∀(ターンエー)は「すべて」と打ち込むと予測で出てきます。
使ってみたかっただけです。
四月の終わりにかなりひどい風邪をひいた。
激しい咳とのどの痛み、熱が主症状で、私は三日間にわたって学校を休んだ。熱はなかなか下がらなくて、結局三日三晩寝たきりだったから、ゲームもろくにできなかった。「FPSし放題だ」なんて思っていた初日の私に蹴りを入れてやりたいものだ。
べつに学校を休む分にはまったく問題にはならなかった。もともと学校に話せる友達なんていないし、勉強の方も、自分で余裕をもって進めていたから、復帰後に授業がわからなくて詰んだ、なんてことにはならないだろう。
しかしひとつ問題があった。
風邪で、完全に声が出なくなってしまった。
今までだってろくに声が出せていたわけではないが、フィッツ相手には普通に話せていたし、両親相手であればまあそれなりに会話できていた。それなりに、だから、うんとか、まあとか、くらいだけれど。
フィッツの方は、脳内で会話できるからまあ良いとして、問題は両親の方だった。
場面緘黙症のことは両親だって知っていたし、いろいろ気にかけてくれていた。それでもなんとか意思疎通はできていたから、そこまで事態を重く受け止めていたわけではないのだろう。
それが全く、うんともすんとも話せなくなってしまったのだから、今回ばかりはまずいと思ったのだろう。ある朝目覚めてリビングに行くと、両親に呼び止められた。テーブルの上には、“ココロの教室:ソフィア・ガーデン”と書かれたパンフレットが置かれていた。
ソフィア・ガーデン?
「母さんたちね、いろいろ考えたの」と母が神妙な顔で言った。
「あかりちゃんは、やっぱり心の通じ合える人たちと出会って、良くなるべきだと思うの」
父も同じような面持ちで頷いていた。私はもう一度チラシに目を移す。可愛くデフォルメされたライオンのイラストが、「おいでよ!」と吹き出しのなかで話していた。それは私だけに話しかけているように思えた。実際にそうだったのかもしれない。
けど、ふたりはなにか勘違いしている。
これは一過性の咽喉の違和感であって、たぶん症状が落ち着けば私はもとに戻るのだ。私はそう伝えようとして、なにか書くものを…と席を立とうとした。母はそれを、また何かと勘違いして、私を強く抱きしめた。
「ごめんね、あかりちゃん。ずっとつらかったよね…。きっと、これから良くなるから。だから、母さんと一緒に行ってほしいな…」
私は母に抱かれたまま、少し当惑していた。
困ったな…。これでは誤解を解くどころではない。けれど、私を抱きしめたまま目に涙を浮かべる母を見ていると、なんだか申し訳ないような気持ちになって、振りほどこうとは思えなかった。
でも。心の通じ合える人たちと出会うべき、というのは否定できなかった。現に私はフィッツという心の通じ合える人…もとい羊少年と出会って、変わり始めている。その“心の通じ合える誰か”の数を増やしていけば、私はもっと変わってゆける、という考えに異論はなかった。私だって、変わりたいのだ。
さて、と私は思った。
“社会”と向き合うべき時がきたのだ。
“ソフィア・ガーデン”は、パンフレットによれば、学校生活でいささかの問題を抱える子供たちが集まって自由に過ごせる場所のようだった。精神科の医師が常勤しているが、外来診療を行っているような施設でもないらしい。あくまで居場所を提供する、というのが目的のようだ。
“それ”はコオリヤマ市郊外の台地の一角にあり、こぢんまりとした風貌を街並みに溶け込ませていた。建物はログハウス風の木造平屋建てで、屋外にはラティスで囲まれた小さな庭があるようだった。それは日曜日の午前に、休日特有の穏やかな陽光に照らされていると、カフェや美容室のように見えた。あるいはそういったものの居抜きではじめたのかもしれない。
装飾の施されたドアを開けると、室内には私たちの他に誰もいなかった。
内部はほんとうにカフェのようになっていて、小さなテーブルや椅子が何セットか並べられていた。本棚やボードゲームがずらりと並んだラックだってあった。壁には有名な画家が描いた有名な絵画が飾ってあり、天井のスピーカーからはラヴェルの“ソナチネ”が品の良い音量で流れていた。コーヒーの匂いがしたら、留保のないカフェだった。
我々が室内を眺めていると、奥から若い女性が姿を現した。ウェーブのかかった淡いパープルの髪に、ゆったりとしたワンピース。眼鏡の奥の、少し碧がかった目の横には少しクマが出ている。いかにも年上のお姉さんといった容貌だった。
彼女が例の医師だろうか?
