ブラックマーケット。そこは100年の月日を経ても未だに残り続けていた。カイザーコーポレーションの失脚や、連邦生徒会による長期的な努力によってその規模は少しづつ縮小してはいるが、根本から変えるには至っていない。
つまり、現在の悪党にとっても、ブラックマーケットという場所は悪巧みをするのにもってこいの場所というわけだ。
そんな三流から一流まであらゆる悪人が集う場所で男たちはある計画を立てていた。その計画自体は、“やり返したい”といった目先の快楽に飛びつく事しか考えていない、くだらないものだった。うまくいくわけもない、仮に上手く実行できたとしても、その後逃げ切れるわけもなく、愚かであるとしか評価しようがない─────そんな計画のはずだった。だが、彼らの計画は誰も予想することのなかった事態へのきっかけとなってしまうのであった。
「いただきます!」
既にケセドとの戦闘の後処理を終え、急ぐ用事もない先生はゆっくりと朝の支度をしていた。ちょうど朝食を食べ始めたところだ。
「美味しいです!先生!」
「・・・・・・意外です。貴方に料理ができたとは・・・・・・。」
「二人とも口にあったなら良かったよ。」
満面の笑みを浮かべるアリスを見て、こちらまで明るい気持ちになる。・・・・・・・・・ケイの言い方には少し引っかかりを覚えるが、まあ気にしないでおこう。こうやってまともに料理したのは久しぶりだったので、少し心配だったが上手くできたようだ。
先生は元々、きっちりとした生活を送れるタイプだった。家事も要領よくこなすことができるため、本来は一人暮らしであっても何の問題も無い。では、なぜあんなにもだらしない生活になっていたかと言うと、それだけシャーレの業務が膨大であったということが理由に上がる。
「先生、この後のご予定は?」
「うーん、身近で手伝えることでも探そうと思ってたけど・・・・・・。」
本当はミレニアム外を訪れたいのだが、下手に動くとどんな事態に巻き込まれるか予想できない。今はシャーレのような私を守る肩書きもないのだ。そもそも、今の自分は生徒に養ってもらっている穀潰しだ。旅費まで出してとは口が裂けても言えない。しばらくはチャンスを待つしかないだろう。・・・・・・早く仕事を見つけなくては・・・・・・・・・・・・。
「私の仕事に同行するのはいかがでしょうか?今のキヴォトスを見るという点においてはいい機会なのではないかと思いますが。」
「ありがとう、ケイ。わざわざ誘ってくれて嬉しいよ。お言葉に甘えて行かせてもらうね。足を引っ張らないように頑張るから!」
「・・・・・・ついでに過ぎません。感謝は不要です。」
「先生、先生。ケイはあんなふうに言っていますが、本当は先生と一緒に行けることを喜んでいます。アリス、知っています。あれはツンデレです!」
「
「ふふっ。」
「何を笑っているのですか、先生。勘違いしないでください。」
ケイはどちらかといえばクーデレなのでは、と考えていたが当然口に出せるわけがない。というかそのセリフ・・・・・・、
「先生、今のは!」
「うん、かなりツンデレポイント高い!」
数秒後、腹部に強い衝撃を受けた先生は、危うく朝食を戻しかけるのであった。
「それでどこに向かってるの?」
身支度も終えたのでとりあえず出発したものの、仕事について全く聞いていないので詳細を教えてもらおうとする。ちなみに、アリスは後輩の実験の手伝いがあるそうで同行できなかった。少し残念だが、先約があるならば仕方ない。
「今回の目的地はブラックマーケットです。」
「目的は?」
「とある物品の回収です。」
「どんなものなのかな?」
「あるミレニアム生の製作物のようです。あの学園はどうも頭のネジがゆるい人物が多いらしく、研究予算を確保するために許可なく技術や試作品を外部に売り払うことが度々あるのです。今回もそのようなケースのひとつなのですが・・・・・・。」
「いつもこんなことしてるの?」
「いえ、全てに今回のような措置を取るリソースはありません。ですから、回収する必要があると判断されたものだけです。」
「それじゃあ、今回のターゲットは・・・・・・・・・。」
「ええ、少々厄介なものです。聞くところによると、物理的な衝撃を無効化する装甲だとか。」
「それって、結構凄くない?」
キヴォトスは銃社会だ。そんな装甲があったら強いなんてものじゃないだろう。一部の生徒は神秘を介して物理法則を無視した攻撃を繰り出すこともあるが、それは珍しい部類だ。大体は一方的に戦うことができる。
「確かに強力ではありますが、もちろん欠点も存在します。まず量産できない点です。材料が無重力下やそれに準じた環境でのみ精製可能であるため、入手が難しいのです。他にも問題があって・・・・・・・・・。」
