お姉様ぁ、まずお前から血祭りにあげてやる   作:タイムパトロール店員

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 よろしくお願いします。


1話 悪魔の再臨

 

 紅霧異変。

 

 結界で隔離された山奥の地。人間や神、妖怪が多く住まう幻想郷において引き起こされた異変の名。

 

 幻想郷全体を紅い霧で包み、日光を遮り派手に騒ぐことを目的とする、吸血鬼レミリア・スカーレットが振りかざした魔の怪異。

 

 彼女が放った妖気を帯びた紅い霧は、人々の住まう里をも包み込み、彼らの体調に少なからず悪影響を及ぼした。

 

 更にそれだけでは留まらず、範囲を拡大し続ける霧は幻想郷を越え、外の世界にさえその脅威を拡げようと侵食を続ける。

 

 人々の状態、度を越した大規模な異変に、幻想郷全体の危機。これらを考慮し放置するのは不可能と判断した博麗の巫女──博麗霊夢は、遂に重い腰をゆっくりと上げた。

 

 

 

 

 異変解決に向かう最中、魔法使いである霧雨魔理沙と偶然遭遇し、共に元凶の下へと飛ぶ霊夢は、持ち前の『勘』を頼りに、霧の湖がある方面へと進んでいた。

 

 霧の湖は妖怪の山の麓にあり、人間が滅多に寄り付かない場所に存在する。水場を求めて妖精や妖怪が集まりやすく、昼間はどういうワケか霧に包まれ視界が悪い。その特性故か、面倒なモノに絡まれやすいという特徴もあった。

 

 そして、いつもとは質のまるで違う妖霧に包まれた霧の湖に辿り着いた霊夢達は、早速面倒な妖怪や妖精に絡まれた。

 しかし、霊夢も魔理沙も、人間の中では突出した実力者。特に霊夢は、歴代巫女の中でも、異常なまでに強かった。その霊夢に追いつかんと努力を重ねる魔理沙もまた、並々ならぬ実力者だ。

 

 並大抵の相手では、彼女達の歩む道を遮ることすら叶わない。

 

 そうしてスペルカードを用い、妖怪達を危なげなく打倒せしめた霊夢達は、妖霧が巻き起こった妖力の中心地へと視線を向ける。

 

 そこには、大きくて真っ赤な洋館があった。多大な妖力の渦が流れ登る、不気味で強大な洋館が。

 

 霊夢と魔理沙は確信する。此処が、此度の異変の元凶が居る場所なのだと。この中にいる者たちを、全員倒せば異変は解決できるだろうと。

 

「早いもの勝ちだぜ、霊夢」

「勝手にしなさい」

 

 目を合わせることなく、告げ合う二人。ニンマリと自信満々に笑う魔理沙と、面倒くさそうに仏頂面を晒す霊夢。

 

 個性的かつ対照的な二人は、異変解決に向けて、紅い洋館へと並んで脚を一歩踏み出した。

 

 

 

 瞬間、不気味な洋館が大きな音を立てて───爆発した。

 

「「………は?」」

 

 この時、全く違った感情、表情を浮かべていた筈の霊夢と魔理沙は、そのあまりの唐突さ、ワケの解らなさに、初めて同一の感情と表情を浮かべ、呆けた声がポツリと漏れるのであった。

 

 

 

 

 

 

◆◆◆

 

 霧の湖にある島の畔。そこに立派に建っているのは、基本的に紅色を基調とし建設された、レミリア・スカーレットが主として定住する深紅の洋館───紅魔館。

 

 外観だけではなく、門から屋敷へと続く道も赤色で統一されており、日光を防ぐためか窓の数は少ない。周囲は良くも悪くも幻想的な雰囲気を纏った湖である為、紅色の目立つ洋館は、酷く浮いている。

 

 悪趣味と称する者も少なくない、存在感を異様に放つ屋敷。それこそが紅魔館だ。

 

 その紅魔館の主であり、吸血鬼でもあるレミリア・スカーレットは、自室の外観同様紅を基調とする室内で、ティーカップに注がれた深紅の血を、上品に呷っていた。

 

