クワイエット・ゼロ戦記   作:カラテマ

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05 人として_ノレア・デュノク

人気のない通路を、ノレア・デュノクは押し黙ったまま歩く。

 

両手には手錠をかけられ、首にはいつでも起爆できる爆薬の詰まったチョーカー。彼女が反抗できないようにするための、そして、仮に反抗したとしてもすぐに始末できるようにするための備えだ。

そんなモノを身に着けさせてなお、スペーシアンたちはノレアを危険視しているらしい。前方を歩く少女はときおり振り返り、警戒と不安の眼差しをノレアに向けてくる。後方を歩く大柄な男は、銃を構え、いつでもノレアを取り押さえられるポジションをキープしている。

 

もはや人ではなく、人食いの獣でも相手にするかのような態度。こうなることを予め覚悟していたノレアも、人間扱いすらされないこの状況に苛立ちを感じざるを得ない。

だがそれでも、心の奥底に封じ込めた憎しみを一切外に漏らすことなく、ノレアは歩き続ける。

 

そうする理由の一つは、この通路の奥にいるはずの友人の安否を確認するため。

ソフィの無事を直接この目で確かめるまでは、周囲のスペーシアンたちの不興を買うわけにはいかない。たとえどれほど屈辱的な扱いを受けたとしても、だ。

 

そして理由のもうひとつは、もちろん――

「ダメだよ君、そんな仏頂面じゃあ。反抗を企んでるんじゃないかって疑われちゃうよ?

 ほら、笑って笑って。スマイルスマイル。きっと君は、笑顔が一番ステキさ♪」」

軽薄なセリフを並べ立てながら隣を歩くこの青年が、あまりにも鬱陶しかったからだった。

「……この状況でへらへら笑っていられるのは、あんたみたいな無神経だけ」

ぼそっと毒づいてみるも、青年は一向に堪えた様子もなく、標的を別の人間に変えただけだった。

ノレアの前を行く栗色の髪の少女に、馴れ馴れしくも親しげに話しかける。

「いやあ、それにしてもジェターク社は成金だねえ。わざわざ学園の中に直営の病院を作ったうえ、こんな重役専用の通路まで準備しておくだなんて」

「重役専用じゃありませんよ先輩。ジェターク寮の生徒とその家族専用です」

少女――ペトラ・イッタは不服そうな顔で訂正するが、青年は肩をすくめただけだった。

「ジェターク寮に入れるような生徒なら、結局は重役の子息ってことだろ?」

「違いますっ。ウチは実力主義なんですっ。カミル先輩なんて親族に会社関係者は一人もいないのに、みんなから優秀さを認められて、一年前からずっと寮のナンバースリーだしっ!」

「へえー、そうなんだ」

まったく興味なさそうな声で相槌を打つと、青年は今度は、後ろを行く大男に絡み始めた。

図々しく笑いながら、問いかける。

「ジェターク関係者専用の通路に入ることができるなんて、宇宙議会連合の査察官の権限ってのは大したモンだね。あんたを味方につければ、宇宙のどこへでも行くことができそうだ♪」

「……査察官の権限は、あくまで捜査対象に限定される。君が想像するような便利なものじゃない」

大男――グストン・パーチェは、青年に冷淡な反応を返す。

「そもそも、この権限は恣意的に使っていいものじゃない。俺がこの病院に入場許可を出させたのは、協力の条件としてソフィ・プロネの安否の確認が必要だと君たちが主張したからだ。

 いいかねエラン・ケレス、査察官というのは」

「ああ、わかってるよ。秩序の守護者たる査察官たるもの秩序を乱す真似はできない、とかそういう話だよね」

説教が始まりそうと見たのか、青年はひらひらと手を振って会話を打ち切る。

 

万事がこの調子だった。

この病院に来る前からずっと、青年はへらへらと笑みを浮かべ、常に誰かにどうでもいい話題を振り、適当なところで会話を切り上げては別の誰かに話しかけている。あまりの鬱陶しさに、ペトラもグストンも今やノレアより青年のほうに注意を引かれ、うんざりとばかりに睨みつける始末だ。

もちろんノレアも青年の軽口には閉口していたが、しかし今は何も言わず、前に進むことに集中する。

 

目的地が、迫っていた。

 

「この部屋だよ」

集中治療室と書かれた部屋を、ペトラが指し示す。

ノレアは無言でうなずき、部屋の扉をくぐった。

 

直後、ノレアは信じがたい光景を見た。

自分の友人が、ガラスの向こうで、なにかの巨大な装置の中に組み込まれていたのだ。

「なっ……っ!?」

一瞬殺気立ち、しかし、すぐに見間違いだと気づく。

 

確かに彼女の友人は、多数の機械に囲まれ、無数のチューブに繋がれた状態で眠っている。だが別に、生体パーツよろしく何かの部品として使われているというわけではない。

 

ノレアはガラスのそばまで近寄り、ソフィの姿をまじまじと観察する。

友人は、ベッドに丁重に寝かされていた。

固く目を瞑り、生気のない顔で、しかし確かに胸を上下させて呼吸していた。

 