話を聞いているうちにブラックマーケットに到着した。久しぶりに訪れた感想としてはさほど変わっていないといったところだ。いかにも怪しくて危険そうなものがそこら中に売られている。
「それじゃあ、情報収集といこうか!」
「いえ、その必要はありません。何処に在るかは突き止めています。」
「あっ、そうなんだ。」
「ただ、なるべく交渉で済ませるようにしますが多少荒っぽくなるかもしれません。」
「了解。その時は支援するから任せて。」
「はい。お願いします。」
その時、視界の片隅に見覚えのある人物がいた気がして辺りを見回してみる。・・・・・・・・・見つけた。やはり、間違いない。
「ねえ、ケイ。あそこにいるのって・・・・・・・・・。」
「対象を確認。あれは飛鳥馬トワですね。生徒会長の秘書である彼女がなぜこのような場所に・・・・・・・・・。」
彼女を見た回数はそれほど多くない。言葉もほとんど交わせていない。よって、彼女の人となりはほとんど知らないが、それでも分かる。あの様子は尋常ではない。直感が放っておいてはいけないと告げていた。
「ケイ、悪いんだけど・・・・・・・・・。」
「わかっています。放っておくわけにはいきません。行きましょう。」
一人で追いかけるつもりだったが、ケイは一緒に来てくれるつもりだった。ここには仕事で来ているにも関わらず、迷う素振りすら見せないことに思わず温かい気持ちになる。
「やっぱり君は優しいね。ケイ。」
「いきなり何ですか。問題が増えることを懸念しているだけです。」
「・・・・・・・・・。」
「何か言いたいことでも?」
「・・・・・・ナンデモナイデス。」
「・・・・・・でしたら、行きましょう。」
そして、二人はトワの追跡を開始する。見失わないように進みながら、ケイは先程のやり取りを反芻していた。
どうせ、素直じゃない、などと考えているのでしょう、まったく・・・・・・・・・。私は貴方が思っているようなものではないのに・・・・・・・・・。
──────でも、もし私が他者を思いやれているのなら、それはきっと貴方と
そんなことを考えたケイは少し呆れた、しかし、それを悪くないと思っているような笑みを浮かべていた。
「ん?どうかした、ケイ?」
「なんでもありません。そんなことより早く行きますよ。置いていっても構わないのですが。」
「ちょっ、待って・・・・・・。」
それから、数分間歩き続けるとトワは立ち止まった。後ろ姿しか見えないので様子は伺えないが、どうやら目的地についたようだ。あたりは大通りから外れた寂れた場所で、まさに治安の悪いといった様子だった。
「ここに何があるんだろうね・・・・・・。」
「先生、この場所は・・・・・・、今回の目的地です。」
「それって・・・・・・。」
「はい、ここに例の物品の持ち主がいるはずです。」
「偶然、なのかな?」
「わかりません。しかし、どうやら対象が同じであるようですね。」
その時、トワが建物の中へと踏み出す。その時、横顔が一瞬見えた。その表情は一見、無表情で冷静そのもののように見える。だが、彼女がトキと似ているからわかった。あれは激しい怒りを抱えていながらも、どうにか抑えているのだ。なんとか冷静さを保とうとしているのだろう。
「追いましょう、先生。」
「ああ。」
そして、先生たちも建物の中へと入る。内側も外観から受ける印象と変わらなかった。もはや廃墟同然といった様子で、とても人が暮らしているようには見えない。
その時、階上から激しい音が鳴り響く。キヴォトスに来てから毎日のように聞こえる音、すなわち銃声だ。
「先生、三階からです。」
「了解!」
急いで階段を駆け上がる。その時、先生は自分の体の変化を痛感した。まだ走り出したばかりだというのに、呼吸が苦しい。足も重たくなり、心臓の鼓動はうるさいくらいに激しい。アリスの忠告が頭をよぎる。以前のような無茶はもう許されないらしい。
だが、そんなことにかまっている場合ではない。呼吸を荒げつつも走り、銃声の鳴り響く部屋へと急行する。
「先生、私が突入します。壁の裏側に隠れていてください。」
「了解。周囲の警戒は任せておいて。」
ケイの能力は特殊だ。彼女一人で戦うならば、私の指揮はかえって邪魔になるだろう。ここはバックアップに専念しよう。
「警告します。全員、直ちに戦闘を停止してください。警告に従わない場合、安全は保証しません。また、こちらに害意があると判断した場合も同様です。」
