『そんなに鍛えて何を目指してるの?』
前世で何度も言われ、今世でも言われた言葉だ。
ただの雑談として言われたこともあるし、プロスポーツ選手でもないのに、何の目的で鍛えるのか、なぜそんなに苦しい思いを自らするのかと正気を疑われたこともある。
前世ではフィットネス人口が増加して、そのメリットが一般に浸透してからはあまり耳にしなくなったが。
ただ、そう聞きたくなる理由もわかる。もっと他にすることがあるじゃないか、ゲームでも、女の子とのデートでも、体を動かしたいなら普通にスポーツをすれば良いじゃないか。
きっと、意味が分からないんだと思う。筋トレをした先に、何を見ているのか想像が出来なかったんだと思う。
僕が問われたときの答えは決まっていた。
「楽しいから」だ。
別に筋トレの先なんか考えてない。何かの大会を目指したことも、他のスポーツに活かそうとしたこともない。
トレーニング後のご飯がいつもより美味しかった。階段で息が上がらなくなった。鏡に映る自分の体がカッコよく見えた。先週までは持てなかったダンベルを上げることが出来た。何となく自信がついて、胸を張って歩けるようになった。健康診断で医者に褒められた。肌がきれいになったと言われた。長く筋トレを続けていると、何もしない日がもどかしくなった。そう感じる自分が好きだった。
そんなちょっとした嬉しい事の積み重ねが、ずっと続ける理由になった。
自己満足と言われればその通りなんだけど、とにかく楽しかった。
今世では、この男女比の偏った世界では、僕にその質問をしてくる人の事情が違った。
この世界では男性が少なく、基本的に男性は特別区域で男性専用の教育機関へ入ることとなる。そこでは、非常に男性に甘く、教員が男性を注意叱責する場面が見たことが無いし、登校は自由だからそもそも一度も学校に来たことのない生徒も沢山いる。
そんな中で僕と同じように学校に登校し続けている、同級生のたかし君。数少ない僕の同性の友人だ。
二人だけの教室で、僕は彼に聞かれた。
「翼君は何でそんなに鍛えているの? ……きっと意味何てないと思うよ」
この世界は男性には甘いが、優しくも無いと思う。
自由が無いのだ。
男性は職業に就くことは無く、20歳までには5人以上の女性と結婚することを義務付けられている。
前世の記憶がある僕としては「働かなくて良い! ずっと家でダラダラ出来るなんて最高じゃん!」と思ったこともあるが、気軽に外出することも出来ないのは息が詰まるように感じるのも仕方がないと思う。
僕のように体を鍛えたところで、未来が変わることは無いと、そう考えている。
男性も女性も、心のどこかでこの世界を諦めてしまっている。
それは多分、正しくて、そして、この世界が衰退する理由なんだと思う。
だから、今世で体を鍛える理由を問われた時の、僕の答えは決まっていた。
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トレセン学園の理事長、秋川やよいは何度かのメールのやりとりの末、今話題の『ツバサくん』との会談の場を設けることになった。
会談は特別区域の市民会館、その談話室の中で行われることになった。
トレセン学園からは秋川やよい、駿川たづな、生徒会長のシンボリルドルフが参加している。向かい合う席にはツバサが座り、背後に2名の護衛官が立っている。
「本日はお忙しい中、足を運んでいただいてありがとうございます! 理事長さんがこんなにお若い方だなんて驚きました! 実はトゥインクル・シリーズをいつもTVで見てまして、凄く元気をもらっています!」
ニコニコ笑顔で、やよい、たづな、ルドルフの目を見ながら元気に挨拶を行うツバサに、3人はツバサの物怖じしない様子に少し驚きながらも笑顔になる。
「感謝ッ! こちらこそ貴重な機会を貰えたことを嬉しく思っている! 自己紹介が遅れたな、私がトレセン学園理事長の秋川やよいだ!」
「理事長秘書の駿川たづなと申します。ツバサくんがトゥインクル・シリーズを見てくれている事を知れば、URAの職員も学園の娘たちも、とっても喜ぶと思います!」
「トレセン学園生徒会長のシンボリルドルフだ。まさに意気衝天の活躍を見せる男性に会えるとは、私も光栄だよ」
いくつかの挨拶を交わしたあとも、会談は穏やかに進んでいった。ツバサが月刊トゥインクルの愛読者で、シンボリルドルフを含む多くのウマ娘を応援していることを話したり、やよいがツバサの活動に学園ウマ娘も元気を貰っていることを話したりと、ずっと明るいムードで話が弾む。
たづなはツバサの話に相槌を打ちながら思う。
(挨拶の時から思っていたけど、本当にウマチューブの中のツバサくんの印象そのままだわ)
明るくエネルギーに溢れていて、笑顔が可愛い!
