リハビリのための小説   作:桜舞

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リーゼの話

リーゼ・クレマチス・ブリリアント。

それが私の名前です。

 

父は、ナズナ・エキザカム・ブリリアント。

母は、シャルロット・マリアライト・ブリリアント。

二人の四番目の子供として、私は生を受けました。

 

上に姉一人、兄二人。

下には妹二人、弟一人。

今日私は、16歳になりました。

 

そんな私ですが、今目の前にいる方に求婚されています。

 

「リーゼ! 俺と結婚してくれ!!」

「お断りします、叔父様」

 

私の目の前に、巨大な薔薇の花束が差し出されています。

 

何本あるんですか、この薔薇。

生ける花瓶、何個必要になると思ってらっしゃるんでしょうか?

 

私は叔父様…お母様の義理の弟であるルージェ・アクロアイト・テスタロッサを見ます。

この方とは、叔父姪という関係以前に、幼馴染でもありました。

叔父様の歳と、私の歳が同じ事が原因なのですが。

お母様とお祖母様を責めるつもりは全くありませんが、何故私と同い年の叔父様なんでしょうか?

そして何故、その叔父様は私に求婚してきてるのでしょうか?

 

「リーゼ…」

「迷惑です、叔父様。少し考えていただけませんか? 大体、叔父様は昔からそうでしたね? これ、お祖母様に相談しましたか? 何でもかんでも、周りからの言葉を鵜呑みにして行動すればいい、というものではありません。少しはご自分のお父様を見習ってはいかがですか?」

 

では、失礼しますと言って、私は彼の横を通り過ぎました。

これで懲りてくれればいいとは思っていたのですが、ルージェという人物は存外諦めが悪く、翌日からは一輪の花と共に私を口説いてきたのです。

 

「おはよう、リーゼ。今日も可愛いな。これやるよ。いらなかったら捨てるなり何なりしてくれ。じゃ!」

 

花に罪はないので捨てる事もなく、収納空間に入れるわけなのですが、本当に何なのでしょうか?

ルージェと幼馴染なのですが、初めて会った時から私に嫌がらせというか、幼稚な事ばかり仕掛けてきて…正直に申し上げれば、彼の事は苦手なのです。

 

幼い頃など、スカートめくり等会えば毎度やられましたし。

夏になれば虫籠に入れた虫を片手に、追いかけ回されましたし。

お母様に可愛くしてもらった髪型について、ケチをつけてきましたし。

 

する度に、お祖母様とお母様に物凄く怒られていたはずなのですけど。

今回のこれも、そんな自分に婚約者が出来なくて焦ってるから、私に求婚してきているとしか思えないのですが。

 

まぁ、私も彼と似たような感じで、婚約者は未だにおりません。

お父様やお兄様達が、恋愛上等で自分で婚約者を見つけてきたというのもありますが。

 

高等部卒業してもいなかったら、親が決めた婚約者と結婚する事になるでしょうし。

王女だから無碍にはされないでしょう。

無碍にされたら、お父様達に言って離婚させて貰えばいいのです。

 

放課後になり、ルージェは私の教室まで来て、言いました。

 

「また明日な、リーゼ! 好きだぜ!」

「やめていただけませんか、公衆の面前で。次期テスタロッサを背負う者として、軽率な行動はなさらない方が良いですよルージェ」

 

名前を呼ばれた彼はとても嬉しそうに笑って、またな、と言って帰りました。

名前を呼んだだけなのですが…何であんな表情をするのかわかりません。

 

翌日も花を一輪渡されて口説かれ、放課後は私の側にきて好きだと言って帰る。

そんな高等部生活を過ごして、進路の話になった時。

その頃には、私は彼の話をほんの少しだけ素直に聞こうとしていました。

 

大学に行くと言った私に、ルージェも同じ所に行くと宣言したのです。

リューネの学園都市にある大学は一つではありません。

複数箇所ある内、偏差値が高い所に私は行こうとしていました。

 

夏の夏季休暇も、家に戻らず彼は私と一緒に勉強していました。

やはり毎日一輪の花と共に口説かれてはいましたが、それが本心からなのか、打算的にやっているのかこの頃にはわからなくなっていました。

なので、彼に聞いたのです。

 

