アスティカシア学園の決闘は、生徒同士の諍いをモビルスーツの戦闘によって決着させるという制度だ。決闘の勝敗は絶対であり、どんな理不尽な要求でも相手に飲ませることができる。金持ちも貧乏人も関係なく、勝利さえすれば己の意志を相手に強要できるという、一見すれば公平なシステムだ。
だがその実、準備するモビルスーツの性能は学生を後援する企業の力に左右され、決闘方法の選定についても当事者のコネが物を言う。果ては裏工作すら黙認されており、その実態は、野放図な企業間抗争を学園にまで持ち込んだものに過ぎない。
力こそがすべてというデリング・レンブランの思想が、醜悪な形でルール化したもの。それが決闘なのだ。
「大変お待たせいたしました。さあ皆さぁん、手近なモニターにご注目ください。
これよりブリオン社のスポンサードによるスペシャルイベントが始まりまぁす」
さらには1年ほど前、デリング自らの命令によってホルダー制度が導入された。
デリングの一人娘であるミオリネの結婚相手――すなわち、デリングの後継者の座を、決闘の最終勝者に与える。
時代錯誤なこの制度は、ミオリネ本人の心をいたく傷つけたのみならず、スレッタ・マーキュリーから平穏な学園生活を奪い、エラン・ケレスの影武者たちのような犠牲者をも生み出した。
力ある者に娘を守らせたいというデリングのエゴが、多くの学生を踏みにじり、その人生を狂わせたと断言していい。
「モニターに映るのは、近々取り壊し予定の戦術試験区域。地球の朝の平原をイメージした青空のフィールドとなっています。
そしてフィールドに立つ2機のモビルスーツは、我がブリオン社の最新鋭機であるデミバーディング。半年後の正式リリースを控え、現在絶賛予約受付中でぇす」
忌まわしき決闘制度は、2ヶ月前に廃止された。
学園の理事長を兼任していたデリングが逮捕されたことをきっかけに、校風そのものが見直されることになり、デリングの思想とエゴの象徴だったこの制度は、まっさきに学則から削除されたのである。
これにより、アスティカシア学園の悪しき伝統は、黒歴史として永遠に葬られたのであった。
……はずだった。
「さてさて皆様、これから始まるのは、この2機のデミバーディングによる模擬戦……
いえ、1対1の真剣勝負! すなわち……決闘です!
つい先日廃止されたばかりですが、卒業式後のスペシャルイベントとして一日限りの復活ですよぉ!」
司会がノリノリで煽り文句を並べる。
おおおお、という歓声が、コックピットのモニター越しに聞こえてくる。
ノーマルスーツ姿でデミバーディングのコックピットに座るグエルは、腕組みをし、右の人差し指でコツコツと己の左腕を叩いた。苛立っているときの仕草だ。
「そして決闘に臨むパイロットは……諸事情により名前を明かすことはできませんが!
片方は、かつてこの学園で無敵の連勝記録を誇ったOBの方でぇす!
はい皆様、ここで拍手ぅ!」
デミバーディングの集音マイクが、校舎から響く拍手の音を拾ったところで、グエルはとうとう口を開いた。モニターに映る対面のパイロットに問いかける。
「これはどういうことだ? 説明してもらおうか、スレッタ・マーキュリー」
「ひょあえええええ!? あ、ああああの、これは、違うんですグエルさん!」
初めてスレッタと対面したときを思わせる低い声音でグエルが凄みを利かせれば、初めてグエルと対面したときのような狼狽ぶりでスレッタが言い訳を始める。
「わたしがやりたかったのは模擬戦だけで! でもわたし今、自分のモビルスーツを持ってなくて! で、卒業式が始まる前にセセリアさんにデミトレーナーを2機貸してもらえないか相談して! そしたら快く貸してもらえることになって!