「お待たせ致しました」と彼女は落ち着いた口調で言った。
「精神科医の智坂さとりです。ええと…、井手上さん、でよろしかったでしょうか?」
「ええ。井手上です。こちらが娘の…」
私は声を出して挨拶をしようとしたが、喉の違和感が邪魔をしてしまった。咳が出てしまう。
母は少し眉を下げて笑って、私の代わりに話し始めた。
「こちらが娘の、あかりです。先生、本日はどうぞよろしくお願いします」
私は母に合わせてぺこりと頭を下げた。なんだか、幼稚園のころにもどったような気分だった。
智坂先生は私に顔を近づけると、やわらかく微笑んで言った。
「あかりさん、よろしく。早速ですがお母さま…」
智坂先生は母に少し目くばせをすると、母は会釈をして窓際の席に座った。こういう流れ、事前に電話で打ち合わせしていたのだろうか…。なんだかそういう、私のいないところで何かが進んでいる感じが、心地悪い。
「はじめに、私と少し面談しないかい?面談って言っても、そんなに緊張しなくてもいいよ。ちょっと君と話したいなって、そのくらいだから」
あまり時間はとらないから、と先生は首を傾ける。…なんだか、いい匂いがした。私を置き去りにいろいろと話が進んでいるこの状況には腹が立つけれど、どうやらこのひとは悪い人ではなさそうだ。
私は幼稚園の先生に手を引かれるように、“トークルーム”と書かれた部屋へ案内された。
「さて…」と、智坂先生は私を椅子に座らせてから言った。今までに座ったことのないほどフカフカな椅子だった。
「私と、筆談してみようか」
先生は私のとなりの椅子に腰かけて、ボールペンと紙を取り出した。
筆談なんてはじめてだった。たしかに、話せないなら書いて伝えればいい…というのは自然な発想だと思う。だけど、どうして今までそれを思いつけなかったのだろう。
私は先生が貸してくれたボールペンを手にとり、さらさらと文字を書き始めた。
『はじめまして。あかりです』
「うん。よろしく。君について、いろいろと話してほしい」
『いろいろ?』
「血液型とか、星座とか、好きな食べものとか」
好きな食べ物…。なんだろう、好きな食べ物?
『血液型:O型 星座:いて座 すきなたべもの:』
「おや、好きな食べ物は空欄かい?」
私は頷いた。
『なんでもたべます』
「そうか、君はどうやらいい子らしい。私は苦手なものが多くてね…」
『たとえば?』
「たとえば…」
先生は眼鏡のブリッジを押し上げ、少し考えてから言った。
「たとえば、シイタケ。セロリ。グリーンピース」
私は笑ってしまった。先生のような大人が、そんな小学生みたいな好き嫌いがあるだなんて思わなかったからだ。
『意外ですね』
「そうかな?人は見た目によらないものだよ。だからこうして話し合って、お互いがお互いに近づいてゆく必要がある。それが社会さ」
『むずかしい』
私はそう書いて肩をすくめた。そして、今こうして部屋の窓から外を眺めているフィッツのことを思った。
お互いがお互いのことを十全に理解し合うのは、ひどくむずかしい。私が語る言葉が、ほんとうの心のなかの言葉なのかがわからなくなるときがあるように、誰かが語る言葉も、同じようにほんとうに心のなかの言葉なのかがわからなくなるときがある。
でもフィッツは違う。彼の言葉はほんとうに心のなかであたためられた、純粋な言葉なんだって私にはわかっていた。それはしるしがついているみたいに、一目でそれとわかるのだ。
どうしてだろう?
私はそれについて書いてみようとして、ふと思いとどまった。なぜだか、このことについては誰かにあまり深く話さないほうが良いと直感的に思ったのだ。それに話したところで、誰が空から降ってきた羊少年のことを信じるだろう?
