ヤンデレから逃げて二周目   作:鉄の掟

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ローデリカ、ローデリカ

 

 

 

 

 

 意識が戻り眠りから覚めた時には、空はすっかり明るくなっていた。

 

 本当にあの少年と話した時間は夢だったのか、それにしてはやけにリアルで奇妙な夢だった。

 前の世界ではあんな事一度も無かった筈だ。

 

「……本当に夢だったのか?」

 

 俺は立ちあがろうとして無意識のうちに手を開く。

 

 すると手の中から夢の中で少年から渡されたスイレンの指輪が地面へと落下した。

 夢で渡された筈のこの指輪が、現実の俺の手の中に握られていたのは不気味で仕方ないが、このまま捨てていくのも何か嫌な予感がする為、俺は指輪を地面から拾い上げ、鞄の中に仕舞う事にした。

 

「あ……」

 

 鞄の中に仕舞う時、何か嫌なものが見えた気がする。

 

 体育座りをして、鞄の中でずっと絶望した目を下に向けながら何かを呟いている小さな人形が見えた気がするが、気にしない事にしよう。

 そうしなければ俺の心が持たない。

 

 トレントを呼び出し、未だに気絶していたカーレの側に謝罪として役に立ちそうな道具を置いて行き、俺は目的地であるストームヴィルへと走り出した。

 

 

 

 

 

 敵兵やら巨人やら狼やらを捩じ伏せ、順調にストームヴィル城に近づいて来ている。

 それにしてもあれだけ最初の頃殺された奴らを捩じ伏せるのは、凄くスッキリした気分になる。

 

 トレントにもだいぶ無茶をさせた事もあったし、お互い苦労が絶えないな。

 

「頼りにしてるよ、これからも宜しくな」

 

「はい! 勿論です!」

 

「……」

 

 え? トレント今喋った? 君喋れたの?? 

 

 いや待て……今のはどう考えても俺のすぐ後ろ、正確には耳元で聞こえた声だった。

 それに何処となくトレントの息が上がり、走る速度もゆっくりになった気がする。

 

「あれ? 貴方様? ここで止まるのですか?」

 

 疲れた様子のトレントにロアの実を食べさせ、近くの小屋でトレントから下りる。

 その間にも後ろのお喋りは話しかけて来て、俺を逃すつもりは無いらしい。

 

 いやほんと……君、本来この小屋の中で落ち込んでる筈じゃん。

 何でナチュラルに後ろに乗ってたの? 見てよこれ、鳥肌が止まらないよ。

 

「……久しぶり、ローデリカ」

 

「はい! 貴方様のローデリカです!」

 

 意を決して後ろを振り向くと予想通り、そこには調霊師として前の世界では色んな意味で世話になった、【ローデリカ】が居た。

 

「君も……覚えているのか? 俺の事を」

 

「はい! 忘れるなんてとんでもない、貴方様の事を忘れるなんて有り得ません!」

 

 いや、有り得てくれよ。

 そっちの方が俺を覚えてる事より嬉しいよ。

 

 まぁ何だかんだ言って、ローデリカは狭間の女性陣の中では比較的まともな方だ。

 調霊を頼む時も、「頑張れ!」とか「流石ローデリカだ!」など、応援の言葉を掛けていればほぼ間違いなく上手くいく。

 そして俺に過度に接触する事もないし、俺が大祝福に触れて前の世界を離れる時も、ローデリカは納得してくれていた。

 

 ローデリカは本当に数少ない狭間の地の常識人だと言える。

 しかし、どうやら彼女は自己肯定感というものが相当低いらしい。

 前の世界では自分が俺の役に立つという事だけを望んでいて、その他を更に望む事は烏滸がましい、と言っていた。

 

 その他、というのが何かは良く分からないが、俺からしたら適切な距離を保ってくれてるだけで非常に有難い。

 

 ただ……ただ、二つだけ気掛かりな事がある。

 ローデリカは戦闘においては素人以下だ、そんな彼女が俺が気付かない間に、【トレントの後ろに乗る】なんて事は可能だろうか? 

 

 そしてもう一つ、君そんなに元気っ子みたいな喋り方だっけ? 