「ふふ、どうだ咲夜? 順調に計画は進んでいるかしら?」

「はい、お嬢様。妖霧は幻想郷を包み、お嬢様の征く道を遮る障害を覆い隠しております」

 

 咲夜と呼ばれた青と白の二つからなるメイド服を着た美しい少女は、レミリアの側に控え淡々と事実を述べる。

 その返答に、レミリアはくつくつと楽しげに笑みを溢した。

 

「くく、そうか。順調か……それは良いことだな」

 

 ティーカップを置き、レミリアは目を細める。運命がもたらした、筋書き通りに物事が運んでいる事実に、彼女はご満悦だった。  

 咲夜を含めた紅魔館の住人達には、今回の異変は自分達がもっと世界を愉しめるようにするために起こす、必要条件だと伝えている。

 その中には咲夜の言った通り、太陽等の吸血鬼にとって厄介な要素を取り除くことももちろん目論見には含まれている。けれど、飽く迄レミリアにとって、それらはついでに発生する副産物であった。

 

 ──遠くない未来……『運命』が収束し、私を愉しませる人間が此処へやって来る。久しくしてない血湧き肉躍る、紅い月が更に真っ赤に染まる、楽しい楽しい血の演舞が始まるのだ。

 

 殺意を帯びた邪気を纏い、レミリアは口角をあげる。幻想郷に来て以来の興奮に、彼女は自分を抑えることをしようともしなかった。

 

 そう、レミリアの目的はこの異変を起こすことで、自分を愉しませてくれる人間を此処に導くことにあったのだ。

 

 彼女の保有する【運命を操る程度の能力】。彼女はこれにより、自らの辿る運命の一端を垣間見た。

 

 巫女服を着た人間の少女。人類の守護者『博麗の巫女』と、自らが紅い月の下、共に美しく舞う情景。戦い嗤う素晴らしい運命をレミリアは視たのである。

 

 退屈を嫌うレミリアは、この心躍る運命に辿り着くために、紅い霧を幻想郷に放った。その結果、人間どもがどうなろうと彼女は全く興味を抱くことはなく、頭の中は常に愉しいコトで埋め尽くされていた。

 

 全ては、あの美しい『運命』をこの手に手繰り寄せる……ただその為に。

 

「咲夜。此処まで派手にやったんだ、遠くない未来、お前も戦うことになるだろう。準備は怠るなよ」

「畏まりました」

 

 ただ、何も言わずに主に忠義を示す咲夜の従順な姿勢に、レミリアは邪悪な笑みが深まった。

 全てが上手く、噛み合った歯車はレミリアの思うままに廻り続ける。

 

 ──さあ、お前はどれほど私を愉しませられる? あとはお前次第だ、博麗の巫女。

 

 日が沈み、霧の奥からでも感じる月の光を浴びながら、レミリアは今一度ティーカップを手に持った。

 

 

 

 

 

 

「愉しそうにしているところ悪いけれど、いいかしら、レミィ」

 

 直後、室内に響く聞き慣れた声に、レミリアは動きを止める。スッと声のした方へ視線を移すと、そこには自身の親友である魔法使い、パチュリー・ノーレッジの姿があった。

 

「なんだ、パチェか。珍しいわね、引き籠もりのお前が図書館から出てくるなんて」

「ええ、本当は出たくなんてなかったんだけど、そうも言ってられない緊急事態が発生してしまってね」

 

 長い紫髪を揺らし、ケホッと一つパチュリーは咳を溢す。少しだけ額に汗も滲んでおり、どうやら相当に急いできたらしいのが窺える。

 

「ほう、緊急事態か。結構なことじゃないか。お愉しみが来る前の余興には丁度良い」

 

 焦りが見えるパチュリーとは逆に、余裕淡々とレミリアは嗤う。今のレミリアは、久方振りの愉しみに気分は向上し、何が来ても動じない自信があった。

 それは、己が能力に対する信頼であり、自身のカリスマ性の顕現でもあると、ティーカップに注がれた血の水面に映った、自らの表情を見て目が怪しく光る。

 