ソフィを囲むおびただしい数の装置は、そのすべてが、ソフィを生かすために稼働していたのだった。

 

「…………は、」

ノレアの口から気の抜けた声が漏れる。

きっとソフィは、粗末な毛布の一枚だけ与えられて、硬い床の上に転がされているのだろうと想像していた。

そうだとしても文句は言うまいと考えていた。ガンダムの部品であり、消耗品でしかない自分たちにとっては、他人から治療をしてもらえること自体が贅沢の極みだったからだ。

 

だからこの光景は、想像のはるか外だった。

スペーシアンが、アーシアンの、それも最底辺の使い捨てのテロリストを、可能な限りの手段で以て救おうとしている、という事実は。

 

そしてノレアは、やっと実感する。

 

これなら。

こんなふうに治療してもらえているなら、必ず。

必ずソフィは治る。必ず自分のもとに帰ってきてくれる、と。

 

「……ソフィ……」

ノレアの身体から力が抜ける。少女はガラスに額をくっつけたまま、ずるずるとその場にへたり込む。

「……よかった……」

喉から漏れる声は、涙混じりだった。

背後にスペーシアンがいることなど、すでに頭から吹っ飛んでいた。

「……よかったよぉ……」

声になったのも、そこまでだった。

 

床に座ったまま、少女はただ、泣き続けた。

喜びの涙に、むせび続けたのだった。

 

 

―――――――――――――――――――

 

 

集中治療室の床にへたり込んで泣き続ける少女の背を、ペトラは複雑な表情で見守る。

あの少女が、つい十数日前にランブルリングに乱入し、ラウダ・ニールを傷つけたテロリストの一味であることは知っていた。

そのランブルリングで、複数人の生徒を手にかけた凶悪犯だということも。

だがその知識と、今の少女の弱々しい背中がどうしても結びつかない。

友人を想って泣き続けるその姿が、人殺しの別の姿だという事実を飲み込めない。

 

だからペトラは、小声でつぶやくしかなかった。

「なんであんな子が、テロなんか……」

「そういう組織に拾われたから、みたいだね」

そして、横から言葉を挟まれた。

ペトラが首を向けてみれば、エラン・ケレスが、否、その影武者が、軽薄な笑顔を顔に張り付けたままノレアを注視している。

「僕も詳しく聞いたわけじゃないけど……どうも彼女、戦争で両親と家と故郷をまとめて焼かれちゃったみたいだね。

 で、一人ぼっちになったところを、子供をガンダムに乗せて鉄砲玉にしてる組織に拾われた、ということらしいよ」

「……じゃあ、その組織に無理やり武器を持たされて戦わされてるってことですか? あの子」

昨日フェルシーが言っていたとおり、ソフィもノレアも騙されて利用されているだけなのか。

隣の青年にそう問いかけてみると、彼は首を横に振った。

「そうでもないだろうね。なにしろ彼女、戦争シェアリングに何もかも奪われたわけだから。豊かなスペーシアンを憎む気持ちは本物だろうさ」

「…………」

「まあ、気持ちはわからないでもないかな。ある日突然家族を殺されて、飢え死にしそうな状況に追い込まれたってのに、その元凶たる連中は宇宙で平和に幸せに暮らしている……となれば、恨みを募らせても仕方ないよね」

薄笑いのまま、どこまでも平坦な口調で、青年は淡々と語る。

何となく苛立ちを覚えて、ペトラは声を荒げた。

「なんでそんな他人事ぶってるんですか。先輩だって、私たちと同じ側じゃないですか。そんなふうに第三者っぽい態度をとるのは卑怯ですよ」

その言葉に深い意味があったわけではない。

アーシアンに憎しみの原因を与えていたのが自分たちであるという自覚から、無意識に目を背けたかったのかもしれない。

あるいは、さっきからずっとノレアに優しい声をかけ、一方で自分やグストンには皮肉を飛ばして牽制してくる青年の態度に、うっすらと不信感を抱いていたのかもしれない。

ペトラの何気ない一言に、しかし青年は一瞬、激烈な反応を見せた。

薄笑いを張り付けたままの顔をペトラに向け、そして吐き捨てる。

 

「僕はスペーシアンだけど、そちら側じゃないよ?」

 

「…………っ!」

笑っていない目の奥に、ドス黒い憎悪の色が見えた、ような気がした。気圧されたペトラは一歩後ずさる。

と、青年は誤魔化すように、再びへらへらと笑い始めた。

「まあ、色々あるのさ。アーシアンにだって真っ当な手段で学園に通えるくらいの金持ちはいるし、スペーシアンにも食うや食わずの人間はいる。アーシアンだのスペーシアンだのって理由で人を決めつけるのは馬鹿らしいと思うけどね」

「…………」

痛いところを突かれて、ペトラは押し黙る。

 

確かにランブルリングまでは、自分もフェルシーもアーシアンという理由だけで地球寮を軽蔑していたし、水星という辺境で育ったという理由だけでスレッタを軽視していた。

ラウダの命の危機をスレッタやチュチュに救われ、そしてスレッタの人命救助の手際を目の当たりにしたことで、その偏見も薄まったと自覚しているが――だからといって、彼らを軽蔑していた過去は取り消せない。

そして、自分たちが地球の人々を犠牲にしてその地位を保っている側であるという現在も、取り消せない。

 

何も言い返せなくなったペトラが下を向いていると、青年が急に話題を変えてきた。

あくまでも軽い口調のまま、しかし興味深げに尋ねてくる。

「……そういえば、君たち、どうしてソフィの命を助けたんだい?

