚えざるを得ない。

「どうして君は、今更そんなに他人行儀なんだ?」

憮然として、胸中でつぶやく。

 

クワイエット・ゼロの戦いが終わったあとも、ノレアは相変わらず、青年に対して付かず離れずの態度を貫いていた。その様はまるで猫のよう。人と交流することはあっても、決して心を許すことはない孤高の生き物。

 

それ自体は……まあ、構わない。

ノレアが自分に懐かなかったとしても。

ソフィが回復したあとに、そのまま二人でどこかへ旅立ったとしても――受け入れるつもりだ。

ああ、もちろん受け入れるつもりだとも!

「……別れなら、慣れてるしね。所詮はそれまでの縁だったってことだよ」

だが最近のノレアは、時折ひどく怯えた表情を見せるのだ――飼い主から捨てられ、再び野良猫に戻ることを恐れているかのように。

それが青年には気に食わない。向こうがこちらを捨てると言うならともかく、自分がノレアを捨てるなんてことはありえないのだから。

だから青年は、自分のモットーに反して、ついうっかり踏み込んでしまった。相手を安心させるつもりで、不用意な一言を投げかけてしまった。

「ソフィが退院するまで、なんて期限を切る必要はないよ。君の気が済むまでここに居ればいいじゃないか」

「……え?」

「仕事に就きたいってんなら、僕が一緒に探してやる。勉学したいなら通信教育でもなんでも用意する。

 ……独りが嫌なら、僕が隣りにいてやる。だから、もっと僕を頼れよ、ノレア」

直後、青年は自らの失言を悟った。

目を見開いたノレアは、すぐに寂しげに笑い、首を横に振ったのだ。

 

「一緒に探すだの、隣りにいてやるだの……バカなの、あんた。

 いくらなんでも、そんなことできるわけないでしょ。私にだってその程度は判る」

 

少女の瞳には、一粒の涙とともに、ありありと拒絶の意志が浮かんでいた。青年が愕然とするほど、明確に。

そして青年は気づく。

さんざん他人から利用され続けてきた孤独な少女にとって、今の自分のセリフは、警戒心を招くのに十分すぎるものだったことに。

――世話するから、その引き換えに僕と仲良くなれって……そういう意味に受け取られたのか!?

「待て、今のは違うんだ。つまり……!」

青年はあわててベンチから立ち上がり、言い繕う。

だがもう手遅れなのだと、ノレアの表情が物語っていた。少女はうつむき、涙をこぼしている。手酷く傷つき、顔をくしゃくしゃにしている。

「頼むから、そんなこと考えないで。余計なお世話よ」

決定的だ。

下卑た下心を隠していたのだと、嫌悪された。

少しは生まれていたはずの信頼も、もはや完全に失われた。

取り返しの付かない失敗に、青年は打ちのめされ、茫然自失で立ち尽くす。

動揺と自己嫌悪のあまり口も聞けなくなった青年の前で、ノレアはうつむき、セリフを連ねる。

「心配しなくとも、地球でなら私はどうとでも生きられる。ソフィが退院したら、私は地球に戻るわ」

「…………」

「あんたたちの生活の邪魔をするつもりはない。あんたは、ソフィと二人で幸せに暮らして。

 あいつ、口は悪いけど、すごく優しいヤツだから……」

「……んん?」

そして青年は我に返った。下を向いて辛そうに喋るノレアの頭頂部をまじまじと見つめる。

今コイツ、なんて言ったんだ?

「ちょっと待てノレア。ソフィと二人で暮らせって、それはどういう意味だ?」

青年がそう問うと、ノレアが下を向いたまま、涙声で答えた。

「同棲って意味よ。それくらいわかるでしょ」

「なんで僕とソフィが同棲するんだよ」

「……え?」

ようやくノレアが顔を上げる。瞳から流れる涙はそのままだったが、悲しみの色は抜けて、不思議そうに首を傾げている。

彼女はベンチに座ったまま、まじまじと青年を見上げ、そして口を開いた。

「だってあんた、好きなんでしょう? ソフィのこと」

「僕が好きなのは君だよっっ!!」

反射的に青年は絶叫した。

公園の真ん中でサッカーをしていた下級生たちがびっくり仰天してこちらを向く。公園の反対側を歩いていた老人がきょろきょろと周囲を見回す。それほどの大声だった。そして今度こそ完全な失言だった。

だが青年は気づかない。というか、それどころではない。不本意にもほどがある誤解を正そうと、必死で言葉を繰り出す。

「なんでっ!? どうして僕がソフィを好きってことになってるんだよ!? 勘違いするポイントなんて無かっただろ!?」

「えっ……だって、グラスレー寮の一室に閉じ込められてたときに、二人きりで楽しそうに会話してたじゃない」

「どうやってあの部屋から抜け出ようかをアイツと相談してただけだよ!?」

どうやらノレアの誤解は、かなり以前まで遡るようだ。と言っても普通に判断すれば、青年とソフィが仲を深めるような余裕などなかったことくらいは分かろうものだが。もしかしたらこの少女、思っていたよりもだいぶ天然なのかも知れない。

