ウマチューバ―として活動を始めるにあたり、最も難色を示したのは母親だった。
この世に生を受けてからというもの、とにかく可愛がられ、とにかく甘やかされてきた。それも当然だろう、男女比の大きく偏ったこの世界では、男というだけで特権階級扱いだ。
男子を持つ家庭は治安の良い特別区域に住むことを推奨され補助金も出たり、男性護衛官を雇うことを義務付けられたりと、男子が産まれる前と後で親の生活状況も一変する。
眼に入れても痛くない、愛しい息子にずっと付きっきりになるのだ。
今でも鮮明に残っている、僕を大切に育ててくれた母の姿を―――
―――僕が母の構えるカメラに向かい、ピースサインをしながら笑顔を見せたとき。
「ヒイイイィィィ!!! 可愛すぎるぅぅぅ!!」と叫び、カメラを放ってダブルピースをしていた。
―――僕が保育園のお遊戯会で劇をしているとき。
『手でハート作って』『ウマみみして』と書かれた団扇を振り回し、熱心なアイドルファンみたいになっていた。
―――僕が小学校の授業参観で『お母さん』という作文を呼んでいるとき。
唇を噛みしめ、大粒の涙を流しながら男泣きしていた。読み始める前から。
……ちょっと変なお母さんだけど! 情熱的すぎる所があるけど!
とにかく、そんな大切な息子が配信者として活動したいというのは、やっぱり抵抗があったようで説得をするのには何日もかかった。
正直、泣き落としとか、許してくれないともうお母さんと口を聞かないと脅したりとか、もう少し簡単に説得することは出来たと思う。
でも、それだけはしてはダメだと思った。
女神さまの使徒として、僕の残す足跡には曇りを残したくなかった。
何より、ずっと愛してくれたお母さんを傷つけたくなかったし、理解してほしかったから。
最終的には「わかりました、お母さんも応援します。でも辛くなったらいつでも辞めていいからね」と言い、僕を抱きしめてくれた。その場に居合わせた護衛のお姉さん二人は涙を浮かべていたと思う。
その時だった。僕の魂に火が灯ったような、全身が熱くなってエネルギーが溢れるような感覚、僕の運命が動き始めたのは間違いなくその瞬間だった。
じっとしていられない、熱に突き動かされるように一気に準備を進めていった。
ウマチューブのアカウント開設、撮影用の衣装や動画編集ソフトの購入、PCとカメラは家にあるものを使おう、もちろんお母さんや護衛のお姉さんとも相談しながら、ああ、間違いなく僕は今、夢中になっている!
撮影を始める、初めての動画だから自己紹介と企画の説明をするのが筋だろう。でも、今も体の内側に渦巻く熱を冷ましたくなくて、段取りとか全部無しにして、思うまま言葉をカメラにぶつけることにした。
女神さま! 行きます!
「こんにちはぁ! ツバサです!!」
――――――――――――――――――
ここは日本ウマ娘トレーニングセンター学園、通称トレセン。才能あるウマ娘たちがトゥインクル・シリーズで活躍するために日々しのぎを削りあう全寮制の学園である。
そんなトレセンでは、トレーニング後は多くのウマ娘が食堂に集い、夕食を食べながら仲間たちと憩いの時間を過ごすことになる。
友人と談笑しつつ、行儀が悪いと知りながらもスマホをいじっていたウマ娘が、口に咥えていたスプーンを床に落とした。
「ちょ、あんた何してんの。スプーン拾いなよ」
「…………」
「ちょっと無視? てか何で固まってんの?」
「……男」
「え?」
「男がウマチューブ始めてる!!!」
その叫びは食堂に響き渡り、静寂をもたらした。
あるウマ娘は即座にスマホを取り出しで検索を始めた。
あるウマ娘は「バカバカしい、そんな訳ないだろ」とつぶやきながらも、ウマ耳は忙しなく動いていた。
皆が静まり返った、その数秒後。
食堂で歓声が爆発した。
「マジだ、男の子だ!」「え、え、え、待って、超かわいい!」
「うるせぇ! 声が聞こえねぇだろうが!」
「あらあらあらあら」「どないしてん、やばい顔になってんで」
「ちょっと片方イヤホン貸してよ!」
「嫌よ、私が聞こえないでしょ!」
「人参ハンバーグ、5人前のおかわりを頼む」
「ああ、神様」「CGじゃないよね?」
「きゃああああああああああああ」
「あ……、わあ……(むせび泣き)」
「一生懸命しゃべってる!」「初めて男の子見たよ!」
「胸がポカポカするの!」「ひゃ~、か、かっこいいよぅ」
「これは……青天霹靂だな」「こんな男が実在するのか」
「わかりました、この方と結婚します」「しっかりして!」
「その、すごくすごいです!」
「同じこと言ってる、緊張してる?可愛いー!」
「部屋に戻ってゆっくり見るから、片付けといて!」
「この時代に産まれてよかった……」
トレセン学園ウマ娘のやる気が絶好調になった!
トレセン学園ウマ娘はかかり気味になった!