天才打者の忘れ形見   作:通りすがりの猫好き

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実況と解説の名前は覚えなくても大丈夫です~
あとスパークスの球場の名前が食い違っていたらすいません、その時は指摘してください。


それはコマ送りのような

  仙台スパークスの本拠地・ボールパーク宮城(みやぎ)は遊園地と球場を足して2で割らなかったような球場だ。

 野球観戦のみならず、観客を楽しませる要素が盛りだくさんの場所である。

 足せるものは何でも足す、というのはスパークスのチームカラーとどこか合致しているような気もする。

 今日からまた、ドルフィンズとスパークスの3連戦が始まる。

 

 阿晒(あざらし)はあの出来事から、積極的にポンズと話すようになったような気がする。

 元よりチーム全体を見る余裕が無い入夏には、頻度に関してははっきりした事を言えないのだが。

 阿晒は間にスカウトマン補佐の外木田(そときだ)が仲介しているおかげで、言語の壁にあまり悩むことなく話せているようだ。

 未だに完全に打ち解けているわけではないけれど、確かに前進しているように見える。

 この前のアニメが何なのかは分からないが、チームの士気を上げるために働きかけてくれるのは良い事に違いない。

 でも、ここまで聞いてしまったら少し気になる。

 

 元々、阿晒という人物はファンにも選手にも好かれる選手である。

 キャプテンという立場はチームの今後の為という名目で鳥居(とりい)に譲っているものの、それでも阿晒はチームを支える屋台骨だ。

 何より人の懐に飛びいるのが上手い。それで媚びへつらうわけではない。

 人に好かれ、その歩む道に人が付いてくる。

 入夏とは真逆、不思議な人だ。

 

 ……ところで、これは何の関係のない話だけど。

 本当に自分が気にするような話ではないんだろうけど。

 何のアニメを見せるつもりなのだろう。

 アクションとか、ミステリーとかそういうのだろうか?

 

「阿晒さんの事が気になるか」

 

 背後からの声に入夏は思わず飛びのきそうになる。

 阿晒とポンズの様子を気にしていたので、後ろから迫っていた気配に全く気付かなかった。

 

「なっ、何ですか。鳥居(とりい)さん」

 

「……阿晒さんって、良い人だよな」

 

「え? まぁ、それは……はい。俺もそう思いますけど」

 

「あの人は困っている人を放っておけない。だから良い人すぎて、心配になるよな」

 

「はい?」

 

 流石にその言葉には首を縦に振らなかった。

 阿晒は鳥居や入夏よりも年齢が上、プロとしての経験年数も上。

 経験という点で何もかも勝っている阿晒に心配する要素があるとはあまり思えない。

 

「あの、ひょっとして阿晒さんと何かあったんですか?」

 

 入夏がそう言うと、鳥居は少しこちらを見た後に目を伏した。

 

「逆。むしろ、最近あんまり練習に付き合ってくれなくて」

 

「……いや、鳥居さんレベルになれば練習を見てもらわなくてもいいのでは?」

 

「いいわけないだろ! いいか、阿晒さんだぞ! ドルフィンズの生きるレジェンドで、打撃の安定感では右に出る者はいないレベルのバッターだぞ! そんな指導してもらえる時間が減っていいわけがないだろ!」

 

 鳥居が目をかっぴらいて言った。

 普段の柔らかな表情と喋り方とはかけ離れた様子である。

 よほど阿晒との練習時間が減った事が嫌だったらしい。

 

 ……でも考えてみれば、この人って阿晒さんに対しての感情がすごいというか。

 選手名鑑用のインタビューで「尊敬する選手は?」という問いに食い気味で阿晒さんの名前を挙げていた時はちょっと怖かったし。

 阿晒さんの事を喋る時は何か早口な気がする。

 そういえば角田(かくた)さんも勇名さんの事を話すときやたらと話すスピードが速かったな。

 好きな事を語りたくて仕方が無いのだろうか。

 

「あの、ところでなんですけど。阿晒選手ってアニメとか結構見たりするんですか?」

 

「君、おかしなことを言うね。そんな事―――」

 

 入夏は聞いている途中でこの質問が失敗したと思った。

 いくら阿晒さんのファンでも趣味嗜好を知っているとは限らない。

 

「知っているに決まってるだろ」

 

「あぁ、そうですよね……。ん?」

 

 あまりにも自然と言うから、つい聞き逃してしまいそうになった。

 ……知ってるんだ。

 

「なんたって阿晒さんと話す機会が多いのは俺だから。阿晒さんなら最近、『魔法少女・バスターズ☆』を見てるって言ってたな」

 

「それって8時から放送している番組でしたっけ」

 

「そうだが」

 

「それって……女の子向けアニメでしたっけ」

 

「そうだが。推理ゲームがしたいのか?」

 

「あ、いや。そういうわけでは……」

 

 い、意外だ……。

 そうか、あの阿晒さんがか。

 ちょっと想像できないような。

 

「……誤解してそうだから言っておくけど、娘さんの影響だぞ。話題を作れるように見てたらハマったらしい」

 

 ああ。

 なるほど、そういう原因が。

 考えてみれば阿晒さんも娘がいたし、そんな感じの事を言っていた気がする。

 

「そんな事も知ってるんですね」

 

「まぁ、教えてもらったからね」

 

 鳥居はほくそ笑みながら言う。

 阿晒さんがらみになると何かちょっと怖いなこの人。

 言葉を飲み込んで、入夏はそれ以上は何も言わない事にした。

 

 

「よっ、入夏! 元気かって訊くまでもないな。髪切った?」

 

