彼方でもう一度あなたと。   作:Taichi2469

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囚われの希望

 それはある日の事だ。その日は世間一般で言えば、特に取り上げるような日ではないのかもしれない。だが、一年で誰一人として誕生日ではない日など無いように、特別な日というのは人それぞれにある。その日が特別と言える理由もまた、千差万別と言えるだろう。そして、今日というこの日は、少なくとも少女にとっては特別な日だと言えるだろう。何故なら、今日は少女にとってかけがえのないものを手にする日なのだから。

 

 

 

「アリスちゃん・・・・・・・・・そこを通して。私は行かなくちゃいけないの。」

 

 その少女───モモリは自身の前に立ちはだかるアリスに強く言い放った。情熱に彩られた瞳は燃えるように強く輝いていた。

 

「いえ、それは駄目です。」

 

 アリスは拒否を示す。口調こそ変わらないものの、譲歩する意思は皆無である事は明らかだ。多くの人はその態度の前に諦めて引き下がる事を選ぶだろう。だが、モモリは折れなかった。

 

「違う。それは間違ってるよ、アリスちゃん。人は定められたレールの上を進む生き物じゃない。自分でその道を選んでいく生き物なんだよ。だから、私は私が行きたい道をいく。それでどれだけ傷つく事になっても、私は後悔なんてしない!」

「モモリ・・・・・・そうですね。モモリの言う通りです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ───ですが、赤点は赤点です!しっかり補習を受けましょう!」

 

 モモリの重ねた言葉を綺麗に洗い流すかのように告げられる無慈悲な宣告。そこに慈悲はない。

 

「お願いだよ、アリスちゃん!今日だけは見逃して!大体、赤点って言ったって、1点足りなかっただけじゃん!それで補習なんて、こんなの絶対おかしいよ!」

 

 それまでの威勢はどうしたものか、猛烈な勢いで縋り、喚き、なんとか逃れんとするモモリ。アリスの表情に僅かばかりの同情が浮かび始める。

 

「確かにすごく惜しい点数でした。」

「!じゃあ!」

「ですが、ルールはルールです!しっかり勉強しましょう!」

 

 結局、決定が覆ることは無かった。笑顔のアリスとは対照的に、一気に肩を落とすモモリだったが、こんな時の彼女は往生際が悪い。なんとか突破口を見出さんとする。

 

「でも、今日は待ちに待った新作ゲームの発売日だよ!?アリスちゃんも楽しみにしてたでしょ!?」

「はい!ですから、しっかり勉強したあとに遊びましょう!」

「いやだ、いやだ!今すぐやりたい、今すぐやりたい!それにさ、売り切れちゃうかもしれないよ!」

「モモリ、嘘はいけません!予約注文している事は知っています!」

「げっ・・・・・・ばれてた。だ、だって、仕方ないじゃん!私は今!今、あのゲームがしたいんだもん!お願い、アリスちゃん!お願い、お願い、お願い!!」

 

 彼女は己が渇望を満たせない事に酷く取り乱した様子だった。その姿は言葉を選ばないのであれば、みっともない、という言葉に尽きるだろう。なおも食い下がるのだが、その努力が実を結ぶ事は無い。モモリは世の、そして、アリスの無情を嘆いた。

 

 そして、補習の時間は始まる。教科は英語。モモリの英語の出来は赤点すれすれの点数を取れた事が奇跡な程に壊滅的だ。

 

「はい、では教科書14ページを音読してください!」

「えーっと・・・・・・、は、はろー、あいむ、みけ。・・・・・・ねぇ、アリスちゃん。この教科書おかしくない?猫なんていないよ?」

「ミケではありません、マイクです!」

 

 それからも傍から見れば漫才でもしているのかというほどのやり取りは続く。

 

「では、その文章を和訳してみましょう!」

「うーん、私は・・・・・・一人の姉を持っています、だね!妹、ちょっと力持ち過ぎない?」

「物理的に持っているというわけではありません!」

 

