リハビリのための小説   作:桜舞

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相方には許可取ってます
通報しないで…


リューネに帰ってきたヘンリの話

日本に行ってちょっと経った頃。

頼まれてた研究資料を携えて、ぼくはリューネに戻ってきていた。

 

日本では面白い事もあったし、兄様達に土産話ができて良かった。

 

そんなことを思いながら、ぼくは城にある兄様の執務室の扉をノックする。

 

「どーぞー」

 

ちょうどユエ義姉様もいたようで、すんなり入ることができた。

今回の親衛隊の2人はマリエルとアーニャではなくサリアとカナエの2人で、彼女らはぼくと波長が合うらしく、表情も声も聞こえるから大変助かる。

 

しかし、ユエ義姉様。

相変わらず大変お綺麗で若々しい。

これでぼくより20も上というのだから驚きだ。

 

「お帰り、ヘンリ。成果はどうだった?」

「これにまとめてある。シンク兄様は?」

 

上から三番目の兄の姿が見えず、キョロキョロと辺りを見渡した。

こういう場合、事態の情報の解析はシンク兄様が担当していることが多い。

次にリーゼ姉様、アンナ姉様だ。

 

「もうそろそろ来るんじゃないかな。それよりもお疲れ様、叔母様はどうだった?」

「…なんか、聞いていたのと全く違っていたから驚いた。もう少し苛烈な人だと思っていたから」

 

日本で仲良くなったカナリアの上司、篠原家のサヤはぼくの話を聞いて、全面的に協力してくれた。

叔母様の面会時も同席してくれたのだ。

 

「僕が10代の時に会っただけだけど、その時は苛烈な人だったよ。母様に噛み付いて、カヅキおばさんを見ては泣いて、情緒不安定な人だったな」

「そういえばそうだったね。私達にも、ママの娘なんて認めないとかなんとか」

 

…歳をとって丸くなった?

いや、性格なんてそうそう変わることなんてないと、ぼくは思ってはいるけど。

 

それに、妙な自信があった気がする。

カヅキおばさんのクローンをどうこう出来るなんて、お前達には無理だろうとでも言うような。

 

「遅くなった、悪い。お、ヘンリお疲れ」

「シンク兄様、遅い」

 

ぼくが若干拗ねたように言うと、頭を思いきり撫でられた。

なんか、こういうとこ父様に似てる気がする。

生まれてから数回しか、会った記憶無いけど。

 

「悪い悪い。で、どれくらい持って来れた?」

「好きなだけ持って行けって言われたから、とりあえず全部。研究資料、観察記録、夏月くん(仮)の脳波パターン、魔力回路の有無まで。どういう風に制作されたか、どういう機械を用いたか。ぼくなりに思考してみたけど、無駄はないと思う」

 

そう、無駄が無さすぎて、一体何体夏月くんは廃棄処分にされたのだろうかと思案する。

究極の1を作り出す為の、尊い犠牲。

 

反吐が出るね。

 

シンク兄様は全ての資料に目を通した後、ぼくに尋ねてきた。

 

「で、当の本人には会ってきたか?」

「会わせてもらえなかった。それと施設案内だけで、終わった」

 

三人が難しい顔をしている。

 

まぁ、そうなるよね。

サヤにもお願いしてみたけど、難しいと断られてしまったし。

 

「カヅキおばさんって、頭回るんだよね。それこそ、父様の片腕として仕事出来てたくらいだし」

「母様の護衛もだぞ。それに、学園の先生もやってて、領主の仕事もしててさ。本当にいつ寝てんだってくらい」

 

グンジョウ兄様とシンク兄様が、眉間に眉を寄せてそう呟く。

カヅキおばさん、スーパーマンか何かなのかな?

