もしウマ娘の世界があべこべだったら   作:hanekio

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第9話 パスタの悲劇

 トレセン学園コラボの動画撮影後、僕は恥ずかしさに苛まれていた。

 

 あんなに自分の涙腺が弱いとは……!

 

 あの姿は周りにどう見られていたのだろうか。意味わかんないタイミングで泣き出した変な男と思われてないだろうか。あの時の周りの反応は概ね暖かかったので大丈夫だとは思うが……。

 

 家に帰ってからも大変だった。

 

 ご飯を作って待っていたお母さんが、帰ってきた僕の眼を見て、涙の痕に気づいてしまった。

 駆け寄ってから僕の頭を胸に抱きしめ、「何があったの!?」と護衛官さん達に向けて泣きながら叫んだのだ。

 

 一旦お母さんを宥めて、護衛官さん達も含めて家族会議が行われた。そこで起きたこと、僕が泣いた理由を正直に話したのだ。

 

 男性を元気にしたいからウマチューブを始めたのに、勝負に負けてしまった。

 間違いなく集中して、全力を出せていたのに、対等な条件だったのに届かなかった。

 僕は負けることは許されないと思っていたから、絶望を感じた。

 

 だが、対戦相手のメジロライアンさんの言葉で気づかされた。

 自分の視野が狭くなっていたこと。

 自分を追い込み過ぎて余裕がなくなっていたこと。

 一人で何でもしないといけないと思い込んでいた。

 

 彼女の「一緒に」という言葉に。

 あなたは一人じゃないと言ってくれたことに。

 

 まるで、目の前の靄が晴れたように視界が広がった。

 気が付いたら涙が流れていた。

 

 ……という、その時の心情も赤裸々に、全部を話した。

 

 お母さんは「またひとつ成長したのね翼! でも何だかお母さん寂しい!」といってまた泣きながら抱きしめてきたが。僕の涙腺が弱いのは、この人の遺伝だったようだ。

 

 

 あの日に経験したこと、学んだことは本当に大きなものになった。

 そして、メジロライアンさんは凄いウマ娘だと思う。

 初対面のはずなのに、まるで僕の悩みを見抜いたかのように心に響く言葉を言ってくれた。

 優しく、強く、思いやりがあるウマ娘なんだと思う。

 

 僕の中で、メジロライアンさんへの好感度は一瞬で天井まで上り詰めた。

 ライアン師匠と呼びたい。

 僕もああいう、強くてかっこいい人間になりたいものだ。

 

 自分を振り返ると、同年代の女子に言われるまで、自分を追い詰めすぎている事に気づけないというのは情けない限りだった。何なら、前世を合わせると結構年上なのに。

 

 

 

 だが、振り返って落ち込んでばかりはいられない。反省点を見つけたら改善するのみだ。

 

 原因は一人で何でもしようとしすぎたことだ。

 女神さまから授かった使命がプレッシャーになっていることは間違いないが、これは僕自身、成し遂げたいと思っている事なのでカウントしないものとする。

 

 現在、僕は動画の撮影、編集、企画、動画に使うフリー素材探しなど、結構やることが多い。学校とトレーニング以外の時間は、ほとんどパソコンの前に座って作業している。

 

 特に編集が難しい。どうしても時間がかかるし、こだわるとキリが無い。

 

 これを外注出来ないものかと、僕の護衛官である『カナ姉さん』ことオシカナインに相談したところ。

「私にお任せください」

 と、力強く胸を叩いた。

 

 編集作業を見せてもらったところ、明らかに僕よりも作業スピードが速く、仕上がりやサムネイルもセンスがある。いつでも頼ってもらえるように、学習していたとのこと。

 護衛官は本当に優秀なエリートしかなれないというのは間違いないようだ。

 

 カナ姉さんの作業を横で一緒に見ていた、0歳から僕の護衛をしてくれている『トキ姉さん』ことトキワの方へ、ちらりと視線をやると。

「大丈夫、メジロライアンは私が倒してあげるよ~」 

 と、力強く胸を叩いた。

 ライアンさんを倒さないでください。

 

 トキ姉さんの後ろからぴょこんと顔を出したお母さんは「私も私も!」とアピールするため、何をしてくれるのか聞くと。

「これからも毎日美味しいご飯を作ってあげる!」

 と、力強く胸を叩いた。

 いつもありがとうございます。

 

 かくして、僕のウマチューブ活動は家族の協力を得て、さらに突き進んでいくのであった。

 

 

 

 

 コラボ動画をウマチューブに投稿した翌日。

 

 反響は過去に無いほどのものとなった。

 

 男性がウマ娘に挑戦する姿は、強く視聴者の胸を打ったのだ。僕としても誇らしく、次こそは負けないという意欲が沸き上がってくる。

 

 僕の泣いた場面やライアンさんと握手をした場面はカットされた。ファンの嫉妬を煽る可能性があると判断されたためだ。

 

 その結果、対決後にベンチで呼吸を整えていたはずの僕は、場面が変わると焼きそばを片手に締めの挨拶をしているという謎のエンディングになってしまった。

 

 焼きそばに気づいたコメント欄も困惑し、焼きそばの意味を深読みした考察班まで出現していた。

 ちょっと面白かったので、そのまま放置することにしている。

 

 

 

 そして、ついに男性からも反応があった。

 ウマチューブでは投稿者用のツールとして、チャンネル登録者の年齢や性別が分析できる機能がある。

 コラボ動画からは、普段よりも多くの男性が登録してくれていたのだ。

 

 さらに、数少ない友人のたかしくんから「トレーニングを教えて欲しい」と声をかけられた。もちろん大喜びで承諾した。後日、放課後に一緒にトレーニングをする予定である。

 

 来てる、来てるぞ! 大きな波が!