 

「まぁ、その元気そうで良かった」

 

「はい!」

 

「じゃあ俺は向かう所があるから……」

 

「ちょっと待って下さい」

 

 トレントを呼び出そうとした右腕を思い切り掴まれる。

 

「少し……お話していきませんか? 丁度いい小屋もありますし!」

 

 ローデリカはそう言うと、俺の右腕を強く引っ張る。

 

 その力の強さは前の世界のローデリカからは、想像も出来ない程の強さだった。

 というより今まで戦って来た敵より遥かに強い、度を越した腕力だ。

 

 明らかにおかしい、ルーンの力で俺がどれだけ強化されてると思ってる。

 そんな俺が引き剥がせないなんて、どう考えてもローデリカの力では無理だ。

 そう考えてる内に、俺はローデリカに無理矢理引っ張られ、小屋の中に足を踏み入れる。

 

「……ど、どういう事だ??」

 

 そこには……【ローデリカ】が居た。

 

 ちょっと待て、待ってくれ……俺はローデリカに腕を掴まれてる、それは小屋の中に入る前からずっとだ。

 そして小屋の中にはローデリカが居る。

 その姿は少し腕を掴むローデリカよりテンションが低い気がするが、間違いなくローデリカだ。

 

 つまり……ローデリカがこの小屋の中には【二人】居るという事になる。

 あ、頭がおかしくなりそうだ。

 

「あぁ……連れて来てくれたのですね」

 

「はい!」

 

「あぁ、貴方様……会いたかったです」

 

 俺が唖然としている隙に、俺はローデリカに近くの木箱に座らされた。

 

 そんな俺にテンションの低い方のローデリカが近づいて来る。

 俺の頭は混乱で一杯だった、何しろ視界にローデリカが二人居るんだ、自分の正気を疑いたくなっても無理は無いだろう。

 

 テンションの低いローデリカは俺の隣に腰掛けると、俺の手を両手で握りながら頭を、俺の右肩に乗せた。

 更に元気っ子の方のローデリカも今度は俺の左肩に頭を置き、俺が目をやると満面の笑みで見つめ返して来た。

 

「ずっと待っていました、いつか必ず貴方様は現れて下さると……私を、私【達】を置いていくはずがないと」

 

「はい! ローデリカも信じていました!」

 

「ちょっと待て、一個聞いてもいいか?」

 

 二人のローデリカは同時に首を傾げた後、頷いた。

 

「あのさ、さっきから思ってたけど……何で二人に増えてるの?」

 

 取り敢えず俺は、本物っぽいテンションの低いローデリカの方に顔を向けて、そう問いかけた。

 

 ローデリカは一瞬だけ困った様に俺の左側にいるローデリカを見つめたが、直ぐに俺の方に向き直り、顔を俺の耳に近づけて来た。

 

「貴方様は酷い人です」

 

 いや、開口一番に罵倒されたんだけど。

 

「あれだけ一緒に過ごしたこの子の事を忘れてしまうなんて」

 

 ローデリカがそう言った直後、俺の左側から何かが消える様な音がし、さっきまで感じていた元気っ子ローデリカの感触も無くなっていた。

 

 しかし俺は混乱の中でも、何処かこの状況に既視感を覚えていた。

 

 

 

 

 前の世界で、ラニの頼みで永遠の都と呼ばれるノクローンを探検していた時の事。

 その時の俺は遺灰と呼ばれる霊体を召喚する事が出来る霊呼びの鈴を、積極的に使っていなかった。

 その理由は単純に死んだ魂を無理矢理呼び出し戦わせるという事に対して、後ろめたさを感じていたからだ。

 決して女性の霊体を誤って呼ぶのを避ける為ではない……。

 

 そして順調にノクローンを突き進んでいた俺は、とある遺跡の中で全く同じ見た目の【俺】に出会った。

 持っている武器も来ている鎧も同じで、戸惑う俺に問答無用で殺しに来たそいつは、後に遺灰として俺の味方になった。

 

 名を、【写し身の雫】

 召喚者の姿を模倣し、戦う霊体

 ただし、その意志までは模倣できない

 永遠の都が、王を創らんとした遺物である

 

 味方になった写し身の雫は他の霊体を圧倒する力だった。

 何せ自分が二人居るんだ、俺が強くなればそれを模倣する写し身の雫も強くなる。

 それからというもの、俺は写し身の雫を気に入り、事あるごとに召喚するようになった。

 

 ただ……そんな写し身の雫にも一つ問題があった。

 それは、【影響を受けやすすぎる事】。

 

 ある時、いつもの様にメリナが拒否する俺の腕を掴んで抱き締めている時、ふと俺は写し身の雫がこういう時にも使えるのでは、と思い立った。

 姿形は同じだし、霊体ゆえの光る体も昼間なら何とか誤魔化せる筈。

 

 そう考え付いた翌日、俺は早速写し身の雫を召喚して祝福に触れると、全速力でその場から立ち去り、離れた所からどうなるか観察していた。

 

