もしウマ娘の世界があべこべだったら   作:hanekio

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第7話  VSメジロライアン

 トレーニングルームの中は、様々なマシンやベンチ、ダンベルラックなどがずらりと並び、トレーニングをするのに何一つ不足の無い充実した環境だった。

 

 人間用のトレーニングジムと異なるのは、全体的にマシンがゴツいことだろうか。超高重量を扱うことを前提としているようで、フレームが太く、プレート(円形の重り)の種類も豊富だ。

 

 ダンベルについては前世ではお見かけしたことのない、100㎏以上のダンベルまである。あれを今の僕が持とうとすれば、それだけで腰が砕けてしまいそうだ。

 

 ルームの奥にはストレッチエリア(鏡張りで床にはマットが敷き詰められている)があり、その一角でストレッチをしているウマ娘を発見する。

 

 茶色のベリーショートに前髪から後頭部にかけて白のメッシュが特徴的な、明るく爽やかな印象を受ける美少女だった。

 服装は学園指定のジャージを着ており、熱心に動的ストレッチに取り組んでいる。その横顔は真剣そのもので、ぞろぞろと入ってきた僕たちに気が付いていないようだった。

 

 凄まじい集中力だ、準備は万端といったところか。

 

 とはいえ、こちらに気が付いてもらえなければ始まらないので声をかける。

 

「あの~」

 

「わひゃあ!! あっ、こ、こんにちは! メジロライアンです!」

 

 可愛く驚く姿は先ほどまでと印象が変わり、年相応の少女という感じだった。

 

「初めまして、ツバサです! 今日は無理を聞いていただいてありがとうございます!」

 

「いえいえ、あたしも筋トレが大好きですし、貴重な体験をさせてもらえて嬉しいです! あ、あと、ウマチューブの活動も応援させてもらっていますし……あはは」

 

 顔を赤らめて少しぎこちなく笑う彼女に対して、見学をしているウマ娘から茶々が入る。

 

「あは、ライアンちゃんお顔が真っ赤だよ! 緊張してるの!」

 

「ちょ、ちょっとアイネス~!」

 

 和やかな雰囲気で挨拶をすませ、同行していたシンボリルドルフさんが対決内容の説明を始めてくれる。

 

 

 

 種目はベンチプレス。

 

 それぞれ自己最高重量の60%の重さをセットする。

 

 同時に上げ始めてより多い回数を上げたほうが勝ちというシンプルな勝負だ。

 

 

 

 僕は100㎏の60%なので、60㎏のバーベルを持って行う。

 

 メジロライアンさんは―――

 

「えっと、MAXがだいたい600㎏なので、360㎏を上げればいいんですね!」

 

 ギョッとして思わず振り向いてしまう。600㎏!? 噓でしょ!?

 

 ベンチプレスの人間の限界は500㎏と言われている。骨が耐え切れずに折れてしまうからだ。それを、本格化前のウマ娘は軽々と上げているのか!?

 

 ……やはり、ハンデを貰って正解だった。普通にやっては勝負にすらならない。

 

 

 

 お互いに軽めの重量でウォーミングアップを行い、いざ本番という前に。

 

「……ハンデを貰っておいて、なんですけど」

 

 メジロライアンさんに声をかける。彼女は不思議そうな顔をしてこちらを見る。

 

「どうか、全力で、お願いします」

 

 メジロライアンさんは、じっと僕の目を見ている。

 

「本気のウマ娘に、本気のメジロライアンに勝ちたいんです」

 

 300㎏ものハンデを貰って生意気な、と思われないだろうか。それでも、この世界に来た目的を果たすためにも、どうしても言わなければならない事だった。

 

 メジロライアンさんは少し驚いた顔をした後で―――

 

「わかりました。メジロ家のウマ娘として全力を尽くすことを誓います」

 

 眩しい笑顔を見せてくれた。

 

「マッスル! ハッスル! 体中の筋肉が熱くみなぎってます! 今日の私は、強いですよ!」

 

 

 

――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 男性と会ったり話すのが初めてなわけじゃない。メジロ家やシンボリ家、サトノ家などが開催する社交の場で何度か挨拶もしたことがある。まあ、ウマ娘は男性に怖がられやすいから、ホントに挨拶だけだったんだけど。