私が何かを書きあぐねていると、先生は私がうまく表現できずに迷っていることを察したようで、続けて話してくれた。
「そう。むずかしい。私だってそう思うときがある。みんなが互いに近づきあったら、狭くて息苦しくてしょうがないものね」
先生は“お手上げ”といったジェスチャーでため息をついてみせた。「だから」と先生は続けた。
「だから、ほんとうに心から分かり合いたいと思う人に、近づいていけばいい」
『そのほかのひとは?』
「来るものは拒まず、去るものは追わず、さ」
私は頷いた。
・・・
先生と母が先ほどのトークルームで面談している間、私とフィッツは窓際の席に座って外を眺めていた。外では、道路を挟んで向かいの家の子どもたちがバドミントンで遊んでいた。その家の二軒隣の家では、車にホースで水をかけ、うっすらと積もった砂埃を洗い流していた。春の日曜日であるというだけで、どこからもほのかに幸せの匂いがするような気がした。
『ねえフィッツ』と私は脳内で語りかけた。
『どうしたの』
『運命、って信じる?』
『…ほんとにどうしたんだい?』
フィッツは私の顔を覗き込んで言った。…そんなに驚くことないのに。
『べつに変な意味で言ってるんじゃないよ。たださっきので思うところがあってさ』
『さとり先生とのこと?』
『そう』
私は窓際に置かれた、名前のわからない観葉植物の葉を指でなぞりながら言った。
『心からわかり合いたいと思うひとに近づいていけばいい、って先生は言ったよね。私にとっては、それがフィッツなんだと思う。あなたの言葉は、なんだか心の奥からちゃんと届けられてる、って気がするから。だから、信じられる』
『…ふむ』
『けどさ、それって友達だからそう思えるのかな?それとも、そう思えるから友達になれるのかな?もし後者なら、十数億人のなかからそう思える人にばったり出会うことってすごくむずかしくなるよね。浜辺の砂のなかから砂金の一粒を見つけるようなことでしょ。つまりね、私が言いたいのは、ほんとうに心の底から近づきたいと思えるようなひとに出会うことって、つまり…』
『運命、だと』
『そう』
フィッツは前脚を組んで、右上のシーリングライトを眺めながらしばらく考えていた。
スピーカーから流れる音楽はラヴェルの“ソナチネ”から、ドビュッシーの“版画”へと変わっていた。
『おいらには…。おいらには、よくわからない』
フィッツはしばらく考えた後で、正面を向きなおして言った。
『アラヤシキランドではどんなことだってあり得る。それこそ運命だって思えるようなことだってね。けど、ここはアラヤシキランドじゃない。クールで、リアルな世界さ。そこに果たして、運命と呼べるようなものが確かに存在するのか、おいらには確かなことはいえないよ。でも…』
『でも?』
『信じてみる価値はある、と思う。あかりにとってそれが運命だって思えるほど大事なことなら、ね』
『そっか…。うん、そうだね』
私は頷いて、目の前の紅茶を一口啜った。
私には、まだわからないことがたくさんあるようだ。この世界のことや、フィッツの世界のこと。そして自分自身のことだって。きっと大人になったって、わからないことだらけなんだろう。それでも、私は少しでも私自身のことや世界のことを、その一端でもわかりたいと思い始めている。そうすることで何が得られるのかわからないけれど、でも、きっとその先では今とは違う素敵な世界が、今とは違う見え方で、私を迎えてくれる気がする。
そう思うと、私がいまこうして抱えている問題だって、私自身を知るために必要な道のりであるような気がしてきた。
そのとき、ソフィア・ガーデンの入り口のドアが開いた音がした。
柔らかな風とともに入ってきたのは、一人の女の子だった。私と同い年ぐらいだろうか?少し癖のある山吹色の髪のおさげが、日曜の日差しを浴びてきらりと光る。丸い眼鏡の向こうには、まるで木の洞から雨を眺める小動物のような、色素の薄いはかなげな瞳。
