フィロソフィープリキュア!   作:矢留

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「イデア(Idea)」=心の目によって洞察される、純粋なかたち。ものごとの真のすがた。





Ⅰ「PreCure01:IdeA」

 

 

 私、井手上あかりの高校1年生の始まりは、顔を覆いたくなるような、ひどいものだった…。

 

 まるで不吉な小説の書きだしのようだけど、これは誇張じゃない。もしそうでなければ、私は今こうしてひとりぼっちでお弁当を食べていたりしない。窓際の一番後ろの席に座り、ため息をつきながら、私は桜でんぶのかかったご飯を口に入れる。ほんとに、どうしてこうなってしまったのか…。

 

 昔から人前で緊張しやすくて口数の少なかった私は、中学生という思春期の真っただ中を、ほとんど一人で過ごしてきた。別に、誰とも仲良くしたくなかったわけじゃない。私だって部活に入って友達とマツクで駄弁りたかったし、机を囲んで弁当を食べたりしたかった。でも、いざ誰かと話そうと思うと喉の奥がキュッと詰まったような感覚になって、言葉が出てこなくなる。言葉が出てこなくなると、無言の空気にプレッシャーを感じて、さらに言葉が出てこなくなる…。  

インターネットでそのことについて調べてみたのだが、どうやら巷では私みたいな特徴をもつ人々のことを、場面緘黙症というらしかった。だからといってなにか病院に行って検査なりなんなりをして、診断してもらったわけではないから、特になにも対処せずに生きてきたのだけれど…。

 

 ともかく、そういったジレンマを抱き続け、ついに私は誰とも話すことなく中学校を卒業してしまった。同級生からは「訳あって喋ることのできない子」として、何かと配慮してもらっていたけど…。それはそれで申し訳なくて、私はさらに話すことができなくなっていった。…黒歴史だ。もうやめよう。

 それでもなにか今の状況を打破しなくては!と意気込んだ私は、知り合いの全くいない、実家からかなり離れた街の高校を受験し、無事合格した。これで私は新たな、輝かしい歴史を紡いでゆくのだ…!

 

 

 そう思っていた時間もありました。

 

 入学式の後、教室にて自己紹介をすることになった私たちは、一人一人教壇に立って話すことになった。大丈夫。私はもう話せる。周りにはもう誰も私を知る人はいない…。井手上あかりです、よろしくお願いします。井手上あかりです、よろしくお願いします。井手上あかりです、よろしくお願いします…。そう心のなかでイメージトレーニングしながら、私は埃っぽい教室の、教壇に立つ。

 

「アヒッッ…!!」

 

 聞いたことのない声が出た。まずい。視線が集中して、私の身体に突き刺さるのを感じる。冷や汗が背中を伝ってゆく。顔、あっつい…。

 3年間、親ともまともにしゃべってなかったせいだ…。私はどうやらまともな声の出し方を忘れてしまったらしい。もう言葉はお腹の奥底に仕舞われてしまっていて、もう一度出てきてくれる気配がない。

 

 

 私の高校生活、もう終わったみたいです。

 

 

 そのようにして、私は相も変わらずぼっちで弁当を食べている。朝早く起きて、友達と食べようなんて意気込んで作ったのに…。結局やってること中学と変わらないじゃん!

 私は少し焦げてほろ苦くなった卵焼きと、残りの桜でんぶご飯をかきこんでしまうと、誰にも話しかけられないように教室を出る。クラスメートの話し声が、すべて自分の悪口を言っているように聞こえて、そんなわけはないとわかっているのに、喉の奥がキュッと狭くなったように感じてしまう。いつもの悪い癖…。さすがに今のメンタルで残りの休み時間を過ごすことはできなかった。

 

 学校の屋上につながる階段を昇って『立ち入り禁止』の札がかかった扉を開けると、四月の青く澄んだ空が眩しいほどに広がっていて、私は少し目を細めた。中学の頃もこうしてすべての昼休みを屋上で過ごしたわけだが、やはり私はここが居場所になるさだめであったらしい。さっき教室で感じていた心の閉塞感が嘘のように消えて、今はただ春のやわらかい大気が胸に心地よく吸い込まれてゆく。

 私はフェンスに背中を預けて、空を仰ぐ。

 

 …なんか、ずっとこのままぼっちでいいような気がしてきた。

 

