リハビリのための小説 作:桜舞
「そうだわ、時間旅行をしましょうカヅキ」
ポンと一つ手を打った、自分の執務室になった部屋でそう言うと、あたしの護衛兼秘書兼、友人の立花夏月が怪訝そうな顔をしながら、ティーカップ片手にあたしを見てくる。
「時間旅行だ? 一体どの時間帯に飛ぶつもりなんだ、お前は」
「ほら。貴女が開発した、枝葉の先を見る事が出来るテレビがあったじゃない? あれを見てると、大体その先の流れとかが見えてくるのだけど、一つだけ先が見えない場所があったの。そこに行こうと思って」
あたしがそう言うと、カヅキは長いため息を吐いた。
「お前な…パラレルワールドに行くのは別に止めはせんが…お前の性格上、そこの人間達と必要以上に触れ合おうとするだろう。歪みが発生するから、絶対に、必要以上に、触れ合おうとするな。良いな?」
あら、注意されてしまったわ。
あたしがクスクス笑いながら言うと、カヅキはティーカップをテーブルの上に置き、あたしの執務机を軽く叩く。
「笑い事じゃないんだぞ」
「はいはい、分かってます。分かってますとも」
ギロリ、とその目つきの悪さで睨まれてしまったし、一句一句区切りながら注意もされてしまったけど、こことは違う世界に旅行に行きたいだけなので、別段触れ合おうとは思っていない。
それに、今から行こうとしている場所には、あたしがいないのだから。
「ナズナにはどう言い訳するつもりだ、お前?」
「嫌ね、言い訳なんてするわけないじゃない。パッと行ってパッと帰ってくるわよ」
時間軸が限りなく近い世界なので、時間の流れもほぼ一緒なのだ。
こちらで一時間経てば、向こうでも一時間経つ。
30分程度ならナズナも何も言わないだろうし。
…それじゃ、旅行とは言わないわね?
「…はぁ…良いか? 短時間だからな?」
あたしの思考を読み取ったのか、カヅキがそう念押しをしてくる。
「そう言ってるじゃないの。耄碌するにはまだ早いわよ、カヅキ」
肩を竦めて言うあたしへ喧しいと彼女は言い、最早何を言っても無駄だと悟った親友はパチンと指を鳴らして、その世界までのゲートを開けてくれた。
あたしも指を鳴らし、ゆったり目のドレスから動きやすいクラシックな物へと変える。
「ちょっと若々しいかしら」
灰色で長袖のショートジャケットに、フリルが付いた白いブラウス。
ジャケットと同じ色のスカートと、小さい帽子を頭につける。
「見た目が若いから良いんじゃないか?」
あたしの容姿を見たカヅキがそう言い、携帯を構えて四方八方から写真を撮り始めた。
「…何で撮影してるのよ、貴女…」
「ん? めかし込んだお前を撮らねば、師匠にぶっ飛ばされるからだが?」
ターニャ…。
ちょっと頭が痛くなったが、気を取り直してカヅキが開けてくれたゲートを通る。
出た場所は王城の庭のようで、改修される前の3番目の庭のようだった。
「懐かしいわねぇ…よくナズナと散歩したっけ…あら、ありがとうカヅキ…カヅキ?」
服の温度調整を魔法でしているとは言え、日差しは夏のそれであたしに向けて日傘が差される。
礼を言って受け取り、振り返れば親友の姿がなく、あたしは首を傾げた。
よく見れば、あたしの影が微かに震えている。
「カヅキ? 貴女何してるの?」
「…ナツキ。私は暫く影に潜る。お前の身は守るが、必要以上に私へ話しかけるな」
あら、この反応するって事は…気付いたわね?
