「んで、いきなり漫画を描くことになっちまったと」
「そうなんだよ、今までオリジナルの漫画を描いた事はあっても、本格的な二次創作は初めてなんだよ〜」
美琴が紙パックのジュースをストローで飲みながら、同情混じりに頷いた。麗奈はぐったりと項垂れる。
翌日の昼休み。麗奈は美琴と昼食を摂りつつ、昨日あった漫画を描くことになった顛末について話していた。
「あたしその辺全然詳しくないから分かんないけど、漫画描くのって大変じゃないのか?」
「そうなんだよ美琴ちゃん!まずプロットっていう、どういうお話の流れにするかの設計図を作って、そこから漫画全体の設計図であるネームに移って、またそこから作画そのものの作業が始まる……っていう段階を踏まなきゃ駄目なんだって」
麗奈は早口で捲し立てながら苦悶の表情を浮かべ、美琴はもう何度目かの苦笑いをした。
特に麗奈の挑戦しようとしている題材は二次創作だ。こと『勇者王ガオガイガー』の世界観においては、『ガオガイガー』『ベターマン』『FINAL』『覇界王』の本編だけでなく、ドラマCDや外伝小説、コミカライズまで含めると設定が非常に多岐に渡る。麗奈も全てを把握しているかは怪しいところだ。どこの時間軸で物語を描くか、というのを考えるのも一苦労と言えるだろう。
「んで、お前は何処まで……って言わなくても大体分かるな」
「そうなんだよ美琴ちゃん、まだプロットすら出来てないんだよ〜」
麗奈は鼻水と涙を垂らしながら机に突っ伏した。美琴はお手上げといった表情で。
「漫画描くのってほんっっとに大変なんだなぁ、ちょっと同情するわ」
「ありがとう美琴ちゃん……ついでに何かアイディアあったらちょうだい……」
「助けてやりたいのは山々だけど、あたしアニメとかの話はからっきしだからなぁ……」
美琴はさらりと麗奈の要求をスルーすると、同情を滲ませ麗奈の肩をぽんっと叩いた。
「まあ、そういう系の話は漫研の連中の方が詳しいだろ。何か相談してみたら良いんじゃないか?」
「うーん、部長は本編履修済みみたいだから、相談に乗ってもらえるかもだね」
麗奈は頷くと、まだ白紙のままのプロット用メモを取り出し、机の上に置いた。試験勉強もしなければならないし、これから忙しくなりそうだ。
「なるほど、展開に行き詰ってると……」
「そうなんですよ。本編の外伝にするか、それとも別の方向性にするかってどうしても考えが纏まらなくて……」
「外伝とか一杯あるって言ってましたもんね。難産になりそうだね……」
放課後の漫研部部室。康太と麗奈、友里は3人で顔を突き合わせて頭を悩ませる。他の部員も試験休みの前なので皆原稿を描いたりと忙しない時期だ。
麗奈は肩を落として溜息を吐く。家で本編のBDの視聴や小説・漫画を読んだものの、本編の面白さについつい目を奪われ、当初の目的を忘れてしまうという有様であった。
「うーん、本編自体が時系列一杯一杯みたいだから、何処かに外伝というのもちょっと考えるね……」
「そうなんですよ、25話と26話の夏の時期なら行けるんじゃないかなって思ったんですけど、どういう話にするか決まってなくて」
康太と麗奈は腕組みをしてうーん、と唸った後黙り込んでしまう。会誌に投稿する漫画である故、必然的に短編にまとめなければならないという点も難しさに拍車をかけていた。
「いっそ、他の作品と混ぜちゃうとかどうですか?」
友里が何気なく発した一言に、康太がはっ、と頭を跳ね上げる。
「そう、それだよ!いっそのことクロスオーバー路線で行くとか!」
康太の声を聴いて、麗奈の顔も明るくなる。
「クロスオーバー、良いかも知れないですよね!」