 今朝、家を出た時に抱いていたあの期待感や希望や何やかやが、アスファルトに落ちた雨粒みたいに消えてゆく。誰も知り合いのいない高校に行くために、結構がんばって勉強してきたし、決して安くない額の定期代をすでに払ってしまっている。こんな後悔の念と蕭条とした精神でもう三年間を耐えねばならないと考えると、その茫漠とした先行きのなさに膝が折れそうになって、私は目を閉じた。そうしたら、何かが少しだけマシになる気がした。

 

 

 

 

「ギャ―ッ!!落ちるッッ!!」

 

 

 まるで何かに弾かれたように目を開けると、雲一つない青空の彼方から、雲のようにふかふかとした何かが落下してゆくのが見えた。“それ”は陽光を背に自由落下をしていたから、はじめはほんとうに、ただの雲に見えた。でもよく見てみると…。

 

「何あれ、羊!?」

「落ちるッ!というかもう落ちてるッ!!」

 

 “それ”はどうやら羊(あるいはそのように見える生物)であるらしかった。羊はますます加速度を増しながら落下を続け、頓狂な声をあげてジタバタしている。空から落ちる羊?日本語を話す羊?私にはなにがなんだかわからなかった。夢?それとも幻覚? 

 けれども、いろいろと疑問を浮かべながら、私は“それ”のもとに駆け出していた。理由はわからないし、現実か非現実かもわからないけれど、それでも、“それ”が落下するであろうポイントをめがけて、一直線に。

 

 なんだか、懐かしいような心地がしたのは、気のせいだろうか?

 

 私が落下地点にたどり着くのと殆ど同時に、“それ”は私の腕の中に飛び込んできた。密度の高い毛が胸の中で反発して、“それ”は綺麗に一回転して地面に伸びた。

 

「あの…大丈夫…」

 そう口に出してから、気付いた。なんで私、わけのわからない相手なのに、言葉が…。

 

「いやー、助かったよ。あんたがクッションになってくれなきゃ、おいら今頃ミンチだったよ」

 “それ”はおもむろに立ち上がって、私の方に歩み寄って来た。…それも二足歩行で。

 

「そんな夜の蜘蛛を見るような目をしないでくれよ。おいらあんたに感謝してるんだぜ」

「私の知る羊はそんな風に歩いたりしないし喋ったりしない」

 

 そうかな?と“それ”は自分の身体を見回して、くるりと一回転してみせた。身長はちょうど私の半分ほどだろうか。こうしてもふもふとした物体が流暢に言葉を話し、自在に動き回る様を見ていると、その非現実さから“生物”というより“妖精”を相手にしているような感覚を覚える。

 

「というか、あなた何者なの?急に空から羊が降ってきたり喋ったりでわけわからないんだけど…。少なくともこの世界の住人…ではないよね。たぶん」

「おいらが何者か、だって?」

 

 “それ”は姿勢を正して胸を張ると、得意げに話し始めた。

 

「やァやァ、音にこそ聞け、近くば寄って目にも見よ!我こそはアラヤシキランドが直下、アラヤシキ陸軍普通科連隊第一班が一人、フィッツ・ジェラルド二士である!」

 

 蹄の前足でビシッと敬礼をしてみせる、ええと…フィッツジェラルド?なんか聞いたことあるような…。それに軍って言った?アラヤシキランドって何??

 

「…オーケー。あなたが“ふつう”の、現実の存在じゃないってことはわかった。で、なんでこんなところに来ちゃったわけ?」

「それはヒトの深層意識よりも深いわけがあってだな…」

 

 フィッツ・ジェラルドが話し始めたところで、校舎の時計台がチャイムを三回打った。授業開始の合図だった。

 私は青ざめて彼に詰め寄り、話を遮った。初日から授業をすっぽかした、なんてことになったら、ただでさえ悪い私の第一印象が、さらに地に墜ちることになりかねない。

 

「ごめん、自分から聞いておいて申し訳ないんだけど、私行かなくちゃいけないんだ。ケガなくてよかった、じゃあね!」

 

 早口でそれだけ言ってしまうと、私はダッシュで屋上を後にし、廊下を駆け抜けて教室に滑り込んだ。

 

・・・

 

 しかし、あれは一体何だったんだ…。

 自分の部屋でいつものようにFPSのゲームをしながら、私は頭のなかで呟く。午後の授業中や帰宅途中、昼に出会ったあの羊もどきについて考え続け今に至るが、考えれば考えるほど非日常的な出来事だった。光景自体は非現実的なのに妙に鮮明で、クリアで、夢や妄想とは思えない。

 

 

 それに…と私は思う。

 

