“……我々は望む、7つの嘆きを。”
“……我々は覚えている、ジェリコの古則を。”
パスワードを打ち終えた瞬間、視界が光で満たされる。そうして、目が慣れてきた頃、目の前に広がる光景は先程までいた部屋ではなかった。
そこは、教室だった。机が置かれていたり、ロッカーや黒板があるところは実にそれらしいが、半壊した壁と天井、外に積み重なる机、そして、境界線によって隔たれているふたつの“青”が何処までも続く景色は、かなりの異質さを醸し出していた。それらが一体となって混在しているこの場は、浮世から離れた静謐さと清々しさを感じさせる。
そんな教室の中心に二人の少女が立っていた。
純真な青の少女が見せたのは、涙だった。それは、言葉では言い切れない、多くの思いの奔流だった。
聡明な黒の少女が見せたのは、微笑みだった。それは、言葉にする必要の無い、揺るぎない信頼だった。
「せんせ〜〜〜!!!!!!、かえってきてくれたんですね!!!!!!、ほんとうによかったです!!!!!!」
「先生、お久しぶりですね。・・・・・・おかえりなさい。」
「ああ、ただいま。アロナ、プラナ。」
そして、アロナは先生の下へ駆け寄り、勢いよく抱きつく。急なことで先生は尻餅をついてしまう。そんな先生にプラナはゆっくりと近づき、そっと先生に抱きしめたのであった。
その後、3人はしばらく話し続けた。3人の会話は途切れる事を知らなかった。それは、気づいたらアロナが寝ているまで続くほどだった。
「・・・・・・先生。」
「・・・・・・ああ、わかってる。」
そのとき、アロナにノイズがはしる。それは段々と激しさを増し、やがて収まると、そこにいるのはアロナではなかった。
「お久しぶりです、先生。・・・・・・これはサプライズのつもりだったのですが。」
「ああ、久しぶり、───。君なら、何かを残しててもおかしくないと思っていただけさ。」
そこにいたのは、愛していたキヴォトスという世界、そして、そこに住まう尊い数多の
「それは、私への信頼と取っていいんですかね?」
「もちろんだよ。私は君のことなら迷わず信じられるよ。例え、記憶がなかったとしてもね。」
「・・・・・・・・・そういうこと誰にでも言わないほうがいい、と言われたことがあるのではないのですか。」
・・・・・・笑って誤魔化しておく。
実のところ、先生はその意味があまりわかっていない。けっして頭が悪いわけではないし───むしろ、頭の回転は速いだろう───、人の心の機微には鋭いが、何故か自身に向けられる好意には疎いところがある。それは、先生の過去に起因するが、目の前の“超人”と呼ばれた生徒ですらそれを知る由はない。
「ここにいる私はA.R.O.N.Aに残した残滓にすぎません。お会いできるのも今回限りです。」
「うん。それでもうれしいよ。」
「・・・・・・も〜、またそういうこと言って・・・・・・」
そういう彼女の仕草はアロナそっくりだった。案外、彼女の素はアロナのようなのかもしれない。
「話を戻しますが、・・・・・・先生。まず、私は先生に謝らなければなりません。私はここに至るまで自身の思い描いた通りに事を進めてきました。それは、先生の大人としての信念に反することを強制させるものでした。・・・・・・ごめんなさい・・・・・・。」
「・・・・・・・・・。」
それはアリスのことだった。アリスは私を救うために多くの時間を費やしてしまった。それは、私が彼女の人生を決定させてしまったということだ。生徒たちの仮初めの居場所とはなっても、彼女たちの未来を自身で縛ることはしない。それが“先生”としての信念だった。それは簡単に譲れるものではなかった。しかし、そんなことは彼女だってわかっている。故に先生は何も言わなかった。
「ですが、それでもやらなければいけない理由が二つありました。」
「・・・・・・話してくれるかな。」
「はい。一つ目の理由はキヴォトスを滅ぼす厄災の種が一つ残っているからです。それは目覚めない確率もありますが可能性を観測してしまった以上、放っておくわけにはいきませんでした・・・・・・。」
「なるほど、わかったよ。・・・・・・一人でよく頑張ったね。」
「・・・・・・!」
詳しく事情を聞かないのには理由がある。それは彼女が話せないとわかっているからだ。
キヴォトスの生徒はそれぞれ神秘を保持している。それは自覚の有無を問わず、その生徒のあり方を決めるものだと聞いている。実際そうなのだろうと思う実例は何度か見てきた。そして、
神秘はその人物を決定づける。その
「君は
「・・・・・・ですが、うまくはいきませんでした。・・・・・・私では捻れて歪んだ終着点にしかたどり着けませんでした。」
「それでも、君がみんなを守ろうとした意志に間違いなんて無いよ。君が私に繋いでくれたから今があるんだ。・・・・・・大丈夫。大人として君の信頼に必ず応える。だから、安心して任せて。」
「──────はい。どうかお願いします、先生。」
このとき、私に約束を果たせる確証など一つもなかった。それでも彼女は笑ってくれた。必ず果たしてみせる。そう心に固く誓うのだった。
「さて、もう一つの理由も聞いていいかな?」
「はい。それは、──────
──────私が
「・・・・・・!!!」
「お気づきではなかったのでしょうが、私は初めて会ったときから一目惚れだったのですよ。だから、貴方の心に背くことになっても、貴方に生きていてほしかったのです。」
そのとき、彼女の身体にノイズがはしる。どうやら
「ここまでのようですね。・・・・・・・・・先生、どうか幸せに生きてください。」
このとき、彼女は先生の未来を自らの神秘で
・・・・・
「─────ありがとう。とっても嬉しかった。」
彼は私の
─────その言葉が聞けただけで十分だ・・・・・・。
やがて、ノイズは全身を覆い、収まったときには元通り、アロナがぐっすりと寝ていた。
「・・・・・・・・・先生・・・・・・。」
遠慮がちに私を呼ぶのはプラナだ。気を遣って何も言わずにいてくれたらしい。そして、いまも私のことを慮ってくれている。
「ありがとう、プラナ。でも大丈夫。・・・・・・今の話はないしょにしておいてくれるかな。」
「・・・・・・わかりました。・・・・・・時刻を確認。先生、そろそろ戻ったほうが良いのではないでしょうか。」
「そうだね。・・・・・・それじゃあプラナ、また明日。アロナもね。」
そう言いながら、アロナのほっぺをつっつく。寝言でいちごミルクのことを言っている。かわいいものだ。
プラナに見送られながら、意識を現実に戻す。外はすでに暗くなっていた。シャーレの激務がない場合の普段通りならばまだ寝るには早い時間だった。しかも、食事や入浴など何一つおこなっていない。しかし、短時間で膨大な情報を与えられた先生は、すでに何かをする気にはなれないほど疲労を感じていた。アリスたちも見当たらなかったので、とりあえずソファーを見つけ、そこでそのまま寝てしまうことにした。
私を取り囲む状況は大きく変わった。だが、果たすべきことに何も変わりはない。生徒たちを導く。そして、大人の責務を全うする。
激動の一日を振り返りながら、決意を新たにし、深い眠りにつくのであった。
書きたいことを書いていたら、長くなってしまいました。余計なものが多いと感じた方には申し訳なく思います。もし楽しんでくださったなら、それはとてもありがたいです。誤字が見つかった場合は、ぜひご報告ください。