「全く…異次元同位体に会いたくないのは分かるのだけど、潜る事の程なの?」
「この世界を破壊しても良いなら、出るがな」
それは困るわね。
行く先が視えている世界ならともかく、この世界は全く以って先行きが視えていないのだから。
行き止まりの世界なのか、そのまま紡がれていく世界なのか。
剪定事象なのか、確定事象なのか。
それこそ、あの邪神次第でしょうけど。
「まぁ、ちょっと散歩して帰りましょう。そうそう、この先にナズナと過ごした東屋があるのよね。金木犀が植えられてるって気付いて、春夏秋冬の庭も良いわねって言ったらあの人、全部の庭の改修工事を命じてしまって…」
妻馬鹿もいい加減にしなさい、と怒ったっけ。
今は夏だから、金木犀も咲いてないでしょうけどね。
カヅキに話しかけつつ歩みを進めると、その東屋に見知った顔が二人いた。
今よりも年若いけど、知っている顔。
カナリアとナズナだ。
「…っ、ナズナ様」
カナリアが剣を構え、警戒を露わにする。
まぁ、城の庭に知らない奴が入ってきたら、警戒するのも当たり前。
ナズナも立ち上がり、腰に佩いてた剣に手をかけていた。
「こんにちは。ご機嫌よう、ナズナ殿下」
「貴様は誰だ。リューネの民ではないな? 何処の国の者だ」
何処の国と言われても、別世界のリューネの王妃で貴方の妻ですが。
なんて言えるわけもなく、あたしは日傘を一回転させてニコリと笑む。
更に警戒されてしまったけど。
「殿下が尋ねているのです。答えなさい」
カナリアがあたしに向かって剣を向ける。
元の世界のカナリアはもう親衛隊を辞めてしまって、今は世界中を旅行しているらしい。
時々、旅行先から絵葉書が送られてくるから、見ていて楽しいのよね。
「そうね…旅をしている、しがない占い師。って事でどうかしら?」
ウィンクしてみたけど、警戒が解かれる事はない。
まぁ、解く方が大問題なんだけれど。
その時あるヴィジョンが見え、あたしはクスリと笑う。
「何が可笑しいんですか?」
「あぁ…いえ。少し視えてしまったものだから。ナズナ殿下、何かお悩みでは?」
あたしから問われたナズナが、少し息を呑む。
目が動揺で揺れ動いてはいたが表情は変わっていなかったので、やはりこちらのナズナもあたしの所のナズナと同じなのだ、と確信した。
表情を取り繕うのは本当に上手だこと。
でも、若いわねぇ。
動揺を悟られる様じゃまだまだよ、ナズナ。
「…俺が何に悩んでいると言うんだ」
「自分の気持ちが何なのか。それが何か分からなくて悩んでいるのでしょう? でも、薄々気付き始めている。そうじゃない?」
ナズナがあたしから目を逸らす。
彼の様子が少しおかしい事に気付いたカナリアが、殿下、と声を上げた。
「殿下、この者危険かもしれません。捉えて尋問しましょう。カヅキちゃんも多分そう言うと思います」
「…っ、待てカナリア!」
ナズナの制止も聞かず、カナリアがあたしに突っ込んでくる。
でもごめんなさいね、こっちの世界のカナリア。
あたし、貴女よりも強いのよ。
カナリアの剣を避け、その腕を取って前方に引っ張りながら足払いをかける。
腕を取ったまま捻り上げつつ、片足で体重をかけて彼女の背中を踏みつけた。
「ぐぅ…っ!!」
「ごめんなさいね。護身術くらいは身につけておかないと、いつ何時襲われるか分からないでしょう?」
これは本当の事。
いくら親衛隊やカヅキがいるからって、それに胡座をかいてしまってはダメだとは、ターニャの言である。
だから今でも、ナズナと組み手をしたりしているのだ。
「何が望みだ」
「あら。別に何も。安心して頂戴。彼女を殺そうなんて思ってないから」
ナズナも剣を抜き、構えながらあたしに尋ねてくる。
カナリアが持っていた剣をあらぬ方向に蹴り飛ばしながら、あたしは微笑んだ。