 

 そう、男性をしっているからこそ、今まで期待はしていなかった。

 

 少女漫画から飛び出してきたような、明るくて、優しくて、ウマ娘にも愛をささやいてくれる、そんな素敵な男性は居ないって。

 

 だから、ウマチューブを見たとき、最初は夢だと思った。

 

 理想がそのまま形になってくれたから。

 

 本から王子様が飛び出してきたと思った。

 

 何度も考えたことがある。一緒にトレーニングが出来たらどんなに楽しいだろう、一緒にデートが出来たらどんなに心が躍るだろう。

 

 その先のことは少し考えただけで、顔が真っ赤になって、上手く想像が出来ないけど。

 

 今日という日が、本当に楽しみで、本当に怖かった。会いたい気持ちと、もし、ガッカリされるようなことがあれば、立ち直れないんじゃないかって思っていた。

 

 あたしはトレーニングルームで待っている間、ずっと緊張しっぱなしだった。

 

 初めて近くで見る彼はやっぱり素敵で、そして彼の穏やかな雰囲気がそうさせるのか、意外なほど緊張はあっさりと解れていった。

 

 

 

 だから、不思議に思った。

 

「……ハンデを貰っておいて、なんですけど」

 

 今から勝負が始まるというタイミングで。

 

「どうか、全力で、お願いします」

 

 正々堂々と勝負しようと言う彼の表情は。

 

「本気のウマ娘に、本気のメジロライアンに勝ちたいんです」

 

 一人で道に迷った、子供のようだった。

 

 

 

 何が彼にそんな表情をさせるのかは分からない。それでも。こんな世界で、一人で立ち上がることを決めた彼には、きっと背負っている物があるのは分かった。

 

 だから。

 

 彼の覚悟を、決意を。

 

 すべてを受け止めてあげたいと思った。

 

「わかりました。メジロ家のウマ娘として全力を尽くすことを誓います」

 

「マッスル! ハッスル! 体中の筋肉が熱くみなぎってます! 今日の私は、強いですよ!」

 

 笑顔でそう告げる。

 

 少しだけ笑った彼は眼を閉じて、深く長く、呼吸を始める。

 

 何となく分かる、きっと全力を出すためのルーティーンだ。

 

 あたしも集中する。

 

 彼のためにも。

 

 絶対に負けられない。

 

 

 

 

――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 深呼吸をする。自分の限界を超えたいときに、前世からやっているルーティーンだ。

 

 イメージする。

 

 吸う。頭のてっぺんから、足の指先まで酸素とエネルギーが行きわたるように。

 

 吐く。体の中の不安を、弱音を、あきらめる理由を外に出すように。

 

 

 

 何度か繰り返し、準備が整った。シンボリルドルフさんの目を見て頷く。

 

 

「これより、ツバサくんとメジロライアンのベンチプレス対決を始める。

怪我には十分注意して、お互い全力を尽くすように。

観客のみんなは、一緒に回数を数えよう」

 

「「「はーーーい!!!」」」

 

 僕とメジロライアンさんはベンチに仰向けになり、バーベルを握る。

 

「用意……はじめっ!」

 

 

 

 ラックからバーベルを持ち上げ、胸に落として、持ち上げる。

 

 前世から何千、何万と繰り返して、フォームは体に染みついている。

 

 

「「「いーち! にー!」」」

 

 観客は声をそろえてカウントをしてくれている。

 

 隣からは、バーベルが軋み、プレートがカチャカチャと擦れる音が聞こえる。

 

 360㎏を平然と上げているのだろう。……いけない、余計なことを考えている。

 

 

「「「じゅーう! じゅーいち!」」」

 

 大胸筋が熱を持ち、わずかに疲労を感じるが、フォームは崩さない。

 

 この世界に産まれてから、配信者として生きていくと決めてから。

 

 トレーニングを、食事を、休息を、前世の知識と経験を。

 

 今世での恵まれた身体に、すべて積み上げてきた。

 

 

「「「にじゅうさーん! にじゅうよーん!」」」

 

 嬉しかったから。自分が特別な人間じゃないって、分かってた。

 

 前世では、何でも人並みにしかできない、自分は普通だって知っていた。

 