ケイが突入とともに牽制を行うさなか、先生は相手に悟られないようにそっと覗き込む。部屋の状況を見ると、三体の人型ロボットとトワが確認できた。協力してもらったときの実力から判断するなら、既に制圧していても良さそうなものだが・・・・・・。ロボットたちも一見したところでは一般的な戦闘用ロボットとそう違うようには見えない。だが、油断は禁物だ。ロボットたちの動きに神経を研ぎ澄ます。
「ケイ先輩・・・・・・、どうしてここに・・・・・・。」
「なんだぁ、ガキ。ここは遊び場じゃねえんだ。痛い目見る前に帰んな。」
三流悪党の安っぽい言葉だ。もちろん、ケイは微塵も動揺しない。
「貴方達に対する要求は二つです。一つ目はその子をそのまま開放すること、二つ目は貴方達が所有する特殊装甲を全てこちらに引き渡すことです。以上の要求に逆らう場合は、強制的に従ってもらうこととなります。・・・・・・それから忠告ですが、その話し方は改めたほうが良いです。自らの思慮の浅さを教えているようなものですから。」
「てめぇ、調子に乗るんじゃねえぞ!!」
三体の内の一体が苛立ちを隠そうともせず、握りしめた銃を構えようとする。しかし、まるでこちらに“今から撃ちます”とでも言わんばかりの雑な動作をケイが見逃す筈もなかった。即座に放たれた一撃は狙い通りの地点へと命中し、ロボットが握っているはずの銃は後方へと弾き飛ばされる。
「なっ───!!」
「警告はしたはずです。次はもう少し賢明な判断ができるといいですね。そんな機会があればですが。」
ケイはそのまま装填された弾丸を全て撃ち出す。その射撃は正確無比そのものであった。的確に急所を撃ち抜かれたロボットは狼狽えたまま倒れる。リロードを行いつつ、倒れたロボット二体に向かって再度警告を行う。
「貴方達もこうなりたくなければ、今すぐに私の要求したとおりに動いてください。それとも、わざわざ倒されてからのほうがいいですか?」
「くくくっ・・・・・・。」
「何がおかしいのです?」
「ケイ先輩、避けてください!」
「!」
刹那、倒れたロボットがケイに襲いかかる。トワの言葉に咄嗟に反応したケイは後方へと飛び退る。間一髪のところで不意の一撃を躱すのだった。
「おいおい、何やってんだ!」
「わりぃ、わりぃ、予想外だったから驚いちまってよぉ。・・・・・・ようガキ、やってくれるじゃねえか。」
「・・・・・・なぜ動けるのですか。」
「お前ならわかんじゃねえかぁ〜。」
倒されたはずのロボットは巫山戯た口調で話しながら、自身のボディを軽く叩く。
「状態を把握。自身の身体に特殊装甲を使った、ということですか。」
「その通り!!つまり、お前の攻撃はきかねえってことよ。降伏するなら今の内だぜぇ。そうすりゃあ、お前は生かしてやるよ。」
「その口ぶりではこの子は殺すということですか。」
ケイはトワに歩み寄りながら、相手の思惑を把握しようとする。
「当然だ。その女は絶対に殺す。一年前の恨みは今も忘れちゃいねぇ・・・・・・。俺達はこのときの為に・・・・・・
「ふざけるな!!!!!!」
抑えられぬ叫びが部屋中に響き渡る。このとき、トワは始めて胸の内に秘めた激情を解き放った。それは奥底で燻っていながら、行き場を見つけられずにいた怒りと悲しみだった。その場の誰もが圧倒され、苛烈さはより増していく。
「お前達は裁かれるべき悪だった!!私達は正しさを貫こうとしただけだった!!なのにっ・・・・・・、なのにお前達の私利私欲のせいでっ・・・・・・、そんなくだらないものであの子は死んだ!!お前達みたいな汚い大人があの子を殺したんだ!!許さない・・・・・・私はお前達を絶対に許さない・・・・・・たとえ地の果てまで逃げてもお前達を殺してやる・・・・・・!」
キヴォトスという世界は銃が当然の様に隣にありながら、死は近いものではない。頑丈な身体によって容易に命を手放させることはないからだ。
───だからこそ先生は推測できた。トワの言う“あの子”には命を落とすに至るまでに壮絶な苦しみがあっただろうことが。そして、殺意を叫ぶトワが同じ、いや、それ以上の苦痛が与えられることを目の前の怨敵に望んでいることを。
一切の動きがなくなり沈黙が場を支配する中、何者かが突然に、しかも部屋の入口から突入した。その挙動は美しいまでに効率的なものだった。それは兵士としての理想と言っても差し支えないだろう。
乱入者は二人。一人が入口に最も近かったロボットに瞬時に近づく。そして次の瞬間には、ロボットが宙を舞っていた。投げ飛ばされたロボットはそのまま地面に叩きつけられ、ワイヤーガンによって拘束される。皆が眼前の状況に注意を引かれている中、もう一人は背後から蹴り飛ばされ、壁に打ち付けられる。そして、あえなくワイヤーによる拘束をうける。状況が急速に動いた中、乱入者の目的を理解したケイは残された一体の足を払い転倒させる。ケイと乱入者の一人が一瞬、目を合わせる。意図を察しているケイは地面に転がるロボットから距離をとる。そして、予想と違わず、最後のロボットも他と同様に捕縛されるのであった。