……で! 気がついたら、こうなってましたっ!」
「あのなあ……」
気がついたらこうなってました、じゃないだろ。胸中でツッコミを入れつつも、グエルはひとまず納得した。
悪しき決闘制度を復活させた諸悪の根源は、やはりアイツ――ノリノリで司会を務めるセセリア・ドートだったのだと。
20分ほど前。
卒業式が終わった直後、式典会場の貴賓席で式の進行を見守っていたグエルのもとに、スレッタからメールが届いた。
ノーマルスーツに着替えて、第一戦術試験区域の一般学生ドックまで来られたし。
指示通りにドックまで足を運ぶと、誰が用意したのか、すでに一機のデミバーディングが待機していた。さっそく乗り込んで外に出てみれば、見渡す限りの草むらの向こうに、こちらとは少しだけカラーリングの違うもう一機のデミバーディングが立っている。
「よくここまで準備したものだな、スレッタ!」
驚嘆しながらも、いざ模擬戦を開始しようと、グエルは操縦桿に手をかけた。その瞬間、スペシャルイベントの開幕を告げるセセリアのアナウンスがコックピットに響き渡ったのである。
唖然としているうちに、自分たちの周囲をドローンが飛び回り始めた。あのドローンはこちらの様子をモニタリングし、アスティカシア学園のあらゆる場所で流しているはずだ――かつての決闘でそうしていたように。
「いくらなんでも手回しが良すぎるとは思ったが……」
卒業式のあいだのわずかな時間でこの舞台を整えてみせたのは、スレッタではなくセセリアだった、というわけだ。あるいは、最近ブリオン社に入社したエラン・ケレスの采配かも知れないが。
だが、そんなことはどうでもいい。自分が見世物にされるのはともかく、今この時期にスレッタに余計な注目が集まることは阻止しなければならなかった。下手をすれば、虐殺者の娘として世間の糾弾を浴びることになりかねない。
グエルは、モニターの一角に映るラウンジ――かつて決闘委員会の議場だった場所――に視線を移す。その真ん中でマイクを握る女を睨みつける。
セセリアのヘッドホンの無線番号を指定した後、グエルは低い声音で、ゆっくりと語りかけた。
「どういうつもりだ? セセリア・ドート。返答次第ではこちらにも考えがあるぞ」
「あーらあら、久しぶりに聞く怖い声ですねぇ。先輩、もしかしてテンションが学生時代に戻っちゃってますぅ?」
「質問に答えろ。はぐらかすことは許さん」
「はいはーい」
にやにや笑いの相手は、一向に堪えた様子もない。マイクのスイッチを切ると、余裕の口ぶりで応答してきた。
「2機セットでお貸しできるモビルスーツは、ウチの格納庫にはそのデミバーディングしか残ってなかったんですよぉ。でもウチも営利企業なんで、緊急事態でもないのに最新鋭機をタダでレンタルってわけにも行かず……
なのでスレッタに提案したんです。模擬戦の映像を自由に使うことを許可してくれるなら、出演料と映像使用料でレンタル料を相殺してあげるって」
そこまで説明を聞いたところで、グエルは舌打ちした。
つまりスレッタは、代金と引き換えに映像の使用権をセセリアに譲り渡してしまったのだ。こうなるとセセリアに文句をつけることは難しい。相手は正当な手段で手に入れた権利を行使しているだけなのだから。
「……念のために聞くが、それは正式な契約なのか? スレッタに丁寧に説明したのか?」
「もちろん。契約書もその場で作成しましたし、本人からもちゃんとサインをもらってます。お疑いなら今すぐお見せしてもいいですよぉ?」
