お姉様ぁ、まずお前から血祭りにあげてやる 作:タイムパトロール店員
2話目でございます。
色々梃子摺りはしたものの、無事に迷路から脱出できた美鈴とフランドール。
自分があれだけ繰り返させられた魔の迷路を、あっという間に攻略して此処まで来た美鈴に、フランドールは顔を顰め苦々しく言う。
「ちょっぴり認めてやろう。お前は、少しはやれるようだな」
「はぁ、ありがとうございます」
「だが調子には乗るなよ。私も、後三年もあればあの程度の迷路は攻略出来ていたんだ」
「あ、はい」
──それは、時間が掛かり過ぎなのでは? 心にふと湧き出た言葉を言いそうになるのを抑え込み、美鈴は眉間に手を当てた。
自分も同じ立場だということを忘れて、美鈴の不幸を嘲笑ったり、あの程度の道を何故か封印だと勘違いして、美鈴を馬鹿にしたりと、性格が悪いのは確定で間違いない。
漂う濃密な死の気配と香り、目に視える途方もない膨大な『気』の質も、フランドールが極悪な存在だということを証明している。
レミリアに聞いた通り、疑う余地もなく彼女は残虐非道の限りを尽くした悪魔そのものなのだろう。
けれど、何だろうか。出会ってまだほんの少しだが、それはそれとして何か適当に制御できなくもない印象を、美鈴は受けた。
「さぁ、お遊びはこれまでだ。お父様とお姉様はこの上か?」
ゴキリと指を鳴らし、オーラを荒立たせるフランドール。そのあまりにも濃い突き刺さるような尖った殺気に、美鈴は拳に力が入る。
しかし、永い時を生きる美鈴にとって、強者に殺気を向けられることなど大して珍しくもない。
紅魔館の門番として、多くの敵を屠ってきた歴戦の猛者であり、経験豊富な美鈴は、気を操り飽く迄冷静沈着な態度を崩さなかった。
「いえ、貴方の父君は居られませんよ」
「なんだと? まさか、一人用のポッドで逃げたのか!? 赦せん、絶対に逃さん殺してやるッ!」
「いや違います」
一人用のポッドとは? 問いたい気持ちを呑み込む。気を荒ぶらせ殺意が高すぎるフランドールを落ち着かせる為に、美鈴は冷静に言葉を続けた。
「貴方の父君は、既に亡くなられているんです」
「何だとお!? お父様が!?」
「はい、誠に残念ながら」
「誰かに殺されたのか!? なんて酷いことをするんだぁ、殺す、絶対に破壊してやるッ!!」
衝撃の真実にブワッと気が溢れ、周囲の空間を膨大な妖力で揺らし始めるフランドール。
何を言っても破壊するのか、コイツは不味いと、美鈴は吹き飛ばされぬよう防御体制を固めた。
「落ち着いてくださいッ! 貴方の父君は、誰かに殺されたわけではありません!」
「……なに? どういうことかな」
「っ……はぁ。落ち着いて聞いてくださいね。貴方の父君は、貴方を封印した際に生命力を全て消費してしまわれたために、亡くなられたのです」
美鈴に言われて気を落ち着かせたフランドールは、続く事実に目を見開いた。
「なんだそういうことだったのか。……ん、つまりお父様を殺したのは実質私ということか? ハハハハハッ! 知らぬ間にお父様を殺しているとは、流石私だと褒めてやりたいところだぁ!!」
「……えぇー」
さっきはお父様になんて酷いことを! と怒りを顕にしていたのに、ほぼ自分が殺ったのだと分かるや否や、高笑いして踏ん反り返るフランドール。
コイツ違う方面でも狂ってるんじゃないか、情緒はどうなってるんだと、美鈴は疲れの籠もった深い深い溜め息を漏らした。
「ククッ、では私が封印されたときに、お姉様もくたばったのか?」
「いえ、お嬢様はご存命なされておりますよ。初めに私が現在仕えている方と、言ったじゃないですか」
「………?」
「マジですか」
美鈴は、ちょっと前のやり取りの筈なのに、全くピンと来てないフランドールの様子に頭を抱えたくなった。
美鈴の視線に籠もった感情に気が付いたのか、フランドールはキョロキョロと視線を揺らしながら弁明する。
「あ、あぁーもちろん覚えていたよ。完全に覚えていた。完璧すぎて分けてあげたいくらいだよ」
「では、私の名前は覚えていますか?」
「? 誰なんだぁ、お前は」
「振り出しじゃない!」
記憶力のなさ過ぎる目の前の自称IQ260000に、美鈴はついに我慢の限界を迎え大声で叫んだ。
