昇降機を使い地上まで上がった俺は、重い扉を両手で開いた。
その先にはリムグレイブの美しくも危険に満ちた景色が広がっていて、最早懐かしささえ覚える。
聳え立つ黄金樹の姿が、遠目からでも存在感を放っていて幾度と無く死んだこの地に戻って来たのだと実感した。
昇降機に一緒に乗っていたクララは、昇降機が上がり切ると名残惜しそうに繋いでいた手を離した。
どうやらこの世界に召喚出来る時間には限りがあるらしく、その時間が過ぎれば1日は再召喚が出来ないらしい。
恨めしそうに遺灰を呼ぶ時に使う【霊呼びの鈴】を睨んだクララは、最後に強く俺の右腕に抱き付くと、背伸びして俺の耳元で囁いた。
「危ない時以外、祝福の光には触れないでね? ご主人……じゃないと私、何するか分からないから……」
そう言うと、クララはメリナと同じ様にして消えていった。
とんでもない縛りをさせられる事になったこの世界の俺だが、俺としてもあんな別れ方をしたメリナや他の女性陣には会いたくない為、出来る限り守ろうとは思う。
……まぁ何かあれば、その時は腹を括ろう。
「おや、貴方は……褪せ人ですね?」
「……あ、あぁ」
白面のヴァレー、リムグレイブに出た褪せ人が最初に出会うだろう人物。
かく言う俺もその一人で、前の世界でも目の前の祝福の近くに立つ彼と会話をしている。
そして彼の言う事を信じ、様々な事をした。
しかし……最後には好奇心からデミゴットの一人である【モーグ】の支配する王朝に足を踏み入れ、後味の悪い最後を迎えた。
「そして、エルデンリングを求め、この狭間の地にやってきた
分かりますよ、そうでしょうとも
ですが、悲しいかな。貴方は「巫女無し」です
導きも知らず、ルーンの力を得ることもできず、円卓に導かれることもない
……ただ、名も無く死んでゆくでしょう」
ただ……何処か違和感がある。
例えばメリナやクララは明らかに前の世界の出来事を覚えていた。
しかし目の前のヴァレーからはまるでそれを感じない、それどころかまるで初めて会った時の会話を繰り返している様な気さえする。
いや多分、違和感などでは無くこの世界では、俺とヴァレーは【初めて】会った事になっていて、本来それが当然の進行なのだろう。
おかしいのは……寧ろ。
「……ただ、たとえ貴方が「巫女無し」でも、ひとつだけ希望があります
この私、ヴァレーに出会えたことです……え? ちょっと」
俺は何も言わずに彼の手を取る。
突然の俺の行動に彼は動揺しているが、払い除けようとする彼の手を俺は力強く握り締める。
もし……本当に彼が前の世界のことを覚えていないのなら、今度こそ彼と仲良く出来るのかも知れない。
貴重な男性陣の話し相手なんだ、逃してたまるか。
「あぁ俺は幸福な男だ、これからも宜しく頼む」
「えぇ……え、えぇ! そうでしょうとも」
ヴァレーは余所余所しく返事をすると、遠くに見える嵐の城を指差した。
「きっと、導きは指し示すと思いますよ
あの断崖の城、ストームヴィルを
あれは、老醜のデミゴッド、接ぎ木のゴドリックの居城ですから」
「分かった、倒してくる」
「え、あの……まだ私の台詞が残って」
ヴァレーが何か言ってた気もするが、俺は気にせずトレントを呼び出し跨ると、嵐の城であるストームヴィル城へ真っ直ぐに走り出した。
エレの教会前のツリーガードを鍛えた騎士大剣で難なく捩じ伏せ、エレの教会内に座るカーレの元で、トレントから降りる。
しかし、どうやらカーレもヴァレー同様に元の世界の記憶は引き継いでいなかった。
いや、そもそもこれが当たり前なのだ。
記憶を引き継いだメリナや何故か人型になっていたクララの方が異常であり、決してブライブとカーレと俺で男水入らず話明かした夜を、カーレやブライブが覚えていなくても仕方のない事なんだ。
……大分心を痛む話ではあるが。
「変な事を言って済まなかった……少し休む」
「あ、あぁ……褪せ人のあんたならそこの祝福で休めばいい」
「あぁ、いや……何でもない、そうさせて貰おう……」
気を落としてはダメだ、何も覚えていないと言う事は前の世界よりも仲を深められるかも知れない。
前の世界では最初の頃、リムグレイブで数多の敵に殺されたせいで、カーレやブライブにも疑心の目を掛けていた。
いつ裏切られてもいい様に仲を深める事をせずにしていたのが、今となっては本当に悔しい。
何度も、最初から腹を割って話していればと思った。
しかし、最初からアクセル全開では彼らも俺がそうした様に疑いの目を掛けるだろう。
元より……この世界では友好的な関係というのは咲く花よりも儚いのだから。
エレの教会の中心にある祝福。
祝福とは俺たち褪せ人にとって道標であり心の拠り所の様な物でもある。
そんな祝福を触り暖かな光で休みたい気持ちを抑え、俺は祝福の側にどっしりと座ると、鞄から生の獣肉を取り出す。
カーレの焚き火から火を貰い、小枝に火種を移した後、じっくりとその火を育てながら肉を焼き、口の中へ運ぶ。
「……もう少し焼くべきだった」
カーレも焚き火を消して眠りに付いた深夜に、俺はそう呟いた。
じっくりと焼いた筈の肉は何処か冷たく生っぽい。
口の中に冷やした水と生肉の感触が広がり、吐き出したくなる気持ちを抑え咀嚼する。
狭間の地では新鮮な肉は貴重なのだ。