グエルはもう一度舌打ちした。恐らくセセリアの言葉に嘘はない。契約書もきちんと作っただろうし、スレッタにもきちんとサインをさせている。そのへんで手抜かりがあるような女ではない。
すなわち――契約書にサインをしたらどんな事になるかを考えつかなかった、スレッタのミスだ。
「こんな簡単に騙されやがって……本当に一人でやっていけるのか、あいつ」
余計なお世話であることは自覚しつつも、グエルは少女の未来を案じざるを得なかった。
「ご安心を、グエル先輩。肖像権までは買い取っていませんから、スレッタちゃんの名前も顔もきちんと隠匿します。我が社の宣伝で使わせてもらうのは、あなたたちが操縦するデミバーディングの映像だけですよぉ」
「その約束を違えたら、ジェタークからブリオンへ企業間抗争を仕掛けさせてもらうことになるぞ……」
「重々承知してますってぇ」
最上級の脅し文句に対しても、セセリアは平然と煽り顔を返すのみだ。もはや何を言ったところで、この図太いを通り越したクソ度胸女を止めることはかなうまい。あとは彼女に最低限の良識が備わっていることを祈るのみだ。
コックピットの中でグエルが頭を抱えていると、別の人物から通信が入った。
「兄さん、どうする? この馬鹿騒ぎが嫌なら、僕が今すぐ中断させに行くけど」
コックピット側面のモニターに目をやると、セセリアのいるラウンジのすぐ隣のフロアに、苦虫を噛み潰したような顔のラウダが立っている。否、彼だけではなく、カミルやペトラ、フェルシーといったジェターク寮生の主要メンバーも入室していた。
さらに隣の部屋には、ミオリネやマルタンら地球寮の人々の姿も見える。
おそらく全員、セセリアが招待したのだろう。臨時の応援部屋といったところか。本当に手回しがいいことだ。
「あー、そうだな……」
弟の問いかけに対し、グエルはすぐに答えず、しばし思案する。
応援部屋を見渡せば、ラウダだけはお冠の表情だが――他のジェターク寮生たちは皆、案外と楽しんでいる様子だ。カミルは腕組みして微笑み、ペトラは手でメガホンを作ってこちらに声援を送り、フェルシーはぶんぶんと両手を振る。
隣の部屋に視線を向ければ、こちらも負けじと、全員がスレッタの応援に回っているようだ。ミオリネなどはスーツ姿のまま拳を突き上げ、大声で何事か叫んでいる。
「ふっ……」
ふとグエルの脳裏を、かつての決闘の光景がよぎった。ジェターク寮の皆とともに臨み、戦い、勝ち続けた日々の記憶。
あの決闘は、強者が弱者を踏みにじるための制度。御三家が学園を支配するための出来レースに過ぎない。
それはわかっている。
あんなルールの下でいくら勝利を積み重ねたところで、何の名誉にもなりはしない。
それももう、わかっている。
けれど――
グエルは正面のモニターに向き直った。
対戦相手は、側面のモニターに向けて小さく手を振っていた。自分を応援するミオリネたちの声援に応えているつもりなのだろう。
「スレッタ、どうする?」
少女の横顔に、グエルは静かに問いかける。
「思わぬギャラリーが増えちまったが。それでも、俺と決闘するか?」
スレッタが慌ててこちらに向き直った。
彼女は両手を胸の前に当て、しばし考え込み。
やがて、決然と顔を上げた。
「……やります!」
強い意志を瞳にたたえ、スレッタ・マーキュリーは断言する。
「グエルさんと、決闘……します!
これが最後だから……わたしのパイロットとしての全てを、ぶつけたいんですっ!