「そうね…なら、カードを二つ引いて貰おうかしら」
あたしは指を鳴らし、ナズナの目の前にカードを浮かべる。
出したカードはタロットカードで、シャッフルは既に済ませてあった。
ナズナは警戒しながらも、あたしに言われた通りカードを一枚引き、そしてもう一枚引いた所でカードがあたしの元へと飛んでくる。
「へぇ…」
「なんだ」
眉を寄せつつあたしを睨みつけるナズナへ、いいえ、とあたしは答えた。
「1枚目に選んでもらったカードは現在の事。太陽の正位置。意味はそうね、可能性の成就、と言った所かしら」
絵柄を彼に見せながら、あたしは自分の影に目を落とす。
ユラユラと小刻みに揺れている事から、早くここから離脱しろとでも言いたいんだろう。
パラレルワールドの世界とはいえ、目の前には勘の鋭いナズナがいるのだから少し大人しくしていれば良いのに。
「可能性の成就、だと?」
「貴方、ある女性が気になっているのではなくて? 偉業を成し遂げてはいるけど、その女性は平民…いえ、種族が違う…かしら? 女性から好意を寄せられているのに気付いてはいるようね」
ぐっ、とナズナは唸って黙る。
お前に何が分かるとでも言いたけだ。
分かるわよ、ナズナ。
貴方と20年近く夫婦をしているのだから。
貴方が愛情深い人だというのも、思慮が深くて聡明な事も。
だからこそ、どうしたら良いのか分からなかったのよね。
初めて感じる気持ちだったから。
あの時、ユキヤに相談するくらいには悩んでしまったのだろうと、今なら分かる。
「その気持ちが何なのか、教えてあげましょう。それはね、恋情って言うのよ。女性から寄せられている気持ちと一緒」
「恋…情…?」
そんな馬鹿な、という表情を浮かべる彼に苦笑する。
この世界にあたしがいたのなら、どうしていたんだろう?
まぁ、この世界にいるカヅキに敵うわけもないから、放浪の旅でもしていたのかもしれないけれど。
ナズナと接点を持つ事もなく、ね。
あたしはもう一枚のカードを彼に見せる。
「次のカードは未来の事。これも正位置ね。積極的に行動すれば、貴方の目的は必ず叶うでしょう。さて…そろそろ帰ろうかしら。あぁ、でもそうね。忠告をしましょうか」
あたしはカナリアから手を離し、指を鳴らしてカードを回収した。
彼女の上から退き、ナズナ達から背を向けてそう言う。
「っ、貴様…っ!!」
一矢報いようとしたのか、カナリアが体術を仕掛けてきた。
だけどそれは、あたしの影に潜んでいたカヅキの魔法で止められる。
「格の違いも分からないようでは、早死にするわよカナリア。自分が死ぬだけならまだしも、護衛対象であるナズナまで危険に晒すと考えなさい。そうニーナに教わらなかったのかしら?」
「何故、それを…」
驚愕を顔に浮かべるカナリアを一瞥し、あたしはナズナに目を向けた。
同じく驚いている彼へ向けて、一言言う。
「貴方が恋焦がれているあの子、とても寂しがりやなのよ。ちゃんと自分の気持ちを伝えないと、何処かに逃げてしまうわ。隣にいたいのなら、それ相応の覚悟と愛情を伝えてあげてねナズナ」
あたしはニコリと笑む。
ナズナは驚きながらも、お前は、と口に出した。
「シャルロット・マリアライト・ブリリアント。ではご機嫌よう、ナズナ殿下」
あたしはパチンと指を鳴らし空間転移する。
「おっまえ!! なんで名を名乗ったんだ?!」
元の世界に帰ってくるなり、カヅキが影から出てきてあたしにそう怒鳴りつけてきた。
あたしは傘を閉じながら、何と無くと呟く。
「あっちには私がいるんだ!! 何かあればこちらに攻める事だって可能なんだぞ?!」
「うーん…攻めてくるような事はないと思うのだけど…」
最後に視えたヴィジョン。
ナズナと狐耳を生やしたカヅキが、2人で笑い合っている場面だった。
だから、多分2人は幸せに暮らしていくのだろう。