あ、女性だからウーマンかな。

 

「ママも4体までだったら分身できたしね。それで回してたんでしょう…って。話逸れてる」

「逸れてるんじゃなくて逸らしてんだよ。カヅキおばさん、倫理に反することはしない主義だけど、実現出来るとなると何でもかんでも実行に移すからなぁ」

 

はぁ、とシンク兄様がため息をつく。

一番弟子だからこそ、カヅキおばさんの思考回路がわかるんだろう。

ぼくはわからないけど。

 

「つまり、どーゆー事?」

「こっちのカヅキおばさんが実現したような事を、あっちのカヅキくんがやりかねないって事だよ。篠原グループも、王家程じゃないけど結構な財産を持っているからね。それに、おばさんは実現させたはいいものの、危険だと判断したものは自分で封印している。あちらには封印する手立てはないだろう。できるとしても何年もかかる可能性だってある。マコ叔母様は、カヅキおばさんに甘いところがあったって母様が言ってたしね」

 

それは、惚れた弱みというやつだろうか。

半分悪魔のぼくは、その感覚すらわからない。

 

「作らせたらまずいものも、好奇心で作る可能性がある以上、放置出来ないってのがこっちの見解ね。どうするの、アオ。またヘンリに行かせる?」

「うーん…」

 

ぼくはダンジョンを食べにいくのであって、夏月くんの監視をしにいくわけじゃないのだけど。

そこんとこわかってるのかな、ユエ義姉様は。

 

「今度は俺が行こうか。交渉事は多少できると自負してるしな」

「そうか。なら、私も交渉しようじゃないか。私を明日教会へ連れて行け、グンジョウ」

 

背後の扉から声が上がる。

全員の目がそちらに向くと、年相応に見えない美女が足を組んで偉そうに車椅子に座っていた。

ちなみに押しているのは甥のクオンだ。

 

「それは交渉じゃなくて、命令と言うんですよカヅキおばさん」

「何、交渉さ。連れて行ってくれる代わりに、私の死期を教えようじゃないか」

 

妖艶に微笑む美女に寒気を感じる。

それは、この場にいる全員が感じていることだろう。

ただ一人、除いてだが。

 

「何偉そうに言ってんだよ、ばー様。要は、急に死んだら周りが混乱するから、その準備しておけっていう告知だろ? 交渉のカードになり得るとでも思ってんのか?」

「我が孫ながら、情緒のカケラもないな。そんなんじゃ、レイに愛想を尽かされるぞ」

 

レイは俺のこと愛してくれてるから、愛想尽かすなんてねーよ!

 

と大声でクオンは叫ぶ。

煩いからもう少し、抑えてくれないかな。

煩い、耳障り。

 

「ママ…嘘でしょ。ママが死ぬなんて…」

 

実の娘のユエ義姉様が青ざめてる。

カタカタと震えている所から、カヅキおばさんが言った事は真実なのだろう。

 

「人間、いつかは死ぬさ。それが私の場合、明後日だったというだけだ」

「急すぎる!!」

 

義姉様は泣きながらカヅキおばさんに抱きついた。

そんな義姉様の頭を、おばさんは優しく撫でる。

 

「泣くんじゃない、ユエ。お前はそれでも王妃か?」

「大好きなママが、いなくなるんだもん…泣いたって、いいじゃん…!」

 

困ったな、という顔をして、カヅキおばさんはぼく達を見た。

 

「グンジョウ、ユエを任せたぞ。シンク、ユタカを大事にしてくれ。後ヘンリ」

 

おばさんはぼくを見据え、言う。

 

「何があっても人間だけは食うな。食ったらどうなるか、わかっているな?」

「分かってるよ、カヅキおばさん。イオンにも迷惑かけたくないしね。唯一神にはかけてもいいかとは思うけど、それの後始末をするのはイオンだし。ぼくはぼくとして生きている限りは、食べはしないよ。イオンに誓う」

 

ぼくは肩を竦め、返事した。

兄様達を見ると、騎士の最敬礼をカヅキおばさんに捧げていた。

なら良い、とおばさんは頷く。

 