「ルージェ、貴方は毎日私にお花をくれますが…これは何の為にしているのですか?」

「何の為って…あー…俺がさ、馬鹿なのはリーゼも分かってるじゃん? 小さい頃お前に嫌がらせじみた事したのも、俺に気を持って欲しかったからで…。本当に馬鹿な事した、申し訳なかった。ごめん、リーゼ」

 

彼はそう言い、頭を下げてきます。

そういう事を聞いているわけではなかったのですが。

何故そうするのか、と聞いたわけで。

 

「贖罪のつもりですか?」

「それもある。でも、俺小さい頃からリーゼが好きなんだよ。義姉様と同じ髪色で綺麗だし、顔はめちゃくちゃ好みだし。性格も可愛いし、声も綺麗だし。全体的にリーゼが凄く良い女だって周りも分かってる。そんなお前に高等部卒業まで、好きだって言い続けて…もし応えてもらえたら嬉しいって思ってるし、応えてもらえなかったら…まぁ、俺はそれまでだったんだなって、お前が幸せになるのを叔父として祝福するよ」

 

寂しそうに笑うルージェを見て、私はため息をついてしまいました。

また呆れさせちゃったな、なんて彼は言いますが、呆れてはいませんでした。

むしろ、自分の意地っ張りにため息をついたのです。

 

下の妹のアンナちゃんも結構な意地っ張りで、それをニコニコ笑って受け流している妹の婚約者である、スイカ君。

妹達の関係性がほんの少し羨ましいと、思っていました。

 

将来私がああなっても、笑って許してくれる殿方はいるのだろうか、と。

 

「…ルージェは…私が貴方に酷い事をしたとしても、許してくれるのですか?」

「え? んー…浮気は流石に嫌かなぁ…まぁ、それも俺に魅力…っていうか、甲斐性がなかったせいだから、慰謝料なんて請求せず好きな男と一緒になって欲しいとは思うけど。後はそうだなぁ…思い付かないけど。酷い事って?」

 

私は大体、お母様がお父様に対してやっている事を挙げていきます。

それを聞いて、ルージェは優しく微笑みました。

 

「許すよ。というか、俺がリーゼにやらかしてた事に比べたら、可愛いもんじゃん。リーゼが癇癪起こして物を投げつけたり、それで俺が怪我しようが許すよ。俺、リーゼが幸せなら良いんだ。俺が一方的に、お前の事が大好きなだけだから。嫌われてるのは、まぁ、分かってるし…こうやって、一緒に勉強してくれるだけで俺は幸せだしな」

「ルージェ…貴方そんなに殊勝でしたっけ?」

 

酷ぇ、と彼は笑っていましたが、うちの一族はあれですね。

相手の笑顔に惚れてしまう傾向でもあるのでしょうか。

お母様も、お父様の笑顔に落ちたと仰っていましたし。

お姉様もそう。

 

アンナちゃんは…どうでしょう?

今度会った時に聞いてみる事にしましょう。

 

高等部を卒業し、私の元には求婚の書類がたくさん来ました。

大学が忙しいと言いたかったのですが、お父様達が決めた法律があるので、その中から選ばなければなりません。

私は一枚の書類を持って、お父様達の所に行きます。

 

「お父様、お母様。私、この方が良いです」

「…リーゼ本当に? 貴女それでいいの?」

 

お母様の問いかけに、私は頷きます。

私が持っていた一枚の書類。

それは、ルージェからの求婚状でした。

 

あってくれたらいいと思って探して、それを見つけた時の私の心情たるや。

私が本気だとわかり、お父様とお母様は顔を見合わせ苦笑します。

 

「向こうにはターニャもいるから、泣かされる事はないでしょうけど。嫌なら帰ってきなさいね、リーゼ。言いたくはないけど、ルージェは馬鹿だから」

「分かってます、お母様。でも、私今すぐ婚姻は結びませんよ?」

 

私の返答に、両親はギョッとしました。

二人へ、私は微笑みながら言います。

 

「大学に行きつつ、夫人としての仕事をお祖母様から教えて頂かないといけませんから。それに、それくらい待ても出来ないのなら、結婚したとて堪え性がないという判断になりませんか? 王家が受けはしますが、こちらの方が立場が上なのは変わりません。もしルージェが待ても出来ないなら…婚約破棄します」

 

お母様は頭が痛そうにし、お父様に至ってはお前の血だなとお母様を見つつ笑っていました。

その旨もテスタロッサに伝えはしましたが、お祖母様は嫌な顔をせず妥当ですと仰ってくださいました。

ルージェはといえば、

 

