明日がコラボ当日ではあるが、ツバサは日課のトレーニングは変わらずに行っていた。
体を休めたほうが良いかなという思いはあるが、じっとしていられない。メールでコラボ依頼をした時や秋川理事長たちと会談をした時はそれほど緊張していなかったはずだが、無性に落ち着かないのだ。
よくよく考えれば、同年代の女性と会うの初めてだ。
いや、会談で会ったシンボリルドルフさんは年が近いのだが、雰囲気というか威厳のようなものがあり、同年代の女子という感じがあまりしなかった。
学園でどういう反応をされるのか、相手に迷惑はかけないよう上手くやれるか、コラボ企画は成功するだろうか、様々な不安が脳裏をよぎる。それを忘れるように体を動かしていた。
それに明日のコラボの目玉となる筋トレ対決、その相手が決まったとメールが来ていた。
――メジロライアンさん。
正直、名前だけ聞いてもピンとこなかった。まだメイクデビューを済ませていない、本格化前のウマ娘だ。
実は、僕は前世でウマ娘のゲームをプレイしたことは無く、友人に勧められたが、何かと忙しく手を付けたことは無かった。知っていることは実際のウマの魂を宿した少女たちの物語だということ、ゲームのTVコマーシャルに大物歌手や俳優、子供のことから名前を知っている天才騎手が出ていたことくらいだろうか。
うっすら聞いたことがある馬の名前は、ハルウララ、オグリキャップ、ディープインパクトくらいだろうか。競争の成績は知らないが、競馬に興味が無かった僕が知っているくらいなので、ニュースになるほど強い馬だったのだろう。
……あ、SNSで人気があったメイショウドトウという馬も覚えている。鼻がブニブニと柔らかく、冬には美味しそうに白湯を飲む動画が人気があった。うろ覚えだが、確か、ヤギの王とか言われていたような? 一度見学に行きたかったが、前世では結局行くことは無かったなぁ。
だが、今世ではトゥインクル・シリーズに興味を持ち、TV放送はもちろん雑誌も購読してあらゆる情報を集めている。
メジロライアンさんはウマ娘の名家の一つ、メジロ家。そこに産まれ、中央トレセン学園に入学できる才能の持ち主という事だ。
間違いなく、強いウマ娘なのだろうと思う。
ウマ娘と人間の身体能力の差は大きい。単純な腕力で比べても3倍以上の差があるだろう。対決企画を考えるときにも色々調べているが、中には荒唐無稽な情報もあった。
――人間を10数メートルの高さに投げた。
――サンドバッグやトレーニングマシンを破壊した。
――海を割った。
――バレーボール大の鉄球をピンポン玉サイズまで素手で圧縮した。
どう考えても誇張し過ぎである。後ろの二つについては生物に出来る技では無いだろう。
まあ、そんな噂が出来るほどにウマ娘の身体能力が優れているという比喩表現だと思うが。
今、最も恐れていることがある。
対決ではハンデを貰うことになっているが、それでも何も出来ずに敗れることだ。
もちろん、敗れたとして何かが終わるわけでは無いと分かってはいる。だが、一度生まれた不安は、腹の底で渦巻いていた。
「いや! いかんいかん! 気持ちを切り替えよう!」
随分とネガティブになっている。トレーニングは切り上げて休むとしよう。それに、学園にも僕の活動を応援してくれているファンはきっといるだろうし、初めて会う『ツバサ』が暗い顔をしていたら申し訳が立たない。
風呂に入り、身支度を整えてベッドに入る。
トレーニングの疲労が効いていたのか、意外とすんなり眠りにつくことが出来た。
そして、コラボ当日が訪れる。
――――――――――――
「こんにちは、ツバサです! 本日は中央トレセン学園にお邪魔しています。
トゥインクル・シリーズは子供のころから大好きで、いつかレース場や学園を見てみたいと思っていたので夢が一つ叶いました!
