ヤンデレから逃げて二周目   作:鉄の掟

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暗月の指輪

 

 

「この時をずっと待ち望んでいました……!」

 

 写し身の雫は語尾を強めてそう言った。

 その話し方は深い愛を感じるが、同時に得体の知れない何かが潜んでいる。

 

「私、あれからずっと考えたんです……貴方様は何であの時行ってしまったのか、振り向いてくださらなかったのかを。でもそんな事もうどうでもいいんです!」

 

「貴方様の身体……貴方様の感触……私は貴方様の写し身でありたい、だからもっと貴方様を知りたいのです」

 

 写し身の雫は俺の鎧を力尽くで剥がしていく。

 

 本物のローデリカはそれを近くで見つめるだけで、元より止める気は無いらしい。

 しかし、これは不味いことになった。

 

 油断や隙がある様に見えて、写し身の雫は俺から目を離さない。

 一つの動作も見逃さないように常に見張っているようで、抜け出そうにも抜け出せない。

 前の世界では写し身の雫の模倣出来る時間の制限が来た為、難を逃れたが恐らくその制限は数時間は持つ事を俺は知っている。

 

 自分では抜け出せず更には時間も稼ぐ事は不可能。

 ……こうなれば誰か第三者に頼るしか無い訳だが。

 俺は小屋に入る時に鞄を置いた場所に目を動かした、するとそこには暗い深淵の様な瞳でただ見つめる小さいラニの姿があった。

 

「っ……」

 

「貴方様? どうかなされましたか?」

 

「い、いや何でも無い」

 

「まさか逃げようなどと考えてる訳じゃ無いですよね? 私また貴方様に拒絶されたら……どうなるか想像が出来ません」

 

「か、考えてないさ勿論」

 

 危なかった、余りにも小さいラニの雰囲気が怖くて動揺が隠し切れなかった。

 

 しかし何故小さいラニはこの状況を眺めているだけなのだろう? メリナの時だったら目に入った瞬間飛んでくる筈なのに。

 

 疑問に思った瞬間、小さいラニは氷の魔術で空中に文字を書き始めた。

 

(私の王 助ける事 は 出来ない)

 

 空中に書かれた文字は数秒で霧の様に消えていく。

 

(拒絶 され 私は もう 諦めた)

 

 また空中に文字が作られていく。

 しかし今度の文字は先程のものより歪んでいて、諦めたの部分に至っては辛うじて読めるという感じだ。

 

 それに小さいラニの表情も徐々に弱々しくなり、今にでも泣き出してしまうのではないかと思うほど、目線は下を向いていた。

 

(さよなら だ 身を焦がす ほど 愛した 褪せ人よ)

 

 そう書かれた文字が消えていくのと同時に、小さいラニの体も消えていく。

 

 待て待て、君に今消えてもらう訳には行かないんだって。

 どうする……声で止めるのが一番だが写し身の雫に気付かれては本末転倒だ。

 他の方法を……って! もう消えかかってるじゃないか!? 

 少しは考える時間をくれよ! 

 

「ま、待て行くな!」

 

「え? 貴方様?」

 

(……!)

 

 消える寸前で小さいラニは留まった。

 

 何とか最悪は免れたか、しかし……代償も大きい。

 俺が突然意味の無い言葉を発した為、写し身の雫は更に近づき俺の視界を塞ぐ。

 

 くっ……これではラニがどうなっているのか見えない。

 助けて欲しい事を伝えないといけないのに。

 

「何を言っているのですか? 何を考えているのですか? 何故私を見てくれないのですか? 何故? 何故? 何故?」

 

「お、落ち着いてくれ」

 

「無理です、出来ません。貴方様がそうさせてくれないのです、私以外の事を考えるこの頭が憎い、私以外の事を見るこの目が憎い、私以外と喋るこの口が憎くて堪りません」

 

 写し身の雫は鼻が触れ合うほど接近し、早口で喋り続ける。

 その間も俺は頭を写し身の雫に固定されていて、ラニの方に向く事が出来ない。

 

 じっと黒い目が俺を見つめる。

 人間ではないからか一切瞬きをしないその目は、俺の恐怖心を煽る。

 これならまだラニの方がマシだった。

 

「貴方様、私はもう我慢出来ません」

 

「な、何を」

 

「これは貴方様が身も心も私のものになってから、誓いの意味を込めてするつもりでしたが……もうしてしまいましょう」

 

「ま、待て……止めろ」

 

 写し身の雫は目を閉じた、そしてその口を俺の口の方に近づけ始めた。

 

 写し身の雫はキスをしようとしている、ぶっちゃけキスくらいするのは構わないが、したら何か洗脳されそうで怖い為、俺は必死に後ろへと下がろうとする。

 

 しかし、がっちりと俺の頭を掴んだ写し身の雫からは逃れられない。

 ただ俺にも意地がある、力を込めて後ろに頭を引くとほんの少しだが写し身の雫から離れ、視界に隙間が出来た。

 

(私の王)

 

 視界の端には小さいラニが文字を作り出していた。

 