「次は、自分で英文にしてみましょう!」

「文章は私はペンを持っています、だから・・・・・・“I am a pen.”だ!」

「モモリはペンではありません!」

 

 そんな調子でモモリの珍回答は続々と生み出されていくのだった。しかし、アリスの懸命な解説によってなんとか少しずつ、モモリは理解を深める。とはいえ、モモリの集中は確実に削られていった。そうして、もうそろそろ限界だと感じていた頃の事だった。

 

「はい!では、一度休憩を入れます!」

「よ、ようやく休憩だ〜〜。」

 

 取り敢えず喜んでみたものの、本当に嬉しいだろうか、とモモリの頭の中で疑問が浮かび上がる。このあとも補習はまだ続く。私は解放されるわけではない・・・・・・。その事実に行き着いたとき、モモリは取り敢えず考える事を止める事にした。真実は必ずしも人を救うとは限らない。時には目を逸らす事も必要だ。今は少しでも休んでおかないと後半戦が耐えられなくなってしまう。というか、このような苦行は何故存在するのだろうか。恐らく、学生が苦しむ姿を見て愉しむ性悪が考案したに違いない。・・・・・・今すぐに正義の鉄槌が下されてほしい。そうだ!アリスちゃんに勇者として、悪の勉強大魔王を討伐する様に依頼しよう!そうすれば、今も勉強という世界を覆う闇に苦しむ生徒達に自由という光を取り戻す事ができる。・・・・・・いや、私自身が勇者となるのだ!今こそ、この身に秘められた伝説の力的な何かを覚醒させるとき!

 

 勇者としての覚悟(笑)を宿したモモリが、今こそ立ち上がらんと机を手を置いた時だった。

 

「助けてください!アリス先輩!」

 

 教室に慌ただしく駆け込む生徒が一人。様子だけでとても焦っている事がわかる。

 

「どうしたのですか?」

「それが、例の奴が・・・・・・。」

 

 モモリには上手く聞き取れなかったが、アリスの反応見る限り放置しておくわけにもいかない何かが起こったということはわかった。

 

「!わかりました、行きましょう!モモリ、アリスは一旦、後輩達のパーティーに加わります。しばらく、そのまま待っていてください。時間がかかると判断したら、別の方に来てもらうようにします。」

「う、うん、わかった・・・・・・。」

 

 そのまま、アリスは急いで教室を後にした。教室はモモリ一人となった。いつまでかもよく分からない休憩時間をどう過ごそうかと考えていた時だった。

 

 私の左耳の横で囁く声がした。三叉の槍、ギザギザの尻尾、黒い二本の角、蝙蝠のような羽。間違い無い、これは悪魔だ。悪魔は私と同じ顔でモモリを誘惑する。曰く、今なら逃げられる、早く帰ってゲームをしよう、と。示された選択は悪魔らしく、欲求にどこまでも正直だった。抗い難い魅力に私は短絡的に教室を去ろうとする。しかし、その行動を戒める声が、今度は右耳の横からした。その者は純白の羽を背に持ち、生徒の持つヘイローとは異なった目映い光輪を頭上に浮かせていた。天使である事は明らかだ。その天使はやはり私と同じ顔で道徳の名のもとにここに残らなくてはいけないという。その内容はもっともだと言わざるを得ない。やはり、残ろうと席に座ろうとしたときだった。悪魔が再び私に訴えかける。強制される事は正しいのだろうか、と。その言葉に先程自分は反抗する事を選んだ事を思い出した。しかし、その時、天使が反論を展開する。そもそも、今こうして強制されているのは自分のせいではないか、と。確かにそれは正しいことだ。お互いに私の中では言い分があって迷ってしまう。そうして迷っている最中、天使と悪魔は言い合いを続ける。しかし、この天使と悪魔は私が作り上げたものであるので、性格は私に準じているのだろう。やがて、言葉を交わすことが面倒になり、黙ったまま睨み合う。そして、次に何が始まるのか。決まっている。取っ組み合いだ。私の頭上で互いに相手の尻尾やら羽やら髪やらを引っ張り合い始めた。もはや、さっきまで何について言い合っていたかなど、どうでもよくなっていたようだった。ただでさえ突き付けられた二択に苦しんでいるというのに、頭上を騒がしくされる事に苛立ちが溜まる。やがて我慢の限界を迎え、ついに叫びを上げる。