あたしの言葉が後押しになってくれたのなら、それはそれで良い事だと思う。
少し、寂しいなと思うのは、ただの感傷だろう。
「シャル!!」
カヅキからのお説教を延々と聞いていると、扉を蹴破らん勢いでナズナが入ってくる。
一体何事かと思ったら、あたしをキツく抱きしめてきた。
「ちょっと、ナズナ。一体何事よ?」
「あぁ、もう我慢ならん!! なんで執務室を分けなければいけないのだ?! 前みたいに一緒に…!!」
ボスッ!! とナズナの背後から頭に手刀が入れられる。
「喧しい。お前は何処ぞの猿か。いや、猿以下だな。待てもできんところを見るに犬以下でもある」
「カ、カヅキぃ…っ!!」
あたしから離れ、頭を抑えながら蹲るナズナが唸りながら恨めしそうにカヅキを見た。
なんであたしとナズナの執務室を分けたかの理由を、彼はド忘れしたらしい。
「なんで執務室を分けたか…貴方、執務中にも関わらずあたしと触れ合おうとするじゃない。その…性的にも…」
疲れたと言いながら、深い触れ合いまでしようとしてくるものだから、仕事へ支障が出る時があった。
まだ高等部生だった、息子であるグンジョウにも迷惑をかけてしまっていたので、執務室を分けたのだ。
あたしが目を逸らしつつ言うと、だが、と尚もナズナは言い募る。
それをまたカヅキが手刀を入れて黙らせた。
「先程より痛いんだが?!」
「痛くしてるんだ阿呆め。あまり言うと、ナツキから離婚を申し渡されるぞ。いや、私的には離縁してもらった方が楽で良いんだが。こんな阿呆のお目付役なんぞ片手間で足りるとはいえ、面倒なのは変わりない」
ナズナの抗議を物ともせず、カヅキは涼しい顔で彼に言う。
これが別世界では相思相愛なのか。
本当、世界が違うと何があるか分からないわね。
「ねぇ、ナズナ。カヅキの事、女性としてどう思う?」
「は? 優秀ではあるが、すぐに手が出るのが玉に瑕だろう。顔も良いがシャル程ではない。胸とスタイルもな。女として見れるかと言われたら見れんし、女として見たらユーリに殺される」
立ち上がったナズナの脇腹を、カヅキが蹴り上げた。
ナズナは一応国王なんだけど、不敬罪としてカヅキを捕まえないのは気安い仲なのと、こうやって諌めてくれるからだろうなと思う。
「そのままユーリに殺されてしまえ」
「それは困る。こんな美しいシャルを置いて逝くわけにはいかん」
脇腹を抑えながら、真剣な顔で言うナズナを見たあたしは溜息をついた。
そんな真顔で言う事じゃないでしょうに。
ナズナとカヅキの言い合いを眺めながら、別世界の2人もこんな感じなのかしら、と、ふと思った。
後日談として。
末娘を産み、暫くしてから別世界のカヅキがお礼を言いに来た。
なんでも、あの後相思相愛になったナズナと婚姻し、今は王妃になったとの事だ。
あたしのお陰だと言うので、ちょっと背を押してあげただけだと答える。
その時、一緒にお茶をしていたナズナが唖然とした顔で、あたしを見ている事に気付く。
「どうしたのよ、あなた」
「お前…カヅキとの仲を後押ししたのか…?」
まぁ、こちらとのカヅキとの関係性は悪友といった感じなので、まさか別世界で男女の仲になるとは思わなかったのだろう。
あら、鳥肌立ってるわ。
寒気でもしたのかしら?
「…別世界、別世界だ。俺であって俺ではない…うん…」
「何言い聞かせるように言ってるのよ、貴方は…」
呆れて紅茶を一口飲み、気にしないで、と別世界のカヅキに言う。
とりあえずこちらのカヅキと混同してしまうので、シンクと同様別の名前で呼ぶ事にした。
コンちゃん。
あたしがそう呼ぶと、それで良いと言われる。
それからは、たまに自家製のお野菜を持ってきて、お茶をしてくれる仲になった。
その時は必ずと言って良い程、カヅキは雲隠れしていたけれどね。