 どうして羊もどきとは、あんなに普通に話せたのだろう。両親とだって、まあそこそこ話すことはできていたけれど、それでも「うん」とか、「まあね」とか、その程度のやりとりだけだった。他の人は言わずもがな…だけど、それでもやはり不思議なものだ。あんな風に誰かと長くコミュニケーションをとったのは本当に久しぶりだった。なんだか懐かしい想いさえしたものだ。

 

 …なつかしさ。ゲームのコントローラーを置いて、部屋の窓を開けて外の空気を吸ってみる。

 春の夜風はまだ少し冷たくて、それが妙に心地よい。

 

 私が自分自身についてまだよく知らないように、きっとこの世にはまだ私の知らないものがたくさんあるのだろう。“あれ”はそういうところからやって来たものだったのだろうか。

 アラヤシキランド、とやらが実在するとは到底思えないけれど、もしかしたらそれは私の知らない私自身の深層意識のように世界の深層にあって、たまたま今日、水面に顔を出したということもあり得るんじゃないか…。なんだかそんな気がしてきた。

 

 

「そう!アラヤシキランドではどんなことだってあり得るんだよ」

 

 聞き覚えのある声がした。

 “それ”は昔みたホラー映画のワンシーンみたいに、私のゲーム用パソコンの中からポンッと抜け出してきた。モフモフの二足歩行。羊もどき。またもや非現実…。

 どうやってここに!とか、なんでここがわかったの!とか、言いたいことは山ほどあったし、実際にそうすべきだったのかもしれない。けれど私は、自分で思ったよりもこの非現実を受け入れているらしかった。

 

 “アラヤシキランドでは、どんなことだって、あり得るのだ。”

 それは時代小説の象徴的な科白みたいに私の胸を打つ。

 

「あなたは…昼間のフィッツジェラルド、だったっけ?」

「フィッツ・ジェラルド二士だよ。“元”だけどね」

 

 フィッツ・ジェラルド二士はカーペットの上に華麗に着地すると、またもビシっと敬礼してみせた。私も反射的に敬礼を返してしまう。

 

「昼間の話の続きをしよう」

「そのためにわざわざ私の家を特定してやってきたの?」

「大変だったんだよ、結構」

 

 フィッツ・ジェラルド二士はチョコンとカーペットの上に座ると、まああんたも座りなよ、と手で私を招いた。

 彼が胡坐をかいて、私が正座すると、なんだかカルトの教祖と信者の関係みたいに見えた。あるいは、上司と部下みたいに見えた。

 

「ねえ」と私は切り出してみた。

「フィッツって呼んでいい?二士までつけると長くて呼びにくい」

 

 彼は少しだけ悩むと、すぐに首を縦に振った。あるいは悩むフリだったのかもしれない。

 

「いいだろう。あんたは軍の人間じゃないものな。おいらのことは好きに呼んでくれてかまわないよ」

「よし、じゃあフィッツ」

 

 フィッツの耳が少し動いた。

 

「あなたのこと、アラヤシキランドのこと、聞かせてよ。ちょっとは信じられそうな気がするからさ」

「もちろん。そのつもりで来たんだからさ」

 

 フィッツは黒い耳の裏を少し掻いて、少しずつ、チョコレートの銀紙を剥くみたいに慎重に話し始めた。それが私と彼との、はじめての親密なコミュニケーションだった。

 

 

 

—―――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

「レキシントン三尉!第一班、甲種進軍配置完了致しました。いつでも行けます」

「…うむ、了解した」

 

 あかりの住むコオリヤマ市の某ビル屋上に、息を潜めたいくつもの影があった。彼らはアラヤシキ陸軍普通科連隊第一班の兵士であり、皆そのモフモフの羊的身体を迷彩に包んでいる。レキシントン三尉と呼ばれた羊兵は部下の報告を耳に受けると、目深にかぶった軍帽を少し上げて眼下の街を見下ろした。眠ることのない窓が、車のヘッドライトが、彼の眼の中を泳ぐ。

 

 …やはりこの街は、眩しすぎる。

 

「それで、“ヤツ”の居所は割れたのか?」

「いえ、そこまでは…。ただこの街に墜ちたことは確かなようです」

「そうか…。まあ良い。この街を掃討すればいずれ嫌でも面を拝むことになる。逃亡するのみならまだしも、“アレ”を持ち去ったとなれば…。決して逃すなよ」

「「「イエッサー!!」」」

 