 どうやら見捨てては居なかったらしい、次々とラニは空中に文字を作り出しては消していく。

 頼む、早くしないと写し身の雫が異変に気付く。

 

(私は まだ 信用 できない)

 

「……何処を見ているのですか? 貴方様」

 

(もう 二度と あんな 思いは したく ない)

 

「何かこっちにあるのですか?」

 

 写し身の雫が俺からラニの居る方へと顔を向け始める。

 

 その一瞬の隙を突いて、俺は写し身の雫の拘束から抜け出した。

 

(だから 私の王 よ)

 

「なっ!? いつの間に!!」

 

 俺は必死に俺を行かせまいと止める写し身の雫を躱す。

 

 そしてちらっと本物のローデリカの方を見るが、彼女は優しく微笑んで何もしなかった。

 もしかすると……ラニはあんな状態で自分から外へ出てこないだろうし、ラニを鞄の外に出してくれたのは彼女だったのかも知れない。

 

 やっぱり君はいい子だ、ローデリカ。

 縋り付く様に俺を止める写し身の雫を抑えながら、ラニの元へ向かう。

 

「……もし、このラニの王でありたいのなら」

 

「止めてください! 止めて! 止めろぉ!!」

 

 ラニは俺を下から見上げる、その四本の腕には俺に差し出す様にあの暗月の指輪が握られていた。

 

「この指輪を、嵌めるがいい」

 

「あぁ、分かった」

 

 小さいラニから指輪を受け取り、左手の薬指に嵌め込む。

 奇妙にもサイズはピッタリと合っていて、嵌め込んだ瞬間。

 指輪から発せられた青白い光が、小屋内を埋め尽くし始め、その光と感じる冷たさに写し身の雫も俺も目を瞑ってしまった。

 

 光は徐々に収まり、代わりに凍える様な寒さが強まる。

 それは手や足から俺を震えさせ、普通では無かった。

 俺を離すまいとしていた写し身の雫もいつの間にか居なくなっていて、兎に角寒くて仕方がない。

 

「ようやく嵌めてくれたな、永遠なる私の王」

 

「ラ、ラニか……大きい方の」

 

 寒さで震えていた両手が四つの人形の手で包み込まれる。

 

 本来体温などは無い筈のラニの手だが、この瞬間だけは寒さを遠ざける温もりの様なものを感じた。

 気付かぬ間に座り込んでいた俺は、ラニの手を借り立ち上がる。

 

 立ち上がった俺の目の前には、目元に何かが垂れた後のあるラニの顔があった。

 

「……助かった」

 

「やっと夫婦になれたのだ、夫を助けるのに礼は要らないぞ」

 

「その目の所にある跡はどうした?」

 

「こ、これは何でもない……これだから人形の身体は嫌だ」

 

 ラニは大きな帽子を深く被り、顔を隠してしまった。

 

 何はともあれラニは俺を助けてくれた、写し身の雫も悪い奴じゃないが今回は少しやり過ぎな気がする。

 もしラニが居なければ本当に何をされていたか分からない。

 

 周りを見渡すが先程まで近くに居た筈の写し身の雫は見当たらない。

 

「ローデリカ、写し身の雫だが」

 

「心配いりません、私がきちんと反省させておきますので」

 

 そう言ってローデリカは控えめに笑う。

 多分ローデリカが写し身の雫を元の場所へ帰したのだろう、一先ず一番の危険が去った事に俺は安堵し溜息を吐いた。

 

「……そもそも何故君のような人が、写し身の雫に協力の様なものをしていたんだ?」

 

 ローデリカは争い事を好まず、優しい性格を持つ女性だ。

 

 だからこそ不思議でならない、何故彼女が写し身の雫に協力したのか。

 霊体と心を通わせる彼女なら、写し身の雫が何をしでかすのかも分かっていた筈なのに。

 

「……あの子は恐れているのです、貴方様に見捨てられる事が」

 

 ローデリカは少しだけ俺を叱る様にはっきりと言った。

 ラニがローデリカに手を翳すのを俺が止めていると、でも、とローデリカは言葉を途切れさせなかった。

 

「……あの子には暫く時間が必要です、その間貴方様もあの子の事を忘れないであげて下さい……とても純粋故に傷付きやすいのですから」

 

 俺は何も言わずに頷く。

 

 もし今度写し身の雫を目の前にしたら、怯えずに話をしてみよう。

 しかし今度もまた暴走する様なら、流石に俺も耐える事が出来ない、その時は少々手荒な方法を使う事にしよう。

 

「さぁ、貴方様。お行きになられるのでしょう?」

 

「あぁ」

 

「どうかお気を付けて、月の王女様も」

 

「心配するな、いつでも私は私の王の側に居る」

 

「ふふっ、お熱いですね」

 

 トレントを呼び出し、写し身の雫に着ていた鎧は壊された為、予備の軽い鎧を着込んで跨る。

 その後ろには何故かラニが居るが、この際構わないだろう。

 

「円卓に行く機会があればまた会おう」

 

「はい、調霊の仕事ならいつでも」

 

 俺はローデリカに片手をあげて別れを告げると、トレントと共に嵐の城へと走り出した。

 

 

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