「うん、短編に纏めるなら同じ系列の作品一つの方が良いかもしれないね。鷺沢さんは『勇者シリーズ』全部履修してたんだっけ?」
「はい!『ガオガイガー』以外だと特に『エクスカイザー』が好きです!」
麗奈の早口モードが作動する。父親が所持していたDVDやBlu-rayで『勇者シリーズ』は全て観ていたが、どれも各々の良さが有り、麗奈のお気に入りのアニメであった。
ロボットと少年の友情の中に秘められた優しさが魅力である『エクスカイザー』。主人公、火鳥 勇太郎のほんわかさと格好良さのギャップと、ドライアス様の悪格好良さに惚れる『ファイバード』。星児と勇者達との交流・共闘を通じた成長を感じられる『ダ・ガーン』。美少年とイケロボットの痛快娯楽活劇に痺れる『マイトガイン』。ブレイブポリスと勇太少年の絆が泣かせる『ジェイデッカー』。タクヤたちのドタバタに笑えて、ワルザック兄弟の繋がりが涙を誘う『ゴルドラン』。高校生達が織りなす多彩なエピソードが印象的な『ダグオン』。いずれの勇者たちも、麗奈にとって皆忘れられないアニメであった。
そんな麗奈の様子を見た康太はうん、と頷き。
「その二つを混ぜて短編エピソードを作れば良いんじゃないかな?1話完結方式のエピソードっぽく」
「ありがとうございます部長!おかげで何とか、プロット描けそうです!」
麗奈の顔がぱぁっと明るくなった。釣られて友里も笑みを溢す。
「私も負けてらんないなあ。イラスト描き上げないと!」
「あすみんは『原神』のイラストだっけ?」
「そうそう!主人公とパイモンの旅の一幕みたいな絵にしたいんだけどね……」
今度は友里が早口モードになる版であった。あまりソシャゲの話は分からない麗奈だが、話の一つ一つに対してにこやかに相槌を打つ。
一旦試験勉強の為に中断しなきゃならないけど、試験期間が終わればゆっくり原稿に取り掛かれる。そこから一気に描いちゃおう。麗奈はそう決心した。
「お、終わった〜……数学、埋めるだけ埋めたけどホントキツかった……」
再び時間が経ち5月の末。麗奈は自室のベッドの上で身を投げ出して伸びを一つ打った。試験の期間中、身体中の筋肉が凝り固まっていたのが分かる。
麗奈はごろんと寝返りを打ちベッド上の卓上カレンダーを見た。明日は休みだが、生憎と美琴がバレー部の休日練習という事で一日中暇だ。
学生鞄の中には原稿用紙。プロット作成がようやく終わり、先ほどの放課後ネームに取り掛かったばかりの状態であった。
(明日を使って出来るだけ描いても良いかな……)
そう思いベッドから立ち上がり原稿用紙を取り出そうとしたその矢先、麗奈のスマホがピコン、と軽い電子音を発した。LINEの通知だ。
アプリを立ち上げ見ると、発信者は友里。『お疲れ様』の可愛いスタンプの下に添えられた一文が目に飛び込んでくる。
『明日って、予定空いてる?』
麗奈は素早く返信を打つ。流行りのゆるキャラのスタンプで返した。
『OK!』
『どうしたの?』
友里からの返信は即座に飛んできた。
『明日、SNSで知り合った漫画描く人たちとオフ会しないって誘われて』
(オフ会?JKを狙ってオフパコ狙いとかじゃなくて?)
麗奈は少しばかり訝しみ、眉根を寄せた。その手の男に言い寄られた経験は麗奈にもあったが、限界オタクすぎる中身に気づいた瞬間に離れられて行ったので、未だ交際や肉体関係に至った経験は無い。それで別に全然良いと麗奈自身も思っていたが。
『中には鳥田の漫研部の人も居るって』
『なんでも、同人誌も一杯描いてて、商業誌に連載された事もあるOBの人も来るとか』
麗奈はますます疑問に思った。連載まで持っていたレベルの人が、わざわざ自分たちみたいなレベルの低いところに来るのだろうか?