 2000(フタマルマルマル)、それが作戦開始時刻だった。

 レキシントンは軍服の懐から懐中時計を取り出し、リューズを回した。その秒針の刻みに合わせて黒い霧が文字盤からあふれ出し、道行くサラリーマンの頭上に渦巻いた。

 

「来たれ!イマジネール!!」

 

 レキシントンがそう叫ぶと、黒い霧はサラリーマンの頭に吸い込まれるように消えた。

「なんだ、これ…」

 サラリーマンが違和感に気付いたのも束の間。黒い霧は彼の脳内を蝕み、巨大な軍用ヘリコプターの化け物を具現化させた。

 

「イマジネールゥ!!」

 “それ”は咆哮し、強烈な風を吹き上げながらレキシントンのもとに上昇してゆく。街はその化け物の出現と強烈な突風に、蜘蛛の子を散らしたようなパニックになった。

 

「諸君、すべての準備は整った。これより我々は祖国アラヤシキランドの勝利と繁栄のため、敵国であるこちら側の世界を、イマジネールのチカラにより圧倒撃滅する。わが軍の勝利のため、我々普通科連隊第一班がその足掛かりとなれることを光栄に思うがよい。諸君の、アラヤシキランドの誇りに恥じぬはたらきを期待して、訓示とする。進軍せよ!」

「「「イエッサー!!」」」

 

 イマジネール・ヘリコプターの不気味な羽音が摩天楼に木霊して、春の夜の大気を切り裂いてゆく―。

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

「ちょっと、今の何の音!?」

 

 フィッツとの語らいの最中、近くで空気がビリビリと揺れる音がした。花火…にしては暴力的すぎるし、季節を考えてもそうでないことはわかる。それに、何かヘリのローターみたいな音も…?

 

「あいつらが、来たんだ…」

 

 フィッツは震えていた。耳を抑えてうずくまり、その毛むくじゃらの身体を縮ませている。

 

「どういうこと?“あいつら”って何!?」

「おいらを探しに来たんだ。“アレ”を奪い返してこっちの世界を滅ぼすために」

「ちょっと、アレとかコレとかよくわかんないよ。それに何、滅ぼすってそんな物騒な…」

 

 フィッツは顔を上げて、血の気のない顔で私を見た。

 

「ねえ、今から戦争が始まるんだよ」

 

 本当に今日は、顔を覆いたくなるような、ひどい一日だ…。

 

 

 ヘリコプターの音はますます鋭く、大きくなってきたようで、私の部屋の窓枠がその冷たいリズムに合わせて小刻みに震えた。ヘリは彼が言うように彼自身を捜索しているようで、サーチ・ライトの光線が不規則に私たちの部屋を照らした。私と彼の影が交互に襖に映し出され、それが妙にリアルな光景として脳に焼き付いた。

 これは、現実に起こっている出来事なのだ。

 

「おいら、アラヤシキ軍を抜け出したんだ」

 

 ハロゲンライトに照らされたフィッツの影が、頼りなさげに揺れる。

 

「軍の中枢は王国議会の反対を押し切って、この世界を滅ぼすために進駐することにしたんだ。おいら、それが嫌で、軍の重要機密である“アレ”を持って逃げ出したんだよ。“アレ”は奴らのイマジネールに対抗できる唯一の手段だから、隠されていたんだけど…」

「フィッツ、落ち着いて」

 

 私はフィッツの前脚をとり、ゆっくりと諭すように話した。震えた身体じゃ、パニックになった脳じゃ、まともな判断なんて下せない。

 

「一つずつ聞くよ。“あいつら”はフィッツがもともといた世界の軍だよね。“こっちの世界”は私たちがいるこの現実世界、ということ?」

 

 フィッツはゆっくりと頷く。

 

「“イマジネール”というのは?」

「今街で暴れてるバケモンのことさ。アラヤシキ軍幹部の懐中時計、イントリーゲ・ウォッチから出されるイマジン・ミストが人の悪い想像を具現化するんだよ。それでバケモンが生まれるんだ」

「イマジネールが街を破壊し、“こっちの世界”を滅ぼす」

「そうさ。それが戦争さ」

 

 フィッツは順を追って話せたことで、少し冷静になれたようだった。身体の震えはまだ少し残っているものの、声はまともになっている。顔色もマシになったみたいだ。 

 

「最後に、あなたが軍から持ち去った“アレ”って?」

「これのことさ」

 

 フィッツはモフモフの毛皮の中から、白い銃のようなものを取り出した。拳銃…というには少し心もとない、玩具のようにも見える小さな引き金。

 

