「本当に良かったのですか、指揮官?」
それは会談を終えたその日の夜、指揮官が引き続き書類仕事を行っていたときのことだった。
「良かったかとはどういう意味ですか、ユキナ?思ってもなかった戦力増強です。利用しない手はないと思いますが?」
「はい、確かにその通りです。私もそのように考えたため、彼らの話を貴方に伝えました。正直に言えば、トワのこともありました。ですが、私はこの作戦のために力を磨いてきました。貴方が望むのなら、私たちだけで遂行できるだけの自負はあります。」
「そうですよ〜、私たちだけで十分です。それにあの男、なんかむかつきます。気に入りません。」
「黙れ、カナ。お前には聞いていない。」
「はい、はい、新参者は黙りますよっ。」
不満気なカナを尻目にユキナは虚空を見つめる指揮官の次の言葉を待つ。
それなりに長く見てきたつもりだが、未だに指揮官の考えていることがわからないことがある。今もその無表情の裏でどのような思慮を巡らせていることかは知る由もない。しかし、わかることもある。効率重視の彼女は報告を受けるときも作業を続けていくことが常だ。その彼女が今は手を止めている。これは少なくとも、彼女にとって今回の件は片手間で済ませられることではないということだ。
「ユキナ、貴方は私のおそらく私の心情を慮ってくれているのでしょう。ですが、私の事情で今回の件の成功率の上昇を妨げるようなことは許されないのです。それは、ここまでついてきてくれた貴方たちや、心に深い傷を負わせたトワ、それに私が殺してしまった彼女に対してあまりにも不義理なことです。」
「・・・・・・もう良いじゃないですか。貴方はもっと自分を大切にするべきです。心に傷を負っているのは貴方も同じです。ここまで耐えているほうが不思議なくらいです。それに、彼女は貴方が殺したわけではありません。力が足りていなかったのは私たちだって同じ事です。もうこれ以上貴方だけが苦しむ必要はありません・・・・・・・・・。」
「・・・・・・・・・確かに私は自分を省みる必要があるかもしれません。ですが、それでも私は止まれないのです。」
「それは、何故ですか・・・・・・?」
それは奇しくも先生と同じ信条であり、信念であった。
「─────それが大人の責任だからです。」
指揮官の
「─────わかりました。ならば、私は最後まで貴方と共に戦います。」
そう言い切ったユキナは、部屋を立ち去ろうとする。
「待ってください。」
扉を開いたユキナはそのまま立ち止まる。
「ありがとう、ユキナ。貴方の優しさは何物にも代えがたいものです。」
その言葉を聞いたユキナは、振り向くことも、何かを言うこともなくそのまま部屋を後にした。
それから足音が完全に遠ざかった頃、カナが口を開く。
「隊長も大した忠誠心ですね。存外、熱い人のようです。」
「ええ、本当に私にはもったいないほどです。ですが、だからこそ私の為にその身を削るようなことがあってはいけません。カナ、もし私と私以外の人が天秤にかけるよう事態になった時、迷わず私以外を選んでください。」
「なんといいますか、随分なことを言いますねぇ。」
「貴方はそれができる人物であると見込んでいます。」
「ご信頼、ありがとうございます。ご命令には応えますよ。」
そう言いながら、カナは勧誘を受けたときを思い出していた。その時もそうだったが、指揮官の冷徹さと狂気が同居する人物像を強く認識せずにはいられなかったのだ。
─────まあ、いい。私はあくまでのし上がるために利用するだけだ。ここの奴らがどうなろうと知ったことではない。
改めて、指揮官に目を向けると作業は再開されていた。話は終わったということだろう。
それから、部屋は再び作業の音だけが響いている、いつもの様子に戻るのだった。
施設に帰り、自分の部屋に戻った先生は一息ついていた。
いやー、今日は疲れた。なんとか不敵な感じに振る舞ったけど、ボロは出ていなかっただろうか・・・・・・。トワは何も話さなかったけど、良かったのだろうか。いや、きっとまだ自分の中で踏ん切りがつかなかったのだろう。今は私にできることはなさそうだ。私に出来ることならどんなことであってもやるというのに。自分にできることがないということがとてつもなく歯がゆい。
今日の出来事を振り返りながら、手元のコーヒーを一口啜る。そのとき、先生はなぜ自分はコーヒーを淹れたのかと思った。このあとは起きていなければならないわけではないのに。手元のコーヒーをまじまじ見ながら、習慣というものは恐ろしいものだと感じるのだった。