 試合前、スパークスの不動のリードオフマンである綱井(つない)が声をかけてきた。

 いつもと同じように、綱井の後ろにはモヤがかかっている。

 樫村(かしむら)もそこにいるらしい。

 シーズン当初は自分の事で手一杯で考える暇もなかったが、こうして気さくに話しかけてくれるタイプの人とは話しやすくて入夏としては助かっている。

 

「1か月前に切った」

 

「げ、それじゃあんまり変わってねーじゃん。おっかしーな、何か変わったと思った時はこれを言っておけば間違いなし! みたいな感じだったんだけど」

 

「それは……何か、かなり古いと思うが。後ろの樫村さんも元気……なんですか?」

 

『あぁ、問題ない。変化はあったがな』

 

「変化?」

 

「おう! 俺は改めて……この人に()()になってもらう事にしたんだ!」

 

 師匠? 師匠。師匠か……。

 そういえば樫村さんが嫌がっていたとかなんとかで、綱井は樫村さんの事を師匠って呼んでいなかった。

 立場的には師匠といっても問題ないような気がするけれど。

 

「大丈夫なんですか? 樫村さんって、そういう呼び方はあまり好まないんじゃ」

 

『契約にはお互い同意した。僕は持っている技術の全てを綱井に伝授する。その覚悟は決めてきた。勇名、お前はどうするんだ』

 

 問いかけられて、勇名も応える。

 

『……あぁ、俺も。覚悟は決めたとも。教える立場の人間として、出来る限りの事は教えてきたつもりだ。後は、入夏君の行く末を見守るさ』

 

「お、じゃあお互い勝負だな! 見てろよ。俺はアンタも超えたスーパスター、その名も……『シン・稲妻シンクロ―』になってみせる!」

 

「言い辛い」

 

『言い辛いね』

 

「がーーーん!!」

 

 文字通り稲妻が落ちたかのように綱井はショックを受けていた。

 

『やっぱりな。僕もそう言ってただろうに』

 

 ぼそっと樫村が言った。

 ネーミングセンスで言えば渦巻(うずまき)とどっこいどっこいなんだよな、綱井も。

 

 

『さぁボールパーク宮城でお送りいたします本日の試合、仙台スパークスと千葉ドルフィンズの一戦です。本日の解説はスパークスのOB・勝俣(かつまた)大輔(だいすけ)さんです。本日はよろしくお願いします』

 

『お願いいたします』

 

『さぁドルフィンズの攻撃から始まります。先頭打者の入夏選手ですが、ここまで打率は2割弱と不振が続いていますね』

 

『そうですね。ちょっと今年の入夏選手は怖さというか、迫力に欠けている部分がありますね』

 

 とん、とん、とスパイクのつま先をついてリズムを整える。

 上を見ると熱気で、つい鼓動が早まってしまうから慎重に。

 息を吸って、吐く。

 当たり前の事を、当たり前にやっていけば良い。

 大丈夫だ。この言葉は今度こそ、焦りでも気休めでもない。

 やるべきことを自然体でやれば、おのずと結果はついてくるはずだ。

 

 スパークスの先発・伊久良(いくら)と対峙する。

 昨シーズンの新人王。

 今シーズンも伸びのあるストレートで優秀な成績を残しているサウスポーだ。

 自分を試すには、あまりにも十分すぎる相手だ。

 

 ……やりますよ、勇名さん。

 

 ようし、やってやりますか! と元気な勇名の声が聞こえた。

 

 投球動作に入る伊久良の姿を目でしっかりと捉える。

 コマ送りのようにすら見える動きの中で、息を吸う。

 自然に。バットを異物ではなく、自分と同化させるように。

 

 

 一瞬の呼吸の静寂。

 

 

 掠ったバットがキャッチャーミットへと収まった。

 

『空振り! 伊久良投手のストレートが今日も唸ります!』

 

 振った事に後悔はなかった。

 普段ならしていたかもしれないが、それよりも続きをどうするかが頭の中を支配する。

 

 少し遅かったですか。

 

 ―――悪くはなかったけど、やっぱりちょっと力んだ分バットの出が遅くなったね。息を止めるのが少し早かったかも。

 

 分かりました。

 

 2球目、今度のボールは左打者の外角へ逃げるような変化を見せる。

 ぴくりと反応したが、普段よりもボールを長く冷静に見れている分バットは出かからなかった。

 スライダーか。

 これを振らされると、投手に大きく戦局が傾く。

 

 1球ストレートが高く抜け、4球目は小さく変化する速球を打ち返してファールボール。

 

 熱を持った体とは反対に、入夏は今の自分の体の状況を冷静に捉えていた。

 体の動きが合ってきている。

 少しずつ、着実に。

 口と鼻から入って来た酸素が、少しの過不足を残して体の歯車を回している。

 それがどこか嬉しかった。

 

 2ストライク2ボールとなって迎えた5球目。

 

 目が投手の動きを捉え、体を動かす。

 ボールが伊久良の指を離れてキャッチャーミットめがけて投じられる。

 

 バットを、再び体と同じものに。

 去年の最終戦のホームランの時のように。

 

 縦に変化したボールの様子がコマ送りのように見える。

 わずか一瞬、されど確かな一瞬。

 ()()変化すら関係ないと言わんばかりにボールを捉えた。

 

『捉えた、打球はまっすぐ伸びてライト前へと落ちました!』

 

『いやー、ここは上手く打ちましたね。ある程度狙っていたんでしょうか』

 

 入夏が控え目にぽん、ぽんと手を叩く。

 少しだけ、打撃の神髄が分かってきたかもしれない。

 

 快進撃が、誰の目にも留まらないようなヒットから始まろうとしていた。




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