 案の定直ぐにメリナは現れ、俺の姿に化けた写し身の雫に抱き付いた。

 しかし驚いた表情で写し身の雫から離れたメリナは、怒りを露わにしながら写し身の雫に何かを話し始めた。

 

 太陽が真上から西に沈むほどの時間、怒りの表情から真剣な表情になり喋っているメリナを、写し身の雫も何故か真剣な表情で見つめていた。

 そしてそれを遠くで見つめる俺の顔は、さぞ言い表せない様な表情だっただろう。

 

 そうしてメリナは最後に写し身の雫の耳元に近寄った後、光の粒になって消えていった。

 一体何を話していたのか気になった俺は、トレントに乗って近くまで行き、写し身の雫に話しかけた。

 

「来たわよ、写し身」

 

「はい! メリナ様!」

 

 それは一瞬の出来事だった。

 

 写し身の雫が俺を押し倒し、消えたはずのメリナが俺に馬乗りになる。

 抵抗する時間は無く、俺は地面に押し付けられた。

 

「な、何をして」

 

「写し身、大人しくさせて」

 

「はい! すみません貴方様、でも……私だってこの想いを受け取って欲しいです!」

 

 何の話を……というか写し身の雫って喋れたのかよ! 

 

 いや、そんな筈はない。

 今までだって話しかけても一言も何かを言う事は無かった。

 ひょっとしてメリナが熱心に喋っていたのは、写し身の雫に言葉を教える為だったのか……? 

 

「……何をする気だメリナ。写し身の雫、君は何故こんな事をする」

 

「気付いていなかったの? この子、私と同じくらい貴方のことが好きなの」

 

 メリナの言葉に、俺を押さえ付ける写し身の雫は大きく頷く。

 

「そ、そんな馬鹿な」

 

「貴方は本当に鈍感ね、そういう所も好きだけど」

 

「私も貴方様のそういう所、可愛いと思います!」

 

 メリナは器用に俺の鎧を脱がしていく。

 

 さては写し身の雫が俺の鎧の構造をメリナに伝えやがったな、でなければ剣や斧を弾く分厚い鎧を簡単に脱がせられる訳がない。

 

 俺は必死にメリナを止めようと抵抗するが、写し身の雫に両腕を押さえつけられ動くことが出来ない。

 写し身の雫は俺の持つ力を完璧ではないにしろ模倣する。

 その力で上から押さえつける様に動きを封じられては、俺の抵抗など虚しいものだった。

 

「後は……服だけね」

 

 鎧を全部引っ剥がされた俺は、一枚の柔らかい布で出来た半袖での服とズボンだけになってしまった。

 

 それを見たメリナは明らかに興奮していて、目は血走り呼吸は荒い。

 その手つきはどこかいやらしく、ゆっくりと焦らす様に俺の半袖のボタンを外していく。

 

「早く! 早く脱がして下さいメリナさん!」

 

「待ちなさい……今、大事な時だから」

 

 俺はもう半ば諦めていた。

 

 これから何をされるのか分からないが、誰かの助けがない限りこの状況からは抜け出せそうにない。

 そしてここはリムグレイブの端にある祝福の近く、放浪商人も居ないここでは助けなんか来ないだろう。

 

 そして、メリナが最後のボタンに手を掛けようとした時。

 

 突然、俺を押さえ付けていた写し身の雫が消えた。

 

「な、何をしているの写し身!」

 

「わ、忘れていました……模倣できる時間には限りがあるんです!」

 

「なっ!? そ、それをもっと早く、きゃっ……ま、待ちなさい!」

 

「貴方様!? どうして行ってしまうのですか!」

 

「トレント!! 前速前進だっ!」

 

 俺は馬乗りになったメリナを乱暴に退かし、叫ぶ二人を無視してトレントに跨った。

 

 それから俺は、写し身の雫に力で抗えなかったという恐怖を植え付けられ、以降写し身の雫の役はクララに変えていた。

 

 

 

 

 嫌な記憶を辿り切った後。

 違和感を感じた左側を見ると……そこには俺の見た目をまるで【女性】に変えた様な写し身の雫が、にこりと笑っていた。

 

 短い黒髪に黒い目、少し仏頂面でクールな印象を受ける顔は口元を歪ませ、それでいて目の奥は少しも笑っていない。

 

 恐怖で顔が引き攣る俺を少し低い所から見つめる写し身の雫は、更に俺に近寄り呟く。

 

「今度は逃しませんよ? 貴方様♡」

 

 

 




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