「俺には何かねぇの? ばー様」

「お前はレイと末長く仲良くしてろ、以上」

 

簡潔な言葉をクオンに送る。

 

「で、母様にはそれ伝えてるの?」

「…今からだ」

 

あ、これ伝えないつもりだったな。

 

目を逸らしたカヅキおばさんに、ぼくはそう察する。

 

「クオン。おばさんに対しての、最期の嫌がらせ方法思いついたよ。母様の所に強制転移させるんだ」

「ヘンリ、お前…っ!」

 

慌て出したおばさんに対して、クオンがニヤリと笑った。

 

「おうさ、ヘンリ叔母さん」

「その通りだけど、やめてほしい。大体、君とぼくは同い年のはずだけど」

 

言い終わる前に、クオンはおばさんと一緒に転移していく。

せめて、ぼくの話を聞いてからにして欲しかった。

 

さめざめと泣くユエ義姉様の肩を抱き、グンジョウ兄様は立ち上がらせた。

シンク兄様も、方々に連絡し始める。

 

ぼくは手持ち無沙汰になってしまったので、三人に一言だけ告げた。

 

「あ、ぼく友達できたから。じゃ」

「「「はぁ?!」」」

 

驚いた声が背後から聞こえたけど無視して、ぼくは自室に帰った。

 

◆◆◆

 

待ち合わせ場所の、リューネが誇る高級ホテルの最上階。

約束の時間に行くと、シンク兄様がカナリア達に絡んでいるのが見える。

 

「…兄様? なんで此処に?」

 

友達ができた、と一言告げただけなのに。

1日で居場所まで突き止めるとは。

兄様の情報網、甘く見ていた。

 

「お? ヘンリか、いや何…噂のカナリアちゃんに会ってみたくてよ」

 

ニヤリと、大仰な手振りでそう言う兄にため息が出る。

 

「兄様はカヅキおばさんに影響されすぎ、自重するべき」

「そう言うなって、な?」

 

ぼくの頭を撫でながら、シンク兄様は念話でぼくに

問いかけてきた。

 

『なんでこの子、ヴェスタとイオンの加護ついてんの』

『さぁ? あの二人がこの子を気に入ったんでしょ。ぼくは知らないよ。あっちの世界なんて、たまにしかいけないからね』

 

たまに行って、二、三言話して帰ってくるだけなのだから。

詳しい事は知らない。

 

『あと、なんでマリアとリリス連れてきた』

『出る時にバッタリ会った』

 

何と簡潔でわかりやすい言葉なんだろう、偉いぞぼく。

 

「ウチの兄がダル絡みして申し訳ない」

「いえいえ、そこまでじゃなかったので」

 

ぼくはカナリアに謝罪する。

しかし、彼女は気分を悪くしていなかったようで、ぼくの謝罪に対して微笑みを返してくれた。

優しい、良い子だなカナリアは。

ユーカちゃんも、カナリアを睨んでないで爪の垢を煎じて飲むべき。

 

「そう兄貴を邪険に扱うものじゃないぜ? ヘンリ」

「兄様は黙ってて」

 

ぼくの肩に腕を回し、ヘラヘラ笑いながら言うシンク兄様。

いつもはもっとキリッとしてるのに、カナリア達の前だからだろう。

道化を演じている。

本来の兄様は、冷静沈着で物事を測る人だ。

道化を演じる事で、カナリア達の出方でも伺っているんだろう。

純日本人、というわけではないが、日本人なのだからみんなお人好しだと思うんだよなぁ。

空腹で倒れかけるぼくに、貴重なご飯を分けてくれるぐらいには。

 

「うぃ」

 

兄様はそう言って、ぼくの肩から手を離す。

その後、兄様と別れたぼくはマリアとリリスを引き連れ、カナリアとミツルと共にサンテブルクへと向かった。

リムジンに乗って身内話をしていたけど、カナリアの呆けた顔、面白かったなぁ。

 