 自分に何も期待していなかった。

 

 

「「「さんじゅー!!! さんじゅーいーち!!!」」」

 

 息が上がる、心臓が強く胸を叩く。 

 

 女神さま達に選ばれたことが、きっと見守ってくれていると勝手に信じることが。

 

 理由は分からないけど、自分の命に価値があるって言ってもらえたようで。

 

 世界を救うなんて、一人で出来るなんて本当は思えないけど。それでも。

 

 一人でもやり遂げる、絶対に諦めないって決めたんだ。

 

 

 

「「「よんじゅー!!! えっ、凄くない!!! よんじゅーいーち!!!」」」

 

 腕の力が抜けてくる。大胸筋の半分も機能していない感覚。

 

 1回を上げるのに、全力を尽くしても、ギリギリ上がるかどうかという段階に入る。

 

 でも、絶対に諦めない。

 

 

 

 

 

 

――――――――――――

 

 

 

 

 

 ウォーミングアップの時から思っていた。彼のフォームは美しく、上下するバーベルの軌道にブレが無い。

 

 それだけでも、愚直にトレーニングを積み上げてきたんだと分かる。

 

 カウントが40回を超えた。

 

 正直、あたしもギリギリだ。ベンチプレスは、MAXの60%とはいえ、普通はこんな回数はしない。

 

 

「「「よんじゅーご!!! よんじゅーろく!!!」」」

 

 でも、勝たないといけない。

 

 そして、勝って彼に伝えなくてはいけないと思った。

 

 何かは、その時まで、分からないけど。

 

 絶対に勝つんだ。

 

 

「「「よんじゅーなな!!! ああっ!!!」」」

 

 彼が、胸まで落としたバーベルを、上げようとしている。

 

 しかし、もう、腕が振るえてそれ以上は上がらなくなっていた。

 

 彼の頭側にサポートとして立っていた護衛官が、限界と判断して。

 

 バーベルをラックに戻される。

 

 

「ツバサくん、記録46回! ライアンは!?」

 

 

「「「よんじゅーはち!!! よんじゅうーきゅう!!!」」」

 

 あたしも残った力を振り絞り、最後の1回を、全力で押し上げ、自力でバーベルをラックに戻す。

 

「「「ごじゅう!!!」」」

 

 

「メジロライアン、記録50回!!! 勝者は、メジロライアン!!!」

 

 

 

 

 

 シンボリルドルフの告げた結果に、歓声が巻き起こる。

 

 仰向けのまま、目を閉じて荒い呼吸を続けるツバサに。

 

 体を起こして、ベンチに座り呼吸を整えるライアンに。

 

 惜しみない賞賛が送られる。

 

「凄かったよー!!!」「どっちも最高だった!」

「待って、めっちゃ鳥肌なんだけど!」

「ツバサくん、カッコよかったよー!」

「さすがライアン!」「え~ん! 何か泣けてきた~!!」

 

 

 

 

 あたしも、ツバサくんも、まだまだ呼吸は落ち着かないけど。

 

 二人ともが立ち上がり、向かい合っていた。

 

「負けた……か。ちくしょう、壁は高いなぁ……」

 

 彼は下を向いて、呼吸を整えながら、小さな声でぼそっとつぶやいた。

 

 多分、誰にも聞かせるつもりのないつぶやきだったんだろう。

 

 正面に居た、あたしだけには聞こえていた。

 

 

「メジロライアンさん、ありがとうございました」

 

 ツバサくんが話し始めたことで、観客は静かになる。

 

「僕は、本気で勝ちたくて」

 

 きっとまだ、酸素が脳までしっかり回っていないと思う。

 

「僕しか、いないから」

 

 だから、きっとこれは、この纏まらない言葉こそが、彼の本音なのだろう。

 

「だから、ああ、悔しいなぁ」

 

 彼は、ウマチューバ―としてデビューしてからずっと、一人で戦ってきたんだと思った。

 

 

 

「ねえ、ツバサくん」

 

 彼の眼を見ながら話す。きっと、今の彼に必要な言葉を。

 

「あたしも、あなたも。これからです。これからもっと強くなります」

 