 

「うるっさ〜〜〜〜〜い!!!!!」

「わっ。びっくりした。」

 

 教室は自分一人だと思っていたモモリだったが、いつの間にか一人増えていたらしい。天使と悪魔に気を取られすぎていたようだ。

 

「ご、ごめん!あんまりにうるさかったから・・・・・・。」

「?静かだったと思うけど・・・・・・。」

「あっ、いやー、頭の中がうるさかったというか・・・・・・。」

 

 少女は不思議そうにしていたが、やがてくすくすと笑い始めた。きまり悪さを感じながら、モモリは目の前の少女を観察していた。

 

 ミレニアムの制服を着ているのだが、何だかこの子には似合っていない。なんというか、キャラと調和していない。この子はもっと高貴なイメージが似合いそうだ。さっきの笑い方も全く嫌味でなくて、とても上品だった。後ろで束ねられた薄紫色の髪は花を思わせる。所作も完全に清楚系お嬢様のキャラにぴったりだ。一つ、その印象を裏切るとしたら、それは()だ。赤い瞳は、それまでの落ち着いた印象を裏切る様に好奇心に輝いている。だが、それはむしろギャップとしてキャラを引き立てている。もしも、自分がキャラクターに重きを置くゲームを作るのなら、是非とも密着取材をしたい逸材だ。こんな子がこの学園にいたとは・・・・・・・・・。

 

「あなたはここで何をしていたの?」

「私は補習を受けてたんだ!って、全然良いことじゃないけど・・・・・・。」

「ふふっ。」

「あなたは何をしてるの?」

「私は・・・・・・自分探し、かな。」

 

 話してみるとなかなかミステリアスな感じ。かなりの良質な属性持ちだ。ますます興味が湧いてきた。

 

「私はモモリ!あなたの名前は?」

「私は“ヒメ”って呼んで。」

「うん、わかった!よろしくね、ヒメ!」

 

 そこから、モモリは“ヒメ”に対して矢継ぎ早に質問を繰り返した。“ヒメ”は答えてはくれるものの、踏み込もうとすると上手く誤魔化されてしまう。それが余計にモモリを掻き立てて、さらに白熱していく。そして、会話はどんどん盛り上がっていった。その様子は邪魔が入らなければ、このまま日が落ちるまで続きそうなほどだった。しかし、学校という場所では楽しい会話は決まって中断されてしまうものだ。

 

 何をする為にここにいたかなどすっかり忘れていた頃のことである。教室の扉が開く音、そして、教壇を歩く音が聞こえた。そして、私はここにいた理由を思い出した。休憩時間は終わりということだ。上がりきったテンションは一気に萎えてしまった。仕方がなく気持ちを整えていると、何やら“ヒメ”が意外そうな顔をしている事に気付いた。一体どうしたのだろうか?そして、振り向いてみると教壇に立つ人物(?)は予想だにしなかったものだった。

 

 その者は腕が四本だった。明らかに人ではないが、おかしいのは腕だけではない。頭部の安っぽいデザインは見覚えがあった。二足歩行になってはいるが間違い無い、あれは生徒会長がご執心だというあの───!