司教に言って人払いをしてもらったお陰で、ぼくら以外人がいない。

古代の人がヴェスタの想像だけで掘ったであろう石像の前に、カナリアは自ら膝を折り、祈りを捧げ始めた。

途端、彼女の体が傾ぐ。

すんでの所で、カナリアの兄であるミツルが受け止め、自分の膝に寝かせた。

 

「うーらーやーまーしーいーなー」

「譲りませんよ?」

 

教会に設置されている長椅子に座り、足をバタバタさせながらそう言ってみるが、ミツルに断られてしまう。

 

ちぇー。

まぁ、言ってみただけだけど。

羨ましいとかそんな感覚、ぼく覚えがないし。

 

そんな時だった。

教会の扉が開く音がする。

ぼく達以外入れないように言ってあるのだけど、一人だけ心当たりがあった。

昨日、グンジョウ兄様に教会に連れて行け、と言った、こわーいおばさまだ。

 

「ヘンリ、お前も来ていたのか」

「やぁ、カヅキおばさん。遅い到着だったね。ぼくはてっきり、ぼくらが来る前に来ていると思っていたよ」

 

ぼくのそんな言葉に、カヅキおばさんはニヒルに笑って返す。

 

「お前らが来る時間なんぞ知らん。それこそ、ナツキでもなければな?」

「その母様に教えてもらったんじゃないですか。ヘンリの友達が来てるよって。僕が伝える前に」

 

呆れた様子でグンジョウ兄様が言う。

この様子だと、ちゃんとお別れができたらしい。

母様孝行、出来たなぼく。

 

おばさんはぼくの前を通り過ぎ、ヴェスタの御神体の前まで連れていってもらった。

 

「ったく、憎たらしい顔しているな」

「僕にはこれが普通ですんで。あ、すみませんお邪魔します」

 

近くに横たわっているカナリアを轢かないように、細心の注意を払いながら、車椅子を操作するグンジョウ兄様。

ちょっと危ないと思ったのか、ミツルはカナリアを抱き上げ、僕の後ろの長椅子に移動した。

 

まぁ、妥当だよね。

というか、国王に車椅子押させてるカヅキおばさんも、大概やばいよね。

 

「グンジョウというと、国王陛下のお名前だと覚えていますが」

 

ミツルが兄様に対して、質問する。

ちなみに双子は、暇になったからといってどっかに出かけてしまった。

おい護衛役、仕事しろー。

 

「僕はただのおばさんの付き人なので。気にしないでもらえると」

 

暫くしてカナリアが目を覚まし、起き上がったと思ったら岩塩と聖水を一気に飲んでしまった。

 

あれ、美味しいけど舌がピリピリするんだよね。

ぼくが半分悪魔だからだろうけど。

 

「くく、なるほど、なかなか向こう見ずの性格をしている様だな」

 

カヅキおばさんがカナリアを見据えつつ、ニヤリと笑う。

そんなおばさんの姿を見たカナリアが、若干青ざめてしまった。

少し萎縮しているように見える。

 

「そう警戒しなくても、取って喰ったりはしない。これでも子供と身内には甘いと自負しているのでな」

 

確かに、子供にも身内にも甘い。

悪魔のぼくを、母様の子供だからと許容してくれるくらいには。

 

ただ、国が運営している孤児院に行ったら子供に泣かれるぐらいには目つきが悪い。

その後は母様の陰に潜んで、眺めるだけにしていたらしいと、シンク兄様から聞いた事がある。

ずいぶん落ち込んでいたらしい、と付け加えられたことも言っておこう。

 

「そう、大丈夫だよ? この人、目付きが悪くてカタギには見えないけれど、真っ当な人だから」

 

自分の義理の母に当たるというのに、カヅキおばさんにグンジョウ兄様は毒を吐く。

ニコニコ笑っているけど、これが付き合いの長さというやつなのか。

ぼくは怖くて、こんな事言えない。

 

「ははっ言ってくれるじゃないか、グンジョウ」

「なんで嬉しそうなんですかね? カヅキおばさん…」

 

自分に反抗的なグンジョウ兄様へ、嬉しそうに微笑むカヅキおばさん。

そんなに嬉しいのかな。

あれかな、義理とはいえ息子だから、反抗期を迎えて嬉しいとか。

そんなまさか。

グンジョウ兄様は御年57歳だぞ。

3年後には還暦だぞ?

