彼方でもう一度あなたと。   作:Taichi2469

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人はどうしようもなくすれ違う

「ん・・・・・・・・・。」

 

 いつの間に倒れていたのだろう。今し方失っていた事にも知らなかった意識が戻った。目が覚める直後は夢と現実が曖昧なものだが、今回はそのような事はなかった。冷えた硬い地面は私に優しくはないという事である。意識は完全に現実に焦点を合わせられたのだが、何故こうして地べたに寝そべっているのか、それは一向に分からなかった。だが、ゆっくりとわからない事を考えている余裕は無いのだろう。目の前には瓦礫が辺り一面に広がっている。明らかに安全な場所ではあるまい。ゆっくりと体を起こしつつ、状況の把握に努める。すると、後ろから声がかけられた。

 

「指揮官、目が覚めましたか。」

「ユキナ・・・・・・・・・状況の説明をお願いできますか?」

「はい、現状は─────」

 

 前置きもなく本題に入ったが、この少女に対してはいつもそうだった。交わす言葉は最低限に必要なものだけだ。始めはこうでもなかったのだが、気が付くと今の形になっていた。その関係は他者から見れば冷たい関係に見えるらしい。だが、それは違う。多分な言葉が不要であるに過ぎないのだ。彼女は私の意図を理解し、私は彼女の判断を信じている。だから、彼女が私の決定に疑問を呈する事は無く、私が彼女の行いに口を挟む事はしない。それが私たちの常であった。

 

 ・・・・・・・・・だから、先日の様にユキナに意向を確かめられ、その意思を示されたことは随分と久しぶりだった。きっと、それだけ私が迷っているということなのだろう。ドクトル(あの男)との因縁、トワへの罪悪感、亡きあの子への贖罪、■■■との約束、大人としての責任、様々なものが絡みついて私自身もどうすれば良いのか分からなくなっていた。今だって、答えは何一つ見つからない。そんな私に寄り添っていたのは無力感から来る失望だった。本当なら私がこの手でどうにかできるだけの力があればよいのだ。だが、私にその力はない。だから、本当は守らなければならない子どもたちの力を借りなければならない。その事実が私に身を焼くような苦しみとして纏わりつく。苦しみはここで足を止めるように囁く。しかし、止まる事はできない。どれだけ苦しかろうとそれだけは許してはいけない。私がここで足掻くことをやめてしまえば、これまでの犠牲を無意味となってしまう。私が私を救い、私を照らし、私が見いだしたあの尊さに無価値という定義を与えてしまう。だから、私は進み続けなければならない。何かの意味を刻まなければいけない。それさえできれば私が終わりを迎えることは構わない。むしろ何かの対価としてならば喜んでこの身を捧げてみせる。それは何かへと繋げられたということになる。それはその先の為の礎だったとする事ができる。それはきっと素晴らしいことだ。・・・・・・それなら私も私の末路を許容できる。

 

「─────以上です。」

「わかりました。」

 

 ユキナの話では、奴との交戦の最中に乱入者が現れたとの事だ。その者は一瞬で一帯を破壊したため、姿を捉える事は出来なかったようだった。私も同様だった。僅かに捉えた姿は機械じみたものであった事は憶えている。あの男の新たな手駒だろうか?いや、それならば私達が眼前に迫るまで出し惜しむ必要は無い。つまり、攻撃の主はあの男の仲間ではない。・・・・・・厄介だ。ただでさえあの男に手を焼かされているというのに、加えて目的の読めない第三者まで現れるとは・・・・・・。それに何だか胸騒ぎが止まらない。悪い予感がしてならないのだ。さらに気に入らないのはそういった悪い予感は大抵最悪の形で私の前に姿を現すのだ。

 

「ご無事でしたか、指揮官、ユキナ先輩。先の攻撃で確実に仕留めたと思ったのですが。」

 

