さて───
旅に出るとは決めたものの、特に行くあてはなく。
ただケンザンやスイバチの影響が色濃く残るベルガモットバレーからは離れようとは思っていた。ベル様には悪いけれど・・・
やはりケンザンの名を剥奪されたということを嫌でも思い出してしまうのは苦しかった。
とりあえずリリィウッドを目指して、そこからはバナナオーシャンかブロッサムヒルの方にでも行こうかしら。
そんなことを考えながら歩を進める。
特に予定も立てず、時間にも追われず。こんな生活はいつ以来だろう?
特に両親が死んでケンザンを継ぐことが最優先になってからは常に時間との闘いだったように思う。
1秒でも早く、1つでも多く知識をかき集めることを念頭に置いてきたから。
「あら?こんな場所にもこの花は咲いているのね」
「あの鳥・・・生息地をこんなところにまで伸ばしているのね」
「雲の流れが早いわね。天気が崩れるのかしら」
歩きながら様々なことに気付く。ふと目を前からよそ見させるだけでたくさんの発見がある。
今まであたしはどれだけのものを見逃してきたのだろう?
目的のために必死だったことに後悔はないけれど、もっと別の視点も持つべきだったのではないだろうか?
もう少しゆっくり人生を歩いてきてもよかったのではないだろうか?
そんなことすら考えてしまうほどに、この世界は見たことのない景色を見せてくれた。
そんな道中で通りがかった小さな村。小川の横に建つ小屋の前で中年女性がウンウン唸っていた。
「─────あの、どうかしたのかしら?」
「ああ、見ての通りここの水車が壊れちまってねぇ。直そうとしてるんだけど素人のウデじゃなかなか・・・」
「ふむ・・・これはちょっと知識がないと難しいわね。
道具はあるかしら?あと木材もあれば直せるのだけれど」
「本当かい!?助かるけど道具はもう少し行った先の村長のばあ様に借りてこないと。
それにあたしゃ今ここを空けられなくてね。悪いけど借りてきてもらえるかい?」
「ええ、構わないわ。」
「ばあ様の家はここから真っ直ぐに行って───」
案内された道を進み、村長さんの家で道具を借りる。
水車小屋に戻ると今度はおばさんが材料を取りに行くからと、あたしに留守番を任せて木材を取りに行ってしまった。
材料がなく修理はできないとなると、あたしは手持ち無沙汰になってしまう。
近くにあった大きめの石に腰掛けると
ゆらゆらと立ち上る煙をぼんやりと眺めながら想う。
そう言えば
ああ、水車と言えばあたしがケンザンだとバレてしまった任務の際も水車小屋の修理をしたっけ。
同じ状況なのに今のあたしはケンザンでも騎士団所属でもない。
ただの旅人として存在している。
人生、どこでどうなるかわからないものだ─────
そんな考えと煙を強い風がかき消した。
丁度おばさんが戻ってきたこともあり、あたしは夢想をやめた。
「そうかい、そりゃあご苦労さんだったねぇ。お前さんは大工の心得でもあるのかい?」
「まぁ・・・そんなところね」
道具を返しに来た村長さんの家でそんな話をしていると
「なら丁度ええ。ちょっと奥の扉を見ておくれ。建付けが悪くてねぇ」
「・・・・・随分と人使いが荒いわね。別にいいけれど」
「そう言いなさんな、もう日も沈む。こんな小さな村は宿なんてありゃせんよ
ここは村の集会所としても使う家だから場所だけはある。野宿するよりはマシじゃよ」
その通りだった。軽く水車の修理を済ませてすぐに立つつもりだったのだが傷んでいる部分が多く、修理が終わる頃にはもう日が傾いていたのだった。
「なら一晩お世話になるわ。おばあ様」
「まぁ年寄りの一人暮らしじゃ大した夕餉は出せんがな。カッカッカッ」
上手く使われた感じもしたが、不思議と悪くはなかった。
自分の行いで誰かに感謝されたりするのは嬉しかった。
あたしは純粋に発明が面白いと思っていたし楽しかったのもあるけれど、発明は人の役に立つとか誰かを幸せにするものだと信じていたから。
だからずっと夢中になっていられたし、苦には思わなかった。
やっぱりあたしは誰かの役に立ちたいというのが根底にあるのだろう。
こんな小さな村であたしはあたしに確かに根付いているものに気付いた。
──────────ガンライコウの花言葉:『粘り強さ』──────────