「え…? 本当に…? リーゼが、俺の奥さんになってくれる、の…? 予定だけど…? 嘘…? え、嘘じゃない…? いや、全然!! リーゼが良いって言ってくれるタイミングで結婚しよう!! リーゼが嫌がる事は絶対しない!! 絶対リーゼの事、幸せにするから!!」

 

そう大声で言われてしまって驚いたのですが、隣に座っていたお祖母様から彼は拳骨を食らっていました。

伴侶(予定)を驚かすとは何事ですか、と。

あと、名前呼び過ぎですルージェ。

 

それからはデートを重ねはしましたが、手を繋ぐだけでキスも何もありませんでした。

しないのですか、と一度聞いた事はありましたが、

 

「言ったろ。リーゼが嫌がる事はしない。それに、俺はこのままでも充分幸せ。お前と婚約出来て、手も繋げてるんだぜ? それだけで嬉しくて、これ以上ってなったら泣いちまう」

 

そう言い優しく私を見つめてくる彼に、私も微笑みを返します。

そうしてお互いが20歳になった時、籍を入れて結婚式も挙げました。

ささやかなものが良かったのですが、21貴族ですからそうもいかず。

披露宴の時に、ルージェがこっそり私に囁きます。

 

「暇が出来たら、二人きりで小さな教会で式をあげようかリーゼ」

 

そう言う彼に、私は嬉しくて満面の笑みを浮かべました。

それを見たルージェは、可愛いと言って顔を赤らめてしまいましたが。

 

初夜の時も可愛い、愛してると何度も言われ、何度意識を飛ばしたかわかりません。

私はどうやら、ルージェの口説きに弱くなってしまったようです。

 

それから数年して子供が出来ましたが、子供が産まれるから立ち会いしたい、と言ったにも関わらず爆睡していた彼に殺意が初めて芽生えたのは、まぁ、仕方ない事かと思います。

爆睡している彼を、カヅキおば様が分娩室から連れ出し、私はお祖母様とお母様に励まされ無事第一子を出産しました。

 

おば様と、お祖母様からこってり絞られたのでしょう。

病院から帰ってきて数ヶ月後、何処かに行っていた彼が帰ってきて私に土下座してきたのです。

 

「本当に申し訳なかったリーゼ!! 煮るなり焼くなり、俺の事捨てるなり殺すなりしてくれ!!」

「………」

 

捨てたい気持ちは山々だったのですが、お祖母様を看取るまではこの屋敷にいようと決めていました。

それに、殺すなんてもっての外です。

この子の父親は彼しかいないのですから。

それを伝えると、感謝を述べられてしまいました。

 

それからは閨を共にする事などなく、子供が弟か妹が欲しいと言ったので、仕方無いとルージェと久しぶりに閨を共にしました。

事が終わった後、ルージェは泣いていましたが。

 

「…何故泣いているのですか?」

「……いや…何でもないよ、リーゼ。ごめんな、嫌だったろうに。ごめん…大の男が泣いたりして。久しぶりにお前に触れられて、嬉しかったんだ。俺がやらかした事なんだけど、お前に避けられてて悲しくて。でも、他の女になんて考えは微塵も出なかった。俺が愛した女は、リーゼ。お前だけだから」

 

そう言いつつ、彼は離れていきます。

名残惜しげに、私の髪を一撫でして。

 

それから子供が出来ましたが、出産の時彼は待合室で待っていました。

二度と同じ轍は踏まないと、寝てもいなかったそうです。

 

だから、私はお母様にお願いしたのです。

ルージェに手を握ってもらいたいから、彼を呼んで欲しいと。

 

呼びに行ったお母様と一緒に彼は入ってきて、私の手を握ってくれます。

頑張れ、と声をかけてもくれました。

子供が生まれた時も、彼は喜んで私の頭を撫でてきました。

 

「ありがとう、リーゼ。よく頑張ったな。お前はやっぱり、凄い女だよ。本当、愛してる。好きだよ、リーゼ」

「…それ、第一子の時に、言って欲しかった…」

 

疲れて眠ってしまった私ですが、それでも起きるまでルージェは傍にいてくれました。

 

それからはまぁ、夫婦仲は良好だとは言えたでしょう。

彼が何かやらかすたびに、ネチネチと過去の事を挙げて猛省して貰ってはいましたが。

 