 案の定である。信じられない事に現実を無視した荒唐無稽な悪夢が現実になっていた。彼女がこの件に再び関わろうとした時から、いずれかは避けられない時が来ることを覚悟してはいたが、まさかこのような形となるとは思いもしなかった。私自身は無神論者だがもし神という存在がいるのならば、そいつは人の苦しむ姿を愉しむ性格破綻者に違いない。

 

 そこには見たことの無い兵器を身に纏うトワが立っていた。そして、彼女は明確に私達に敵対している事がわかる。今の言葉もそうだが、向けられた殺気は刃の様に研ぎ澄まされていたからだ。

 

 驚愕と困惑と警戒がない混ぜになった表情を浮かべるユキナを尻目に、私は姿を現したトワに話しかける。内心はユキナとさして変わらないが、昔から腹の内を隠す事は慣れていたため、あくまで冷静に対応している様に繕えたと思う。

 

「・・・・・・トワ、何故私達の前に立ちはだかるのですか?」

「何故、ですか・・・・・・。」

「ええ、貴方は衝動的に他者と敵対するような人ではありません。そこには必ず理由(わけ)があるはずです。」

「・・・・・・ふ・・・ふふっ・・・・・・失礼しました。ですが、余りにもおかしく感じてしまいまして。」

 

 笑みを浮かべるトワの視線はバイザーに遮られ覗うことはかなわないが、確かに目が合ったように思う。その時、私は強烈な違和感と拒否感が体の内側から迫り上がってくるのを感じた。

 

 彼女は私の知る彼女では無かった。強化外骨格(パワードスーツ)を着ているから、ということではない。それが明らかに異質なものであるという事も本質ではない。もっと根本的に違うのだ。トワは冷静で真面目な性格かと思ったら意外とひょうきんな所があって、色々なことを器用にこなせるのに人との関わり方は不器用で、表面的にはわかりにくいけど内面では他者を慮る優しさを持つ子だった。トワという少女はあのような退廃と破滅を纏う子では無いのだ。

 

「今更私を慮ってくださるのですね。あの時は私の意思など全て踏みにじったというのに────!」

「───!!」

「待て、トワ!あの時の指揮官の判断を責めるのは間違っている!奴らはあの時、無関係の民間人まで巻き込もうとしていた・・・・・・。それを阻止する為にあいつをあの場に残した事は適切な判断だった。指揮官は私達より遥かに酷い傷を負った状態で最善を尽くしていた・・・・・・!お前は見ていなかったかもしれないが、まだ傷だらけの体で周りの反対を押し切ってあいつを助けに行こうとしたんだぞ。指揮官を責められる筋合いは無い!それにあの場に残れるだけの余力を残していなかった私たちの無力さにも責任はある、違うか!」

「違いません。わかっています。私が残ってもどうにもならなかった事も、指揮官が悪いわけではないという事も、私の力が足りていなかったことに責任があるという事も、全部わかっています。ですが、頭ではわかっていても、心が割り切ってくれないんですよ。今もあの時のことを夢に見ます。あの時残っていればあり得たかも知れない、そんな甘い幻想が私にきつく突き刺さって離れないのです。そして、目が覚めると残っているのは余韻のような苦さだけで、その度に塞がろうとする傷はいつまでも抉られ続ける。そんな地獄から逃げられずにいるのです。」

 

 ユキナはこれ以上、トワを糾弾する事はしなかった。トワの平坦な声には普段と変わらないようでありながら、底なしの深い絶望が込められていた。あの声を聞いた上で誰が彼女を責められようか。少なくとも私には出来ない。きっとユキナにもそれは出来なかったのだろう。

 

「・・・・・・指揮官。事態が落ち着いた後、私は貴方が怖くなりました。貴方は何処までも正しさを体現しているように思えます。あの時、全体を助ける為にあの子一人を犠牲にしたことは、きっと最も合理的で正しかったのだと思います。ですが、その道は苛烈過ぎます。少なくとも私はそう感じました。きっと、貴方は正しさの為に何だって犠牲にできます。それは、私かもしれないし、ユキナ先輩かもしれないし、貴方自身かもしれません。そして、その時が来た時、貴方は躊躇いなくそれが出来るでしょう。私にはそれがたまらなく恐ろしい。」

