それからの日々は私の生涯の中で最も幸せな時間だったように思う。まずはじめに後ろめたいこれまでと決別することにした。そこから真っ当な生き方を出来るようになるまで、多くの困難があった。それでも■■■の存在がいつだって支えになってくれた。■■■に堂々と向き合える人間になりたい。その思いがどんな障害だって超える勇気を私にくれた。正直なところ、真っ当な生き方は面倒で仕方がなかった。かなり疲れる割には大した金にならない。本当に面倒なことこの上ない。・・・・・・・・・でも、それなのに、そんな生活を悪くない、いや、満足しているように感じていた。眠気と格闘しながら起きて、少し嫌々ながら支度を済ませ、仕事をクタクタになるまで頑張って、時々買い物に寄ったりしながら家に向かう。帰ると迎えてくれる人がいて、他愛もない話をしてから明日に備えて眠る。変化はなく、刺激も無い日常。だが、それは生きてきた中で最も手放しがたく、縋ってでも掴んでいたい、そんな日々だった。このままいつまでも続いてほしい、■■■とずっと一緒にいたいそう思った。
─────だが、それも終わらせなければいけない。
■■■は言っていた。■■■は記憶の欠損を抱えているが、それでも自分のやるべき事を覚えていること。自分のいた世界を守るためにこの世界にやって来たということ。その方法を思い出すことはできないが、それでも絶対に果たしてみせると決意していること。
正直に言えば引き留めてしまいたかった。このままこっちで暮らしていけばいいではないかと説得したかった。だが、それはできない。私をあの暗闇の中から救い出してくれた、そんな■■■の望みなのだ。私がその望みをねじ曲げるのは私自身が許せない。今度は私が■■■を助けてみせる──────。
それからは色々試してみた。対話を行うことで何かを思い出させようとした。いくつか思い出したことはあったようだが決定的なものはなかった。世界を救うほどのものならばきっとすごいものだろうと考え、様々な噂や伝承を集めてみた。しかし、どれもその正体は枯れ尾花に過ぎなかった。記憶喪失の治療を行えば良いのではないか、そう考えてその分野についても調べてみた。しかし、治療方法は確立していなかった。そもそも■■■の体は私たちとは違う上に記憶をなくした経緯がはっきりしない。これではこれ以上やりようがなかった。
そんなふうに試しては失敗に終わるという事を繰り返していくだけだった。そのうち、初めて会ってから一年が経ってしまった。私は焦りを感じていた。■■■のいた世界は学校のようだと聞いている。学校など通ったこともないので知識でしかないのだが、そこではその間だけにしかない特別な時間─────“青春”を過ごすものであると聞いている。そんな大切な時間を■■■はここで費やしてしまっている。そんなのは駄目だ。■■■には少しでも価値のある時を過ごして欲しい。こんなところにいるべきではない─────。だから、早く・・・・・・・・・早く見つけなくては・・・・・・・・・・・・。
決意を固め、より一層目的のものを探すことにのめり込んだ。そんなとき、奴は現れた。ここのところ様々なものに調べる過程で怪しい連中が関わってくるようになっていた。これまでの経験に培われた嘘や隠された意図を見抜く嗅覚は人一倍敏感だったので、騙されるということはなかったが。その男もそういった手合かと思った。その男は紳士のような服装に身を包み、鳥の嘴のようなマスクをしていた。全身が覆われているため素肌を見ることはできないという、明らかに怪しい男だった。
あのとき、護身用に持っていたナイフで奴の喉元を掻き切れたのなら・・・・・・・・・・・・そう思わずにはいられない。だが、既に過ぎてしまったことはどれだけ後悔したところで変えようが無い。
男はどこから知ったのか、■■■に会わせてほしいと言った。もちろん警戒した。ここで殺してしまおうかとも考えた。しかし、その男の言葉が気になった。“世界を救うため”その一言がこの男が■■■の求めるものに繫がるものなのではないか、その期待がその男とのつながりを断ち切ることへの躊躇となった。だから、その場で決断を下せなかった。そして、保留にしてしまった。そして、私は■■■をその男に会わせるか、その二択にとらわれてしまい気づいていなかった。その男の本当の狙いは私が本当に■■■を保護しているのかの確認だったという事に。
次の日、襲撃を受けた。どうやら尾行までされていたらしい。私も荒事には慣れているつもりだったが、多勢に無勢だった。ましてや、予想外の事態に迎え撃つだけの準備はなかった。そうして無様にも■■■は連れ去られてしまった。荒れ狂う怒りとは裏腹に、頭の中は酷く静かに、冷たく澄み渡っていた。それはかつての自分と同じだった。違うのは優先順位のみ。以前は生存を第一にしていたのが、今は■■■を取り戻す事が最優先になっただけのこと。これから何をするのかはっきりさせた後、痛みを訴える体に構わず動き始めた。こんな苦しみでは止まる言い訳にすらなりはしなかった。