「それは…」

「これは“イデアル・トリガー”。イントリーゲ・ウォッチの対になる存在さ。人の理想を具現化し、未来と希望の象徴、プリキュアを呼び覚ますチカラがある…とされてる」

「プリキュア…?」

「伝説の戦士さ。あくまで伝説上の存在、だけどね」

 

 フィッツはイデアル・トリガーを床にそっと置いて、顔を上げた。その目が困ったように笑っていて、どこか悲しくみえる。

 

「もしかしてだけどさ」

「なんだい?」

「あなた今、投降しようって考えた?」

 

 フィッツの瞳のなかで、光が揺れた。それだけで、図星なんだなとわかってしまった。あんなに震えてたから、怖がってたから。覚悟が決まった目がこんなに痛々しくて、私まで泣きそうになってしまう。

 

「逃げ切るつもりだったんだ」

 

 爆発音が、すぐ近くに聞こえる。

 

「あの屋上にたどり着くまではさ、自分が死にたくない、戦地に行きたくないって気持ちだけで、おいらこの世界がどうなるかなんて知ったことじゃなかった。でもさ、あんたと話して、なんか友達になれそうだなって思ったんだ。なんでかはわかんないけどさ。いざこうして戦争が始まっちゃうとさ、あんたや、あんたが住んでるこの世界が滅びるの、怖いなって思っちゃったんだ…。するいよな、おいら。あんたたちを戦争に巻き込んでおいてさ」

 

 フィッツはイデアル・トリガーを手に取り、また毛の中に仕舞おうとする。

 私は、それをするどく制止した。

 

「待って」

 

 フィッツの前脚が、まだ震えている。これはあなたが望んだ結果じゃないって、すぐにわかってしまったから。おせっかいだってわかってるけれど、なにがなんだか未だにわかってないけれど、それでも、いま私がなにか動き出さなければ、取り返しのつかないことになる。フィッツの身が。あるいはこの世界が、危険にさらされているのだ。

 

「解決策をいま思いついたんだけど」

「よせよ。どんな策があるって言うんだい?」

 

 私はフィッツからトリガーを受け取ると、胸を張って答えた。きっとこれが、正しい答えだって本能が、私の意識がそう言ったから。フィッツを、ここで失ってはいけない。

 

「私が、このトリガーで、プリキュアになればいい」

「…本気?」

「本気じゃなきゃもうあなたを放って逃げ出してるよ」

「なんで、おいらのためにそこまで…」

「あなたとは、友達になれそうって思えたから」

 

 そう。私はあの屋上で、久しぶりに“話せる”相手を見つけた。お互いの世界のことを話し合って、長い間心に抱えていた薄暗い雲みたいなものを、少しでも軽くすることができた。それを、“友情”ってやつだと信じてみたくなったのだ。

 

「だからこれは、私が、誰かのためにするはじめてのこと」

 

 そのトリガーに触れた時に、何をすればいいかすぐにわかった。私の意識の中で、声をあげようともがいている思い。それをこの光に乗せて、解き放つだけでよかったんだ。

 

「プリキュア!イデアル・イマージュ!!」

 

 私の呼びかけに呼応して、身体のまわりに光が生まれる。包み込まれた足や、指先から、奇蹟が結実するみたいに、装飾がつくられてゆく。すごい…。これが想像のチカラ…!

 薄桃色のレースが夜風にたなびいて、白を基調としたたおやかなドレスが月光に揺れる。肩までしかなかった私の髪も腰近くまで伸び、黒色から、氷のように透き通る銀白色へと変化した。梅雨明けの蝶が蛹から羽化するみたいに、私は私自身のひかりの粒子を辺りにこぼれさせながら、次々に変身を遂げてゆく。

願いが、顕現してゆく。

 

「すごい…これが希望の象徴、プリキュア…!」

 

 フィッツは光の奔流の中で私を見つめ、目を輝かせた。それを見て私は、これが正しかったんだ、と改めて思う。これは私の願いであるとともに、フィッツの願いでもあったのだと、その希望の眼差しに答えを求めることができた。

 

 胸に金色のブローチが光り、変身の終わりを告げる。

 

「顕れる真実の姿、キュアイデア!!」

 

 ここに、真実の象徴、キュアイデアが誕生したのだと、全世界に知らしめるように、自分自身に言い聞かせるように、私は叫んだ。

 

 

「あんた、ほんとにプリキュアになっちまうなんて…。すごいよ」

「そういうのは後。まずはあいつらをやっつけなきゃね」

 

