タイトルの表記の仕方は、SawanoHiroyuki〔nZk〕さんをオマージュしています。
私は特別な人間なんかじゃない。
人前でうまく話すことができないこと…これがおそらく唯一の特記事項になるであろうが、まあそれを除けばまずまず一般的な人間である。クラスで人気を博しているあの輝かしい女の子や、部活でインハイに行ったとかいうあのさわやかな男の子なんかとは生きている階層が違うと常に思っている。好むと好まざるとにかかわらず、私はそういう種類の人間なのだ。
…けれど、昨日を持って、私という人間の説明欄(もしそういうものがあれば、ということだが)に、特記事項が追加された。
特記事項:場面緘黙症
プリキュア
以上
私は昨日、フィッツと名乗る羊の脱走兵を助け、彼を追って進軍してきた化け物を倒すため、プリキュアとなった。イデアル・トリガー。それがまさに、私の想像を具現化する引き金となったのである。
こうして学校で授業を受けていると忘れてしまいそうになるが、確かに私はフィッツの手を取り、世界のために戦うと約束したのだ。そんな状況に、半ば能動的にとはいえ巻き込まれた人間を、どうやって“まずまず一般的”と言えるだろう?どう考えても私はまともじゃない状況に脚を突っ込み、まともじゃない側の人間になろうとしている。
しかし一方で私は、まあこんな状況も悪くないんじゃないかと思い始めていた。当初私は、現状打破を目的としてこの高校へと進学してきた。そう考えれば、少なくとも今までの日常・現実が覆されたという点において、私はすでにその目的を達成したと考えることもできる。非日常的学生生活のスタートである。
ところで…。
『なんで教室まで付いて来ちゃったわけ、フィッツ?』
私のとなりの空席にちょこんと座る毛玉…もとい羊少年。フィッツは素知らぬ顔で正面の黒板を見つめ、熱心に国語の授業を聞いている。教師が何か説明するたびに彼の耳が細かに動き、
『ふーむ』とか、『なるほど』とか、そのような相槌を打っていた。
『いや、どうも想以外にはおいらの姿が見えてないみたいだしさ、こっち側の世界のことを見学するのも悪くないかなってさ』
『脳内で会話もできてるみたいだしね…。一体どうなってるのやら』
『アラヤシキランド人にはなんだってできるんだよ』
以前も彼は私に言っていた。“アラヤシキランドでは、どんなことだって起こり得る”。おそらく異世界であろうその場所では、そのような奇蹟が日常的に起こっているのだろう。私たちの理解を超えた出来事が、まるでその世界での理であるかのように。
そう考えると、私が生きているこの世界の方が歪んでいて、“あっち側”こそがほんとうの世界なのだ、なんてことも否定できなくなってしまう。
…ほんとうの世界、ってなんなのだろう。
すべての授業が終わって終業のチャイムが鳴ると、教室は先ほどまでの午後のけだるさを窓の外へと吹き流したかのように、さわやかな喧騒を取り戻した。ある者は誰かの席に集まって放課後の予定について話し合い、ある者は部活のバッグを抱えて足早に廊下へと駆けてゆく。ある者は先ほどの授業の内容について教員へ質問し、ある者は当番である掃除のためにモップの用意をする。どこにでもあるような、普遍的な学校生活のワンシーンだった。画家がこの場面を絵に描くなら、「日常」と題するだろう。そのくらい象徴的な光景だった。私は関心して、ひとり教室を出た。
「もう帰るのかい?」と、帰り道でフィッツが尋ねた。少し散りかけの桜並木の傍を、私たちは立ち止まりもせずに歩いてゆく。
「もう学校終わったからね。私は部活入ってないし、学校に残ってたってやることないよ」
「そんなもんなのかなあ」
「…そんなもんなのよ、私の日常は。“雨とともに流れ、風とともに去る”ってね」
「それ、何かの小説?」
「私が考えたの。クールでいいでしょ」
フィッツは何も言わずに空を眺めた。それに呼応するように、私もすこし上を向いてみる。雲は微睡の続きみたいにあらゆるものを象徴して、東へ東へと移動を続けていた。ときどき桜の花弁が私たちの前を横切って、ためらいがちにアスファルトへと降りていった。私たちは春の内部に確かに含まれていながら、季節の出口へと一方向に、着実に歩を進めていた。