活用できる全てを利用して相手の行き先を特定した。その間に屍で一山築いてしまったが、そんな事はどうでも良かった。■■■はよくわからない眉唾な研究施設にいるようだった。そこは研究施設とは言われているものの、どちらかと言えば軍事基地のような場所だった。まずは偵察を繰り返した後、研究者を拉致した。吐かねば命はないと脅した上で可能な限り情報を聞き出した。大半がやわな奴らだったのですぐにペラペラと話してくれた。そうしてこれ以上聞き出せるだけ聞き出したと判断したら殺した。私の存在が悟られないように偽装工作は欠かさなかった。この手のことは何回もやっていたのでお手の物だった。もちろん、時期や人数には細心の注意を払った。そうやって情報は慎重に、そして最大限に入手した。■■■の情報を持っている奴はいなかったが、この研究施設はおおよそ把握できた。そして、あらゆる事態を想定して何重にもプランを立てた。入念な下準備が何よりも目的の達成に役立つ、それは経験からよく理解していた。
そして、ついに人も少なくなる真夜中に実行に移した。これまでにこなしてきた潜入に比べたら、非常に容易だった。というか、事前に把握していた情報によると警備はほとんどいないようだった。よく考えればそれもそうだ。この施設の取り扱っている研究内容は空想じみたものばかりだった。こんなところにわざわざ来るような物好きはいないということなのだろう。当初の計画通りに進行しており、予想外のアクシデントも発生していない。どう考えても失敗する要素はなかった。だが、状況とは裏腹に嫌な予感は増すばかりだった。これまでの経験上、こういう時は必ず厄介な事が起こる時だった。これまで以上に警戒を強めて進んだ。
しかし、道中で何が起こるでもなく■■■のいるという建物まで到着し、目的の部屋も発見した。扉をゆっくりと少しだけ開けて、隙間から中を伺う。部屋の中には拘束されたままで意識を失っている様子のの■■■と、あの日に私の前に現れた仮面の男だった。こちらに背中を向けて座っており隙だらけだった。周辺に人がいないことも確認し、部屋に押し入った。距離を取りつつ、照準はしっかりと定め、怪しい動きをしようものならば即座に打ち殺せるようにした。今すぐ■■■の拘束を外して開放するように命令した。男は何やら訳の分からないうわ言を呟いて動こうともしなかった。痺れを切らした私は男の右肩を撃ちぬいた。そして次は頭だと脅した。男は今しがた撃たれたにもかかわらず、痛みを感じるそぶりさえ見せなかった。状態を確かめるように右肩に触れていたが、やがてどうでもよいかのように放置すると再び先ほどと同じように独り言を再開した。その不気味な様子にこいつは薬でもキメているのではないかと思った。ならば、こいつと話すのは無駄だ。そう判断し、眉間に照準を定め、引き金を引いた。確実に殺した、そう思った。しかし、眼前には信じがたいことが起こった。奴を覆うように半透明の膜のような何かが現れた。その何かが銃弾を弾いてしまったのだ。予想外の出来事に衝撃を受けてしまい動けずにいた。その間に男は立ち上がりながら、こちらへゆっくり振り向いてきた。そして、懐からおもむろに拳銃を取り出した。このまま突っ立ているわけにもいかず、部屋の外へと逃げる。男はこちらを見逃す気はないようで、ゆっくりとした足取りで私を追ってきた。そして、避けられない正面戦闘が始まってしまった。とは言ってみたものの、その様相は一方的なものだった。あちらは持っている武器こそ拳銃のみだが、謎の膜による絶対の防御がある。何度か試してみたが、私の持つ武器ではあの膜を破壊することは不可能だった。そしてその膜を頼りに徐々に、しかし、確実に距離を詰めようとする。追いつかれるわけにもいかないので、後退を繰り返す。そうしているうちにいつの間にか屋外へと追いやられていた。こちらが身を隠しながら距離をとって、あの手この手でどうにかしようとしている間、あの男はようやく話せる相手が来たとでも思ったのか、興奮した様子で自身の研究結果を滔々と話していた。曰く、神秘なるものを■■■から抽出して、自身に適応させたらしい。その他にも何やら難解な言葉を並べて説明していたが、そちらはどうでもいい上に理解するのは困難だった。■■■の体に何かしたのだと分かったときははらわたが煮えくり返り、今すぐ殺しに出ていきたかったがここで出ていけばこちらがやられてしまうだけだと何とか自分を抑えた。