 何が来ようと今の私は問題ない。敵など存在しない。願わくば、私を愉しませることができる余興で在ってくれ。レミリアはそう断言するかのごとく、深紅の血を味わうように口へ含み、パチュリーの続く言葉を、威厳溢れる雰囲気で待ち構えた。

 

 パチュリーは、その親友の姿に冷や汗をタラリと流したあと、静かに訥々と内容を呟いた。

 

 

 

 

「フランドールが、結界をブチ破ったわ」

 

「ブフーーーーーーッッッ!!?」

 

 

 

 

 

 

◆◆◆◆

 

 多くの人間を襲い、吸いきれない血液を溢し服を真っ赤に染め上げたことから、『スカーレット・デビル』と呼ばれ恐れられるレミリア。

 

 多くの人妖に畏怖の念を持たれ、またそのカリスマ性により様々な者を配下に持つ彼女には、一人の妹が居た。

 

 名前はフランドール・スカーレット。

 

 深紅の瞳に薄い金色の髪。背中には、八つの結晶が下がった一対の枝という表現が当てはまる特殊な形状の翼が生えた、見た目麗しい少女だ。レミリアに遺された、たった一人の肉親である。

 

 レミリアは、彼女に対し非常に複雑な感情を抱いていた。

 たった一人の妹だ、当然愛情はある。しかし、レミリアはそれ以上にフランドールのことを、『超』が付くほどの問題児として、恐怖を抱き危険視していた。

 

 理由は様々あるが、一番の原因はフランドールが強大すぎる力を誇り、尚且つ残虐なまで狂っていたからに他ならない。

 

 

 フランドールは、この世に生まれ落ちた時から、己の父であるスカーレット卿の妖力総量を遥かに上回り、凄まじい潜在能力を秘めていた。

  

 齢数ヶ月で、部屋や小妖怪を何度も妖力のみで破壊し、一歳になる頃には吸血鬼狩りを生業とする人間の部隊を、たった一人で壊滅させた。そのうえ父をも手古摺らせる手強い歴戦の猛者も、フランドールは一撃で殺してみせた。

 

 人も妖怪も、彼女の前では等しく弱者。

 

 正しく突然変異とも呼べる異常なほどのその圧倒的力は、多くの人妖を恐怖のどん底に叩き落とし、恐怖で震え上がらせたのである。

 

 父、スカーレット卿も初めはフランドールの『デキ』に大層喜び、己の敵になる人妖を、進んでフランドールに宛行った。

 

 スカーレット家の命を狙う愚か者を苦を労することなく始末でき、同時にフランドールの能力向上も測ることができる。一石二鳥の計画に、彼はほくそ笑んでいた。

 

 しかし、その笑みも直ぐに恐怖に変わる。

 

 敵を屠り続けても、治まることの知らないフランドールの強大な破壊衝動は、敵だけではなく味方にまで牙を剝いたのだ。

 

 数え切れない同胞や従者、戦闘員の妖怪共を彼女は破壊し尽くし、その視える景色を紅魔館よりも、ずっと紅い鮮やかな色に染め上げた。

 

 沢山の従僕の悲鳴、命乞い、断末魔、そしてそれを聞いて愉しそうに破壊の限りを尽くす妹を見た幼いレミリアは、あまりの恐怖にみっともなく震え上がってしまった。

 

 悪魔である自分より、遥かに妹は純粋な悪魔だと、レミリアは心の底から確信し、恐怖する。

 敵も味方も、欲求のまま破壊するフランドールのその在り方は、破壊的で、どこまでも狂気に狂っていた。

『ハハハハハァ!! 雑魚が幾ら集まろうと無駄なのだ!』

 

 そう言って、人を多く喰らった歴戦の妖怪共を破壊せしめるフランドールの姿は、今でもレミリアの脳裏に深く焼き付き、トラウマとなっている。夢なら覚めてくれ、と。

 

 

 そして、そんなフランドールの所業を看過できなくなった父、スカーレット卿は、遂に決心した。

 

 フランドールを、自身の命を懸けて地下に永久に封印する決心を。

 

 逃げることは不可能であり、状況は絶望的。ならば己が能力とプライドを信ずるのみ。それは彼の、プライドの高い吸血鬼としての一大決心だった。

 

