ガンライコウ【雁来紅】ハゲイトウ【葉鶏頭】とも。
由来は雁の来るころに葉が紅色になるところから。
「
スマホでつらつらと検索して調べてみる。名前というものには意味があることがほとんどだ。
興味が出たことをすぐに調べられるのは今のネット社会やデバイスの進化・普及の賜物である。
「なるほど渡り鳥か・・・言い得て妙だな」
あるときは学校の中庭で。屋上で。校舎裏で。
またあるときは公園で。どこかの店先で。様々なところで彼女を見たことがある。
興味があるものを観察・スケッチすることで理解を深めるのが彼女の流儀だった。
そんな彼女に惹かれてからは無意識であの紅い髪を探していた。
だが執拗に後をつけるようなマネはしない。ストーカー行為になってしまっては迷惑だ。
積極的に探しはしないけど、偶然見かけたら嬉しい。ゲームの隠しキャラを見つけるような、そんな楽しみができていた。
下校時にいつもの道が工事で通れなくなっていて迂回を余儀なくされたついでに、普段とは違うルートで帰ろうとフラフラと歩いていたのだが、それが功を奏したようだ。
河原の土手でぼんやりとしている彼女を見つけた。珍しく観察でもスケッチでもないらしい。
それならと歩み寄り、声をかけてみた。
「あら?こんな場所で会うなんて奇遇ね」
まさに奇遇である。あの工事に感謝しなければ。
「ここはね、落ち着けるから好きなの。ここまで来ると街中の騒音も気にならないのよ」
夕暮れに染まる川の流れを見つめ、そう話す彼女の左隣に座る。
お互い特に話すわけでもなく。ただ時間を共有しているのが心地よかった。
「その・・・それであたしに何か」
こちらの様子を伺いながら話すガンライコウを見て、やはりこの娘の眼は綺麗だ。そう思った瞬間の出来事だった。
「ッ!!!嫌ッ!!!」
拒絶の言葉と共に顔を背ける彼女に唖然としながらも、暴かれた彼女の秘密に驚きを隠せなかった。
突然の突風で彼女の前髪が舞い上がり、普段は見えない右目が外気に触れた。
ガンライコウの右目を縦に横断するような、ひと目でわかるほどの大きな傷跡。その存在を知ってしまったのだ。
如何程の時が流れたのかもわからない。さっきとは違う撫でるような優しい風が時間が止まっていないことを告げていた。
「・・・・・びっくりしたでしょう?昔、作業中の事故でね」
ぽつりとガンライコウが沈黙を破った。
「幸い失明は避けれたけど、視力としては辛うじて見えている程度なの」
「がっかりしたでしょう?顔に傷のある女だなんて」
「以前、小さい子に見られてしまったことがあったのだけど、ひどく怖がられてしまったわ」
「それ以来、ずっと誰からも隠しすようにしてるの」
「ああ、でも気にしないで。よく見えていないからずっと前髪で隠していても問題はないのよ?当然不便なこともあるけれど」
「その────あなたには特に知られたくはなかったのだけれど、一緒にいる時間が長くなればいつかは知られてしまうと思っていたわ」
「嫌なものを見せてごめんなさい」
ずっと黙って聞いていることしかできなかったけれど、ここでもう黙っていられなかった。
嫌じゃない。そんなことはない。確かに驚きはしたけれど失望なんかしていない。
傷を隠したい気持ちはわかる。でも一瞬だけ見えた右目もとても綺麗な眼だった。
君の綺麗な瞳に憧れている。素敵だと思っている。例え傷があってもそれがガンライコウの一部だったら自分は平気だ。そんな傷も含めてガンライコウに惹かれているんだ、と。
後で思い返せばもう告白しているも同然のセリフだった。でも思いつくまま吐き出すしかないと思ったから。
こちらが話始めてからずっとガンライコウは俯いて、ただただ聞いてくれていた。
でも彼女の表情は伺うことは出来なかった。なぜならもう夕焼けは夜の闇に変わろうとしていたから。
再び全身を吹き飛ばすような強い風が2人を包んだ時、ガンライコウが口を開いた。
「冷えてきたわね。帰りましょう」
音もなく立ち上がったガンライコウは踵を返すと土手の上に向かって歩き始めた。
自分の精一杯の告白は彼女の耳に、心に届かなかったのだろうか。
離れていく背中に検索した時のことを思い出す。
雁は渡り鳥。彼女もどこか遠くに飛んでいってしまうのだろうか。
そんな不安を抱きながら自分も土手の坂を重々しい足取りで登っていった。
土手を登りきって空を見上げたとき、濃い紫色の空が寒々しさを強めた。
やるせなさと悔しさで視界が滲みかけたその時、ふわりと左腕を絡め取られた。
「その・・・・・さっきも言ったけれど、よく見えない右目のせいで夜道とか苦手なの」
「工房まで送ってくれるとうれしいのだけれど」
そう言ってそっと身体を寄せてくるガンライコウ。どうやら自分は止まり木に選ばれたらしい。
渡り鳥とて、ずっと飛び続けているわけではない。休むこともあれば暖かな場所に巣を構えることもあるのだ。
だったら自分の暖かさで、この渡り鳥が飛び去ってしまわないように。
そんなことを思いながら、不器用な彼女をエスコートするのだった。