イタリア大使館からパスタのレシピ本とお手紙が届きました。
僕はそんなに酷いことをしましたか……?
前世の知識でパスタを折るとイタリア人が怒るというのは知っていたけど、どうやら炊飯器に入れて長時間加熱するのもダメらしい。
恐る恐る手紙を確認すると。
『初めまして、ツバサ君。私はイタリア大使館のアレッサンドラ・バルディだ。
いつも活躍を拝見しているよ。君という素晴らしい存在と同じ時代に産まれた奇跡を神に感謝しているくらいだ。
……(中略)
先日、君の料理配信を視させてもらったよ。我が国の料理を気に入ってくれているようで、非常に喜ばしく思っている。
しかし、君の個性的な調理方法を見て、我々はあることを危惧したんだ。
もしかしたら、君は本当のパスタを味わったことが無いのかもしれないとね。
もちろん、知識にせよ、料理にせよ、情報を得る機会とは偶発的な要素もあり、知ろうとしても誤った物を本物と認識することもあるだろう。
そのことに関して、我々が君に対して特別な隔意を持つことはあり得ないと理解してほしい。
……(中略)
そういった考えから、今回は我が国で出版され、日本語に翻訳されたレシピ本を送らせてもらった。
もし、君が望むのであれば、最高の食材を一流のシェフを派遣する用意も出来ている。
実は私の祖母は、祖国でレストランを営んでいてね、私も手ほどきを受けているので家庭料理はちょっとしたものだと自負している。
下記に私のプライベートなアドレスを記載しておくので、興味があれば連絡をくれると嬉しいよ』
その下にメールアドレスが書かれていたであろう箇所は、黒線で塗りつぶされていた。
男性護衛協会を通じて送られてきたので、検閲を受けたのだろう。
どうしようコレ……、男性に配慮した丁寧な文章だけど、ちょっと怒ってる?
どう判断して良いか分からず、お母さんや護衛のお姉さんに相談するが「思うとおりにして良い、無視しても大丈夫だよ」とのこと。ホントにぃ~?
ちなみに、炊飯器で作る簡単ご飯を今回の企画にした理由は、ネットで調べる限り、そういった調理方法が見当たらなかったからだ。
僕は、誰もやってないってことはチャンスってことだな! 前世の知識チートだ~!
と大喜びして、まずはお母さんや護衛のお姉さんに料理を振る舞ったのだが。
その時の反応は大絶賛だった。
「すっごく美味しいよ! 翼はお料理の天才だね!」とか「炊飯器の使うという斬新な発想、素晴らしいと思います」とか、べた褒めされていい気分になっていたのだ。
だが、一般的には炊飯器で料理というのはあまりマナー的によろしく無いようだ。
ネットの一部では、
ツバサ君がマナーを知らないと馬鹿にされたり、炊飯器が故障をしてツバサ君が怪我をするかもしれないという『炊飯器反対派』
ツバサ君の自由な発想を奪うな、別に直接火にかけるとか危険なことはしていない、米以外を入れてはいけないというなら炊き込みご飯も出来ないじゃないかという『炊飯器賛成派』
この二つの勢力に分かれて別れてバトルをしている。
僕のために争わないで、とは思うが。あくまで、男性が興味を食事や料理にもっと興味を持ってもらう事が目的なので、今後も炊飯器は使わせていただきます。
とはいえ、ウチの家族は僕に甘々で全肯定するところがあるため、今回のパスタの騒動など、問題を事前に回避できるよう相談できる人が欲しいところではある。
誰か良い相談相手がいないかなぁ……。
――――――――――――
メジロライアンは、母親と弟と共に、特別区域の市民会館を訪れていた。
市民会館には男性用ジムや、男児用のキッズプラザ、図書館、カフェなど様々な施設が併設されており、男性が安心して運動や食事、文化的な活動が出来るように設立されたものだ。
基本的には女人禁制ではあるが、家族と護衛官の同伴は許可されている。
今日はトレーニングが休みだったため実家に寄ったところだった。
母親が、弟にもツバサくんのように元気に育ってほしいと話すため、たまには家の外で思いっきり遊ばせたいという話になり市民会館のキッズプラザに行くことになったのだ。
ライアンは弟を大切に思っており、トレーニングの合間を縫い、時間が取れる時は帰省して弟と遊ぶ時間を作るようにしている。
確かに、たまには環境を変えて上げたほうが弟の情操教育にも良いかもしれないと思い、同行することにしたのだ。
豪華で清潔感のある建物、広い駐車場に対して、停まっている車はまばらだ。
ライアンの母親曰く「これでもツバサくんが出てくるまではもっと少なかった。男性が影響を受けて活気が出て来ている」とのこと。
何となく、ツバサくんが褒められたことが嬉しくて笑顔になってしまう。
ふと我に返り、なぜ自分が嬉しくなっているのか、付き合っているわけでもないのに……!
恥ずかしくなり、顔が熱くなってしまう。
弟の護衛官が先に車を降り、ドアを開けて弟を抱っこしているライアンを誘導する。
施設に向かって歩いていると、少し離れたところにもう一台の車が止まり、見知った顔が出てきた。
ツ、ツバサくんだ……!
声をかけたくなったが、グッと我慢する。
特別区域の市民会館では、男性がくつろげるよう、女性から声をかけることは禁じられている。
以前にナンパ目的で親戚の男の子に同伴して施設に来る者がおり、男性やその家族からクレームが出たことがあるからだ。
とはいえ、筋トレ対決以降、ライアンはツバサを男性として意識してしまっている。
向こうから気づいてくれないだろうかと、チラチラと視線をやるのは仕方がない事だった。
ちなみに、ライアンの母も「あっ…ツバサくんだ」と気づいている。
弟の護衛官は流石と言ったところか、ツバサを認識したほんの一瞬は動きが止まったが、それからは弟の警備のため、周囲を警戒しながら弟を抱っこしたライアンと母を誘導している。
話しかけたいが、自分の軽率な行動で迷惑をかけてはならないと我慢する。
ツバサは―――
「あれ? メジロライアンさんじゃないですかー? こんにちはー!」
とライアンの気持ちも知らず、のんきに声をかけていた。
ツバサは市民会館で知り合いに会うことはほとんどないので、ついつい声をかけたといったところだ。
「ツ、ツバサくん! こんにちは!
こ、こんなところで会うなんて奇遇だねっ!」
……嬉しい、とても嬉しい!
向こうから声をかけてくれた!
ツバサくんの姿はいつもの穏やかな笑顔だけど、気のせいじゃ無ければ以前よりも表情が明るくなっている気がする。
ああ、動画で見る彼も素敵だけど、やっぱり本物は……
心臓が大きく跳ねる。
今日の服装は変じゃないかな。
ツバサくんに合うと分かっていたらもっとおしゃれをしてきたのに……!
でも、次に会えるのはいつになるのか、そもそも会えるのかもわからなかった。
密かに想いを寄せる相手に、こんな偶然に会えるなんて……!
突然の出会いに、ライアンは運命的なものを感じてしまう。
ライアンが満面の笑みでツバサに挨拶をすると、ツバサはのんきな顔で歩いて近づいてくる。
「いやぁ、コラボ動画依頼ですね!
この間はお世話に……なり……え、えぇぇぇぇぇ!
お、お子さんがいたんですか!?」
「っ!? ちがっ!? 弟です!!!」