「私の名前は紅美鈴です! ホ・ン・メ・イ・リ・ン! 覚えましたね!?」
「あ、ああ、ホンメイリンだな。完璧に覚えたぞ」
「……もう、忘れないでくださいね?」
「任せロットオオオ!!」
「……大丈夫かなぁ」
根拠もなく、元気かつ自信満々に応えるフランドールに、不安の影が拭えない。
ちょっと時間が経ったら、もう一度確認してみようと、美鈴は心に決めるのであった。
「ところで、お姉様はどこにいるんだ?」
「……一応訊きますが、それを知ってお嬢様にお会いしたら、どうするおつもりですか?」
「ククッ、お父様のところに送ってやるだけだぁ」
「そう言うと思いましたよ」
大体フランドールの性格を掴めてきた美鈴は、予想通りの回答にハァッと息を吐く。
レミリアに与えたトラウマも、過去の大罪も全てとは言えないが、確かに伝え知っている。
フランドールの性格を知る前にこの回答を得ていたのならば、すぐさま奇襲を仕掛けるつもりでいた。
けれど話を交わし、性格の悪さ以上のポンコツぶりを知ってしまったからには、中々やり辛いものがあった。
レミリアが怯えつつも、愛情を向ける唯一の妹だということをちゃんと知っていた分、余計に。
彼女との戦闘の回避策があるのであれば、それを優先したい。時間は掛かるが、決して話の通じない相手ではないと分かったからだ。
現段階では、まだ手遅れじゃない。もっと違う策を講じられるのではと、美鈴は記憶を掘り返し思考を巡らせた。
「もう一つお訊きしても?」
「質問を質問で返すとは、屑め! 言いだろう、答えてやる」
「あ、答えてくれるんですね、ありがとうございます。何故、貴方はお嬢様───レミリア様を目の敵にするのですか?」
「簡単だ。アイツが私をゴミのように封印したお父様の、娘だからだぁ」
「……いや、貴方も娘でしょ」
もしかすると、レミリアを狙う理由を知れば、良い対策を練ることができるかもしれない。そう考えた末の質問だったのだが、予想を超える回答に、美鈴は今日何度目かの頭痛に襲われた。
「さぁ、私は答えたぞ。お前もお姉様の居場所を答えろ。さっさとしなければ、お前を二度とコンティニューできなくしてやる」
重い殺気を発し、捲し立てるフランドール。
彼女がレミリアへと抱く憎しみは、理不尽かつ理屈が通じない類のため、何を言っても殺意を収めることは不可能だろう。美鈴も、それは重々理解していた。
レミリアを、敬愛する主を危険に晒すわけにはいかない。それだけは譲れない。美鈴の優先するべき存在は、出会ったあの日から常に決まっている。
なれば、やはり此処で戦うしかないのか? 本当に、何か良い策はないのか? これが、運命か? 拳を強く握り、気を鎮めて覚悟を決めようとしたその時。
『美鈴、これが今幻想郷で流行っている決闘方式らしいわ』
最後の瞬間まで打開策を求め、記憶を掘り返し振り返ることで得た情報。微かな望みと発想の転換。終わりにたった一つだけ、美鈴の中で妙案が思い浮かんだ。
「……分かりました、お教えしましょう」
「随分とまったぞ、早くしろぉ」
「でーすーがー、その前にぃ!」
「本当に破壊するぞお前」
どうせ他には手段はない。思い立ったが、ダメ元だろうと実行あるのみ。
ピキリと、青筋を立てるフランドールを気にすることなく、ニヤリと笑った美鈴は、懐から一枚のカードを取り出した。
「貴方には、【スペルカードルール】について学んでもらいます!」
◆◆◆
幾年か昔、幻想郷で人と妖怪のバランス関係を保つべく、妖怪が『禁止』に縛られていた頃の話。
『吸血鬼異変』と呼ばれる大妖怪共による大抗争が、幻想郷内で勃発した。
強大な力を持つ吸血鬼が外界より来たり、幻想郷の支配を目論み蹂躙を始めたのである。
ある妖怪は、その圧倒的な力に恐れをなして降伏し、また違う妖怪は惨たらしく見せしめのように殺された。
多くのモノを力で捩じ伏せ従わせ、勢力を拡大し続ける吸血鬼達。力と恐怖で支配する邪悪な吸血鬼の在り方は、幻想郷内での無気力化が影響し、力を弱めていた大半の妖怪共を、難なく傘下へ堕とすまでに至った。
最終的には、ごく一部の強大な力を持つ者に異変は鎮圧されたが、この異変は幻想郷にある重大な欠陥を浮き彫りにし、新たなルールを考案、導入する切っ掛けとして、大きな傷痕を残すことになる。