駅へとつながるアーケード街へ足を踏み入れたとき、フィッツの足音がピタリと止まった。私は数歩進んでしまってからそのことに気付いて、彼の方を振り返った。フィッツは何か言いたげに私の方を見つめていたが、やがて決心したように口を開く。
「あのさ」
何かの始まりみたいな風が吹いた。
「やっぱり、さみしいんじゃないかな。こうやって誰とも遊ばずに、誰とも何も共有せずに家に帰って、そういうのを繰り返していくのって」
「さみしい?あんまり感じないな。いつもこうだったから…」
「“いつも”って、そりゃ昨日までのことだろ」
フィッツは、今度は少し嬉しそうに私のもとへ歩き出した。さっきの風がまた、私たちの頭上へ舞い戻ってくる。
「おいらたち、もう友達じゃないか」
そうだ、と私は思った。ぼっちでいた期間が長すぎて、私は友達がいるという感覚がどんなものなのか忘れてしまっていたらしい。本来私が求めていた高校生活というのは、友達と一緒に帰ったり、寄り道して遊んだり、そういうものではなかったか。
ならば、私はすでに理想としていた学生生活に一歩踏み込んでいることになる。
目の前に“友達”がいるのだから。
「…だよ」
「え?」
「そうだよ!私たちは友達なんだよ!!」
…やらかした。大きな声が出てしまって、私は羞恥の感情に赤面する。長く人と話していないと、自分の自然な声量がわからなくなってしまうのだ。
通行人も私たちをチラ見しては過ぎてゆき、私は顔を上げられなくなってしまった。周囲の人々にとっては、私は道端で急に叫びだした異常者に見えているのだろう。
冷や汗が出てくる。昨日の自己紹介のときと一緒だ。
けれど、今回は、あの時とは少し違った。目の前に友達がいるのだ。
フィッツは私に歩みより、手を取った。それに合わせて、自然と私の顔が上がる。
そうして二人で顔を合わせていたら、なんだか不意におかしくなってしまって、嬉しくなってしまって、私たちは同時に笑い出す。こうやって誰かと笑いあったのだって、すごく久しぶりな気がした。
「なんだか、まだ慣れないや。どうすれば慣れてくるんだろうね、友達ってやつに」
「決まってるだろ」とフィッツは得意げに言った。
「遊びに行くのさ、ふたりで」
私たちの友情は、まだ始まったばかりである。
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「それで、何者かに攻撃を受けてイマジネールは一撃で消滅、トリガーの回収もできず敗走してきたというわけかね?レキシントン三尉」
「…はい。なす術なし、でした」
アラヤシキランド軍参謀会議にて、第一次軍事進行の報告に参じたレキシントンは、昨夜の自らの失態を恥じて蹄に力を込めていた。
あの時、レキシントンが召喚したイマジネールは、どこからともなく撃ち出されたひかりに貫かれて撃墜した。一瞬の、一撃の、隙の無い攻撃だった。アラヤシキランド軍進行の先駆けとして抜擢され、意気揚々と繰り出した矢先に、このような失態。
臍を噛むような悔いである。
「ふむ。どうやらあちらさんは、大層な武力をお持ちのようですな。それとも、三尉殿には荷が重かった…とでも言えましょうか?」
「よしたまえ、プリンストン二佐。レキシントン三尉とてあちらの戦力を甘く見ていたわけではあるまい。ただ想定外のことが起こった…そうであろう?」
「いやはや、バンカーヒル一佐殿はお優しいですな。そのような想定外の事態に対応できてこそ、中隊長の器と呼べるのではありませんかな?」
「…プリンストン二佐。今はレキシントン三尉に質問しておるのだ」
バンカーヒル一佐、と呼ばれた羊兵はゴホンと一つ咳ばらいをして、もう一度レキシントンへ問いかける。
「…話を戻そう。レキシントン三尉よ、今回の失態について、そなたはどのように分析しておるのだ?過ちて改めざることを真の過ちと言う…。そなたに次があるかどうかは今にかかっておるのだぞ」
レキシントンはまっすぐ顔を上げて応えた。
「敵の対空兵器については、事前のデータから予想されるものへの対策は抜かりなく行っていました。それにも関わらず我々を撃墜できたということは、データから漏れていた最新の対空兵器が存在したか、あるいは…」
「あるいは?」
「プリキュアが顕現した、という可能性も…」
