LoL 短編集   作:サモナー

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夢想家の言葉と涙


カタルシス

彼の言ったことは事細かに覚えている。その言葉の優しさも、流麗なリズムも、鼓膜に落ちる低さも。

眼差しを覚えている。赤褐色の瞳は、陽光に照らされると宝石のようにキラキラ輝いていた。

筆をとり、彼の眼に色をつける。

「…人の本質とは、言葉ではなく行動に表れるもの」

フェイはキャンバスの中の彼を見つめる。

ー夏の日に訪れた黄金の様な人 。悪夢の形をした男。

 

彼は…彼は一体何をした?

 

目を閉じ、色鮮やかな空気をもう一度身に纏う。瞼をゆっくり開き…目の前に、あの日の情景が広がる。

 

赤い。

灰の日常へ戻る筈だったあくる日は、全てが鮮やかに燃えていた。息をする度、喉と肺が焼けるようだった。

しかし。遠い記憶の中、未だにフェイは呆然と独り立ち尽くしている。

悲鳴さえ燃やす炎の中心で、えも言われぬ色の瞳を大きく開いたままで…ただ、見蕩れていた。

一面を染めた赤い血は今まで目にしてきたどんな赤より紅く、壁を這う業火はどんな織物よりも艶やか。

そして何より、師達の身体に脈打ち、咲き乱れる、あの…極彩色をした、繊細な、花の…

 

喉に込上げる吐き気をグッと堪え、口元を引き結んで笑う。

「八、ハハ…ァ…」

今にも泣きそうな表情で、声無き声で、無理やり息をするように笑う。グチャグチャした感情が渦を巻き、己の静謐を侵食する。

しかし、フェイは瞳をギラギラと金に光らせたまま…。依然としてその筆先に揺るぎはない。

 

「ハァ…ハハハ」

彼はキャンバスの上に色彩を紡ぎ続ける。何かを荒く削るように。心の表面をバターのように切り取り、歪んだパレットの上で苦悶の色を作る。

描かねば、描かねばならない。呪文のように心で唱えながら。

 

瞼の裏が炎で燃える度、胸の中で何かが蠢く度、彼の内から見事な色彩が溢れ、作品は鮮やかさを増していく。

筆を持った左手が休まることは無い。時折、細首を痙攣させるように声を出し、もはや彼は本能のみで描いていた。

無意識がカタルシスを求めているのだ。

 

「…ハッ…ハッ…」

嗚呼恐ろしや。

カダ・ジンの戯曲(オペラ)は何とも残酷である。

アレは芸術だ。

その視界に収まる何もかもが精巧で、細部までも計算し尽くされていた。完璧だった。フェイの掠れる呼吸さえ、彼の創作だったか如く色を帯びる程に。

 

「アハハ、ハ、ハッ…」

目に水膜が張り、景色が歪む。

彼は苦しくて堪らないのだ。あの悍ましい景色を、長きを共にした師や同胞たちが死にゆく様を、悪夢であれと心から望んだその全てを見て、思ってしまったのだ。零れてしまったのだ。

 

…嗚呼、うつくしいと

 

「…。」

 

筆が彼の手から滑り落ち、カランと乾いた音を立てた。はらはらと涙が零れる。

 

「最低だ」

涙は足の間に落ち、床に黒いシミを作る。

その間も、彼の視界には情景がとめどなく流れ込んでいた。

 

荒れ狂う鮮やかな青波。

大処熱の赤き炎。

全身を飲み込む冷たいうねり。

咲き誇る彼岸花。

潮の香。

三千世界の闇に咲く、極楽浄土の花畑…

 

そして。目も眩むほど甘い悪夢は、黄金の目映い影を彼の瞳に焼き付ける

 

「最低だ…」

 

虫のようにか細い声。錆びた蝶番のなんとも言えぬ軋み。

フェイはしゃがみこみ、耳をギュッと塞ぐ。原色の微睡みの中、ドクドク早鳴る心臓が、死神の足音みたく鼓膜を圧迫して…そうすると暗い何かが、胸の隅でジ…と息づいているのを感じた。

「…」

鮮やかな色が瞳の中で渦を巻く。

重く息を吐き、涙を袖で拭って…彼はまた筆を取る。

嗚咽と涙で心の絵の具を溶かし、描き続け…

 

今日の絵を完成とした。

 

『波は、自らが砕く岩に対して、何かを思うだろうか?』

ふと、あの問いかけが脳を過ぎる。

寺院を燃やした時、彼は何を思ったのだろう。蓮華の形に燃えた学び舎を、あの焔と同じ色をした瞳で見つめて、何を…

 

そもそも、あの戯曲に意味などあるのだろうか?

絵画の彼に問いかけても、謎めいた赤はフェイを見つめ返すばかり。

 

『何も』

あの日の夜、フェイがそう返したように。

ジンが凪いだ瞳で、何でもない顔で「意味などない」と返してくる…それだけが、フェイは何よりも恐ろしく思えた。




どうか彼が、旅の果てに答えを見つけられますように。
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