そして彼女は、私たちの座っている席に目を移すと、こう言った。
「羊、さん…?」
聞き間違いじゃない。彼女の声は、まるで降り始めの雨音のように穏やかだったけれど、それでも確かにこの耳に届いた。だからこそ私は、紅茶のカップが倒れそうになるくらい勢いよく立ち上がったのだ。
そう、私は控えめに言ってすごく、すごく驚いたのだ。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
場所は移り、アラヤシキランド陸軍駐屯地。レキシントン三尉は机に向かいながら作戦を練っていた。
二度にわたる不可視の襲撃。それも、イマジネール・タンクの装甲を一撃で貫く正確さ、火力の高さ。正直に言って、あの襲撃に対抗できる術は、現時点では我々にはない。そもそも敵の姿さえ見えないのだから、先手をしかけるのも不可能だ。相手さんの謎の襲撃は、我々の軍事侵攻の抑止力として十分に機能しているわけだ。
レキシントンはため息をつく。
しかし、我々の部隊は結果を求められている。それも、目に見えるような具体的な結果を。もしも次回の定例報告までに何かしらの結果が出せなければ、私はかなりまずい立場に立たされることになる。“懲戒では済まない”というニミッツ大将の言葉が、一体どのような罰則を暗に含んでいるのか…。考えただけで身がすくむ。…それもこれも、ヤツが引き起こしたことだ。イデアル・トリガーを持ち出し、部隊を抜け出したフィッツ・ジェラルド…。忌々しい。
ふと部屋の入り口を見ると、見知った顔が立っていた。
「よう、レキシントン三尉。久しぶりだな」
「お前は…ファルコンか」
「二尉、だよ。今は」
ファルコン二尉は部屋の中の椅子にどっかりと腰かけると、脚を組んでレキシントンを見た。
彼はレキシントンの同期で入隊した空軍の兵士だった。地獄のような共通初期研修を共に切り抜け、互いの道を進むようになってからは顔を合わせることはなかったのだが…。
「なぜ空軍の人間がここにいるんだよ。ここは陸軍駐屯地だぜ」
「おいおい、久しぶりの同期との再開だってのに、感動のセリフもなしか?」
「茶化すなよ」
「…おっと、すまない」
ファルコンはひとつ咳ばらいをして襟を正すと、真面目な顔で正面を向いた。
「レキシントン、話は聞いてるぜ。お前、結構まずいことになってるんだろ」
「…まあな。来週の定例報告までに見えない襲撃者を墜とさなきゃならん」
「…強いのか?」
「そうでなきゃこんなことにはなってないさ」
レキシントンはその不可視の攻撃について、事細かに話した。その攻撃の無慈悲さを。そして自分の無力さを。ファルコンは神妙な面持ちで話を聞いていたが、話が進むにつれて次第に顔がほころんできているようだった。楽しんでいるようにさえ見えた。
「なるほどな、厄介なわけだ」
「ああ。何か策があったら教えてほしいものだ」
もし本当にそんなものが存在するのなら、と反実仮想でレキシントンは言ったのだが、ファルコンはどうやら違ったらしい。三日月のように口の端を持ち上げて、彼は言った。
「見えれば、どうということはない。違うか?」
「そんなことができれば苦労はしないんだがな」
「そんなこと、だって?」
ファルコンは胸の徽章を指して誇らしげに言った。金の羽の模様が、部屋の明かりを反射してきらりと光る。
「俺は空軍のエースパイロットだぜ」
まったく、同期というものは頼もしいものだ。
「聞かせてもらおうか。その作戦とやらを」
待っていろよ、不可視の襲撃者。今日こそお前の正体を暴いてやる。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
フィッツの姿は、こっち側の人間には見えない。私を除いて。それが今までの根底概念であり、疑うまでもないことだった。教室でだって、家でだって、そして今日この場所でだって、フィッツは常に私のそばにいて、自由奔放に歩き回っていたのに、誰ひとりその存在について口にしたり、視線を飛ばしたりすることなどなかった。