レキシントンがそう言うと、参謀会議は台風の真っただ中に置かれたようにざわめきだし、様々な意見が飛び交った。軍上層部の羊たちが互いに顔を突き合わせ、眉を顰める。
「静まりたまえ」
冷徹で、堅牢な声がしたと同時に、会議は水を打ったように静まり返った。議席の最上段に腰かける軍の中枢も中枢、ニミッツ大将である。
「プリキュアが顕現したと、そう言ったか?」
「あくまで可能性の話です。その姿を目視で確認しておりません」
「なるほど」
ニミッツ大将は少しも表情を変えることなく、ただまっすぐにレキシントンを見ていた。その圧力に、足がすくむような心地がする。巨大な空母を前にしているような威圧感だった。
「しかしもしプリキュアの顕現が事実ならば、我々の戦況はかなり不利になってくる…。そうなれば、トリガーを持ち出して逃亡した痴れ者の責任を、貴様がとることになる。アレは貴様の隊の所属だったな。懲戒処分では済まされないことを承知しているのか?」
レキシントンは唇を噛みながらも、その圧力の前には首を垂れ、追従の意を示すことしかできなかった。
「はい。必ずや任務を遂行し、我が軍に勝利をもたらします」
「うむ。今度は形ある成果を出すことだ。期待しているぞ」
そして参謀会議は終り、レキシントンはようやく諮問の場から解放された。
形ある成果。その言葉だけを頭のなかで反芻しながら、彼は自分の隊へと戻って行った。
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『で、駅ビルに来てみたはいいけどさ…』
私たちはコオリヤマ駅に併設された複合施設のなかで、あふれかえるような人と店とモノの量に圧倒されていた。映画館にカフェに、ゲームセンター…。信じられないかもしれないけれど、そこにはフィットネス・ジムさえあったのだ。そのうち駅に住める日が来るかもしれない。
やれやれ、と私は思った。
『一体どこで何をすればいいのかわからないじゃないか』
フィッツも同意見だったようで、あちこち見回してはため息をつく。こちら側の世界の住人である私でさえそう思うのだから、あちら側の世界の住人であるフィッツの、この途方もない選択肢の多さを目の前にした胸中は察するに余りある。
私たちはとりあえず目に入った土産物店に入り、何を眺めるともなく店内をうろついた。こちら側の世界の食べ物や、文化や、地域についての他愛もない話をしながら30分ほど滞在し、結局何も買わずに店を出た。
そのあとも、書店に入ったり、楽器店に入ったり、クレーンゲームの景品を眺めたりといろいろとまわったものの、結局私たちは何も買わず、何も遊ばず、話しながら歩いただけだった。それでも気付くと時間はあっという間に過ぎていて、スマホの液晶は遠慮がちに18時半を示していた。
こんなに時間が経つのが早い放課後は、はじめてだった。
『驚いたよ』とフィッツが言った。
『こんなに時間が過ぎるのが早い一日ははじめてさ』
駅へと通じる自由通路のベンチに座って、私たちは窓越しに暮れてゆく茜空を見ていた。隣からなんだかあたたかな気配がして、私はもうお尻半分だけ、身体をフィッツの方へつめた。
『奇遇だね』と私も答える。
『私もちょうどそう思ってたんだ』
誰かと一緒に歩くこと。隣に誰かがいること。それがこんなにあたたかくて、やわらかい心地がするだなんて、私は思ってもみなかった。ずっと手に入れたいと思い悩んできて、それでも手に入らなくて。
それでも、この関係が友達ってやつなら、私はどうやら何かを勘違いしていたらしい。
友達って、努力的につくるもんじゃないんだ、たぶん。
『ねえ。私はさ、友達ってものを重くとらえすぎてたんだと思う。そこにはいろんな
『…なんだかそう言われると照れくさいや。おいらだって、感謝してるんだよ、あかり』
フィッツは言って、ベンチから少し浮いた両脚をバタバタさせた。窓から差し込む斜陽が影をつくり、その動きを地表へ模写しているようだった。
まったく、不思議なものだと思う。
私はこの世ならざる存在の、この羊少年と出会って変わりはじめている。対象が彼一人であるにせよ、家族以外の誰かを前にして声が出せるようになったし、友情ってやつがわかり始めた。これは良い兆候だ。
『ねえ、フィッツ。あのさ…』