学園では平日は授業があるので、祝日にお伺いしています。
そして、こちらが僕のお願いを聞いてくださった学園理事長さんと、生徒会長さんです! 本日はよろしくお願いします、そして、僕のわがままを聞いてくださってありがとうございます!」
ツバサは普段と変わらない快活な様子でカメラに向かい話し始めるが、その実際は酷く緊張していた。カメラの奥では大量の学園ウマ娘達がずらりと並んでいた。
そのほとんどは目を見開き、ウマ耳をピンと立ててこちらに向け、上気した頬でこちらを見つめている。
事前に秋川理事長が生徒たちに『淑女たれ』と言い聞かせたとのことだが、あれだけ興奮した様子なのに全員一言も声を出さずにいられるというのも若干怖かった。
そして、警備体制が物々しい雰囲気なのも緊張に拍車をかけている。
当日の警備については、餅は餅屋だろうと思い、事前に護衛のお姉さんに相談したところ「任せてください、必ずお守りできるように手配しましょう」と心強い返答を貰えていた。
100名以上いる。
黒服の人だかりが、ウマ娘、ヒトの女性が合わせて。
しかも、本日の学園の見学先にも既に人員を配置しており、非常時の避難ルートも確保しているとか。
……ここまで大事になるとは。これ、本当に迷惑をかけていないだろうか。
背中に大量の冷や汗を流しながら、何とか表情に出さないように動画の撮影を進める。
「それでは、今から学園の見学をさせていただきます。よろしくお願いします!」
「了承ッ! 施設では有志のウマ娘が案内をしてくれる。最後までゆっくり楽しんで行ってほしい!」
「……はい、カットです! ふう、ありがとうございます!」
ツバサが撮影をしてくれている、いつもの護衛官へ合図を送る。深呼吸をひとつしてから、秋川理事長とシンボリルドルフへ感謝を告げた。
「……あの~、すいません、こんなに大人数でお邪魔して、祝日とは言え本当にご迷惑ではないですか?」
「もちろん構わない! 今日の案内役も立候補者が非常に多く、皆がツバサ殿を心待ちにしている!」
「公平にくじ引きで決めたのだが、外れた娘たちはとても残念がっていたよ」
これだけの黒服に囲まれながら落ち着いた対応をする二人に、ツバサは心の内で称賛と尊敬の念を送る。
だが、前世から合わせてもこれだけ多くの人に囲まれるのは初めてで、しかもその多くが自分に好意的なのだ。アイドルのライブとはこんな気持ちなのかと、緊張の中に興奮も覚える。
何となく視線を向けた先では、気づいた学園生が必死に手を振っている。案内役に立候補してくれた人たちかな、と思い手を振り返すと。
「きゃあああああ~~~………うぅん」
「今、私に手を振ってくれた!!!」
「目が、目が合ったぁ!!!」
「お腹が熱い……、これはいったい……?」
爆音で黄色い悲鳴が上がり、大騒ぎになってしまった。
「あっ、あれ、すいません、大丈夫ですか? 先頭の人が気を失っちゃったような……」
「うむ、大丈夫だ。気にせず見学に入ってほしい!」
申し訳ないと思いつつ、促されるままに学園内のシンボリルドルフに先導されながら見学を始めた。
――――――――――――
「ここは食堂よ、一流にふさわしい料理をビュッフェ形式で好きなものを食べることが出来るのよ」
「わあ広い! さすが現役アスリートの体を支える場所だ。メニューも豊富なんですね~」
「うっらら~♪ おススメはね、にんじんハンバーグだよ! すごーく美味しいんだ~!」
「あうぅ……。ライスが案内役で良いのかな……やっぱり誰かと変わったほうが……」
「あれ……? あの人の席は凄い量の料理がありますね。ああ、シェアして食べるんですね」
「……そ、そうよ!」
――――――――――――
「こちらが教室です! 私も全生徒の模範たる学級委員長として、日々勉学にバクシンしています!」
「バクシン……? 教室のつくりは男子校と一緒ですね。僕なんかは授業中に眠くなることもあって」
「食事のあとは眠くなりますよね……。耳をえいえいって揉めば、目が覚めますよ♪」
「短時間のスリープモードへの移行もおすすめします。その後の作業効率が高くなります」
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その後も予定していた施設を見学していく。ツバサは当初の緊張も忘れ、純粋に楽しんでいた。日頃から動画に対して沢山の応援を貰っているのは自覚していたが、やはり同年代の女性と話すというのは男として楽しいものだった。
案内をするウマ娘たちも、初めて話す男性がニコニコと話を聞いてくれるものだから、緊張しつつも気分は最高潮である。
途中で3女神の像を発見したツバサは、手を合わせて真摯に祈りをささげる。
その姿を見た生徒たちは、ヒトでありながらウマ娘の神さまにお祈りをすることに好印象を持ち、元々上限までいっている好感度が天井を突き破って上昇していくのだった。
――そうして、メジロライアンが待つトレーニングルームへと到着した。