お祖母様を看取った後、彼は私に問いかけてきました。

 

「リーゼ…実家、帰るか?」

「何を馬鹿な事を仰ってるんですか。今更出戻りなんて出来ないでしょう? お父様達も、もうそろそろグンジョウお兄様達に代を譲るとこの間仰っていましたし。貴方もう、テスタロッサ卿なのですよ? 妻から離縁されたなんて、体裁が悪いに決まってるじゃないですか」

 

嬉しいような何とも言えない表情を浮かべ、ルージェは私に手を伸ばしてきます。

頬に触れてきたので、私は呆れた目を彼に向けました。

 

「何でそんな恐る恐るなんですか。抱きしめたいならすれば良いでしょうに」

「いや、だってリーゼ…」

 

だっても何もありません、と私が言うと彼は私を抱きしめて頭に頬擦りしてきました。

全身で、嬉しいと彼は表現してきます。

 

「愛してる、リーゼ。俺の傍にいてくれて…俺の子供を産んでくれて、ありがとう」

「…仕方ない人ですから、貴方は。幼い頃からの付き合いでわかってはいましたけれど」

 

はは、と乾いた笑いを浮かべ、だけど私を抱きしめる腕に力を込めていました。

母親を亡くし、父親も亡くしていた彼からすれば、私がいなくなるのは耐えられない事でしょう。

 

それに、あの出来事以来、私は彼に愛しているとは言っていません。

あれと同じくらいの出来事を、今後やらかさないとは言い切れなかったので。

 

そして月日は流れ…子供に代を譲り、寝たきりになってしまった彼の傍にいた時です。

おもむろにルージェが片手を上げ、私の手に触れてきました。

 

「…リーゼ」

「何でしょう、ルージェ」

 

私は彼の手を撫でます。

彼の手は弱々しげに、私の手を握ってきました。

 

「俺の所に、嫁いできてくれて…ありがとう。来世が、あるかわかんねーけど…もう一度、俺と結婚してくれないかな…。今度は、嫌がらせなんてせず…ちゃんと、好きだって言うから。ちゃんと、愛してるって…伝えるから…リーゼ…ありがとう…愛してる、よ…」

 

そう言って、ルージェは目を閉じ、息を引き取りました。

私の手を握り締めていた彼の手から力が抜け、どんどん冷たくなっていきます。

私は、彼の手を握り締め涙を溢しました。

 

「…ルージェ、冗談はよしてくださいよ。まだ、死ぬには早いじゃないですか。言い逃げなんて…やめてください…っ!! やめてください、あなた…っ!! ルージェ…ルージェ…っ!! 起きて…ルージェ…っ!!」

 

私は彼の体を揺さぶりますが、いつもなら起きて笑ってくれるルージェはもう動きません。

呼吸も何もかも止まってしまった彼は、彼の魂自体は、もうここにはいないのです。

 

「…っ、私も、貴方を愛していますよルージェ…。今度は、私が貴方を見つけます。だって、お母様達が転生できたのなら、お母様の娘である私にも、その資格はあるはず…ですよね? 記憶、ちゃんと持って生まれてきてくださいねルージェ? そうじゃなきゃ、約束守れないじゃないですか」

 

冷たくなってしまった彼の唇に、自分のを押し当てます。

私からしたのは初めてでした。

私は、彼の亡骸に微笑みます。

 

ルージェの葬儀を終えて、私は教会に行き祈りを捧げました。

どうか、次も私達を出会わせてくれるよう、ヴェスタ神にお願いをしにです。

まぁ、お母様が言う最高神も聞き届けてくれるだろうと思いつつ、私は立ち上がり教会を後にしました。

ルージェが迎えにきてくれるならまだしも、私はまだ寿命があるようなので、彼と同じ所に行くのは当分先になりそうだなと思いました。

 

太陽が眩しくて、私は手で日陰を作り空を見上げます。

そんな時、幻聴でしょうか。

ルージェの声が聞こえた気がしました。

 

『またな、リーゼ』

 

と。

あの日の教室と同じように、歯を出して笑う彼の姿が思い浮かびます。

 

「また、なんて…迎えに行くまで待ってろよ、くらい言えないんですかあなた? まったく…本当に仕方ない人ですね、貴方って人は」

 

また会える日を、私も楽しみにしましょう。

次はどんな出会い方をするのでしょうね、私達は。

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