 彼の抱えている物は分からないけど、何でかな。あたしにも分けて欲しいと思った。

 そして、きっとあなたの周りには、あなたを支えたいと思う人がたくさんいると思うから。

 

「レッツ・マッスル! がんがん鍛えましょう! ()()()!」

 

 

 

 右手を差し出す。

 

 彼はあたしの右手をじっと眺めたあと。

 

 ぽろぽろと、大粒の涙をこぼし始めた。

 

「あはは、あれ? あははははは、おかしいな……なんで」

 

 涙を流す自分を、不思議に思っているんだろう。きっと、その理由は彼にしか分からないけれど。

 

 彼はあたしの右手を取り、強く握ってくる。

 

 顔を上げて、涙をぬぐい、今までよりもずっと、子供っぽい顔で笑った。

 

「次は絶対負けませんからね!」

 

 

 

 

 

――――――――――――

 

 

 

 

 自然に、拍手が沸き上がった。

 

 全員がツバサを良く思っていたわけでは無かった。少数ではあったが、男だからという理由でチヤホヤされている事が気に食わない者もいた。男が来たから、自分には関係ないけどイベントとして騒いでやろうと気楽に考えている者もいた。

 

 中央トレセン学園に集うウマ娘達は、その全員がトップアスリートの素質を持つ。それゆえに、勝負の世界の厳しさは分かっていた。

 

 だから、彼が積み上げてきたものが分かった。

 

 異端児と見られながら、孤独に、ひたすらに。

 

 メジロライアンの言葉に涙を流し、立ち上がる姿は美しかった。

 

 彼も同じ時代を生きる、一人の人間だった。

 

 今この瞬間、ツバサを蔑むもの、下に見るものはひとりも居なかった。

 

 

 

 本気の想いは伝播する。

 

 

 

 拍手がまばらになり始めるころ、ウマ娘達のソウルは確かに熱を帯び始めていた。それはやがて、獲物を狙う眼差しに変わる。

 

 一人のウマ娘が大きな声でツバサに呼びかける。

 

「ねえねえ! ライアンだけじゃなくてさ! 次はボクと勝負しようよ!

ヒトは100m走が得意なんでしょ? 一緒に走ろうよ!

良いでしょカイチョ~?」

 

 ツバサは苦笑しつつ、今日はもう無理だと話そうとしたが、次々に声が上がり始める。

 

「ターボも! ターボもやる!」

「はぁーはっはっはっは! 良いじゃないか! 君となら最高のエチュードを描けそうだ!」

「エルと一緒に鍛えましょう! まずは走り込み100周から始めるデース!」

「泣き虫な男なのだ! しょうがないからウインディちゃんの家来にしてあげるのだ!」

「あらあら~、とーっても頑張り屋さんなんですね~」

「はんにゃか〜! ふんにゃか〜! ――出ましたっ! あなたの運勢は『超吉』と出ました!」

 

 

 声を上げているのはウマ娘だけでは無い。己のウマ娘の成長のためならば、すべてを捧げる覚悟を持ったトレーナー達も、ツバサに注目していた。彼の存在は担当ウマ娘のトレーニングに活かせるかもしれないと!

 

「ツバサくん。君のトレーニングは我流かい? 少なくともプロの指導は受けていないでしょう?

私がメニューを考えるから、うちのライスと一緒にやってみない?」

「お、お姉さま……!」

 

「今の君に必要なのは心肺機能の強化だよ! 

どうかしら、うちのネイチャと友情トレーニングを……」

「トレーナーさん、ちょ、ちょ、落ち着いて~!」

 

「ドトウ、きっと彼から得られるものがある。

ほら、手を上げて自分をアピールしないと」

「救いは無いのですか~?」

 

 

 

 ツバサがどうしようかと困っていると、いつの間にか、ストレートの葦毛に特徴的な帽子と耳当てをしたウマ娘が隣にいた。

 

「よお! 良いもん見せてもらったぜい! これはゴルシちゃんの奢りだ!」

 

 ツバサに大盛りの焼きそばのパックを渡し、護衛官の間をすり抜けながら姿を消す。

 

 美味しそうなソースの香りに、ぐぅ~とツバサの腹が鳴る。突然の展開と腹が鳴った気恥ずかしさに、ツバサとライアンは顔を見合わせて笑った。

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