あの男が話した内容に噓がなければ神秘とやらを纏った攻撃ならばあの膜を破壊できるそうだが、私には神秘というものが何を指すのかは全くもって見当がつかない。よって今は役に立たない情報だ。しかし、ほかの手段などあるのだろうか?有効打となる銃が使えないとなっては、こちらの持ち物の中で殺傷力のあるものはナイフくらいしか・・・・・・・・・。しかし、あの膜があるのでは近づけない。・・・・・・・・・いや、待てよ。あの膜が物理的な壁ならば、空気だって通さないではないか。だが、奴は呼吸している。それに、あいつが放った弾丸は阻まれていない。これは全てを弾いてるわけではなく、弾くものを選択しているということなのではないか?いや、それが分かったところでこちらの攻撃が悉く弾かれてしまえば終わりだろう。それでは意味がない。しかし、こちらに向かって堂々と道の中央を通ってくるあの男を見ていると焦りや苛立ちが湧いてくる。こちらは撃っても意味がないというのにあちらはいつだってベストなタイミングを狙って撃って───────、そういえばなんであいつの弾丸は弾かれない?、それにあいつは何故、右肩への攻撃を防がなかったのだろうか?痛みを感じていないようだったのは妙だったが、動きは確実に悪くなっている。攻撃を食らったところでメリットがないことは明白だ。にもかかわらず、あの時は防がなかった。その疑問が浮かんだとき、一つの仮説に行き着いた。しかし、違っていればこちらの逆転の芽をつぶしてしまう可能性も・・・・・・・・・。不確定要素が多かった。理想を言えばもう少し情報を集めておきたかった。しかし、時間をかければこちらがより不利になってしまう。■■■を連れて逃げる時間も考えるとこれ以上は時間をかけていられない。ならば────────。
私は建物と建物の隙間に置かれた資材の裏に隠れた。私を小馬鹿にし笑う声がするがさほど気にはならなかった。チャンスは一度きり、その緊張感に精一杯だったからだ。むしろそのまま私を侮って、こちらの意図に気づかないように祈るばかりだった。そして、男はそのままのこのこと私を追ってきた。どうやら目論見はばれていないらしい。都合がいい。ならばこのまま実行するのみだ。
ピンを抜き、男に向かって投擲する。そのあとは体を急いで体を資材の裏に戻し、男のいる方角に背を向けながら目と耳をできる限り覆った。投げたのは閃光手榴弾。まともに食らえばしばらくは動くことはおろか、まともな思考を保つことすら難しい代物だ。本来は■■■が人質に取られてしまった場合の最終手段として用意していたものだったが思わぬ形で役に立った。閃光と爆音が轟く。それは一瞬ではあったが、その威力は事前に起こることを理解しできる限りの対策を行った私ですら衝撃を受けるほどだった。
あの膜はおそらく光と音は通すと読んでの行為だったが、読みは当たったらしい。男は呻きながら、膝をついて痙攣していた。こちらも無事とはいいがたかったが動けないわけではなかった。この最大の好機を見逃すわけにはいかなかった。何とか歩いて奴に近づき、胸部に深々とナイフを突き刺した。男は動きを止めて倒れた。
私は膜があいつが任意で弾くものを選択しているのではないか、そう予想してこの作戦を立てた。だから、まだ見せていないナイフや閃光手榴弾ならばあの男がイメージできないため問題ないと考えた。私の体も弾く対象になっている可能性はあったが、その時はナイフを思いっ切り投げつけるつもりだった。もちろん間違えている可能性もあった。気づかれて対策されてしまう可能性もあった。不安要素を挙げればきりがなかった。だが、例え万に一の幸運だったしてもこの結果をつかめたのだ。結果よければすべて良しというがまさにこの事だろう。ようやく最大の障害を排除し気が抜けてしまいそうだったが、まだ目的を果たしてはいなかった。急いで■■■のもとへ向かうのだった。
この時殺したと思っていた男──────のちにドクトルと名乗る──────は、この時すでに研究の果てに不死に近い特性を獲得しており、どのような方法を用いてかキヴォトスに現れ、再び私の前に立ちはだかることなったのだが、この時の私は知る由もなかった。
ようやく■■■のいる部屋までたどり着いた。部屋に入ると■■■は未だ眠っていた。先ほどまで殺伐とした状況にいたからであろう、少し気が立っていることは自覚していたので、意識して優しく呼びかけた。するとゆっくりと瞼が開いた。目が合うと、優しく微笑みながら私の名前を呼んでくれた。その時私は■■■を取り戻すことができたのだと流れそうな涙を抑えながら確信した。
──────だが、それは間違いだった。すでに遅かったのだ。
それは彼女の手を握った瞬間に理解してしまった。その手はひどく冷たかった。その冷たさは私のすぐ隣にあったもので、■■■の暖かさとは程遠いはずの温度だった。そして理解した。ここで彼女がどのような待遇を受けていたのかということを。
求めるものを得られるのならば彼女はどうなってもよいというのか・・・・・・・・・!