 このチャンスを逃す手は無い!

 

 僕には以前より温めていた、2つの切り札的企画がある。

 

 そのうちの一つの札を切るときが来たのだ。

 

 

 今までの活動は、筋トレやストレッチの動画が主で、配信をしたことが無い。

 

 チャット欄とのやり取りが出来る生配信の初回は注目を集めるだろうと思い、ここぞ、という場面で、インパクトのある内容をしようと思っていたからだ。

 

 アスリートにしても、ボディメイクにしても、健康目的の運動だとしても、大切な要素は共通して3つある。

 

 運動、食事、睡眠の3つ。

 

 体づくりをしようと思っていても、この3つのうち一つでも疎かになれば、望む結果は得られないと言っても過言ではない。

 

 運動に興味を持った男性の登録者が増えてきた今、食事についても意識を向けてもらう必要がある。

 

 この世界では、男性が自ら料理をすることは少ない。

 

 なので、マネしやすく、インパクトのある内容で勝負する。

 

 

 

『【初生配信】ツバサのお料理教室!【簡単ヘルシー】』

 

 

 いっくぞ~!

 

 

 

 

 

――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――――フランス、トレセン学園。

 

 日本時間20時にツバサが初配信を始めたころ、フランスの現地時間では12時を迎えていた。

 

「よし! 良いタイムが出ているよヴェニュス!

 トレーニングを切り上げて食事にしようか」

 

「はい! トレーナー!」

 

 日本から遠く離れたこの国においても、トレセン学園に所属するウマ娘達は日々トレーニングに励んでいる。

 レースにおいては天賦の才を持つウマ娘、ヴェニュスパークもその一人だった。 

 

 トレーナーと学園の食堂に移動して一緒に食事をとろうとしたとき、トレーナーとヴェニュスパークのスマホの通知音が同時に鳴った。

 

「あ! ツバサの新しい動画かな? ……生配信だって!?」

 

 トレーナーがスマホを見て驚く。そう、ヴェニュスパークとそのトレーナーもツバサを応援するファンの一人だった。

 日本のウマ娘と違い、フランスに居を構える二人にとっては遠い島国での出来事である。そこまで熱中しているわけでは無かったが、滅多にお目にかかれない男性(しかもかなり顔も整っている!)が見れるとあって動画は良くチェックしていた。

 

「生配信は初めてじゃないか? ちょうど良い、これを見ながら昼食を食べようか」

 

「師匠がいたら怒られちゃいますけどね、せっかくですしそうしましょうか」

 

 二人は配信を流しながら食事をすることにした。

 

 

*****

 

『こんにちは、ツバサです!

 今日は初めての生配信ということでとても緊張しています。

 ……あ、チャットも見えてますよ~。

 え~と、流れが速いな……、コラボ動画カッコよかったです?

 あ、ありがとうございます!』

 

チャット欄

:こんにちは!

:すきすきすき

:こんにちは!

:コラボ動画カッコよかったです!

:ツバサくん料理もできるのマジ最高

:Hi Tsubasa

 

*****

 

 

 ヴェニュスパークは日本語が分からないので、アプリの自動字幕生成を使っている。どうやらチャット欄からコラボ動画について褒められたツバサが感謝を述べているようだ。

 

 あのコラボ動画は私も感動したな、フランスに来てくれたら私も対決をしたいのに……。

 

 そう思うが、男性の国家間の移動はとにかくリスクが高く、そう滅多にあるものでは無い。ましてや、ツバサのような注目を浴びている男性が国外に出ることは非常に困難だろうなと考える。

 

 

*****

 

『今日はですね、お料理教室ということで

 誰でも簡単に作れるものをご紹介したいと思います!

 今まで料理をしたことが無い方も

 ぜひおウチで作ってください!ご家族も大喜びだと思います!

 じゃあまずは材料の紹介から!』

 

チャット欄

:食べた~い

:食べた~い

:キミをたべたい

:包丁使うのかな?怪我しないようにね!

:たのしみ

:これ自宅ですか?

 

*****

 

 

 食材を紹介していく。ペンネ、鶏ひき肉、トマト缶、パプリカ、オニオン……など。

 どうやら鶏肉を使ったヘルシーなボロネーゼを作るようだ。

 

 隣のトレーナーはパスタの本場イタリア出身のためか、パスタを作ることに対して「もしかして彼はイタリア料理が好きなのかな!?」とテンションが上がっている。

 

 材料を紹介した後は、意外と手際よく食材を調理していく。

 

 

*****

 

『今日は全部包丁で切ってますけど、

 フードプロセッサーを持っている人はそっちの方が楽が出来ますよ!