 スカーレット卿が、どのような能力を持っていたのかはレミリアには解らない。今となっては知る由もない。

 

 しかし、力で遥かに勝るフランドールを口八丁で騙し、彼は見事フランドールを自身の命を代償に発動する究極の結界内に、封印したのである。

 

『バァカぁなああああ!! まさかこの私を封印するとは! 流石はお父さまぁと褒めてやりたいところだぁ!』

 

 父の結界が完成し、封印が成されていく間に流れた一瞬。それが、レミリアが最後に聞いた妹の言葉であった。

 

 

 そしてこの時より、紅魔館の従僕達は皆殺しにされ、敬愛する父が死に、妹が永久に封印され独りになったレミリアは、滅茶苦茶にかき乱れた心の赴くままに、涙を流した。

 

 今から、五百年近くも昔の噺である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 時は流れ現在。レミリアは、パチュリーが告げた驚愕の内容に、動揺で手に持つティーカップが震えまくっていた。

 

「フ、フフフランが結界ブチ破っただなんて、お、おお面白い冗談を言うようになったわね、パチェッ」

「こんなくだらない嘘を言うわけないじゃない。れっきとした真実よ、レミィ」

「う、嘘に決まってるわッ。だ、だってフランはあの時、お父様が命懸けで永久に解けない結界の中に封印したもの!」

 

 つい先程までの大物感のある余裕を消し去り、頭を抱えて震え上がるレミリア。過去のトラウマが、彼女の心を完全に恐怖の底に叩き落としていた。

 

「レミィの事情は分からないわ。けれど、どんな過去であれ今破られた。それが全てよ」

「う、ううぅう」

 

 無慈悲な言葉に、戦慄する。認めたくない真実に、レミリアは『カリスマ』が完全に崩壊した。

 

「あ、そうだ! パチェ、あなた疲れてるのよ! きっとそう! 図書館でいつも頭を使っているからね! 今から休暇を取りましょう休暇を! 咲夜や美鈴も連れて、皆で一緒に幻想郷巡りツアーでもしましょう! 私、行ってみたいお店が幾つかあるのよ! うん、きっとそれが良いわ!」

「お嬢様、『お愉しみ』はどうなさるおつもりですか?」

「んなもん知ったことかあぁ!! 親友の方が大事に決まってるでしょうがあぁあああぁ!!」

 

 ウガーと、理性をかなぐり捨てては叫ぶレミリア。当初とは別人すぎる主人のその様子に、咲夜は目をぱちくりさせた。

 

「落ち着きなさい、レミィ。現実逃避をしたまま、現実からおサラバしたいの?」

「はぅ」

 

 パチュリーの辛辣な返しは、レミリアの心に深く突き刺さった。

 溜め息混じりに自分を見つめるパチュリーの瞳には、微塵も虚偽の色は視えない。そんな分かりきったこと、本当はレミリアとて気付いていた。 

 

 騒ぐ頭と身体を鎮め、レミリアはグッと強く拳を握り締める。

 

「すまない、無様なところを見せた」

「ええ、そうね。見てて可哀想になったわ」

「………くッ」

 

 どこまでも辛辣な親友に、悔しげに顔を逸らす。いつもなら威厳を取り戻すため、もう少し粘るのだが、今はそのようなことを行っている場合ではないと、レミリアはパチュリーの言葉を認めた。

 

「……そう、か。フランは本当に……解き放たれたのだな」

「やっと能天気な貴方でも呑み込めたみたいね」

「ええ、そうね。よく目を逸らさずに受け止められたわ。流石私だと褒めてやりたいところよ……」

「流石です、お嬢様」

「喧しい」

 

 要らぬタイミングで合いの手を挟む天然な咲夜をキッと睨み、レミリアはバッと椅子から立ち上がった。

 

「とにかく、フランが出てきた以上此処には居られないわ! 今すぐ幻想郷巡りツアーに出掛けるわよ!」

「あ、それは本気だったのですね」

「はぁ……行くわけないでしょう」

 