 

カナリアの方をチラリと見ると、二人の名前を呟いて考えているようだ。

 

「あぁ畏まらんでいい、私は死に損ないのババアだし、コイツはオフだからな」

「は、はぁ…」

 

死に損ないというか、明日死ぬと言ったくせに、随分余裕そう。

穏やかな顔をしているのは、母様に別れの挨拶を済ませられたからだろうな。

二人とも、長年の付き合いだって言ってたから。

何も言わずに去られたら、母様だって悲しむはずだし。

やっぱり母様孝行できた。

あとで頭撫でてもらいに行こうっと。

 

「そんな死に損ないからのアドバイスを聞いてくれ、若いうちから塩分過多は辞めておけ、中高年になって一気に身体にガタがくるぞ」

「あ、はい」

 

素直にお返事できるカナリアは良い子。

ニマニマしているカヅキおばさんは、久しぶりに若い子とお話しできた嬉しさからだろうけど、後ろにいるグンジョウ兄様が肩を竦めている事に気づいた方がいい。

 

「お前の他者を助ける高潔な姿勢は賞賛に値するが、自分の命を軽く見積もる事は控えろ、お前が愛する人を心配する様に、愛する人もまたお前を心配し身を案じているのだからな」

 

そう真面目な顔をして、カヅキおばさんは言う。

それは、多分実体験の話だ。

 

レヴィから聞いたことがある。

カヅキおばさんは、車道に飛び出た子供を救おうとして死んだって。

 

それが悪意によって、引き起こされた悲劇だとしても。

多分おばさんは同じ選択をするだろう。

それによって、婚約者だった母様を泣かせてしまう事になったとしてもだ。

 

おばさんの言葉に、カナリアは善処すると言った。

善処、ということは、それが叶わない時は覚悟を決めるということ。

 

カナリアも、聖女だからって自分を犠牲にしていいわけじゃないんだけど。

なんなら、ぼくを頼ってくれてもいいんだけどね?

聖に敵対する、魔ではあるけれど。

 

「あぁ是非そうしてくれ、罪悪感で死にたくなるぞ?」

 

母様に泣かれ、ユーリおじさんに怒られて来たんだろうな。

それでもこの道を走ってきたんだから、カヅキおばさんは凄いと思う。

 

「…覚えておきます」

 

カナリアの言葉に満足したようで、おばさんは一つ頷くと

 

「カナリア、お前は素直な子だな? ウチの孫1号より大分可愛げがある」

 

と多少グンジョウ兄様を見ながら言った。

孫1号ということは、クオンの事だろう。

あれは生まれた時から何でも出来ていたから、人生がつまらなかったんだ。

それは母様とカヅキおばさんの血が濃く出てしまった影響によるもの。

まぁ、ちゃんと学校に通えてたんだから別にいいじゃんと思う。

ぼくは空腹が過ぎて、学校に行くことができなかったんだから。

 

ちゃんと高校課程までは城で勉強してたし、カヅキおばさんからも合格をもらえたけど、あの時はユーカちゃんに悪いことしたなぁ。

ぼくを置いていって学校に行ってくれればよかったのに、ぼくに付き合ってずっと一緒にいてくれたんだから。

 

だからあの人格形成になったのかもしれないが。

 

「クオンは貴女に似たんだと思いますよ?」

「だろうな?」

 

だろうな、って肯定してはいけない。

多分、クオンが物凄く嫌がる未来しか見えないから。

 

カヅキおばさんはカナリアにぼくと友達になってくれたことの礼を言い、グンジョウ兄様に車椅子を押させて教会から出て行った。

 