 

 言葉を紡ぐことが出来なかった。自分は彼女が言うほどに完全では無い。そんな風に正しさに徹する事が人間の心で耐えられるわけがない。確実に心を殺すことになる。だが、それでも近づこうとした。それがきっと守りたいものを守る為に一番良い方法だと信じていたからだ。だから、苦しくても耐えられた。だが、今それは間違いだったと突きつけられたようだった。これまで幾度もそうであったように、今にも心が折れそうだ。

 

「もう苦しくて、苦しくて嫌なんです。大切だったはずのものが、私の心に深く突き刺さってくる。大切だったはずなのに、遠ざけてしまいたい。ですが、大切だから自ら握りしめる手を離せない。だから、壊します。この苦しみが消えるまで壊し続けます。いずれ、全て壊し終えるか、私が擦り切れるその時まで。」

 

 ああ、何ということだろう。こんなにも私が、そして私の失敗が彼女を追い詰めていたのだ。本当になんと滑稽なことだ。全てに届かせることは出来ないこの手を、それでも何とか届かせる為にいくらでも身を削って、届かなかった時に死んだほうがましな思いをして、蓄積し続ける後悔、擦り減り続ける心はもうその限界をとうに超えていて、それでも、進み続ければ救えるかもしれない、そんな希望が捨てられなくて、だから進み続けた。だというのに、それすら間違っていた。目の前の彼女をここまで追い詰めていた。その事実を前に私は止まりたいという思いを強めていた。だが、私は止まれない。止まることは許されない。進み続けなければ、進み続けなければ───!!

 

「トワ、もう遅いのですか?もう取り返しはつかないというのですか?」

 

 わかっていた。わかりきっていた。このような問いかけは無駄なのだ。トワの答えは決まりきっている。だが、それでも一縷の望みを賭けずにはいられなかった。

 

「はい。最早どうしようも無いのです。もうどうしようもないほどに行き着いてしまったのです。」

 

 その言葉は私の微かな希望をいとも容易く砕いた。何故こんな事になってしまったのだろう。どうすればこんなにもすれ違うことを避けられたのだろうか。後悔ばかりが募る。しかし、トワの言う様に今更ということなのだ。彼女はひかない、そして、私もひけない。ならば、取りうる手段は一つしか残されていない。

 

「──────わかりました。ユキナ、戦闘を開始します。」

「・・・・・・・・・了解、しました・・・・・・。」

「トワ、貴方をここまで追い詰めてしまった責任は私にあります。ですが、私はここで止まるわけにはいきません。貴方を押しのけてでも進みます。」

「はい、貴方ならばそう言うと思ってました。では、始めましょう。」

 

 そうして静かに戦いの火蓋は切られた。トワが両腕のガトリングを構えた一方、ユキナは臆すること無く前進していた。距離を置いてしまえば圧倒的な火力を持つトワに対してこちらが対抗できる手段は無い。だが、近づいてしまえば重装備のあちらよりもこちらのほうが身軽な分、有利に戦える。つまりこの戦いはどれだけ接近できるかでこちらの勝機が変わる。それを私達はわかっていた。そして、恐らくトワも理解している。事実、トワは距離を保つように立ち回っていた。だが、少しづつ距離は縮まっていく。近づくにつれトワの迎撃もその精度を増していたが、ユキナには微塵の動揺もなかった。相手の動きを冷静に読みながら、けして次の動きを悟らせない。その動きはまるで数秒先の弾丸の軌道を操作しているのではないか、というほどに鮮やかだ。いや、自分の動きで相手がどのように動くか読みながら動いているという点では相手の行動すらすら操作していると言えるだろう。幾度となく理不尽な弾幕の中を突き進んだ経験のあるユキナだからこそできることだ。

 