けれど、その根底は覆された。
今こうして私の目の前に、ソフィア・ガーデンの入り口に立っている少女はたしかにこう言ったのだ。
“羊さん”と。
私は自分の周囲に羊の置物や、絵画や、そのほか羊に関するような事物がないか見回してみた。けど、そんなものは、私の向かいに座っているこの羊少年を除いて、どこにも存在しなかった。
彼女には間違いなく、フィッツが視えている。
私と目が合って、彼女は私たちが座っている席まで歩いてきた。冬眠明けの小動物のように慎重に、それでも恐れなく。その目には好奇心と、少しばかりの緊張が映って見える。
彼女の口が、薄く開かれた。その瞬間がスローモーションのように、象徴的にわたしの眼に映る。なんだろう、この感覚は。何かが、私にこの瞬間を見せようとしているような。よく見るんだよ。見て理解するんだ。誰かにそう言われているような感覚。
なにかが弾けるように、なにかに押し出されるように、私の喉がふるえた。
「「あの!」」
声が重なって、お互いが、お互いの口を手で押さえた。目の前の少女は顔を赤くして、私から目を逸らしてしまった。ようやく自分がなにをしたのか気付いたみたいに、彼女はうつむいて、沈黙の底に沈んでしまう。
というか、あれ、私、また声が…。
そこで、トークルームのドアが開かれた。なかから母と、智坂先生が出てくる。面談が終ったらしかった。
「おや、不破さんももう来ていたのだね。待たせてしまって申し訳ない」
少女は、どうやら不破さんというらしかった。すまない、と謝る智坂先生に、いいえ、と首を横に振っている。その仕草や距離感を見るに、彼女はここに来るのが初めてではなさそうだった。
彼女は智坂先生のもとへ歩きながらも、私たちの方をじっと見ていた。その視線を感じた先生が、私と不破さんを交互に見る。
「君たち…今、なにか話していたのかい?」
「いえ…」
彼女はなにか言いたげだったが、おそらく言うべきではないと思ったのだろう。喉がごくっと下がる音が聞こえたような気がした。
そして彼女は少しだけ目じりを下げて、奥のトークルームへ入っていった。
「では先生、本日はありがとうございました。失礼いたします」
母は先生に会釈すると、私に「行こっか」と微笑みかけて、私の手を取った。
出口のドアの前で振り返ると、智坂先生はまだそこにいて、手を挙げて私に挨拶してくれた。
「また、いつでも来るといい。ここは君にとっての止まり木さ」
私は頷いて、母とともに外に出た。
・・・
家に帰ってゲームをしている最中も、私はあの少女のことが気になっていた。
不破さん、と呼ばれていた、あの山吹色の髪の少女。フィッツのことが視えた唯一の人間。彼女をみたときに私のなかでなにかが動いて、ふっと何かがつながったのだ。そして、それはきっと彼女も同じだったんじゃないだろうか?そう、まるで星どうしが引かれ合うみたいに。
ほんとうに心から分かり合いたいと思うひとに近づいていけばいい、と智坂先生は言った。
運命だと思いたくなるほど大事なら、それは運命だと信じる価値がある、とフィッツは言った。
もしその言葉たちを信じるのならば、これは運命なのだろう。
“信じるのならば”だって?それは違う。私はもう、とっくに信じている。
「ねえフィッツ」と私は言った。
「今日のは、間違いなく運命的な出会いだよ。これから私たちは友達になるんだ」
「あの女の子のことかい?」
「そうだよ」
私はゲームの本体の電源を落として、ベッドに寝転んだ。瞼を閉じると、彼女の姿が自然と目に浮かんでくる。
――来週の日曜日、またあそこに行けば会えるかな。
そう思いながら、私の意識はゆっくりと眠りの世界へ下降していった。
・・・
ふと、爆撃音が私の意識を地上へ引きずりだした。
思わずベッドから跳ね起きる。
「何の音!?」
「あかり!イマジネールさ!はやく変身を!」
「わかった!」
こんな真夜中に、イマジネール!?