そう言いかけたその瞬間、駅の外から複数の悲鳴が聞こえた。薄暮の空にパニックの予感が迸って、人々が駅の中になだれ込んでくる。これは何かのショーや演技なんかじゃないと、私たちは確信した。
『フィッツ、この感覚…!』
『うん、間違いない。ヤツらさ。またおいらを追ってこちら側に現れたんだ!』
『懲りないやつ…!』
私は反射的にフィッツの前脚を手に取り、駆け出した。逃げるためじゃない。もちろん、闘うためだ。その方法を、私はもう知っている。
『あかり、どこに向かうんだい?』
「できるだけ高い場所へ!まずは全体の戦況把握とポジショニング。初動が肝心だよ!!」
脳内で会話をしていたはずなのに、自然と声が出た。それでも私はもう周囲を気にしたりすることなく、走り続ける。これは緊急事態。一刻を争うのだ。
駅ビルの防火扉を押しのけ、私たちは非常用階段を駆け上って屋上を目指す。一段飛ばしで最速で。金属製のステップを踏みぬく音がカンカンと、誇張されたドラマの効果音みたいに響く。
けど、これはドラマなんかじゃない。敵は明確な意志をもってこの世界へ進行してきている。
屋上へ続くドアを勢いよく開けると、ひらけた視界の端端に黒煙が上がっているのがみえた。そして逃げ惑う人々…。彼らが背を向ける先を目で辿っていくと、巨大な戦車の化け物が、まさにビル群を闊歩してゆくところがみえる。
あいつだ。
「…いた!敵はあそこだ!!」
「今日のはイマジネール・タンクってとこかな…。人々の悪い想像を勝手に抜き取るなんて、趣味わるいなあ」
「ここに来たってことは、あかり、やるんだね?」
「もちろん!」
友達を、この街を、これ以上傷つけさせるわけにはいかない。そう、これは…私にしかできない使命なのだ。
私はポケットからトリガーを取り出し、願いをこめてその引き金をひいた。
「プリキュア!イデアル・イマージュ!」
私の声に呼応して、トリガーがひかりを放つ。そのひかりを身にまといながら、私は私自身の想像をこの世界に押し広げてゆく。
銀白色の長髪。白と薄桃色のたおやかなドレス。ゴージャスでいて奥ゆかしい装飾。
これが、私の新しい姿。
「顕れる真実の姿、キュアイデア!!」
名乗りを上げるのは二回目で、やはり気恥ずかしさが拭えない。だけど、これが世界と友人の命運をかけた勝負であるなら、私は勇気をもって立ち向かいたい。
そう。これは自分自身への宣言なのだ。
「さて、距離は…1000フィートもないか。この距離で外してたらFPS引退だね」
私は昨日と同じように、トリガーに意識を集中してひかりのかたまりをつくりだしてゆく。スコープをのぞき、街を蹂躙するイマジネール・タンクへと照準を合わせた。
「プリキュア、アナムネーシスバレット!」
引き金を引くと同時に、流星のようなひかりの弾丸が空を裂いた。薄暮の空に一際瞬く一番星のように。水平線の、最後に残った一筋の斜陽のように。
「絶えず奪わんとする者こそ、絶えず奪われる者である。…悪い想像よ、お眠りなさい」
私はキュアイデア。真実の姿。希望と未来の象徴。そして、この世界を守る者…。
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「諸君、昨夜の侵攻作戦はご苦労であった。…失敗に終わってしまったことはすべて私の責任だ。慙愧に堪えない…。今回は先のような轍は踏まん。敵の反撃に十分警戒し、進軍してもらいたい」
レキシントン三尉は昨夜の失態を顧みて、またも唇を噛んでいた。
暮れてゆく街の片隅に軍靴を並べた羊兵の一隊が、息を潜めてその時を待っている。街へと繰り出し、イマジネールを使って蹂躙を開始するその時を。
「しかし三尉、今回はどのような対策をとられるおつもりですか?前回はイマジネール・ヘリが一撃でした」
「あの紙のような装甲では当然だ」
レキシントンはヘリコプターが爆発して墜落する様を、ジェスチャーで示した。
「今回は…そうだな、破壊力と防御力を兼ね備えた兵器が必要だ。手始めに…」
そう言うとレキシントンは胸のポケットから懐中時計を取り出し、道をゆく学生に向けて指を鳴らした。
「想像よ、来たれ!イマジネール!」
文字盤から黒い霧があふれ出し、学生の頭上に渦巻いた。その渦の中心から悪しき想像の権化が形作られてゆく。
「イマジネールゥ!!」