 二者ともに驚愕と呆れを含んだ反応を返す中、レミリアはウーと唸った。

 二人は、フランの圧倒的残虐性と恐ろしさを知らないから、そこまで悠長に構えていられるんだと、内に憤懣を積もらせる。

 

 しかしその二人を護るために、レミリアは迫りくる恐怖に焦燥感を抱きつつ、高らかに傲慢に振る舞った。

 

「五月蝿いわね、主権限発動よ。とっとと準備して出発だ!」

「はい、畏まりました」

「うむうむ、流石は咲夜だ。さぁ、パチェ! お前も文句を言わずにツアーに来い! 怖いことは全部忘れて、私達と最高の思い出を作ろうじゃないか!」

 

 白けた目で顰めっ面をするパチュリーに、堂々とレミリアは手を差し出した。

 有無を言わせぬ迫力をその身に漲らせ、真っ直ぐにパチュリーの気だるげな瞳を射抜く。

 

 数秒間、見つめ合いの膠着状態が続いた後、パチュリーは疲れ気味に溜め息を吐いた。

 

「……分かったわ」

「やったあああああああああ!!」

「────但し」

「ん?」

 

 喜びの雄叫びを上げるレミリアと、「おめでとうございます、お嬢様」と、笑顔で拍手を送る咲夜。

 こんな状況なのに、ビビってる癖に結構余裕あるなコイツと、その光景に頭が痛くなってきたパチュリーは、一つ条件を提示した。

 

「レミィ、あなたは初めに言ったわよね? ツアーには美鈴も連れていくと」

「え? ああ、うん、言ったな」

「その気持ちに変わりはないわね?」

「? 当然だろう。何があっても、美鈴も一緒に連れて行くぞ」

「そう、それが聞けて安心したわ」

 

 ニッコリと、似合わない笑みを浮かべるパチュリーに、何処となく嫌な予感をゾクリと感じたレミリアは、一歩知らぬ間に後退した。……とんでもない運命が湧き上がるのを、沸々と感じる。

 

「私ね、此処に来る途中に偶々美鈴に会ったのよ」

「め、美鈴に? そ、それがどうかしたのか?」

「貴方と同様の状況説明を、私は美鈴にも行った。……もう、どうなったか解るんじゃないかしら」

「ま、まさか」

「『お嬢様の大切な屋敷を、心を傷付けるワケにはいきません!』て、地下室へ迎撃に向かったわ。……たった一人でね」

「─────ッッ!!」

 

 案の定の結末に、レミリアは声にならない声で発狂した。けれど、同時に酷く納得してしまう。彼女なら、確実にそうするだろうと。

 

 美鈴は、レミリアに対し並々ならぬ忠義を示してくれている。全てを失ったレミリアに再び立ち上がる切っ掛けを作り、一番初めに側で支えてくれたのは、他でもない美鈴だった。レミリアにできた、第二の家族……それが紅美鈴だ。

 

 ショックでフラフラと倒れそうになるのを、歯を食いしばって我慢し、レミリアは真っ直ぐに前を向く。下を向いて怖がる時間など、今のレミリアには微塵もない。

 漸く、彼女は己のするべきことが、覚悟が定まったのだ。

 

 ──家族を、傷つけさせはしない。

 

 過去のトラウマを乗り越え、未来を生きて大切な者を護るために。 

 今こそ、覚悟を決めて妹に立ち向かうべきなのだろう。

 

 当主の私が逃げてどうする? 何時まで何百年も前の出来事にビクビクと怯え続けるつもりだ? そのような情けない在り方を、晒せるものか。故に決して俯かないと、レミリアは心に決めた。

 

「それで、どうするつもり? レミィ」

 

 隣に立ち、解りきったことを問い掛けるパチュリーに、レミリアは威風堂々と、自身のカリスマを存分に見せつけるように、震える脚に鞭を打ってニヤリと嗤う。

 

「もちろん、勤務時間だというのに、サボって門前に居ない大馬鹿者に引導を渡しに行くわ。……後に続け、パチェ、咲夜」

「ええ、当然よ。貴方が親友で、つくづく良かったわ」

「畏まりました、お嬢様。どこまでもお供致します」

 