自身とてその命や願いの為に数え切れない人を踏み潰してきている。その事実を忘れてはいなかったが、そのような道理は掃き捨ててしまっていた。最早涙をこらえることはできなかった。目の前の光が急速にその眩さを失っていく。もっと早くこの場所にたどり着いていればと強く悔やまずにはいられなかった。奇跡にでも縋りたいが、そんな都合の良いものはどこにもなかった。何故、世界はこうも残酷なのだろう。咎に塗れた私はこうして無事なのに、どうして何の罪もない■■■がその命を奪わなければいけないのだろうか。世界を呪った。運命を憎んだ。だが、そんな思いさえ無意味だ。既に定められた最期は何を感じ、何をしたところで覆ることはないのだから。私の胸の中には絶望という虚無が広がっていた。
失意に暮れる私に対して、■■■の様子は弱々しくありながらもその光を失ってはいなかった。そして、私に対して一つの頼み事を託した。彼女の世界を救って欲しい、と。その言葉を聞いたとき、私の中に小さな火が灯るのを感じた。それは■■■からの私への最後の贈り物だった。そして、私の道を照らす祝福だった。失意は完全に消え失せていた。今はただ託された事を成し遂げたい、その思いだけだった。そして、私は残りの命の全てを懸けてでもその約束を果たすことを誓った。彼女は押し付けてしまったと謝っていたが、とんでもない。私を救ってくれた貴女の役に立てるのだ。こんなに嬉しいことはない。貴女の優しさにいつだって励まされていた。今度は、私が返す番だ。
私は万感の思いでこれまでの感謝を告げた。大げさだと笑っていたが、それが偽らざるありのままの思いだった。そして、彼女は眠るように瞼を閉じた。
溢れる涙は貴女の優しさに捧げよう。零れる微笑みは貴女の暖かさに捧げよう。そして、この身は貴女の願いに捧げよう。
次の日、私は誰にも気づかれない場所に■■■を埋葬した。墓標は立てなかった。これ以上、誰かに触れさせる事は許せなかった。そして、未知の世界へと旅立つ準備を整えた。以前に■■■からあちらの世界へと渡る手段は聞いていた。そのための方法は残されていたので問題はなかった。気になることはあった。それは旅立った先で私も記憶喪失、そうでなくても何らかの弊害を負うことになるのではないかということだ。■■■の記憶喪失の原因は結局はっきりとはしなかったが、これが原因という可能性はある。しかし、その可能性が私の足を止めることは無かった。
そして、私は数多の可能性が輝く、■■■が愛していた世界────キヴォトスへと足を踏み出した。
まったく、久々に思い出してみれば私は何も変わっていないではないか。あれから確かに私はいくらか障害を負った。だが、それが私の覚悟を鈍らせることはなかった。いくらかの困難を超えた末に私は約束を果たした。それは多くの他者の力を借りたものではあったが、それでも迫りくる脅威を退けてみせた。しかし、元の世界での因縁が新たな厄災を招いてしまった。それを止めようとして、今度は私を信じてその力を貸してくれた少女の眩い未来を永遠に閉ざしてしまった。そして、その親友の心に深い傷を負わせてしまった。
私は常に何かを成そうとするたびに何かを犠牲にしている。しかも、その犠牲を他者に強いている。
そんなのはもう終わりにしたかった。だから、結果の代わりに何かを引き換えにするのはこれで最後にするのだ。その最後の生贄を私とすることで─────。
回想が長くなってしまい、申し訳ありません。オリキャラを中心とした展開が続くとは思いますが、もうしばらくお付き合いください。
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