 

「アバンギャルド君!?」

 

 驚きのあまり、叫んでしまった時だ。アバンギャルド君の目が赤く光りだす。

 

「1年A組所属、才羽モモリサン。今ノ発言ハ教師ニ対シテ適切デハアリマセン。私ノ事ハアバンギャルド先生ト呼ブヨウニ、以後注意シテクダサイ。」

「ご、ごめんなさい・・・・・・。」

 

 アバンギャルド先生・・・・・・・・・?しかし、確かに四本の腕にはそれぞれ、教科書、指示棒、チョーク、黒板消しなど教師らしい物品が備えられているが・・・・・・。ミレニアム学園の黒板は全て電子化されているので大体必要無い。あれは本当にこの学園の教員なのか?

 

「ソレデハ、授業ヲ開始シマス。」

 

 そのまま授業を始めてしまった。どうやら、このロボットが代わりに補習をするという事らしい。どことなく不安と違和感があるが、取り敢えずは従うほかあるまい。そういえば、ヒメは教室を出ないのだろうか?

 

「ねえねえ、ヒメはさ、補習を受けなきゃいけないわけじゃないんでしよ?帰らなくていいの?」

「何だか帰るタイミングを逃しちゃった。せっかくだから、受けていく。ロボットに教えてもらうの、初めてだから。」

「本当!?嬉しい!一人だと寂しかったんだよね!やっぱり友達が一緒のほうが良いよ!」

「友達?」

「うん!私達、もう友達でしょ?」

 

 その時、突如モモリの後頭部を強い衝撃が襲う。痛みに唸り声を上げながら、激突した箇所をさする。すると、さすった手が白くなっている事に気が付いた。衝突した物体の正体に見当がつく。

 

「どうしてチョークを投げるの!?普通に痛いじゃん!」

 

 チョークを投擲した張本人───アバンギャルド先生に向けて、モモリは理不尽を叫ぶ。しかし、アバンギャルド先生は少したりとも自身の行動を間違えだとは判断していないようだった。

 

「授業中ノ私語ハ厳禁デス。速ヤカニ慎ンデクダサイ。」

「少しくらい別にいいじゃん!」

「私語ハ許可サレテイマセン。今スグ、私ノ指示ニ従ウヨウニ。」

「むぅ~〜〜!わ、わかったよ。」

 

 こちらの話を聞く気は毛頭無い、といった様子だった。それは意思の宿らない冷たさを感じさせた。今も残る後頭部の痛みは不満を訴えかけるが、大人しく言う事を聞くしか無さそうだ。

 

 モモリがそう思った時だった。アバンギャルド先生の前に立つ生徒が一人いた。“ヒメ”である。

 

「モモリに───私の友達に痛い思いをさせた事、謝って。」

「ヒメ・・・・・・。」

 

 “ヒメ”の口から直接友達であると聞けた事、そして、自分の為に怒ってくれている事にモモリは心から嬉しさを感じた。

 

「授業中ニ立チ上ガル事、及ビ、許可無ク質問ヲスル事ハ、禁止事項デス。今スグニ席ニ戻リ、私ノ講義ニ集中シテクダサイ。」

「私は貴方の行いが間違っているって言いたいんだよ?それとも、貴方はそれが分からないほどに無能なの?」

 

 ・・・・・・かなりの火の玉ストレートだ。私の溜飲もいくらか下がりはしたが、今度は心配だ。

 

「発言ヲ撤回シ、今スグニ謝罪シテクダサイ。教師ヘノ侮辱行為ハ処罰ノ対象ニナリマス。」

「本当に無能なんだね。そうやって抑圧する事でしか、自分の正当性を保つことができないんだ。」

「───対象ヲ要指導生徒ト認定。直チニ特別指導ヲ開始シマス。」

 