 え~と、……上手でビックリした、怪我しないでね……もちろんです。

 こう見えても時々母に料理を作ったりもするので結構慣れてるんですよ』

 

チャット欄

:お母さんうらやま

:こんな子が産みて~

:ちょうど材料が家にあるので一緒に作ってます!

:かっこいい

:これスタジオですか?

:すきすきすき

 

*****

 

 

 料理に集中してしまい、あまりチャットは読めていないようだ。そんなちょっと不器用なところも可愛く見えるから不思議なものだとヴェニュスパークは思う。

 彼は手際よく調理をしていた手を止めて、ふと何かを考えているようだ。

 

 

*****

 

『えっと、今日作っているのはミートソースパスタ何ですけど。

 本場のイタリアでは別の言い方がありましたよね。何だっけ?』

 

チャット欄

:ボロネーゼ

:ボロネーゼ

:ボロネーゼ

:ボロネーゼ

:窓を映せますか?

:さっきから居場所特定しようとしてるやついるな

 

*****

 

 

 ツバサは「そう、ボロネーゼでした!」と正解がわかってスッキリした表情だ。

 ちなみに隣のトレーナーも「ボロネーゼだよ、ツバサ!」と叫んでいる。

 他のテーブルでもスマホを食い入るように見ているウマ娘が多く、この配信を見ている者はきっと世界中にいるのだろう。

 

 

*****

 

『さて、鶏ひき肉を炒め終わりましたので、ここからが本番!

 秘密兵器の登場です! 炊飯器ー!』

 

チャット欄

:わくわく……え

:え

:何

:まさか

:ちょ

:それご飯を炊くものだよツバサくん

 

*****

 

 

 トレーナーの顔が引きつっている……。「ジョークだよな……、それはパスタを茹でるには小さすぎるよ」とつぶやいている。

 いつもは頼りがいがあるトレーナーの珍しい表情に、ヴェニュスパークは思わず吹き出しそうになるが何とかこらえる。

 どうやらチャット欄も不穏な気配を漂わせているが、料理に夢中なツバサは気が付いていないようだ。

 

 

*****

 

『これにペンネをどん! 鶏肉をどん! みじん切りにした野菜をどん!

 調味料なんかも全部入れて混ぜます!

 あとは炊飯ボタンを押して1時間ほど待つだけ!

 ……そして、出来上がったものがこちら!

 配信前にもう一つ仕込んでたんです。

 こちらっていうのが一回やってみたくて、えへへ』

 

チャット欄

:ツバサくんやばいよ気づいて

:かわいいが

:草

:炊飯器ってそういうものじゃないよツバサくん!

:草

:イタリア人が怒るかも

 

*****

 

 

 トレーナーは「ああ神さま……、あんな冒涜的な料理が既にもう一つ作られているなんて」とか、「もうパスタはグズグズだろう、誰が彼にあんな調理を教えたんだ」とか、この世の終わりのような表情をしている。

 周囲のテーブルにいる、イタリア出身のウマ娘達も悲鳴を上げている。

 

 ヴェニュスパークは笑いをこらえていた。……今笑うとイタリア出身者を敵に回してしまう。

 しかし、気持ちは分かるが、あそこまで大げさに嘆かれると逆に滑稽に見えてしまう。

 

 

*****

 

『お皿に盛りつけて、パセリを振りかけて。

 はい、ミートソースパスタの完成です!

 見てください、ペンネの形は残ってるでしょう?

 意外と溶けたりしないんです。

 早速味見を……うん、ウマーい!

 柔らかくて、消化にも良いと思います!』

 

チャット欄

:おいしそうではある

:だれか、炊飯器で料理するのはお行儀が悪いって教えてあげて

:ツバサくんチャット見て!

:あーんしてほしい

:Non si può più chiamare pasta(それはもうパスタとは呼べない)

:イタリア人ブチ切れてるよ

 

*****

 

 

 隣のトレーナーが「いっそ形が残っていないほうがマシだった……」と顔を押さえて天を仰ぐ。

 ヴェニュスパークはついに我慢できなくなり吹き出してしまう。

 

 ああ、楽しい。

 ツバサは次に何をしでかすのか分からない。

 ビックリ箱のような人間だ。

 見ていて本当に元気を貰える。

 

 ヴェニュスパークは「何を笑っているんだ、君にはこの悲劇がわからないのかい」と詰め寄ってくるトレーナーに謝罪しつつ、午後のトレーニングも頑張ろうと思うのだった。

 

 

 

 

 

 ヴェニュスパークのやる気が絶好調になった!

 イタリア出身ウマ娘がスキル「パスタの悲劇」を獲得した!

 

 

 






スキル説明「パスタの悲劇」
イタリア国籍のウマ娘が日本の国際G1に出走する際、あの悲劇を思い出してやる気が1段階上昇する。


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