ノレア当人はと言えば、何かがおかしいことにやっと気づいたのか、狼狽えたようにベンチから立ち上がる。

「待ちなさいよ。そんなはずがない。だってあんた、クワイエット・ゼロに乗り込む直前に私に宣言したじゃない。

 命に変えても、僕はソフィを必ず守るって」

「誰を、とは言わなかっただろ!? 守りたかったのは君だよっ!」

全力で反論すると、ノレアは間抜けな顔で口をあうあうと開閉させた。恥ずかしさのせいか、頬も真っ赤に染めている。

やっぱりコイツ、天然だ。どうすればあの会話でそんな誤解ができるんだ。どこからソフィが紛れ込んできたんだ。

「なっ……なんで肝心な部分を省略するのよ!? 勘違いさせるようなことを言わないでよ!」

「勘違いしようがないだろ、状況的に! ていうかそもそも、なんで僕がソフィに好意を持ってると思ったのさ!? ほんの数日しか会話してないんだぞ、アイツとは!」

「だ、だって……あいつ、凄く人気者なのよ? 気が利くし、ぐいぐい引っ張ってくれるし……」

よく分からない言い訳を始めたノレアを見て、青年もだんだんと苛立ちが募ってきた。

もうこうなったら、ハッキリと断言しておくべきだろう。自分がソフィに惚れることは決してないのだと。

「いいか、ノレア。僕も別にソフィを嫌ってるわけじゃない。アイツは友達思いのいいヤツだよ。

 でもね、僕の好みとは正反対なんだよ。自分勝手だし図々しいし、口うるさいし馴れ馴れしいし、いいかげんだし割と迂闊だし」

すると、なぜかノレアは狼狽を止めた。

じっとりとした視線でこちらを見つめ、そしてぼそりと毒を吐く。

「同族嫌悪……」

「なんでだよ!? 僕とアイツは似ても似つかないだろ!? 僕は協調性も責任感もあるし、控え目だし慎重だししっかりしてるぞ!?」

「自己評価が壊滅的なところまで似ないでよ……」

「なんだよその困ったような顔は!? 困ってるのはこっちだよ!」

もう何度目か分からぬ叫び声をあげたのち、青年はがっくりと肩を落とした。

なんなんだこれは。どうして自分はこんな苦労をしてるんだ。そもそもこれはどういう話の流れなんだ。

だんだんと混乱してきた青年は、ひとまず気分を落ち着けようとベンチへ腰を下ろす。

すると、すぐにノレアも隣に座り直してきた。呆れと戸惑いが入り混じった表情で、詫びの言葉を口にする。

「ごめんなさい。私が勘違いしてたのは本当みたいね。

 ……でも、その、本気なの? 私が好きって」

言われて、青年もまた気づく。勢い任せに自分の本心までこの少女に明かしてしまったことに。

これまでの人生で身につけた防衛本能で、青年はとっさに誤魔化すような笑みを浮かべ――しかし、誤魔化しのセリフまでは口にしない。

今この少女に対して、好意を偽ることだけはやってはいけないと、そう直感した。だから青年は笑みを消し、真剣な顔で、告げた。

 

「……当たり前だろ。本心だよ。好きなのも、守りたいのも」

 

この気持ちが恋愛感情なのか、ただの庇護欲なのかは判らない。

自分と似たような少女の境遇にシンパシーを感じただけなのかも知れない。

だが、好きだということだけは間違いないし、その気持ちを伝えたかったのも本当だ。

「…………」

少女はすぐには返答しない。

嬉しいのか悲しいのかよく分からない表情で、青年を見つめ返している。

青年もそれ以上は何も言えず、ただ黙ってノレアを見つめる。

 

周囲に静けさが戻る。気がつけば公園には、青年と少女以外は誰もいなくなっていた。

老人はとっくに公園から歩き去っていたし、下級生たちは痴話げんかが始まったとでも思ったのか、さっさと場所を移動していた。

 

見つめ合ったまま10秒ほども経過した後、ノレアは一つため息をついた。

「……急にそんなこと言われても、困るわよ。あんたはソフィのために命を懸けてるんだと思ってたし、私はその恋を手助けしてるつもりだったんだし」

そして彼女は、青年をじろりと睨み返す。

「だいたい私、あんたのこと何も知らない。素性どころか、本名すら教えてもらってない」

「……あれ? そうだっけ?」

「用心深すぎるのよ、あんた。

 あんたのこと何も知らないのに、好きとか嫌いとか、そんな話ができるわけがない」

ノレアの剣幕は、青年をたじろがせるに十分だった。

言われてみればその通りだ――周囲を警戒するあまり、青年は自らのことを誰にも明かしていなかった。それでは確かに、恋愛以前の問題だろう。

「そ、その、ごめん……」

「……まあいいわ」

ふう、とノレアが力を抜く。

少女は改めて居住まいを正し、青年を見上げ、その瞳を覗き込む。

「ソフィのことも含めて、もう少し考えさせて。あんたの告白への答えは、私がもっとあんたのことを知ってからにして。それでいい?」

青年がこくこくとうなずくと、ノレアはようやく笑みを見せた。

怯えもなく、遠慮もない、ごく普通の少女らしい笑顔。真昼の光の下のそれは、季節外れのひまわりのよう。

 

華やかに笑いながら、少女は青年を見上げ。

そして、どこか楽しそうに、告げたのだった。

 

 

 

「だったら。

 まずは教えて。あんたの、本当の名前」

 

 

 

 

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