しかし、この提案を一蹴できない理由が麗奈にもあった。同じ部活で仲良くしてくれる友里の面子という意味は勿論だが。
(でも正直、二次創作の漫画ってまだ描き方イマイチ分かってないから、ちょっと誰かに相談したい気持ちもあったんだよね……)
同人誌など描き慣れている人であれば、そういった描き方のコツやノウハウは豊富であろうし、もしかしたらアドバイスなど貰えるかも知れない。麗奈は逡巡し、スマホに打ち込んでいく。
『ありがとう、私も行くよ』
『でもちょっとでも《誘われそう》になったら、ダッシュで逃げるよ?」
返信はまたしてもスタンプと文章で瞬時に飛んで来た。
『ありがとう!』
『狙われてると分かったら、股間思いっきり蹴って逃げ出しちゃおう!』
友里の冗談に、麗奈はふっと微笑んだ。
「鷺沢さーん!こっちこっち!」
「あ、あすみん!おつかれー!」
翌日の午後。麗奈達の学校より近い都内某所の駅構内に店を構えるカフェにて。友里は手をぶんぶんと振って多人数席コーナーに、いつもの地雷系衣装に身を包んだ麗奈を迎え入れた。
見ると、そこには麗奈の対面に同年代の男子生徒が2人。2人とも一見して陽気なキャラというタイプではない。むしろ大人しそうな風貌と言えた。
「初めまして、鷺沢 麗奈です」
麗奈は微笑と共に会釈をする。対面の男子生徒2人も挨拶を返した。喋っている様子を見るに2人とも悪い人では無さそうだ、と一先ず麗奈は豊かな胸を撫で下ろした。
しかし15分もしないうちに、その安心は見事に打ち砕かれる事になる。
「おぉお前ら!待たせたなあ!」
談笑していると、野太い下卑た声が麗奈達のいるスペースにかけられる。
麗奈と友里はそちらに視線をやると、身体が冷凍光線でも浴びたかのようにびしり、と凍りついた。
「し、紹介しますよ。こちらフリーの同人作家されてます、須々木 明先生です」
男子生徒の片割れのリアクションから察するに、あまり良い先輩でも無いというのが、どかっと男子生徒達の間に陣取る中年男性を見て一目で分かった。
丸刈りの坊主頭に、弛緩し切った身体と顔の輪郭。上下ジャージというラフな格好に目だけが以上にぎらついている。
今すぐ逃げた方が良い、と麗奈と友里の生存本能が警戒音をけたたましく発信していた。
「は、初めまして。陽昇高校漫研部、1年の阿澄 友里です」
「同じく漫研部、1年の鷺沢 麗奈です。よろしくお願いします」
「ああそう、俺は
やや引き攣った笑顔で挨拶する2人を、明と呼ばれた男は下心を隠しもしない眼と、にやついた顔つきで、舐め回すように睥睨していた。
その視線を感じ取り、麗奈の背中にぞわわわっと悪寒が走った。
「いやー、それにしても最近はアスナ本が売れたお陰で天井までガチャ回せるし、ファンボのミカ差分でもだいぶ小遣い入って来たし良い金蔓だわぁ〜」
(『金蔓』……?)
自慢げに唾を飛ばしながら、周りの引き笑いに物怖じすらせずくっちゃべる明の言葉に、麗奈の中で大きな引っ掛かりを覚えた。
(二次創作って、その作品が好きだから描いてるんじゃないの……?)