 アーシアン嫌いのジェターク寮が、よりにもよってアーシアンのテロリストを病院で匿うなんてさ。

 いくらスレッタに恩があるって言っても、そこまでする必要、あったの?」

「それは……」

小馬鹿にされているのかと思って、ペトラはもう一度隣を見上げる。

しかし、青年はもう薄笑いを張り付けてはいなかった。本気で不思議そうな表情でペトラを見つめている。

その目にあるのは憎悪ではなく――おそらくは、真剣な疑問。

「…………」

一瞬だけ迷い、そして、真摯に悩み。

ペトラは答えを口にした。

「ガンダムの墜落現場に到着して、スレッタがコックピットを開けて……で、コックピットの中が見えた瞬間に、アーシアンだとかテロリストだとか、そんな考えは頭から吹き飛びましたよ」

「……へえ?」

「だって、中にいたあの子……ソフィは、口から下が血だらけで、目が死んでて、息もしてなくて。

 もう絶対に助からないって、すぐに死んじゃうんだって、そう判って。そして、すごく怖くなって」

あの瞬間まで、ペトラは人が死ぬ場面を目の当たりにしたことはなかった。

初めて見る光景に、完全に委縮してしまっていた。

「でも、私が何もできずにビビってたら、スレッタが凄い勢いで心音とか呼吸とか確認しだして。あっという間に人工呼吸とか始めて。その動作が機械のように力強くて、正確で……それを見てたら、ああ、ビビってる場合じゃないだろって我に返って。

 あとはもう、急げ、走れ、手を動かせ、そうしなきゃ目の前にいる人間が死ぬんだぞって、それだけを考えてました。で、訓練通りに動き回ってたら、最終的にああなったっていうか……」

別に、博愛精神に目覚めたわけでもなければ、自らの強い意志で人道を貫いたわけでもない。

スレッタの行動に引きずられただけ。そして、目の前で人が死ぬのが怖かっただけ。

目の前で人に死なれてほしくなかったから、学校の授業で習った通りに身体を動かしただけだ。

自分でも情けない話だと思うが、それが事実だった。

「ソフィを助けた理由なんて、その程度ですよ」

また皮肉を飛ばされそうだなと思いながらも、ペトラは正直にそう告げた。

しかし聞き終えた青年は、わずかに目を見開くと、身体ごとこちらに向き直り、少しだけだが頭を下げてみせた。

 

「失礼な態度をとってすまなかった。ありがとう」

 

「へっ?」

ペトラが唖然としている間に、青年は踵を返し、ノレアのほうへと向かう。

床にへたり込む少女に、彼は優しく語り掛けた。

「そろそろ時間だよ。ソフィはここの連中に任せよう。僕たちは本社フロントに向かう準備をしなきゃ」

「……わかってる。でも、もう少しだけ……」

「すべてが無事に終われば、好きなだけここに居られるさ。でも、今は我慢しなきゃ」

その様はまるで兄妹のよう。悲しみに沈む妹と、妹を力づけようとする兄。

あの青年があそこまでノレアに肩入れする理由は、やはりペトラにはよくわからない。彼は結局、自分がエランの影武者であるということ以外は一切語らなかったからだ。

もう少し身の上を明かしてくれたなら、せめて本名くらいは教えてくれたなら――とも思うが、たぶん彼は、自分たちには何も教えるつもりはないのだろうと思えた。

「なんなのさ、結局……」

心に残る不満をそんなセリフで吐き出していると、青年に伴われたノレアがこちらに歩いてきた。

ペトラはなんとなく身構える。さすがにまだ、このテロリストの少女への警戒心は消えていない。

しかしノレアは、ペトラの心配をよそに、きっかり2メートル手前で立ち止まってぺこりと頭を下げた。

 

「ありがとうございます。……ソフィを、ちゃんと治療してくれて」

 

それだけ言い残すと、彼女はペトラの横を通り過ぎ、青年とグストンに挟み込まれるような形で部屋を出ていく。

手錠とチョーカーを身にまとったままの少女の後ろ姿は、痛々しかった。

 

「なんなんだよ、もう……」

ペトラは天を仰いだ。

ノレアのことも、ソフィのことも、青年のことも、どう受け止めればいいのかわからない。

今胸をよぎるのは、自分たちがこのままでいることはできないという、そんな予感だけ。

 

「……いや、今はこんなところで物思いにふけってる場合じゃない」

ジェターク寮生たちとともに本社フロントへ向かう時間が迫っていた。早く準備に戻らなければならない。

ペトラもまた青年たちの後を追い、集中治療室を出ていったのだった。

 

 

 

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