ぼくはカヅキおばさんの後を追い、二人に追いつくと前に回り込んだ。

 

「どうした、ヘンリ?」

 

ぼくの行動に多少驚いたようなカヅキおばさんを抱きしめる。

 

「おばさん、ありがとう。おばさんの事まだ少し怖いけど、ぼくを見逃してくれて、母様と一緒に見守っててくれた事は、とても感謝してる。これでさよならなのは、少し悲しいけど。また会える日を楽しみにしているよ。大好きだよ、カヅキおばさん」

「あぁ。お前は私の娘同然だからな。お前の素直さは、見てて飽きなかった。一時さらばだ、ヘンリエッタ。またどこかで会おう」

 

抱きしめ返してくれたカヅキおばさんから手を離し、彼女とグンジョウ兄様が一緒に車に乗り込む姿を見送った。

 

◆◆◆

 

カナリア達をホテルまで送った後、ぼくは城に帰らず母様のところに転移する。

テスタロッサの辺境の地に、ポツンと一軒家が建っていて、そこが今の母様の居住地だ。

 

家の扉をノックすると、メイド姿のヒナが顔を出す。

 

「やぁ、ヒナ。母様は元気?」

「お久しぶりでございます、ヘンリエッタ様。我が主は、今お起きになっていますよ。こちらへどうぞ」

 

城に比べたらとても狭いけど、生活感があってこっちの方がぼくは好きだな。

 

ヒナは元々、母様の魔武器だ。

カヅキおばさんが体を与えて以降、こっちの姿で活動していることが多くなった。

 

もう、母様には魔武器を操る力はなくなっているだろうし。

ヒナは最後まで母様のお世話をしたいんだろうな。

 

「ベルゼビュート、来ておったのか。久しく訪れなかったのは何故だ?」

「レヴィ、そう怒らないでよ。ぼくの特性知っているだろ? ぼくは何か食べないと死んじゃうんだよ。せっかく母様からもらったこの体、亡くしたくないんだもん。それに、今ぼくはベルゼビュートじゃなくて、ヘンリエッタだよ。耄碌しないでほしいなぁ」

 

何だと? と喧嘩腰になるレヴィに落ち着いてと声をかけて、母様の寝室に入った。

 

「こんにちは、母様。来れなくてごめんね」

「こんにちは、あたしの可愛いヘンリエッタ。謝る必要はないわ。貴女や他の子供達が元気でいることが、今のあたしの望みですもの」

 

とても穏やかな母様の言葉。

ぼくをこの世に生み落としてくれた、大好きな人。

 

ぼくはお日様の匂いがする、母様の暖かいベッドに頭を乗せる。

そんなぼくを愛しむように、頭を撫でてくれる母様。

 

「母様。おばさんと、さよなら出来た?」

「えぇ。でも酷いわよね? 明後日死ぬからって言われて、とても驚いちゃったわ。あたしじゃあるまいし、自分の死期なんてどうやって知ったのかしらね?」

 

クスクスと笑う母様の顔を見上げる。

少し悲しげに微笑んでいたのは、やっぱりカヅキおばさんがいなくなってしまうのが寂しいのだろうな。

 

「わかんない。母様も一緒に死にたい?」

「できるなら一緒に連れて行って欲しいけど、そんな事あいつは望まないでしょうね。それに、ターニャに怒られれば良いわ。来るのが早すぎる、お嬢様を置いてくるとは何事か、ってね」

 

ターニャは、母様の義理のお母さんの名前だ。

そして、カヅキおばさんが生涯頭が上がらなかった人らしい。

 

「父様は迎えに来ないの?」

「ナズナ? ナズナはねぇ…そうねぇ…向こうで鍛錬でもしてて、あたしを迎えにいくの忘れてしまってるかもね」

 

ふふふ、と楽しげに笑う母様。

 