 

 もう、決して失わない。逃げはしない。一緒に進んでくれる者達と共に、レミリアは望む『運命』を掴むため……決戦の地へと赴いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◆◆◆ 

 

 

 紅魔館の地下には、見渡すほどに膨大な書物が貯蔵されている大図書館がある。パチュリーの私室とも呼べるその場所は、貴重な魔導書から外の世界の漫画まで、幅広く数多くの品が揃えられている。

 大図書館を見たときのインパクトの強さや印象深さは大きく、紅魔館の地下と言えば、大抵の者はこの大図書館を思い浮かべるだろう。

 

 しかし、紅魔館の地下にある大図書館には、更に下の地下が存在することは、特定の限られた者にしか知られていない。

 

 そこは、迷路のように入り組んだ複雑な道が広がっている暗く不気味な場所だ。そして、迷路の終着点には、常に一つの部屋がある。

 

 それこそが、絶大な力によって外界から隔絶された、フランドール・スカーレットが封印してある場所なのだ。

 

 とはいえ現在は、安全の保証がキチンとなっている場所だ。

 

 何故ならば、スカーレット卿が命を懸けて施した封印結界は、強力無比。劣化はなく、中にいる封印対象が息絶えようとも永遠に続く、無限の牢獄だ。侵入方法もなければ、外内何方からの破壊も不可能。

 

 閉じ込められれば最後、永久の孤独のまま死ぬという、強く恐ろしい必殺の封印だから───

 

「───とでも、思っていたのか?」

 

 だがそれは彼女、フランドール・スカーレットに破壊される前の評価である。

 

 この日、紅霧異変を起こし始めたレミリアが博麗の巫女という『お愉しみ』を心待ちにしていた、なんてことはない日。

 

 父の死を伴った最強の封印すらも破壊し、再び恐ろしい悪魔が、現世に再臨した。 

 

 

 

 

 

「漸く、一人用の結界封印(ポッド)から出られたぞ」

 

 部屋に張られた結界ごと扉を吹き飛ばし、フランドールはフゥッと息を吐く。封印の外にある久しぶりの世界に、彼女はククッと笑みが漏れた。

 あの時と同じ、父親に封印されたときの景色を今一度両の眼に焼き付けようと、フランドールは外の空間を凝望する。

 

「ん? なんなんだぁ、此処は」

 

 しかし、彼女の目に映ったのは、五百年近く前とは違う、遥かに長く暗い道だった。自分が居ない間にお父様が改装工事でもしたのかと、フランドールは首を傾げる。

 

「……取り敢えず、地下から出るか」

 

 考えても仕方がないと、フランドールは長く入り組んだ迷路を歩くことにした。

 

 長い道はどこまでも広がり、幾度となく分かれ道が存在し、フランドールに襲いかかった。

 

「此処は、右だな」

 

「これも右だぁ」

 

「これは、右だ。IQ260000の私の頭脳が導きだした答えに間違いなどない」

 

「くく、選択肢ごときが幾ら来ようとも、この私には勝てん! 右だぁ!」

 

「ここも右だ。雑魚の割にはよく頑張ったが、とうとう終わりの時が来たようだな」

 

 そうして、自信満々に道を選び続け、同じ道をぐるぐると気が付かないまま歩いていくこと数時間。

 

 フランドールは、迷子になった。

 

 

 

 

「馬鹿な。何故だ、何故迷路が終わらない!? 私は完璧な解答をしている筈だ! まさか、まだお父様の結界封印(ポッド)内にいるとでもいうのか!?」

 

 同じような分かれ道を前に、フランドールは遂に絶叫する。IQ260000の自分が、延々と抜け出せない迷路。それ即ち、理の通じぬあり得ない現象であり、他の誰が挑戦しても抜け出せないということ。つまりは、お父様の封印だとフランドールは勝手に決定付けた。

 

「お父様。そしてお姉様。お前達だけは簡単には死なさんぞッ」

 

 終わりが一向に見えない迷路の選択肢を前に、フランドールは絶対にあの二人だけは赦さんと、理不尽な殺意を濁流のごとく荒れ狂わせた。───そうして。

 