寝ようとしたのだが、コーヒーを飲んでしまったせいだろうか、なんだか寝付く事が出来なかった。このままベッドで横たわっていても変わらなそうなので、少し夜風にでも当たりに行こうかと部屋を出ることにした。
コーヒーが入ったコップを洗って元に戻しておこうと思い、リビングへと行くとバルコニーの窓が開いていた。誰かが閉め忘れたのだろうか。近づいてみると、そこには先客がいた。
「先生、眠れないのですか?」
アリスは寝間着姿だった。入浴直後だということが見て取れる。まだ少し水気を含んだ髪は月光によって艶やかに照らされていて、わずかに赤みを帯びた頬は生命の持つ暖かみのようなものを連想させる。満天の星々を背に私に微笑みかけていた。その微笑みは普段の彼女が見せる天真爛漫なものとは違っていて、穏やかで包み込むようなものだった。突然の衝撃が心を強く揺さぶって、自分の思考が冷静さを奪われていく。どうしようもなく耐えきれなくて、思わず目を逸らしてしまった。
「え、ええっと、ちょっとコーヒー飲んじゃったせいかな。少し、目が覚めてしまって。」
私はアリスを娘のように見ていた。少女らしい可愛らしさを感じさせる彼女は庇護すべき存在であると思っていたからだ。だが、今は少し違っていた。
「あまり無理はせず、しっかり休んでください、先生。先生が調子を崩したら、アリスは悲しいですから。」
私はアリスを大人として見てしまっている。それはアリスを守り、守られる関係とは違う、対等な関係として見ていることを意味していて────
───アリスを一人の女性として見ている───
それを自覚してしまった。それは再び目覚めてからずっと感じていたことではっきりとさせていないことだった。
「─────うん、そうするよ。そういえば、アリスはここで何をしていたの?」
「はい、アリスは星を見ていました。最近のゲームはグラフィックがとても綺麗なので、今見ているのとほとんど変わらない夜空を見ることができます。ですが、こうして本物を見るのはやっぱりゲームとは違います。」
「意外だね。ゲームも現実も変わらないって言うと思った。」
「昔ならそう言ったかもしれません。ですが、今は同じとは言えません。みんなと肩を並べて見た画面の夜空と、みんなと歩きながら見上げた夜空、その二つはやっぱり同じものではなくて、でもどちらもアリスにはかけがえのない大切な思い出です。だから、やっぱりその二つは違うものです。」
「・・・・・・・・・そっか。」
「はい、そして先生。こうして今、先生と一緒に見ている夜空もきっと大切な思い出になります。アリスはそんな思い出をこれからもたくさん作っていきたいです。ですから、先生!今だけではありません。これからもたくさんの思い出を一緒に作りましょう!アリスの冒険は勇者のレベルをカンストした後でもまだまだ続きますから!」
「────────うん。もちろんだよ。」
二人は見つめ合って笑った。それはこの100年後において最も屈託なく笑えたものだった。
「まずはトワの手伝いクエストをクリアしないといけませんね。明日もあるので、そろそろ休みましょう、先生。」
「うん、それじゃあお休み、アリス。」
「おやすみなさい、先生。」
私は、私の気持ちに答えをつける必要がある。今アリスに抱くこの気持ちは、アリスの変化への戸惑いなのか、過去の様にまた執着しているだけなのか、寂しさを履き違えただけのものなのか、それとも私は、私は本当に─────、いずれにせよ、いつか必ずこの問いに決着をつける。
自分の中で現時点の結論をつけた先生は今立ちはだかる問題へと完全に意識を切り替えていくのだった。
先生が再び自分の部屋に戻ってから、少ししたときのことだった。
「言わなくてよかったのですか、
「ケイ・・・・・・・・・、いいのです。」
「しかし、
「はい、アリスは、アリスは先生のことが好きです。きっと他の誰とも違う特別なんだと思います。でも、アリスの想いはきっと先生には重荷になってしまいます。それがアリスには何よりも恐ろしいことなのです。だから、アリスはこの気持ちをしまっておこうと思います。」
「っ・・・・・・・・・。わかりました。ですが、忘れないでください。私はいつでも
「ありがとうございます、ケイ。」
「いえ、貴方は私の大切な人ですから。」
それから数日後、その日の朝はやってきた。遂に作戦が始まろうとしていた。
「みんな、準備はいい?」
「いつでも行けます!」
「いいですよ。」
「完了しています。」
「それじゃあ、作戦、開始───────。」
細心の注意を払ったつもりですが、気持ち悪く感じてしまった方がいましたら申し訳ありません。
私の拙い作品を少しでも楽しんでいただけたのなら幸いです。
誤字脱字や文章におかしなところがあれば是非ご報告ください。