グエルさんと全力で戦って……そして、勝ちます!」
少女の顔は真剣そのもの。だがその口元は、ほんのわずかだが、不敵な形に吊り上がっていた。
努力して身に着けたスキルを、思う存分振るってみたい。自分の強さを、応援してくれる人たちに示したい。そのために、目の前の相手を倒したい。勝ちたい。
少女の表情からは、自分勝手で子供じみたワガママな本心が滲み出ていた。
だからグエルは、くくっ、と笑った。
――そうか。俺も同じだよ。
最近の彼しか知らぬ者が見れば目を剥いたであろう、口角を釣り上げ瞳を見開いた、ガキ大将じみた笑み。
その笑顔を、グエルは側面のモニターに向ける。
「ラウダ! お前にゃ悪いが、この決闘は譲れん。あいつと心ゆくまで戦わせてもらう。
その結果として、あとで色々と面倒が起こるかも知れんが……」
背負い続けてきた責任と、抱え続けてきたしがらみを放り投げ。
グエルは、弟に向けて言い放った。
「そのへんの後始末は、全部お前に任せた!」
ラウダがあんぐりと口を開ける。隣のペトラと目を見合わせ、困惑の表情を交換する。
弟は肩を落とし、深々とため息をつく。何もかもを諦めたような表情で――しかし彼は、しっかりと釘を差してきた。
「わかったよ。僕が全部なんとかする。
でも、負けたら絶対に許さないよ」
「任せろ! 俺は負けん!」
操縦桿に手をかける。
各所のスイッチを入れ、グエルは自らのモビルスーツの戦闘準備を整えていく。
このデミバーディングは悪くない。さすがにディランザのような戦闘用モビルスーツに匹敵するほどではないが、反応も出力もデミトレーナーから向上していて、思う存分に自分の腕を振るえそうだ。
操縦系や機器の配置についても、学園で使い慣れたデミトレーナーのそれを引き継いでいる。自分もスレッタも初搭乗だが問題なく操縦できるだろう。これなら公平な戦いが望めそうだ。
「……まさか、セセリアのやつが俺たちにデミバーディングを使わせたのは。
アイツなりの、俺たちへの気遣いだったのか……?」
そんなことを思っていると、そのセセリアが弾むような声でアナウンスを再開した。
「さあ皆様、これより決闘を開始したいと思いまぁす。デミバーディングの性能の素晴らしさをぜひともご堪能くださぁい。
それでは――両者、向顔」
その声は明らかに、自社のモビルスーツをPRしつつこの状況を楽しんでるだけに思えたが――まあ、この期に及んではどうでもいい話だ。
グエルは自らの機体を敵機と相対させつつ、ビームサーベルを引き抜いた。駆け引き抜きでお互いの技量を比べあうには、格闘戦が最もふさわしい。
果たしてスレッタも同感だったか、彼女の乗るデミバーディングもまた、こちらと同様にビームサーベルを引き抜く。
これより始まるは、この学園のかつての決闘ルールを模した、モビルスーツによる一対一の戦い。
されど、相手から奪うための戦闘にあらず。
弱者を踏みにじるための出来レースにあらず。
「勝敗は、モビルスーツの性能のみで決まらず」
不敵な笑みをたたえ、グエルは決闘の口上を述べる。
「操縦者の技のみで決まらず」
スレッタが、力強い声で口上の続きを口にする。
求めるは、ただ充足のみ。
全力を出し切ったという満足と、強敵と渡り合ったという誇り。
それを得るために、目の前の、尊敬すべき人と戦う。
己の全てをぶつけられる相手に挑み、力の限りを尽くし、そして勝利するのだ。
「ただ、結果のみが真実!」
最後の句を、二人同時に高らかに告げ。
抜けるような青空の下、どこまでも続く草原の只中で、グエルとスレッタは決闘を開始したのだった。
これにてクワイエット・ゼロ戦記は終了です。この長い物語に付き合っていただいた皆様、本当にありがとうございます。
とにかく自分が見たかったシーンを片っ端から詰め込みました。
・ソフィノレ生存
・ジェターク兄弟&シュバルゼッテがちゃんと味方側で活躍
・カミルパイセンの出番
・スレッタ・激怒ッタ
・罪には相応の報いがある
・ラストバトルは総力戦
・最後は決闘でシメ
といったところ。
ちゃんと最後まで書き終えることができてホッとしています。ガバガバな部分は無数にありますが、その当たりはお目溢しいただいた上で、楽しんでいただけたなら幸いです。