 アバンギャルド先生は言うが否や、左腕の指示棒で“ヒメ”に殴りかかる。遠目から見ていたので今ようやく気付いたが、あの指示棒、かなり丈夫そうだ。振り下ろされる指示棒の勢いは一切の手加減は無い事を雄弁に語る。モモリは“ヒメ”の身の危険を感じた。しかし、“ヒメ”に指示棒が命中する事はなかった。指示棒の長さを正確に把握して躱したのだ。指示棒の先端が“ヒメ”の目の鼻の先を通り過ぎる。そして、驚いた事に“ヒメ”は相手の動作が終わり切る前に前進を開始した。それは“ヒメ”はお嬢様じみた雰囲気とは裏腹に肝が据わっていることがよく読み取れた瞬間だった。アバンギャルド先生の右手から教科書を奪い取り、そのまま下から上へと殴り付ける。教科書はそれなりの分厚さがあり、かなり綺麗に決まった。相手によってはこれで決まりなのだが、機械であったのが残念なところだ。痛みで悶えたり、気絶するなどという事はない。それが分かっている“ヒメ”は追撃に移ろうとしたが、アバンギャルド先生がそれを許容する事はなかった。腕を振り回すことで、接近を阻止する。そして両者の距離は開き、互いに睨み合う形になる。だが、この場にはもう一人いた。モモリだ。そして、彼女はこの事態を静観しているような性格ではなかった。

 

「私の怒りの弾丸を食らえ!」

 

 アバンギャルド先生が乱射される弾丸に防御の態勢をとった。乱射が収まった後もアバンギャルド先生は新たな敵対者の動きをうかがっていた。その間にモモリは“ヒメ”に彼女の銃を手渡しつつ、横に立った。その表情は険しい。

 

 モモリは先程の言葉通りに怒りを感じていた。チョークをぶつけられた事もそうだが、それだけなら引き金を引くには至らない。モモリが一番腹を立てているのは、“ヒメ”に暴力を振るった事だ。友達が苦しめられている。それだけでモモリには見過ごす事ができない。モモリにとって、大切な人はどんな理屈や正義にも勝る事はない。だから、この場であの教師がどれだけ正しかったのだとしても関係ない。ヒメを傷つけようとする敵からヒメを守る!・・・・・・明らかにヒメの方が強いけど。

 

「モモリ・・・・・・。」

「ヒメ、私も戦うよ。一緒にあの頭の固い教師をやっつけちゃおう!」

「───うん。」

 

 “ヒメ”は微笑んだ。それはそれまでの穏やかなものではなく、この後に起こりうるであろう愉悦に口角が上がる事が抑えきれない───いたずら少年のそれだった。モモリはその表情に、“ヒメ”という人物の本質の一部を見た気がした。彼女は名のように姫なのだろう。姫は姫と言っても、おてんば姫の方だが。

 

 数分後、教室は静けさを取り戻した。今となってはただの廃品でしかないそこのロボットは元々戦闘用に作られたわけではないようで、不良生徒にも劣るのではないかといった具合だった。ただ、ロボット特有の粘り強さがあった。それがそれなりに手間でそあったものの大したものではない。加えて、“ヒメ”が喧嘩慣れしていた事も拍車をかけた。モモリは荒くなった息を整えながら、“ヒメ”に質問する。

 

「ヒメってもしかして、結構ワルだったりする?」

「ふふっ、そうだよ。私、結構なワルなんだ。」

 

 モモリよりもはるかに軽く息を弾ませながら、そう言って悪戯めいた表情を浮かべた。モモリはその光景を資料として残したい衝動に駆られた。このままスチルにできるような光景であったのだ。だが、その一瞬はすぐに過ぎ去ってしまう。あまりにも名残惜しいが、如何ともし難いので泣く泣く心の内に留める事とする。

 

「私、そろそろ行かなくちゃ。今日はありがとう。すごく楽しかった。」

 

 そう言って、“ヒメ”は立ち去ろうとする。しかし───

 

「待って!」

 

 思わず引き留めてしまった。何となくもう会うことはないような気がしたからだ。だが、引き留めたところで何をするというわけでもないので、何も言葉が出なかった。そうして焦りに焦った頭で絞り出した言葉は、あとから考えるともっと何かあったように思う。

 

「私、あなたをモチーフにしたゲームが作りたい!」

「ゲーム?」

「う、うん!私、ゲームを作ってるんだ。だから、あなたのゲーム作ってもいいかな?」

 

 何が“だから”なのか意味不明だ。そもそも今日いきなり初めましてだった子にこんな事言うのどうかしてるし、言い方だってもっとあったように思う。でも、その後振り返っても後悔はしていない。だって、その返答が私たちの友情の証明になったのだから!