 まだ戸惑いと喜びの最中にあるフィッツを後目に、私はイデアル・トリガーに願いを込める。先ほどよりもさらに眩い光がそこに集中し、塊となって私の想像が具現化されてゆく。

 

「でもあんた、戦い方なんてわかるのかい?今プリキュアとして目覚めたばかりだってのに…」

「心外だなぁ」

 

 “それ”はバロック調の装飾をあしらいながら細長い筒状となり、先端に向けてさらに伸びてゆく。トリガー、黒いスコープ、武骨なアクションボルト…。世には女神の名を冠したものがあるという、神々しくも無慈悲に敵を滅する武力。

 狙撃銃である。

 

「私がゲームのなかで一体いくつトロフィーを取ってきたと思ってるの」

「ゲーム…?あんた、実はヒーローだったのかい?」

「そんな大層なもんじゃないよ…。仮想の世界の中で、ただちょっと的あてが上手かっただけだよ」

 

 私はベランダから家の屋根に飛び乗ってスコープを除くと、夜空を跋扈するヘリの化け物を照準に合わせた。何度も何度も電脳世界のなかで繰り返してきた行為が、こうして現実世界で役にたつ日が来るなんて、誰が想像しただろう。いや違うかも。私が想像したから、これが実現したんだ。

 

「さあ行くよ!プリキュア、アナムネーシスバレット!!」

 

 引き金を引くと同時に重いエネルギーのかたまりが動く感触がして、流星よりもはるかに強く瞬くひかりの弾丸が、金色の尾を引きながら空を駆けた。

 

 

「暗い魂は暗い夢しか見ない。…悪い想像よ、お眠りなさい」

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

「レキシントン三尉、10時の方向に巨大な電波塔を確認。破壊しますか?」

 

 イマジネール・ヘリコプターの内部。レキシントン中隊の羊兵は闇色のエネルギー弾を地平に向けて乱射し破壊活動を続けていたが、コオリヤマ市のシンボルとみられる絢爛な電波塔を発見し、隊長の指示を仰いでいた。操縦士がヘリを旋回させ、塔の正面へ回り込む。

 

「ふむ、電波塔…。通信の要所であることは間違いないだろう」

「そのようです」

「であれば、当然攻撃対象だ。撃ち方はじめ!」

「イエッサー!撃ち方はじめ!!」

 

 レキシントン三尉が指示すると、羊兵たちは無数の照明でライトアップされた電波塔へ照準を合わせ、ミサイルの発射スイッチに手をかけた。

 

 まさにその一瞬、鋭いひかりの筋が空を裂いた。

 

「な…なんだ…!?」

 

 レキシントンが気付いたときには、すでにひかりはイマジネール・ヘリコプターの胴を両断していた。ストップ・モーションのように時間が連続性を失って、鏡が割れたように思考が散り散りになるような感覚。

 

 なんだ、何が起こった…?

 

 しかし重力が急速に彼を捉え、無力な地表への落下が始まると、レキシントンはようやく状況を理解した。何者かの、攻撃を受けたのだ。

 

「総員、落下の衝撃に備えよ!!頭部を守るのだ!!」

 

 そう叫んだが、数十の部下のうち、一体どれだけがその声を冷静に聞けただろう。イマジネールの鉄翼を失った彼らは甘んじて重力を受け、撃墜のそのときを待つより他はなかった。

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

「すごいや、一撃でイマジネールを倒しちゃうなんて…!」

 

 フィッツは再び訪れた春の夜の静けさのなかで、朗らかに言った。春の夜の明るい月が、影を引き延ばしてゆくのが見える。

 

「真実の象徴、“キュアイデア”か…。我ながらかっこつけちゃったもんだなぁ」

 

 少し照れくさい私に向かい合ったフィッツは、私に前脚を差し伸べていた。私は彼のもとに歩み寄って、それを手に取る。月影がその光景を、象徴的に地表へと映し出していた。

 

「イデア、これからのおいらたちは一蓮托生ってやつさ。あんたがいたら、おいらはもしかして…」

「“あかり”って、呼んで。まだ名前、教えてなかったから」

 

 私はフィッツの言葉を遮って、そう言った。フィッツの顔は恥じらいながらも少し緩んで、今日一番の笑顔へと変わる。その光景がなぜだかすごく、すごく尊いことのように思えて、私は彼の前脚を、さらに強く握った。

 

 そうして月が雲間に隠れて私の変身が解けるまで、私たちはそうして手を握り合っていた。

 

 






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