ここに、イマジネール・タンクが顕現した。それは咆哮し、威圧し、その場の空気を震撼させる。
「うわ、なんだこれ…!」
「逃げろ!バケモンだ!」
それは学生の記憶から引きずり出された戦車を模した怪物だった。要塞のごとき分厚い装甲に、前方へ長く伸びる砲身。無慈悲で無反省なキャタピラ。破壊の象徴のようなその姿を目の前に、群衆はたちまちパニックに陥った。
「さあ、諸君。準備は整った。今度こそこの街を制圧し、我がアラヤシキランド軍へと勝利をもたらすのだ。進軍せよ!」
「「「イエッサー!!」」」
イマジネール・タンクはレキシントンの号令を受けて、街を制圧するべく蹂躙を開始した。
重厚な声をまき散らし、植え木を踏みつけ、ビルを砲撃する。かつて歴史のなかで繰り返されたように。人々の意識の底に眠る暗い記憶と同じように。
そこには躊躇や、許容や、恩赦など存在しない。ただ純粋な破壊があるだけだ。
「イマジネールゥ!!」
「誰か…!誰か助けてくれ!」
長年にわたって侵略戦争を遠ざけてきたこの世界の住人にとっては、その光景はまさに地獄絵図に見えたに違いない。降りしきる火の粉と、成すすべなく瓦礫に変わってゆく街並み。
平和な時代に突如として舞い降りた厄災は、その歩みを止めることなく、日常を蝕んでゆく。
「素晴らしい…。この破壊力。そしてこの厚い装甲…!これではいかなる兵器を以てしても迎撃できまい!」
レキシントンはイマジネール・タンクのなかで満足していた。このイマジネールがあれば、自身の中隊のみで制圧が可能かもしれない…。そうすれば自身の失態を帳消しにするどころか、昇級もあり得る。一度失った軍中枢部からの信用を天秤にかけても、お釣りがくる。レキシントンはそう考えていた。
だが。
一瞬、街の奥で何かが閃いた。
それが何なのか確認する間もなく、イマジネール・タンクは横方向への強い衝撃を受ける。上下・左右の感覚が消え、重力が反転したと錯覚するような激しい空間の揺さぶり。イマジネール・タンクは高速で錐もみ回転し、近くのビルへと突っ込んだ。
それが敵の攻撃であることは、疑いようがなかった。
レキシントンは激しいダメージを受けて消滅したイマジネールの残影に背を向け、空を見上げた。
「この装甲を…一撃か」
その不可視の敵兵を睨みつける。しかしそれは結局、届かぬ嫉妬のようなものだった。一度ならず、二度も一撃でイマジネールを粉砕されたのだ。
「レキシントン三尉…」
「ああ。わかっている」
闘いというものは同じレベルの者同士でしか成り立たない、というがそれならば、これは闘いですらない。
我々は、一体なんというものと敵対してしまったのだろう。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
浄化の輝きが、天気柱のように空へと昇ってゆく。
「ねえ」と私はフィッツへ話しかけた。
「さっきのゲームセンター、もう一回行こっか」
「わすれものかい?」
「ある意味では…そうかな?」
さっき言いかけた科白を、私はもう一度フィッツへと向けた。
私たちはもう一度あのゲームセンターに戻り、部活終わりの学生たちを押しのけてひとつの筐体へ向かった。
一回100円のクレーンゲームを五回プレイして、私はようやくひとつの景品をゲットした。
それを筐体の下の受け取り口から取り出し、フィッツへと渡す。
『ほら、これ…フィッツにあげるよ』
『これは…?』
『お守り…みたいなものかな。私たちが、ずっと友達でいられますようにって』
それは、クレーンゲームの景品のなかで一番小さな、羊のぬいぐるみがついたストラップだった。小さくて、安そうで、どこにでもあるような、そんなストラップ。
でも、このストラップは今、この場所で、二人の共有した時間のなかで手に入れた唯一のものだ。
『これ、いいのかい?おいらがもらって』
『うん。フィッツにもらってほしいんだ。はじめての、友達へのプレゼント…って言ったらおこがましいけど』
『うれしい…。うれしいよ。おいらもこんなのはじめてさ。誰かからプレゼントをもらうだなんて…。ありがとう。大事にするよ』
そのようにして私たちは、きっと、ほんとうの意味で友達になった。
私の、はじめての友達についての話である。
「アナムネーシス(ギリシャ語)」=想起すること