 

「うん、いいよ。いつかそのゲームを私にやらせてね。」

「!もちろんだよ!楽しみにしててね!」

 

 

 

 

 それから数日経った現在、モモリは楽しみにしていたゲームをやりながら、あの日を思い出していた。

 

 後日聞いた話では、あのロボットがアリスちゃんの呼ばれた理由だったらしい。なんでも、試験運用中に突然逃げ出したのだとか。いい迷惑だ。

 

 ・・・・・・あの後、彼女を見る事はなかった。それどころか名簿を調べても、“ヒメ”という生徒はいなかった。彼女は一体何者だったのだろうか?今となってはわからない。だが、一つ確かなのはあの子は私の友達だという事だ。だから、彼女が何者であったとしても構わない。

 

 その時、私の操作していたキャラクターのライフが尽きた。ちょうどいい切れ目なので、終わりにする事にした。

 

 あれから、約束のゲームの作成に着手している。ゲーム開発部の仲間たちに話すと、快く協力してくれると言ってくれた。ジャンルはまだ検討中だ。色々とやりたい事があり過ぎて、正直ごちゃごちゃなのだ。いつものように詰め込みすぎになってしまうかもしれない。だが、絶対に言える事がある。それはこれから作るゲームが、私の青春の1ページを飾る最高のゲームになるという事だ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 これは、モモリが嬉々として届いたゲームのパッケージを開けていた頃の話である。

 

 “ヒメ”は帰路についていた。その服装は先ほどとは異なっていた。セーラー服の上にフード付きの白いコートを羽織った格好は実に彼女に相応しく、恥ずべき点は何一つとしてありはしない。しかし、今の彼女はその姿を見せることなく、住処へと戻る事を望んでいた。門限があるわけではなかった。だが、彼女は立場で今日のような行動が露見した場合、煩わしい事態になる事を理解していた。望まぬ不自由に溜息が零れる。彼女を囚える檻は彼女の認知できる範囲を超えて強大で強固だった。故に時々、こうして一時の逃避を続けていた。そうでもしなければ、彼女は完全な傀儡と成り果ててしまう。自分を見失ってしまう。それをよく理解していた。

 

 私を知らない子なら、私に媚びる事も、怯える事も、崇める事もない。私を一人の少女として見てくれる。・・・・・・あの時、モモリは私を友だちと言ってくれた。それが私にとっては、何よりも嬉しかった。もう会う事はない。果たせない約束してしまったのは間違いだったのかもしれない。けど───それでも、彼女との絆は私の──────

 

「また他校に行っていたのか?」

 

 今日の出来事に浸っていた“ヒメ”は声をかけられ、思考の焦点を今に戻した。相手の存在は声を聞くまでまったく気づいてはいなかったが、警戒や驚愕といった反応を起こす事はない。その声を、そしてその主を“ヒメ”はよく知っているからだ。

 

 暗闇から一人の少女が姿を現した。その少女は刃を連想される鋭さを身に纏っていた。しかし、そこに触れるもの全てを傷つけるような凶暴性があるといった含みは一切ない。むしろ、その力を使う時を正しく見定める分別を行える高い理性を感じさせる。そして、その印象に違わぬ、研ぎ澄まされた瞳は“ヒメ”の返答を促していた。

 

「うん。今日はミレニアムサイエンススクールに行ってきたの。」

「どうやら楽しんできたようだな。だが、毎度遅くならないようにと言っているはずだ。」

「いつもごめんなさい。でも、やっぱりやめられないから。」

「まったく・・・・・・。おまえは筋金入りの問題児だな、秤ナツコ。」

 