こうして、わずか数秒で制圧は完了した。確かに体術やワイヤーならば、物理的な衝撃を防げたとしても無力化することはできるだろう。事前に対策を行っていることがわかる。つまり、彼女たちがここにいるのは偶然ではない。
「指揮官、制圧が完了しました。」
最初に攻撃を仕掛けた人物がインカム越しに指揮官と呼ばれる人物に状況を報告している。もう一人は周辺の警戒を行っていた。報告を終えたようで一呼吸おいたかと思うと、ケイへと向き直る。
「協力感謝します。私たちはSRT特殊学園KITTEN小隊。私は隊長を任されています、七度ユキナです。」
「いえ、こちらこそ助かりました。私は天童ケイ。さすがSRT、見事な手腕でした。」
「ありがとうございます。しかし、そちらの当意即妙さには負けます。あれはご自身の判断で?それとも、そちらのあなたの指示によるものでしょうか?」
こちらに視線が向けられる。にこやかに対応しつつも、こちらを測っている、そんな視線だ。なかなか抜け目のない子らしい。私が何者かもわかっているのだろう。
「いや、あれは全部ケイ自身で考えた結果だよ。私は何もしていないさ。挨拶が遅れたね、私は先生、よろしくね。」
「あなたがあの先生ですか。ご活躍はお聞きしています。こうしてお会いできるとは光栄です。」
「そんな大層なものじゃないよ。今回は助けてくれてありがとう。」
「・・・・・・へぇ〜、あなたが先生・・・・・・。」
周辺の警戒を行っていたもう一人が口を開く。
「思ってたよりも情けない感じですねぇ〜・・・・・・。これなら、私達の指揮官のほうが・・・・・・。」
「言葉を慎め、カナ。ご無礼をお許しください、先生。後でよく言い聞かせておきますので。」
「あはは、気にしなくていいよ。生徒のみんなに頼りっきりていうのは、間違いないしね。それよりも、何か話したい事あるんじゃないかな。」
ユキナ、カナ、トワの三人に視線を向ける。先程からトワはずっとユキナを凝視していたし、カナは若干の敵意をトワに向けているように思う。ユキナはそんなカナを諌めるように圧をかけつつ、あえてトワの視線を無視している様であった。ただならぬ雰囲気を感じる中、敢えて会話を促してみる。すると、躊躇うような素振りを見せつつも、おもむろに口を開くのだった。
「久しぶりだな、トワ。・・・・・・元気にしていたか?」
「お久しぶりです、ユキナ先輩。その節は大変ご迷惑をおかけしました。」
「いや、いいんだ。あんな事があったからな・・・・・・。お前の選択も理解できるさ。」
「ユキナ先輩・・・・・・。」
「・・・・・・だが、この件にはこれ以上首を突っ込むな。過去の因縁は我々が終わらせる。お前は今の居場所でやれる事をやればいい。」
「しかし───!!」
「あの〜、隊長の言う事、理解できませんか?」
食い下がろうとするトワに、カナはたちはだかるようにトワの正面に立つ。
「逃げ出した奴が今更この件に関わる資格はない、ということですよ。わかりますよねぇ〜。」
「っ───!・・・・・・・・・・・・あなたは・・・・・・。」
「ああ、挨拶がまだでした!私は不知火カナと申します。あなたの抜けた穴を埋める形で入隊しました。以後、お見知りおきのほどよろしくお願いしますね、センパイ。」
「無駄話は終わりだ。行くぞ。」
そう言うと、ユキナとカナは縛り上げたロボットたちを軽々しく抱えながら撤収しようとする。
「待ってくれないかな。」
────しかし、先生がそれを引き止めるのだった。
「・・・・・・まだ何か?」
「私達の目的はそこのロボットたちの装甲なんだ。元々はミレニアムの物らしくてね。」
「・・・・・・わかりました。引き渡すように取り計らいます。それでいいですか?」
「いや、それがさ。ここにあるだけじゃ足りないんだ。だよね、ケイ。」
「ええ、明らかに足りていませんね。」
「何が言いたいのですか?」
「装甲の回収と犯罪者の確保、お互いの利害は一致してるしさ。協力するのはどうだろう?」
ようやく書けたので、投稿を再開していきたいと思います。気が付けば一ヶ月近く経ってしまった中、再び読みに来てくださった方には感謝の念に堪えません。新たに読みに来てくださった方も、少しでも楽しんでいただけていたらとても嬉しいです。文量がいつもより多くなっておりますが、遅れた分だと思ってください。内容はあまりありませんが。誤字が見つかった場合はぜひご報告ください。