いつか、母様もいなくなってしまう。

嫌だけど、それが自然の摂理というやつだ。

諦めて受け入れるしかない。

 

「母様、大好きだよ」

「あたしも大好きよ、可愛いヘンリエッタ。カヅキの看取りに行けたら、彼女にこう伝えてくれないかしら。あたしが行くまで、転生するのは待っててちょうだいねって」

 

ぼくは一回だけ頷いて、あとは母様に撫でられる時間を満喫した。

 

…その日の夜中、立花夏月は息を引き取ったと、現立花卿である水夏義兄様から連絡が来た。

 

◆◆◆

 

おばさんの遺体の耳元で母様の伝言を伝えたぼくは、睡眠をしっかり取った後、カナリア達が滞在している部屋の扉をノックする。

 

ミツルが出てきてくれたので、奥にいたカナリアにも聞こえるように話す事にした。

 

「おはようカナリア、ミツル。予定ではぼくも日本へ同行する事になっていたのだけど、急用で同行出来なくなってしまったんだ、申し訳ないけれど最寄りの空港まではウチの使用人に手配させてあるから、ごめんね?」

「いえいえ、忙しいのにわざわざありがとうございます、あとは日本に帰るだけですから」

 

カナリアも玄関口に出てきて、ぼくに感謝の意を述べてくれる。

護衛役だからとユーカちゃんを連れてきたが、やっぱり一人でくるべきだったか。

 

カナリアを睨んでるの、バレバレだからねユーカちゃん。

 

「そう? ありがとう、少ししたら日本にまた行くから、よろしくね?」

「はい、お待ちしています」

 

彼女らに手を振り、ぼくらはその場を後にする。

待たせておいたリムジンに乗り込み、ぼくはユーカちゃんに苦言を呈した。

 

「ユーカちゃん、カナリアに敵意を向けないでもらえないかな? あまり君の視線でいい気になる人はいないよ」

「だってあの子、ヘンリにベタベタベタベタと! ヘンリは私のだっていうのに…っ!」

 

別に君のになった覚えはないし、何ならぼくがカナリアにひっついているという自覚はある。

とても可愛いし、軽いから。

 

「君、母親が亡くなってるのに元気過ぎない? 普通の人間は、自分の母親が死んだら悲しむものだと思うよ?」

「人間なんていつかは死ぬものよ。お母様はそれが今日だったというだけ。それは私も貴女も同じ。お母様は少し残念だったけれどね。想い人のシャルロット様と一緒に逝けなかったのだから」

 

ノンアルコールのシャンパンをグラスに開け、傾ける。

グラス越しにユーカちゃんを見るが、彼女の目は狂気に染まっていた。

 

「ユーカちゃん、君少し正気を失っていないかい?」

「あら、私はいつでも正気よヘンリ。それに、これは事実だわ。お母様とシャルロット様はお互いを想い合っていたの。伴侶がいるのにね。だから、一緒に逝けなくて残念ねって言ってるだけだわ。私達は一緒に逝きましょうね、ヘンリ。それが私の幸せだわ」

 

ぼくにしな垂れかかり、ユーカちゃんは首元にキスを落としてくる。

流石に食われる趣味はないので、こめかみに拳を叩き込むだけで勘弁してやった。

 

「うわ、ついちゃったじゃん…」

 

鏡で確認すると、ユーカちゃん特製のキスマークがついており、げんなりする。

ぼくを好きすぎるのはいいのだが、魔力をこめながらつけるのやめて欲しい。

どうやっても消えないんだけどこれ。

呪いか。

 

「あとで、リオン義姉様に相談しよう…」

 

立花家で唯一の良識人、リオン義姉様。

あの腕白なラゼッタ兄様を操縦できる稀有な人。

流石に一つ上の姉の言うことは聞いてて欲しい、切実にそう思う。

 

ぼくと気絶したユーカちゃんを乗せて、リムジンは進む。

とりあえず、家族葬で弔うべく、立花邸へ。

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