 呆れたとばかりに諦めの溜息をつく。しかし、それは形ばかりのもので、その内心は彼女の置かれた境遇に誰よりも心を痛め、自身にできる事が一つでも存在する事を願っていた。だが、その本心を打ち明ければ、“ヒメ”───ナツコは少女が傷つくことを知っている。だから、あえて彼女の前では毅然とした態度を崩す事はしなかった。

 

「これは忠告だが、“ヒメ”という偽名はそろそろ変えたほうがいい。少しずつ噂になっているようだ。」

「本当?次はなんて名乗ろうかな?」

「私としては、もう偽名を名乗る必要がないようにしてほしいのだがな。」

「うーん、じゃあ、“ハナコ”とかどうかな?」

「・・・・・・何となくだが、その名前は止めたほうがいい。妙な悪寒を感じる。」

 

 ナツコとしては、花が好きだからと挙げた名前だったが、その名前は少女の直感通りまずいものだった。二人は知る由もないのだが、その名前は、特にトリニティにおいては、かなり特別な意味を持ってしまうのだ。言わずと痴れた、叡恥の少女の名である。

 

「そっか。じゃあ、止めておこうかな。」

「いや、あくまで私がそう感じただけだ。お前がいいと思うなら、私にお前を止める権利など・・・・・・。」

「そんな事言わないで。私はあなたを信じてるんだよ、錠前カオリ。私の親友、だから。」

「・・・・・・。」

 

 少女───錠前カオリはキャップを深く被り直し、顔を隠した。ナツコは知っていた。その動作をする時は照れ隠しのつもりなのだと。分かりやすいところが本当に可愛い、とナツコは思っていた。視線が向かないのをいい事に、ナツコはニヤニヤと笑っていた。

 

 しかし、場の和んだ空気は一瞬の内に引き締まる。

 

「ナツコ、奴らは何らかの計画を実行に移そうとしている。」

「───そう。」

「お前はその計画の中核に組み込まれているようだ。」

「──────そう。」

 

 ナツコが取り乱す事はなかった。あくまで、その反応は凪いだものだった。それを見たカオリは湧き上がる気持ちを抑えきれなくなってしまった。秘めておくはずだった思いが口を衝いて出る。

 

「ナツコ、逃げよう!あんないかれた連中に、お前が付き合う必要はない!」

「駄目だよ。そんな事できるはずがない。」

「そんな事はやらなければ分からない!」

「・・・・・・わかるよ。あの子(・・・)からは逃げられない。あの瞳は私を地の底までも捉え続けてくる。彼女を裏切った子たちの末路を思い出して。」

「そ、れは・・・・・・。」

「私はきっと命は助かる。でも、それは私だけ。カオリがいなくなるのは、私には耐えられないよ。そんな事になったら、その時こそ、“全ては虚しい”という言葉を否定できなくなる。」

 

“全ては虚しい”、その言葉を口にしたとき、ナツコの心は僅かばかりの温もりを残してその大半が凍りつくのを感じた。カオリを失うという事は、その温もりすらも失われる事と同義だ。

 

「・・・・・・・・・すまなかった。今の失言は忘れてくれ。」

 

 それから、沈黙が場を支配し続けた。それは二人が別れるまで居座り続けていた。別れた後、カオリは苛立ちを電柱にぶつけた。殴りつけた腕は痛みを訴えていたが、そんな事はどうでもよくなるほどに心は荒れていた。一方で、ナツコは力無く座り込んでいた。その心は穴が空いたように虚ろだった。奇しくも二人は、同じ瞬間に空を見上げる。暗闇を歩く彼女たちを照らす月はまだそこには無かった。

 

 




 引き続き読んでくださり、ありがとうございます。次回からも新たにキャラを追加していく予定です。それぞれのらしさと、新たな要素を上手く合わせていけるように頑張ります。
 誤字脱字や文章のおかしなところがありましたら、ぜひご報告ください。
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