 そして、遂に目前まで迫る。焦ったトワの動作はやや乱雑だった。攻撃の勢いを増してはいるが隙も大きくなっている。そして、ユキナがそういった好機を見逃すことはない。視界から消える一瞬にユキナはトワの背後に回っていた。位置関係は完璧だ。ユキナを視界に収めようと旋回しようとしたところで、ユキナの攻撃以上に早く動けるとは思えない。

 

 完全に決まった──────そう思った。

 

 だが、トワは予想外の挙動をとった。ユキナを見向きもしないまま、攻撃を避けたのだ。そして、身体を翻し、反撃の構えをとる。その動きは予想以上に速かった。

 

「ユキナ、距離を!」

 

 だが、その呼びかけも虚しく、無数の弾丸がユキナの身体を捉えた。そのまま吹き飛ばされ、倒れたまま動くことはなかった。

 

「ユキナ!」

 

 急いで駆け寄ろうとした。だが、立ちはだかるトワはそれを許してはくれない。彼女は私の目の前にいた。やはり、機動性の見積もりが甘かったようだ。何とか打開策を見出そうとするが、どれだけ考えようと私にできることはもう無い。情けない事に私がここで何をしようと抵抗にすらならないのだ。

 

「指揮官、これで終わりです。安心してください。全て終わらせてから私も馳せ参じます。」

 

 銃口がゆっくりと私に向けられる。いや、トワが緩慢に動いているのではない。私がゆっくりに感じているだけだ。正に今際の際ということなのだろう。その証拠に走馬灯が脳裏をよぎっている。とはいえ、穴だらけの記憶しかないのだが。こんな時は流石に自らの抱えた障害を恨めしく思う。

 

 私はここにきてから記憶に障害を抱えていた。とは言ったものの、起こった出来事を忘れるといったことはなかった。しかし、人に纏わる情報だけは何故かすぐに抜け落ちていくようになった。人についての記憶は声から忘れていくとは言っていたが、私の場合はそれが訪れる時が異様に早かった。しばらく会わなければ、姿かたちから名前に至るまで全てが消え去っていった。そして、私の中で全てを剥奪された人物は出来事と結びつけられただけだった。例えばトキですら、事前に知らされていなければ、会ったとしても目の前にいるトワとかつてともに戦っていたトワを同じ人物だと認識することはできなかった。そもそもトワという名前すら抜け落ちていた。あの男も状況や言動からそうなのだと推測しながら話しているに過ぎない。あの男がかつて研究所でナイフに心臓を貫かれた男を騙っていたとしても、私にそれを知る術はないのだ。約束を交わしたあの少女は最早、虚構の存在と同等に現実味を帯びていない。時々、あれは私の作り上げた幻なのではないかとすら思ってしまう。だが、それでも私は信じていた。たとえ私の中の彼女はもう生きていないのだとしても、私の中に残る彼女への思いだけは真実なのだと信じていた。そして、彼女が私に託したこの世界を生きる子供たちを守るという意志も同様だった。そうだ。だから、止まることは許してはならない。

 

 ─────だというのに、なんとやるせないのだろう。悔しくてたまらない。まだ、まだ終えるわけにはいかないのに。数秒と待つことなく、私の人生は幕を閉じる。そのことがたまらなく悔しい。だが、きっと仕方ないのだろう。この結末は私の愚かさが招いたものに違いないのだから。

 

 こうして、誰一人として救われることはないまま、指揮官の死を始まりとして誰もが幸せを求めていたはずの悲劇が紡がれていくのだった──────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──────とはならなかった。指揮官の体へと到達するはずの弾丸は突如その軌道を変更し、その全てが避けていく。直後に攻撃が行われ、たまらずトワが後退し、指揮官からの距離が開く。指揮官は突然の事態をのみ込めていなかった。

 

 一体、何が起こったというのか──────。

 

「そこまでにするんだ。二人が戦うなんて間違ってる。」

 

 後ろから声がした。指揮官が振り返るとそこには先生がいた。

 

 

 

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