と言うより……それよりも何故この鞄はこんなにも冷たいのだろう? 火の側に置いてある筈なのに。
「私の王よ、この場所で再開するとは思わなかった」
「! ……ラ、ラニ」
「そうだ。お前の妻であり、月の彼方に共に旅立つ筈だったラニだ」
月と星を背にラニは教会の瓦礫の上に座っていた。
それはもう不機嫌を通り越して怒りすら感じる雰囲気を纏いながら。
俺は食べかけの獣肉を地面に落とし、ラニを直視する。
何故ラニがここに居るのか、理由が分からないからだ。
祝福には誓って触っていないし、ラニはこの祝福を俺が触らない限り、ここには現れる事は出来ない筈。
前の世界でこの祝福をうっかり触ってしまったばかりに、ラニと関わりを持ってしまった為、この祝福を俺が触る事はあり得ない筈だ。
「何故私がここに現れたか分かってないといった顔だな、私の王」
いやおかしいだろ、何で分かるんだよ。
夜で暗い上に兜を被った俺の表情をどうやって見抜いたのか分からないが、大正解だと思わざるを得ない。
「この地では私の力がより強くなっている、それは恐らく女王マリカが偉大なエルデンリングをその様に書き換えたからだ」
「……」
「だから私は【それ】がある限り夜限定だが、何処でだって現れることが出来る」
「……まさか」
俺は冷たく氷の様な鞄を開ける。
そこには冷気を振り撒く小さな人形のラニが、俺の方に四本の腕を広げていた。
直ぐさま鞄を閉め、開けろと言わんばかりに鞄の中を叩く四つの衝撃を無視して、俺はラニに向き直った。
「……君が二人に増えてる気がするが」
「愛の力だな」
「……」
ふんっ、と鼻を鳴らしながら誇らしそうにラニは胸を張った。
そんなラニと対照的に俺は頭を抱え、地面を見つめた。
前の世界で、ラニの従者になり過ごした日々はそれなりに楽しかった。
気の良いブライブや優しい心のイジー、セルブスもしっかりと他の二人と俺で説得した結果、最後には辛口だがイタズラ好きで面白い男になっていた。
あの3人で、ラニに見つからないようにセルブスの魔術師塔で読んだ、王都に隠された伝説のエロ本の事は一生忘れないだろう。
しかし……そんな思い出もラニには敵わない。
彼女は日が進むにつれ、俺の事を束縛する様になった。
ある日はラニの魔術師塔に監禁されて氷漬けにされた事もあった、イジーのおかげで何とか救出はされたが、戻って来て俺が抜け出した事を知ったラニの顔はゾッとするほど恐ろしかった。
ある日は俺が断ったのにも関わらず、強引に高そうな指輪を俺の手に嵌めようとしてきた。
イジーとブライブとセルブスを冷たい魔術で跳ね除け迫るラニの姿は、脳裏から恐怖と共に刻まれ忘れる事は無いだろう。
あの時、血気迫るラニを前に、俺を見捨てずに背中に乗せて走り出したトレントには感謝しても仕切れない。
そして、ラニの束縛は遂には黄金樹の中にまでその魔の手を伸ばしていた。
曰く、ラニはこの狭間の地を捨て月に旅立つ。
その孤独な旅路に俺を連れて行く気満々だったらしい。
黄金樹で俺を追いかけるラニから逃げて円卓に飛び、大祝福に触れこの世界に来たのだが……どうやら俺は逃げ切れなかったらしい。
そこまでして俺を連れて行きたかった理由は分からないし、特別好かれる事をした訳でもないんだが……やっぱり女性は怖い。
「しかし……私の王は随分と浮気者なのだな」
ラニの言葉に呼応する様に、辺りの空気が張り詰めた様に凍り付く。
今すぐにでもラニの前から逃げ出したいが、いつの間にか鞄から抜け出して俺の鎧の隙間に入り込んだ、小さなラニを取り出そうものなら何をされるか分からない。
瓦礫に座っていたラニは、俺が鎧の隙間から顔を出す小さなラニを睨み付けている間に、目の前に立っていた。
「この私が妻であると言うのに、何が不満だというのだ」
とても人形とは思えない人間味あふれる声色で、ラニはそう言った。
「私が愛を捧ぐのはお前だけだ、永遠なる私の王よ」
ラニの四本の腕がこちらに伸びる。
その手には前の世界で無理やり付けられそうになったあの指輪があった、鎧からするっと抜け出した小さなラニがその指輪を掴み、俺の方へと掴んだ指輪を掲げ上げる。
「この指輪を嵌めれば、お前を傷付けようとする全てから守ると誓おう。だから私の王になれ……お前はただ何も考えずに私の言う通りにすればいいんだ」
ラニは二本の手は指輪を持ち、もう二本の腕で俺の左手を掴む。
ルーンの力で相当な筋力がある筈の俺だが、ラニの腕はその見た目からは想像できないほどの力で、俺の手を指輪に近付ける。
「やめてくれ、ラニ……こんな無理矢理は良くないぞ」
「心配するな、すぐにそんな考えも霧のように無くなる」
もうこれまでか……。
これ以上は本当に指輪を嵌められかねない。
クララ……これは緊急事態という事で許してくれるよな?
「? ……なっ!? それに触れるな!!」
ラニが気付いた様だが、もう遅い。
俺の手が祝福に触れると、祝福は光の粒を辺りに散らせた。
暖かな光を取り戻した祝福は光り輝く。
それはつまりこの祝福が活性化したという事。
つまり……祝福の加護が死んだ者に与えられたという事だ。
「私の旦那様に……気安く触れるな」
片目の青い瞳でラニを睨み付けるメリナが、そこには立っていた。