私はまだふわふわと現実感のない頭をポンポンッと叩きながら、すぐにキュアイデアへと変身して屋根へと飛び乗る。午前0時の街では所々に火の手が上がり、夜のとばりが破れたように不気味な明るさが浮き上がっていた。
「イマジネールはどこ!?」
私は街に目を凝らし、悪の権化を探す。あの禍々しいオーラは、隠し通せるものではない。それに、射手の眼からは、たとえ闇夜のなかであっても逃れられない。
ふと、上空から空を裂くような痛烈な音がした。
「なに、今の!!」
“それ”は闇を切り裂きながら私たちの上空を急旋回し、とてつもない速さで飛び去ってゆく。その姿の後から轟然とした風と音が、私たちを揺さぶった。流線型のからだに、はがねの翼。音速を超えた飛行速度。あれは…・
「イマジネール・ジェットだ!!」
「プリキュア!アナムネーシスバレット!」
フィッツがそう言うのが早いか、私は即座に照準を合わせて引き金を引いた。ひかりの弾丸が尾を引きながら、イマジネール・ジェットの翼をめがけて空を駆ける。…が。
「やばい、はずした!?」
イマジネール・ジェットは弾丸が命中する寸前に急旋回し、射線上から離脱したのだ。
アナムネーシス・バレットは虚しく空を切り、夜の彼方へ吸い込まれてしまった。
「なんだよ、いまの動き…」
「次弾、急ぐよ!」
身震いするフィッツを後目に、私はボルトを引いて次弾を装填する。初弾の薬莢が吐き出されて、月明かりを反射しながら落ちてゆく。
初弾が外れた…ということは、射線が相手にばれてしまったことになる。私の戦法のメリットは、位置がわからないために初撃が通りやすい、ということにある。つまりは所見殺しだ。だから、位置がばれてしまったらそのアドバンテージが一気に崩れることになってしまう。
まずい…。集中しきれてなかったかな。
私はもう一度呼吸を整えて、照準を合わせた。今度は射線上から外して、相手の回避行動を予測する。ちょっとは賭けになっちゃうけど…。初弾が外れてしまった以上、悠長なことは言っていられない。
「プリキュア!アナムネーシスバレット!……かっこ2回目…」
ひかりの弾丸はもう一度空を駆ける。
イマジネール・ジェットはまたも急旋回して回避を試みるが、今度は回避動線上に弾の軌道があった。はがねの翼はプリキュアの弾丸によって焼かれ、空中で大破、爆発した。
……危なかった。
「歴史の暗い側面は夜のうちに創りだされる。…悪い想像よ、お眠りなさい」
私は変身を解いて部屋に戻ると、闘いによって完全に水面に浮かび上がってきてしまった意識を鎮めるため、一階に降りてあたたかいミルクを飲んだ。
「なあ、あかり。今日のは少しヒヤッとしたよ、おいらも」
「……うるさい」
私はいたずらっぽく言いながらも、内心はフィッツと同じようにヒヤッとしていた。
……あんな回避行動するなんて聞いてないって。どんな反射神経してるんだか。
そう心のなかで毒づきながら、ミルクの最後の一滴を飲みほした。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「おーーーい!!生きているか!?ファルコン!」
レキシントンは叫びながら、パラシュートで脱出したファルコンが着地しているであろう場所を捜索していた。正確には、着地する予定になっていた場所、ということだが。
「おーい、ここだ!レキシントン!」
声の聞こえる方へ駆け寄ると、太い木の枝に引っかかったファルコンの姿が見えた。絡まっているパラシュートのひもをナイフで切り裂くと、彼は自分で地面へと着地してみせた。首尾よくコックピットから脱出できたのだろう。その身体には目立ったけがはないようだ。
「レキシントン、やっぱり敵さんはバケモンだぜ。2発目で当ててきやがった。回避も読まれてたぜ。ありゃ一級品の腕だ」
「そうだろうよ。まったく、どうしてこんなのの相手をしなきゃならんのか…」
「高くつくぜ、今回の出撃手当は」
やれやれ、といったように二人は笑って、握手をした。同期との久しぶりの握手は頼もしく、信頼感に溢れるものだった。なつかしさが胸にこみあげてくる。
「それで、解析はうまくいったのか、レキシントン」
「ああ」
レキシントンは自分の部下を呼ぶと、何やら電子機器を受け取って、ファルコンへ見せた。その画面には、先ほどの戦闘の一部始終が映像で収められている。画面の端から金色のひかりが直線的に、鋭く伸びたところで、レキシントンは画面を触って動画を一時停止した。その射線を辿っていくと、その先には…。
「おい、レキシントン。これってまさか…」
「そう。そのまさか」
彼らは画面に映った一人の少女を、まるで古代の巨大な壁画を眺めるような目つきで見つめていた。画面を通してさえわかる神々しいまでのオーラ。真実の象徴。
「プリキュアだよ」
レキシントンは覚悟を決めたようだった。さらに更けてゆく夜空を眺めながら、固く心に誓う。
必ずや、軍中枢部が動く前にプリキュアを末梢せねばならない。
プリキュアは、スマイルプリキュアこそが至高だと思っていました。
ひろがるスカイプリキュアに出会うまでは。