 

「───やっと、見つけましたよ」

 

 突如として鼓膜に届いた、約五百年ぶりの自分以外の声に、フランドールは反射的に、声のした方角へと振り向いた。

 

「なんなんだぁ、お前は?」

「私ですか? 私は、紅美鈴といいます。貴方の姉君、レミリア様に仕える只の門番ですよ」

「……なんだと?」

 

 赤い髪を腰まで伸ばし、チャイナ服と華人服を足して2で割ったような衣装を身に纏った女性──紅美鈴は、そう言うと穏やかにニッコリと微笑んだ。

 

「貴方は、フランドール様で間違いありませんね?」

「ほう、私のことまで知っているのか」

「はい、もちろん知っておりますよ。貴方のことは特に、胸を焼け焦がすほど」

 

 ニコニコと笑う美鈴の言葉に、フランドールは思考を巡らせる。

 『胸を焼け焦がすほど私のことを知っている』美鈴の告げた言葉の意味を反芻し、すぐさま完璧に納得のいく解答を、フランドールは導き出した。

 

「……なるほど、分かったぞ。お前さては私のファンだな? 見る目がある奴だ」

「え? 違いますけど」

「…………え?」

 

 想像できなかった即答の否定に、フランドールは硬直する。あり得ない事象に、これは封印迷路による精神汚染攻撃なのではと、耳を疑った。

 

「あ、なんか勘違いさせちゃいましたか? すみません」

「コイツもお父様ぁの封印迷路の影響か。ここまで悪趣味な封印とは……やはり赦せん」

「へ? 封印迷路の影響?」

 

 言っている意味が分かっていないのか、疑問符を浮かべる美鈴。コイツ、まさか気がついていないとは大した間抜けだと、フランドールは呆れた笑みを溢した。

 

「なんだお前。自分が封印されたことにも気が付いていないとは、大した愚か者だと褒めてやりたいところだぁ」

「……え、封印? 私がですか?」

「ああ、そう言っているだろう」

 

 フランドールは、ポカンとする美鈴を見つめ、心底楽しげに邪気を込めて、表情を悪魔のごとく、邪悪に歪ませた。

 

「お前も、この迷路に迷い込んだからには抜け出すことは絶対にできん。永久に続く選択肢、分かれ道が何度も何度もお前を襲うのだ。……ククッ、どこまでも終わらぬ、深くドス黒い絶望に朽ち果てるがいい! ハーハハハハハッ!!」

 

 高らかに声を上げて美鈴のこの先に待ち構える、永い永い不幸を嗤うフランドール。その姿を、美鈴は心底困惑した様子で訝しげに見据えた。

 

「え、えぇ……いつもの地下の道にしか私は見えないのですが……」

「なら、迷路を進んでいくがいい。ここの先輩でもあるこの私が、側で見守ってやろう。いつかは地上に帰れるといいなぁ? クククッ」

「ああ、はい。わかりました」

 

 フランドールの発言に、乾いた笑みを貼り付けて、美鈴はフランドールと共に地下の迷路を歩き始めた。

 

 当初、話し合いが通じない時は地下でフランドールを迎え撃つ予定だった美鈴。

 けれど実際のフランドールと接して、何か色々ズレた発言に、そんな戦う状況と気分ではなくなってしまったのである。思ってもみない展開に、美鈴は小さく溜め息を吐いた。 

 

 

 そして十分後、フランドールと美鈴は、地下迷路をなんの問題もなく普通に抜け、大図書館へと辿り着くのであった。

 

「あ、やっぱり普通に出れましたね」

「ど、どうやったんだ? IQ260000の天才であるこの私ですら、封印を解除できなかったというのに。ま、まさか、それがお前の能力だとでもいうのか? なんて奴だぁ」

「………えぇ」

 

 冷や汗を流しながら、美鈴を凝視するフランドール。

 

 彼女は、色んな意味で頭が痛くなった。

 

 

 

 

 




 ここまで読んでくださって、本当にありがとうございました。ブロリーもフランちゃんも、どっちも可愛くて大好きです。
 
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