「最近はソシャゲのキャラを適当にヤンデレ化させればいいねやリポストも稼げるし、下手な商業エロ漫画雑誌より同人の方が全然売れるし、原作サマサマって感じだわ!馬鹿正直に編集つけて一次創作の漫画描いてるやつはバカだね」
麗奈は内心にどす黒い怒りの感情が湧くのを感じる。
麗奈と友里は対面の中年に気づかれぬようアイコンタクトを取る。お互いの顔に『もう帰ろう』とありありと書かれているのを2人共に悟った。
「まぁ今はブルアカのキャラでエロ描いてるけど、ウマ娘のエロも儲かるんだよな、ガイドラインで禁止してる公式は本当にアホだと思うわぁ!」
「あ、あの……」
最後に一つだけ、の言葉を辛うじて飲み込み、麗奈は声をかけた。
麗奈の内心など露知らず、明はにちゃぁ、と粘着音がなりそうな笑みを浮かべた。
「なんだ嬢ちゃん?君も同人で稼ぎたくなったんか?」
「どうして、別に好きでもない作品の二次創作なんて描いてるんですか……?」
麗奈の絶対零度の目線に気づく素振りすらなく、明は下品な高笑いを上げ始めた。
「そんなの金に決まってるだろ?大体同人で稼いだ金でソシャゲのガチャも回してやってんだ!あっちは金が入ってこっちも金が入る。WIN-WINの関係だろうが!」
「でも、それはワンフェスで出されてるガレージキットみたいに正式な許諾を得てるわけじゃ無いですよね……?」
「うるさいな嬢ちゃん、そんなのは綺麗事なんだ!金さえ入れば誰も文句を言わないものなんだよ!コミケのアフターで同人作家のチンポしゃぶるレイヤーと同じだ!」
麗奈と友里はすっと立ち上がり、互いに財布の中から1000円札を1枚取り出すと、テーブルの上に置いた。
「今日はありがとうございました。お釣りは取っておいて下さい」
努めて事務的に話す麗奈の声は、南極の氷のように冷たくなっていた。
「おいおい、もう帰るのか?俺の漫画のテクニックを教えてやろうと――」
「結構です。隣のお二方は兎も角、貴方に借りを作りたく無いので」
友里の声にも、はっきりと嫌悪感が滲んでいた。麗奈共々踵を返して足早に去っていく。
帰り際に「あの地雷女!どうせ裏では――」といった罵詈雑言が聞こえてきたが、最早相手にする時間すら勿体なかった。あの様な生物と一緒の空間に居たくない。その思いが2人を足早に進ませていた。
「今日は本当にごめんね鷺沢さん、どうしても女呼んでこいってあの須々木って人がゴネたみたいで……」
「あすみんが謝る事なんてないよ。悪いのはあの最低野郎なんだから」
日が暮れ始めた帰り道。見慣れた交差点に差し掛かった所で友里が何度目になるか、頭を深々と下げた。麗奈は何度でも笑って水に流す。
「でも私、あの人があんなだなんて思わなくて……」
「良いの良いの。今日のことは悪い夢か何かだと思って忘れちゃお?」
麗奈はいつもの様な笑顔を取り繕ってみせた。それでも友里の憂鬱な表情は晴れない。
別れ際、笑顔のまま友里に手を振って見送った後も、麗奈の中には黒いモヤモヤとした感情が残ったままだった。
(確かに、あの人は原作を使ってはっきりお金儲けをしてると言った。でも――)
あの明という男は、ガイドラインで禁止されている作品すら金目的で平気でキャラを歪ませる。
対して麗奈自身も、自分の会誌に載せる漫画という都合で『ガオガイガー』の物語を歪めようとしている。そこに果たして差はあるのか?
(二次創作って、何なんだろう――)
君達に、最新情報を公開しよう!
二次創作とは何なのか?その答えを出す事が出来ず、麗奈は思い悩む。
ネームは遅々として進まず、時間は無情に経過する。
美琴の言葉は麗奈の心に届くのか?麗奈は再びペンを取る事は出来るのか?
『地雷系女子は勇者王が好き』NEXT 「友からの『遥かなる凱歌』」
次回もこのSSで、ファイナルフュージョン承認!
これが勝利の鍵だ!――『鷹見 美琴』