もしウマ娘の世界があべこべだったら   作:hanekio

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第8話 余熱

 ツバサとの筋トレ対決を終えた日の夜、メジロライアンは中々眠りにつくことが出来ずにいた。

 隣のベッドでは、同室のアイネスフウジンが既に寝息を立てている。

 

 対決の後から、なんだかずっと夢の世界に居るような、ふわふわした感じだった。

 

(ツバサくんと握手しちゃった)

 

 右手が熱い。

 彼と手をつないだ右手が、いつまでも熱を持っているように感じる。

 

(手のひら固かったな)

 

 きっと、世界で彼だけだろう。手がマメだらけになるほど、鍛錬を行っているのは。

 

 右手を自分の胸に当て、静かに目を閉じる。

 心臓の鼓動が伝わってくる、まるで右手の熱が伝わったように鼓動が早くなる。

 

 

 動画で見る彼は、どこか大人びた印象があった。常に穏やかな笑顔で、『元気で明るい』以外では、感情的な姿は見たことが無い。自分の伝えたい事が正しく相手に届くように、慎重に言葉を選んで話している。

 

 もちろん、それが悪いと思ったことは無い。むしろ、16歳にして教養や礼儀を画面を通しても感じるほどの振る舞いに感心していた。

 

 まさに、あたしの読む少女漫画の王子様だった。ああ、彼があたしの理想像なんだって思っていた。

 昨日までは。

 

 今日の事を思い出す。

 

 

 

 対決が始まる前の、一人ぼっちの迷子のような表情。

 集中している時の、凛々しい横顔。

 気迫に溢れ、最後まであきらめないと歯を食いしばる姿。

 ぽろぽろと涙を流す姿。

 

 その全部が、彼が同じ時代に生きる、普通の一人の男性だって証明していた。

 みんなと同じように怖がって、挑戦して、悔しくて涙を流す。

 

 漫画の王子様は絶対に見せることが無い、泥まみれでも進むような姿が、ずっと魅力的に見えた。

 

 

 

 そして、最後のアレはずるい。

 あんな笑顔は反則だ。一生忘れられないかもしれない。

 

 

 

 あの時、あたしもどうにかしてた。何で普通に握手して笑顔で笑いあってたんだ。絶対に脳まで酸素が回ってなかった。

 

(「次は絶対負けませんからね!」って、次に会ったときに目を見て話せるかな!?)

 

 今、思い返すだけで心臓が止まりそうで、胸が苦しくなってくる。

 

 年相応の彼の笑顔を見た。

 それも、自分の言葉が、彼を支えることが出来たから……じゃないかな……と思う。

 

 あの笑顔のほうが素なのかもしれない。結構負けず嫌いみたいだし。

 本当は、動画で見るよりも、活発な人なのかも。

 

 ああ、彼の事が頭から離れない。

 

 初めて、少女漫画の主人公の気持ちが分かった気がする。

 

 恋をすると、もうそれだけで全部が満たされて、乾いてしまうんだ。

 もっと彼と話したい、そばに居たい。彼の全部が知りたい。

 

(これが、恋……なんだ)

 

 耳にまで心音が聞こえてくる。うるさすぎて、アイネスを起こしてしまわないだろうか。

 

 

「……ライアンちゃん、ちょっとうるさいの」

 

「っ!? えっ!? 心臓の音が聞こえてた!?」

 

「いや、『う~』とか『あわわ』とか、ずっと唸ってるの」

 

「ご、ごめん!」

 

 あまりの羞恥に顔を赤くするライアンだった。

 

 

 

 

 

 

――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 トレセン学園、芝のターフにて。

 

 メジロラモーヌは、目を閉じて夜風に当たっていた。瞼の裏に思い浮かぶのは、ウマ娘に身体能力で、本気で勝とうとした男性の姿。

 

「……ふふっ、負けず嫌いなのね」

 

 本気で挑み、敗れても再戦を誓う。目を見れば分かった、強がりや格好だけの言葉では無い。

 ラモーヌが思うに、彼はトレーニング以上に、何かその先にあるものに強い想いを向けていたようだが―――

 

「良いのかよ、淑女様がこんな時間に出歩いて」

 

 後方から歩いてきたシリウスシンボリが、ラモーヌに声をかける。

 

「アンタもあの男に絆されたか? 今日は何処もかしこも騒がしすぎる」

 

 実際、寮内は興奮冷めやらぬといった生徒たちで溢れている。寮長の二人も、今日くらいはしょうがないとお目こぼしをしているようだ。

 

 ラモーヌは小さく笑う。

 

「私のこの体は、レースに捧げる愛を注ぐ器」

 

 ターフから眼を放し、シリウスに向き直る。

 

「とはいえ、あの姿をみて熱くなれないのでは―――あまりにも風情がないでしょう?」

 

「ハッ! 確かにな。だが、そのままじゃあ眠れもしないだろう。その熱は私が冷ましてやるよ」

 

 最初からそのつもりでしょうに―――ラモーヌがそう思い、ターフに向かおうとしたところで。

 

 

 

「二人とも、ここに居たか」

 

 シンボリルドルフが現れた。

 

「……ルドルフ、水を差しに来たのか? 悪いが、今日はアンタと問答をする気はない」

 

 夜間のトレーニングを止めにきたのだろうとシリウスは考え、ルドルフを睨みつける。

 

「ああ、早合点しないでくれ。私も混ぜてもらおうと思ってきたんだ」

 

「は?」

 

 ルドルフの言葉にシリウスが目を丸くする。

 

「彼の姿を見ていたら、私も体の火照りが抑えられなくてね。放っておいて、明日以降に影響を残しても困る」

 

 ルドルフは二人の間を割るように進み、ターフの上で手招きをした。

 

 

 

「二人まとめて来い。皇帝の走りをみせてやろう」

 

 

 

「ハハハッ! 面白い! 大口叩いて、詰まらない走りをみせるなよ?」

 

「―――どうぞ、溢れるままに、ぶつけてきなさい」

 

 

 三つの影が、ライトで照らされたターフを切り裂いて駆けていった。

 

 

 

 

 

―――――――――――――

 

 

 

 

 トレセン学園とのコラボ動画は、予想通り大きな反響を呼んだ。

 世界中の多くのウマ娘の、人間の魂を揺さぶるものになった。

 

 それは、ついに男性の心にも。

 

「翼君は、どうしてこんなに頑張れるんだろう」

 

 ツバサの友人である、たかしもその一人だった。

 知らず、手を握りしめる。

 

 ―――僕も、僕だって。君みたいになりたい。

 

 

 

 少しずつ、世界が動き出していた。

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