長袖の服でほとんど体は隠れているけど、姿勢や立ち振る舞いから良く鍛えていることも分かる!
年齢の割に礼儀も正しく、社交性が高い!
何より驚いたのは、ウマ娘であるシンボリルドルフを一切怖がっていない!
通常、男性は力の強いウマ娘を怖がる傾向にある。実際、ウマ娘と人間の女性では既婚率に大きな差があるほどだ。
それに、シンボリルドルフの様子だ。生徒会長として、名家シンボリのウマ娘の矜持として普段通りの穏やかな表情をしているが、椅子の後ろでは尻尾がぴょんぴょんと弾んでいる。
ウマ娘の幸福を謳うシンボリルドルフとしては、ウマ娘を応援してくれる男性というのは琴線に触れたらしい。
けど、その気持ちも分かるというものだ。たづなはこのことは触れまいと心に閉まった。
「歓楽ッ! いつまでもこのまま楽しくお喋りをしたいところだが、いや、ホントにこのままずっと話していたいがッ! そろそろトレセン学園とツバサチャンネルのコラボ企画の事を聞いておきたい!」
「そうですね、皆さんのお話が楽しくて、ついつい本題を忘れてしまいました」
ちょっと照れたように笑うツバサの姿に、3人の心臓がキュ~ッと音をたてる。
(((か、かわいい!!!)))
3人が胸を押さえる動作に気づかず、ツバサは書類を取り出して企画内容の説明を始めた。
「企画の肝となるのはコレです……、アスリートである生徒さんに失礼だとは重々承知ではありますが、僕と筋トレで真剣勝負をしていただきたい」
それからツバサは詳細を説明していく。
さすがにウマ娘とはパワーの差があるため、ハンデを負ってもらうこと。
トレーニングの邪魔をするのは本意ではないので、動画撮影日が元々筋力トレーニングを行う予定の生徒であること。
本人とトレーナー、そして可能ならば家族の了承が得られること。
「了承を得ることについては……、自分で言うのもなんですが、僕と動画に映ることで、その、嫉妬の対象になるリスクがあるかと思いまして。何かアイデアや修正案などあれば遠慮せず教えてください」
最もな懸念事項だった。シンボリルドルフは少し考えてから口を開いた。
「その通りだな、リスク回避について詰めていく必要があるだろう。他にもいくつか修正案は思いつくが、この企画書自体は良く出来ていると思うよ。ぜひ生徒会で腕を振るってほしいくらいだ」
自分で作った企画書を褒められて、まんざらでもないツバサだったが、ルドルフが緊張をほぐしてくれているのだと思い、気を引き締める。
「最初に言った通り、アスリートとして日々研鑽を続ける皆さんに対して、ポッと出の男が勝負を挑むのは失礼に当たると思います。でも、僕にも目標が、成し遂げたい事があるんです。どうか、ご協力をお願いします!」
頭を下げて頼むツバサの姿に動揺し、やよいは声をかけた。
「あ、頭を上げてほしい! メールでも既に返答はしているが、学園としても貴君とのコラボは学園を盛り上げるものだと前向きに捉えている!」
礼を言って、安堵の表情で顔を上げるツバサに対して、やよいは真面目な表情で質問をした。
「しかし、なぜこの企画を……いや、そもそも、なぜ貴君は男性の身でこれほどまでにトレーニングに取り組むのだ?」
ツバサは少しだけ間を置いて、笑顔で答えた。
「挑戦ですよ、この世界への!」
その眼は、ギラギラと燃える情熱と決意に満ちていた。