そういった波乱を伴った経緯の下、幻想郷を維持するため新たに制定することとなったモノが、『スペルカードルール』と呼ばれる決闘方式なのだ。
「スペルカードルールってなんだぁ」
掲げたスペルカードを眉を顰め、訝しげに見るフランドール。自らも闘い多くの妖怪達を屠った、記憶に新しいスペルカードルール発足の経緯を振り返り、美鈴は遠い目をしつつも早速説明を始めた。
「私も全てを知っているわけではありませんが、幻想郷で起こった揉め事や異変を解決する際に用いられる、決闘方式のことです。簡単にルールをお伝えすると───」
「あれ、ちょっと待って」
当然のごとく進行する違和感に気が付いたのか、美鈴の説明を遮りフランドールは『待った』をかけた。
「なんで私が、そんなものを学ばなければいけないんだ? お姉様のところに案内すればいいだけなんじゃないのか?」
フランドールの抱く純粋な疑問に、美鈴は心底驚愕したような大袈裟な挙動と形相で口に手を当てる。
「嘘でしょう? フランドール様」
「え」
「……本当に、解りませんか?」
「は」
「まさか、本当に天才であらせられるフランドール様が解らないというのですか? もしそうだとしたら───」
「な、なるほどそういうことね。簡単すぎて逆に引っ掛けかと思っちゃったよッ」
美鈴のありえないぞ、コイツと言わんばかりの反応に、頬にツウッと冷たい汗を伝わせたフランドールは、ワケもわからないまま『私は全部解っていますよ』というポーズを取った。
俯き、レミリアに会う前に何故スペルカードルールを学ばなくてはダメなのか、必死に解答を考えるフランドール。けれど幾ら考えても答えは見つからず、刻一刻と経つごとに浮き上がる『?』の数も増していく。
それを正視し、美鈴はそのあまりの解りやすさに内心苦笑が溢れた。
「じゃあ、ルールを説明しますね。まずスペルカードは、『殺し合い』を『遊び』に変えるためのゲームです。従って、相手を殺したり、破壊するための攻撃は殆ど不可となります」
「えぇ!? そ、そんなのクソゲーじゃ──」
「フランドール様も、これだけで既にこのゲームの奥深さには気がついているでしょう。お察しの通り、スペルカードゲームは、決闘に美しさを持たせることを第一としています。また自身の欲求を満たすのみの『くだらない攻撃』ではなく、他の者達を『魅せる攻撃』に重きをおいた、戦略と創造性、自らの美的才能が試されるゲームでもあるのです」
「……なるほどぉ」
腕を組み、何もない宙を見据えてフランドールは唸った。瞳には、困惑の色しか見受けられない。
「あはは、闘う際の大まかなルールや、カード作成、勝敗の付け方等まだまだ色々お伝えしたいことはありますけど……。フランドール様には口で言うより、実際に作って、遊んで、身体で体感してもらうのが一番ですかね」
「ああ、間違いないな」
「認めるんかい」
多分、発言の意味も一切理解していないんだろうなぁと、美鈴は心中で納得した。
そしてビックリするくらいフランドールを上手く誘導できたことに、胸をホッと撫で下ろす。
後に必ず訪れるであろうレミリアとフランドールの交戦を、殺し合いからスペルカードゲームという遊びに変えること。美鈴の狙いはそこにあった。
この調子で漲らせる『殺意』を乗せる行き先を、破壊ではなくスペルカードゲームに変換して、レミリアへと宛行う。
フランドールを満足させ、一番コトを丸く収めるには、それしかないと美鈴は判断していた。
その為に、フランドールにはなんとしてでも、スペルカードゲームを適切に楽しんでもらわなればいけない。
一番覚えてほしかった『殺してはダメ、破壊するための攻撃はダメ』という大切なルールは、分かってもらえた。あとは美鈴自身が身体を張り、フランドールが楽しんでくれるよう、全力で付き合うだけだ。
美鈴は、紅魔館の者全てが笑って過ごせる未来を思い描き、パンッと頬を叩いて気合を入れた。
「ククッ、スペルカードゲームだろうと、なんだろうと。私の前に集まるのなら、全て破壊し尽くすだけだぁ」
「いや、ダメですから」
しかし説明を早くも忘れたのか、破壊する気満々のフランドールに、これはシンドくなるぞと、美鈴は頬を引き攣らせるのであった。
美鈴みたいな、おとなのおねえさんいいねぇ